金太郎将棋
ダレモイナイ……トウコウスルナライマノウチ……(*´∀`*)
「うぃーす」
「あ、レタスセンパイお疲れ様です」
その日、部室に行くといつものように岡本が定位置に陣取っていた。
ここのところ毎回こいつしかいない気がするが、桃太郎やシンデレラが印象深く残っているだけで、普段は他のメンバーもいる。
というか、先日行われた休日の活動では全員集合だった。犬や顧問まで参加の大所帯である。
こんな部活を何故休日にやるのか。そして何故顧問まで参加するのか意味が分からない。犬はもっと分からん。
……そもそも、部費が出てる時点で謎な訳だが、きっとそこには大人の事情があるのだろう。
目の前にいるドレッシングな奴の圧力が掛かったとか。
「相変わらず不景気そうなツラしてるわね」
「お前のその変わり身も相変わらずだな」
今日は岡本の他にもう一人先客がいた。高堀伊月。通称ドレッシングだ。
サラダ倶楽部のネーミングはほとんどが名前由来だが、こいつがドレッシングと呼ばれている事に名前は関係なく、命名者である岡本が会った時にドレスを着ていたからに過ぎない。
この倶楽部に入らなければドレッシングなんて呼ばれる事もなかっただろう。
この女、普段はお嬢様的な雰囲気と仕草で男子生徒を魅了し、勉学、運動共に成績上位に食い込む超人さんなのだが、この部室ではちょっと口が悪い。
多分こちらが素の性格なのだろうが、いつも教室でニコニコしている優等生を見ている身としては複雑な気分だ。
ついでに趣味も悪い。岡本も大概だが、こいつはそれ以上だ。何故この部活にはこんな女しかいないのか。
あ、いや、男もおかしいのばっかりだった。……まともなのは犬と俺だけじゃねーか。まったく。
「それは何をやってるんだ?」
「将棋ですよ。師匠が持ってきてくれました」
二人で向い合って何をしているのかと思えば将棋らしい。
ちなみに岡本が師匠と呼んでいるのはドレッシングの事だ。岡本はこの女の事を師匠として敬い、尊敬している。……してしまっている。
岡本が良く分からない人格を形成するにあたり、影響の大部分を占めるのがこの女だ。
定位置はドレッシングに座られてしまっているので、荷物を置いて近くの席に座る。
ここはいつも渡辺が座ってる場所だが、今日は構わないだろう。来れるわけないし。
「この前は二回戦であなたに負けちゃったからね」
「将棋は得意だからな」
先日行われた全員参加の部活は将棋のトーナメントだった。その二回戦でドレッシングと当たって勝利したのだ。
心理戦まで含め、脳が焼き切れるような思考の中での読み合いの末の勝利だ。
かなりの接戦ではあったが、大抵の事は上手くやる高堀を上手くやり込めたのは久しぶりで中々楽しかった。
こいつの後は大した事ない面子が続いたのでそのまま優勝である。久しぶりのトップ帰宅で、ちょっと寂しかったのは内緒だ。
何を隠そう俺の得意分野はボードゲームだ。囲碁将棋トランプから麻雀、人生ゲームまで大抵のゲームは得意である。この手のゲームに関してだけは運もいい。
普段プロレス技を岡本に掛けたりしていても、俺はインドアタイプなのだ。サラダ倶楽部の部活動はインドアに限らないので、そこまで有利というわけでもないのが辛いところだな。
ちなみに今回の最下位はポテトだったが、ポテトは犬なので実質的な最下位は岡本だ。犬は将棋指せないし。
俺は見ていないが、最下位決定戦は将棋盤を挟んで犬と対峙する岡本が時間切れまで待つという、悲惨な絵面になったらしい。
「リベンジマッチならいくらでも受けて立つが、その将棋何かおかしくないか?」
テーブルに置かれている将棋を見てみると、見慣れたものとは違うように見える。将棋なのは分かるのだが、ちょっと縮尺がおかしい。升目も多いよな。
話に聞いた事のある軍人将棋というやつだろうか? でもアレって確か盤が変な形してた筈だし、むしろ小さかったと思う。
「これは大将棋よ」
「だい……」
確かにデカイが……。盤面が一.五倍位ある。良く見ると駒も変だ。馴染みの深い王将や香車もあるが、見た事のない駒が多い。
金将、銀将は分かるが銅将ってなんだ……オリンピックなのか? いや、ちょっとまて、横に鉄将が……石……将だと。
歩兵の数もやたら多いし……仲人? ……何だこのゲーム。
「まさか、お前のオリジナルか? いくら将棋に負けて悔しいからって、ルールまで自作する事はないだろ」
そりゃ、盤面でかくなりゃ定石も使えないだろうが、それは最早将棋じゃないだろう。
「オリジナルじゃないわよ。れっきとした本物よ」
「そんなアホな……」
「あたしも知りませんでしたが、ちゃんとネットにルールも載ってましたよ」
本当かよ……と、スマホで調べてみたら本当にあった。
それどころか、中将棋や、これより盤面の広い大大将棋なるものまであるという。なんてマニアックな世界なんだ。駒が多過ぎて意味が分からん。
実は俺が知らないだけで有名だったりするのか?
「それは、何処かで買ってきたのか?」
専門店に足を運ぶ事もあるが、そんなもの売ってるのを見た事ないぞ。存在すら知らなかったし。
「いいえ、売ってるところがなかったから作ったのよ」
「作ったって……お前」
才能の方向性を大いに間違ってないか? どこかで販売されている本物にしか見えないんだが。
駒の文字も、無地の駒に手書きとかじゃなくてちゃんと彫ってある。既存の将棋に存在する駒も知らない駒と同じ作りだ。全部合わせて作ったのか?
「別に自分で削ったとかじゃなくて、知り合いの業者に依頼したのよ」
「相変わらず良く分からんコネのある家だな」
昔から変な知り合いの多い奴だったが、そんな伝手まであるのか。
そういえば、渡辺だってこいつとは元々関係者だ。
「大した事ないわよ。お父さんの商売上の関係だし、ちゃんとお金も払ってるし。ウチが別に由緒正しい家柄って訳でもないのは知ってるでしょ」
「そりゃ知ってるけど」
名家とかそういう由緒正しい家系でないのは聞かされているが、何やっている家なのかも分からない。
以前、渡辺以外のサラダ倶楽部全員で招かれたこいつの家は所謂豪邸だった。出てきた親父さんは普通だったけど、まさか、ヤのつく職業じゃないだろうな。
「師匠の家ってでッかいですよね。従兄弟のツナセンパイの家は普通なのに」
「ただの成金だからね。お父さんも先長くないし、私の代になったら豪遊して使い潰すわ。ニー……家事手伝いバンザイよ」
財産使い潰す気マンマンとか、酷い跡取りである。まさか婿養子も取らない気だろうか。
「お前だったら何にでもなれるのに、その才能潰す気かよ」
「冗談じゃないわ。上には上がいるのよ。世界一は遠いわ」
世界を上限に見てる時点で基準がおかしい。
まあ、いくら才能あるって言っても世界レベルじゃ通用しないだろうが、こいつ何でも並以上に出来るしな……。勿体無い話だ。
家が近いからとか、そんな理由でこんな普通の高校にいていい人材じゃない。
「師匠は何でも出来ますからねー。同級生としてはそのあたり実体験が付いてくる感じですか?」
「お前は地元もここらへんじゃないし、年も違うから良く知らんだろうが、こいつ本当に何でも出来るんだよ。運動も男以上に。
教師が休みで体育の授業が男女混合の野球になった時とか、こいつ一人に完封された事があるんだぜ。もう野球部行けよって思ったよ」
こっちには本物の野球部の四番、ついでにレギュラーメンバーが他に三人程がいたというのに何も出来なかった。
あいつ最後の勝負で初見のフォーク投げられて、マジ泣きしかけたんだぞ。それをちゃんと補球する渡辺も結構凄いと思うが、やっぱりこいつのスペックはおかしい。
……ウチの野球部、さすがに甲子園とかいうレベルじゃないけど、結構強いのにな。
「野球部とか、汗臭いのとか最悪だし」
お前が最悪だ。野球部に謝れよ。
「んで、まさかその大将棋で次の勝負するつもりか?」
「んー、ルールがちょっとね。全員がコレ覚えるっていうのも……中将棋のほうが良かったかな」
「難しいですよー。そりゃこんなの廃れますって。駒の種類が多過ぎます」
岡本もルールを覚えるのに難儀しているようだ。正直どこかで絶対に間違えて動かしてしまいそうだ。
ネットで見る限り、駒の動きを覚える位なら何とかなりそうだが、戦術もクソもないだろう。参考になるような棋譜があるかどうかも怪しい。
ここの面子なら、何回かやれば面白くなるかもしれないが。……実物じゃなく、勝手に判定してくれるコンピュータゲームならアリかな。フリーでどっかにないだろうか。
「じゃあ、こっちにしましょうか」
「あたしはそっちのほうがいいですね」
どうやら、この大将棋以外にも何か持ってきているらしい。高堀は大将棋のデカイ盤を紙袋に仕舞うと、また別の盤が出てきた。
新たに出てきたのも将棋の盤だ。ただ、今度は大きさではなく形が変である。
「何だそりゃ。軍人将棋って奴か?」
確かこの変な形は軍人将棋の盤だ。でも駒がおかしい。アレは確か軍人の階級とかスパイとかが駒になっていた筈……。
この駒はレザーモヒカン……熊ってなんだ……。自動車修理工とか予備校生とか意味が分からんし、どうやって勝負するんだ?
「それを元に私が作ったホモ軍人将棋よ」
「お前、本当は馬鹿なんじゃないか」
脳みそ沸いてるんじゃないだろうか。
この駒、ホモ漫画のキャラ達の職業かよ。こんなの全部網羅出来てねーよ。
「見てください、この将棋反対側はノンケなんですよ。ホモから逃げる為に戦う将棋なんです」
態々説明してくれるが、最悪の将棋である。盤面から想像出来る戦いの光景が、一気に合戦から惨劇に変わってしまった。
岡本も素でノンケとか言ってしまうあたり、毒され過ぎだ。お前、仮にも花の女子高生なのに……。
「ノンケさん達が可哀想だろ……って、お前、なんで俺達が駒なんだよっ!!」
良く見ると反対側の駒はサラダ倶楽部の男連中だ。目の前の女二人だけは駒がなく、代わりに顧問や犬まで総動員だ。
「や、野菜の名前だから問題ないでしょ」
「部員と完全一致してるじゃねーかっ! 大将ツナだから野菜ですらねーし」
隠す気ゼロである。
俺が副部長だからかレタスは軍人将棋でいうところの中将扱いらしいが、こんな扱いは全然嬉しくない。
「将棋を合戦に見立てた場合、これなら必死に戦いそうじゃない」
「必死に逃げるわ」
どういう経緯ならホモ軍団と戦う事になるのか良く分からん。もし戦うならそりゃ必死にもなるが、そもそも相手したくない。
軍人将棋のルールは良く分からないけど、将棋と銘打っている以上、一枚も駒を取られずに勝つ事なんて有り得ないだろう。
そしたら、その鉄砲玉的なノンケさんはホモ共の餌食だ。大将達は自分は無事でも気が気でないだろう。
『俺の代わりにあいつらに掘られてこい』って命令するわけだからな。捕虜にだってなりたくない。
死んでこいって言われるより、ある意味酷い気がするぞ。
そう考えると中将である事は助かるが……って、何で俺は実際にホモに掘られる事を想像してるんだよ。
「じゃあ、ルールを説明する為に私とトマトちゃんで一局指してみるから。場面を想像しながら良く見てなさい」
「はーい。あたしがノンケ側ですね」
「おいやめろ」
勘弁してくれ。ただの将棋の駒とはいえ、なんで自分達がホモと戦う姿を見せられなくてはいかんのだ。
実質的なダメージが一切ないにしても、想像するだけで最悪である。というか、岡本弱いから高堀相手じゃ餌食じゃねーか。
結局、副部長権限でホモ軍人将棋は永久封印となった。
聞き出してみれば、写真を貼り付ける案まであったという。本当なら叩き割ってやりたい。
「むー、面白いと思うんですけどね」
「面白いのは、お前らのような特殊な趣味の持ち主だけだ。俺達が一方的に酷い目に遭うだけじゃねーか。
何でお前ら腐女子はそうやって男を見ると全員ホモにしたがるんだ」
「目と脳が腐ってるのよ」
自分で言うのかよ。
「人間は、貧しい時は娯楽の事を考えずに食べる事だけを考えるでしょ?」
「お、おお……」
何故、いきなりそんな話になるんだ?
「娯楽っていう非生産的な活動は文明的に余裕が出てきてようやく発展するのよ。だから、BLはその局地ね。何も生み出さず腐ってくの。
だから、男を見たら全員ホモだって思うのは心が豊かな証拠なのよ」
「おーなるほど」
「上手い事を言ったつもりかもしれんが、それじゃ誰も誤魔化されないからな」
非生産的過ぎるわ。岡本も同調するんじゃない。
「これをコンピュータゲームにして、カットインとか入れたら同人で売れたりしないかしらね」
「絶対やめろよな」
フリじゃないからな。
そんな事されたら実質的な意味でも大被害だ。訴えてやるぞ。……何故か、裁判で勝てる気がまったくしないが。
「この前の金太郎といい、お前の趣味はもうちょっと何とかしたほうがいいぞ」
トマトちゃんこと岡本は精々BL止まりだが、高堀はガチホモもOKなディープウーマンである。
その他、岡本が受け入れられない強烈な属性まで兼ね備える無敵超人だ。
件の金太郎についても筋肉質な金太郎と熊、ついでに謎のオリジナルキャラクター玉次郎がハッスルしてしまう話らしいし、暴走が過ぎる。
「何言ってるのよ。金太郎大人気じゃない。読んでないの?」
金太郎は成人女性向けだから読んでねーんだよ。何で好き好んで熊と金太郎がくんづほぐれつする小説読まなくちゃいかんのだ。
というか、それで人気を集めているのもアレな感じの方ばかりの筈だ。
「やっぱりガチホモはナシですって。小説で絵がないから許されるだけで、麗しくありません。やっぱり前言ったように、ツナセンパイ×レタスセンパイがですね……」
「トマトちゃんはまだ腐レベルが低いからねぇ。……あと、その組み合わせは逆のほうがいいと思うんだけど」
「……なるほど、逆もアリですね。罰ゲームで最後に残った二人が部室でっていうシチュエーションですか」
「アリじゃねーよ。何で俺が渡辺襲う話になってんだよ」
最後にあいつと俺が残るパターンなんて沢山あるんだから、想像させるような事を言うんじゃない。
「え、やっぱりレタスセンパイは攻め側の方がいいですかね?」
「お前、いい加減にしないと地味にダメージの残る程度のボディブローを延々と食らわすぞ」
「お、乙女の脇腹を何だと思ってるんですかっ!? トマトちゃん脇腹弱いんですから勘弁して下さい」
それは意味が違うんじゃねーか。
「そうよ、ウチのトマトちゃん虐めないでくれる? もうほんとにレタスったら。トマトちゃんこんなに可愛いのに」
「そうだそうだー」
「お前、ドレッシングいると急に強気になるよな」
腐り具合が違うとはいえ、腐女子同士が変な相乗効果を生み出している。
「レタスも、せめて痣の残らない類の技にしなさい。この前のインディアン・デスロックとか」
「あれ、何か庇われ方がおかしいっ!?」
ドレッシングも大概だった。
「あーそういうBLの題材にするのは、せめてマヨネーズかハムにしておけ。もういないからブロッコリーでもいいぞ」
「部活の仲間を売るとか、あなたも大概外道ね」
お前に言われたくない。つーか、お前らがいるんだから、渡辺の相手が男である必要性がねーじゃねーか。
そんな事をいうと、BLについて薀蓄が始まるから言わないが。
「マヨセンパイを金太郎のこれからの展開に盛り込むのはアリですよね。後々ツナセンパイ出てくるし。ツナマヨな感じで」
そこに出てくるのは渡辺綱っていう同姓同名の偉人であって、ツナセンパイではない。
「そもそも、金太郎ってもう終わったんじゃないのか? 続編書くにしても、原作に小説として展開する場面がないだろ」
御伽話として知名度の高い金太郎だが、実は大した内容はない。
簡単なあらすじにしたら、金太郎が熊と相撲取るだけで、桃太郎の鬼退治のような劇的な展開はない。
タイムスリップしてしまう浦島太郎のほうがよっぽど物語として印象が強い位だ。
「見てないなら知らないかもしれないですが、もう結構進んでますよ」
「進んでるって……金太郎をどう展開するっていうんだよ」
何か凄い熊でも出てくるのか? 誰か生贄に捧げてお供にするとか。
「今は第二部に入って源頼光に士官したところね」
「それ、もう金太郎じゃなくて坂田公時じゃねーか」
まあ、それも物語としては正しい展開かもしれない。それを金太郎と呼ぶかどうかは別として、坂田公時の人生は、むしろ大人になって士官してからのほうが劇的だろう。
源頼光や渡辺綱のほうが目立ってるので、主役として扱うには難しいかもしれないのが辛いところではあるが、輝く場面はいくらでも作れそうだ。
でも、公時はともかく、他の四天王二人は存在自体が薄いので話を作るのは厳しいな。何した人達かも良く分からんし。せいぜい、碓井貞光が金太郎をスカウトした位か?
「あー、あたし続きが気になってるんですよ。早く投稿して下さい。一体誰が金太郎の餌食になるのか」
餌食って何やねん。
「ちょっと展開に悩んでるのよね。最初は誰がいいかしら。でも、四天王の他のメンバーはいまいちキャラクターがはっきりしないし、ツナはトリにとっておくべきだし」
「ここは敢えて主君の頼光とかどうでしょうか」
「敢えてトップから攻めるか……アリね。下克上だわ」
ヤバイ、超絡みたくない。
仕える相手に何するつもりだよ、金太郎。
「レタスは第二部の最初の相手は誰がいいと思う? トマトちゃんが書いた桃太郎とかシンデレラの原案もあなたなんでしょ?」
「内容について敢えて深くは聞かないでおくが、そうだな……ここは意表をついて光源氏とかどうだろう」
「源融か……渡辺綱のご先祖様なんだっけ……アリね」
アリなのか。……全然時代違うのに。
「物凄くお爺ちゃんなんじゃないですか?」
「時代的に生きてすらいないけど、そこはファンタジー時空で何とか帳尻合わせろよ」
ドレッシングの書いた金太郎がどんな設定か知らんが、どうせ原型は留めてないんだろう。
多少時代が違っても何とかなるさ。もう信長とか出せばいいよ。性的には違和感ないから。
「マヨセンパイが書いた浦島太郎の設定でタイムスリップするとかどうでしょうか」
あー、あったな。宇宙船がタイムマシンで、竜宮城が別星系の惑星だったっていう話だ。ちなみに宇宙船はトマトちゃんである。
劇中で何故かトマトちゃんの宇宙船と亀型の宇宙船が戦うのだが、その戦いの中でタイムスリップしてしまうのだ。
マヨネーズらしく変なところでSF考証がされていて、奇妙な納得感を持たされる展開だった。読み終わった後に良く考えるとやはり意味は分からないのだが。
……浦島太郎は、原作からして意味分からんからいいか。
「マヨがいいっていうならいいんじゃね? 所謂クロス作品って奴だな」
「なるほど、つまり浦島太郎もお相手の候補に上がるわけね」
「…………」
すまん、マヨネーズ。
クロス作品とか良くあるから大丈夫。スターシステムとかアメリカで良くやったりするじゃん。
だから、お前の浦島太郎が金太郎に掘られても勘弁してくれ。俺は悪くない。
「ドレッシングセンパイの金太郎凄いんですよ。スカウトしに来た碓井貞光を性的に洗脳しちゃいますからね」
「最早それは俺の知っている金太郎とは別人だ」
碓井貞光は金太郎の力を見込んでスカウトに来たというのに、その相手を掘った上に洗脳するというのか。
「……あんまり聞きたくないんだが、金太郎は頼光とかを掘る為に士官するのか?」
「そうね。まだ見ぬ高貴な人達を掘る事が第二部の目標になってるわ」
酷い話だ。不純な動機が極まっている。絶対読みたくねえ。
スカウトを洗脳した上、そいつを利用して頼光陣営の内側に潜り込んだ先で男狩りを始めて、ホモダチを増殖させていくと……どんな悪党だよ。
敵ではないが、余計に質が悪い。金太郎はウィルスか何かか。……まさか同じホモが増えるという意味で金太郎飴に例えているというのか? 馬鹿な……。
「ちなみに第三部は鬼ね」
この展開だと、その頃には頼光も四天王もみんなホモになってる訳だろ? 鬼側が襲われる地獄絵図じゃないか。
酒呑童子さん達は早く逃げたほうがいいな。そんなの相手に戦うとか無謀過ぎる。
「いっそ、トマトちゃんの桃太郎ともクロスさせてみる?」
「おお、いいですね。……でも、桃太郎側には相手がいませんが」
「そういえば、主人公含めて化け物ばっかりね。キメラ化したボス巨人でもいいけど……ああ、ヨーゼフがいるじゃない」
「おー、お爺さん」
やめて、お爺さん逃げてっ!
「よ、ヨーゼフは生贄に捧げられるから、無理じゃないか」
「そこはタイムマシンで上手くやるしかないわね。おばあさんの目の前でNTRプレイか……」
やべえ、俺が言い出した事で桃太郎まで酷い事に……。
このままだと、お供の生贄がいなくなって桃太郎として整合性が……あ、いや、それはどうでもいいか。
「あ、ヨーゼフだけじゃなくて、武器商人のトーマスもいますね」
お前、自分の作品のキャラクター達が掘られる事に抵抗はないのか。
このままだと、キャベツの宇宙戦菜トマトの乗員も金太郎の餌食になってしまいそうだ。
……凄まじいな、金太郎。時代はおろか、宇宙まで駆けるホモになるのか。
「そういえば、放課後になってから結構時間経ちますけど、あたし達以外誰も来ませんね」
またこのパターンか。変なネタ出ししてる時は大抵このパターンだな。
「渡辺はともかく、他の奴はどうしたんだろうな」
「ハムはメール来てるわね。見舞いに行くって」
あー、見舞いか。俺は昨日行ったからな。
「お見舞いですか? 誰か入院でもしたんですか?」
おかしいな。この反応だと岡本は知らないのか。結構学校の中でも話題になってたのに。
学年違うからだろうか?
「お前愛しのツナセンパイだよ。あいつ刺されてな」
「刺されたっ!? え、ええ~!? ちょ、ちょっと待って下さい、混乱してます。何でそんな事に……」
「犯人はトマトちゃんじゃなかったの?」
「あたしはヤンデレじゃないですっ!!」
まあ、こいつが刺したりしない事は分かってる。大体、こう言ってる高堀だって今回の事情は知ってるし。
部員全員分かってるだろうが、ずっと繰り返されてきたネタみたいなもんだからな。様式美だ。
岡本はしつこくてウザいが、越えちゃいけないラインだけは絶対に越えない奴だ。その限界ラインの見極めが抜群に上手い。
……冷静に見ると神憑っていて怖い程に。
「偶然コンビニで強盗に居合わせたんだとさ、持ってたのが拳銃とかじゃなくて良かったよな」
「あいつがいくら不死身っていっても銃相手じゃね……あれ……拳銃で勝てるかな? サブマシンガンなら……」
おかしいな、俺も渡辺なら拳銃位なんとかしてしまいそうな気がしてきた。サブマシンガンはさすがに無理だろう。……無理だよな?
……あいつ、着の身着のままで紛争地帯に放り込んでも普通に帰って来そうだからな。恐ろしい奴だ。スペックだけ考えれば絶対無理なのに。
「え、えーと、何でセンパイ方はそんなに落ち着いてらっしゃるので? ツナセンパイが刺されたというのに」
「俺、昨日見舞いに行ったし。高堀も行ったんだろ?」
「面会時間ギリギリに行ったら色んなところがピンピンしてたわ。相変わらず化け物ね」
何針縫ったか分からんが手術もした筈なのに、俺が行った時も元気にエロ本読んでたしな。隠しもしないで。
その時ハムと一緒に行ったんだが、今日も行くって事は誰かの付き合いだろう。岡本がハブられてるのは……多分、もう知ってると思ったからかな?
あとドレッシング、下ネタは自重しろ。
「というか、調べたら強盗のほうが重症らしいわよ」
「刺した相手に逆襲されるとか、相手をミスったな。そいつ」
どうやって犯人の状態を調べたかは聞くまい。知りたくないし。
「え、ツナセンパイが強盗やっつけたんですか!?」
「ああ、話でしか聞いてないがそうらしい」
本人から直接聞いた事の顛末はこうだ。
・渡辺が深夜のコンビニでエロ本を読んでいた
・包丁持った強盗がやって来て、店員を脅す
・気付かれないように逃げようとした渡辺が強盗に見つかり、乱闘に発展、刺される
・強盗さんは刺してしまった事で油断したのか、動揺したのか、何故かそのまま向かってくる渡辺に一方的にやられる事に
・トドメは窓ガラスに向けての投げっぱなしジャーマンだ。岡本向けに手加減されたものじゃない、本気ジャーマンである
・その後、渡辺は血塗れで倒れ、救急車で搬送されて行った
という流れである。監視カメラの動画とかすげえ見たい。
普通、投げっぱなしジャーマンしても大して飛んでいったりはしないのに、火事場の馬鹿力という奴なんだろうか。……犯人が小柄だったのかもしれない。
強盗といっても銃すら持っていないのだから、碌な計画もなしに行動に踏み切った一般人の可能性が高い。
或いは、本当は強盗する気もなくて、ただ刑務所の飯目当てのなんちゃって強盗だったのかもしれない。
そんな覚悟で、勢いだけであんなのを刺してしまったら予想以上の反撃を食らってしまったと、そんな話のような気もするのだ。
刺して動揺してる時に、倒れる筈の相手が怒って反撃して来たらそりゃ怖いさ。俺も犯人主観で想像したら逃げたくなった。
「現場見に行ったけど、凄かったわよ」
「わざわざ見に行ったのか?」
「ウチの近くなのよ。あいつの家の近くって事でもあるんだけど」
ああ、親戚なら家が近くてもおかしくないか。
「私が行った時はもう結構片付いてたけど、片付いてあの惨状なら犯人は相当やられたわね。死んではいない筈だけど」
犯人はそのように碌な目に遭っていないが、コンビニ側としても、店内は乱闘で大荒れ、血塗れで大変な状態だ。正直素直に金出したほうが被害は少なかったかもしれない。
渡辺も刺されたわけだし、本当に誰も得をしない悲劇である。
渡辺って、普段は普通のスペックなのに、窮地に立たされると途端に頑張っちゃうからな。何で戦うかね。文化部だよ、俺ら。
「こ、こうしちゃいられない、お見舞いにいかないと……お花……お花は……」
岡本はパニックになったまま部室を出て行ってしまった。入院先も病室も聞かないままで、一体何処に行くというのか。
……まあ、気づけば電話位してくるだろう。
「あの子荷物忘れて行っちゃったんだけど。財布も携帯も入ってるのに」
電話出来ないな。……気付いて戻ってくるまで待っててやるか。
でも、他の奴が見舞いに行ってるとすると、こいつと二人か……。
「俺さ、思うんだけど」
「何よ」
「高校入学で田舎から出てきた純真無垢なあいつのままなら、今頃渡辺と付き合ってるんじゃねーかなーって思うんだよ」
ああいう動揺した状態が素の岡本だ。ああいう無害な状態なら、いくら幼児体型とはいえ、渡辺も否とは言うまい。
「……トマトちゃん、高校入って物凄い変貌を遂げたからね」
ここも田舎だが、もっとド田舎から出てきたあいつは本当に何も知らない新入生だった。
聞いたところによると、近くに高校がないらしい。中学校すらほとんど人数がいなくて廃校寸前だったそうだ。
ほとんど外部の情報もなく、ネットすら繋がらないと、今時珍しい秘境のような場所である。
そんな場所で純粋培養されて育ったのに、なんであんな事になってしまったのか。
……逆に何も知らなかったから、あそこまで毒されてしまったのかもしれないな。
「90%位お前のせいだと思うんだが、どうよ」
「……まあ、否定はしないかな」
否定しないのかよ。
「ところで、二人しかいないわけだけど、ホモ軍人将棋でもやる?」
「やらんわっ!!」
こんな師匠じゃなければ、渡辺ともうちょっとマシな関係を築けたかもしれないのに。
入学先にこいつがいた事が最大の不運だったな。
金太郎怖い。(*´∀`*)