4話
森の中、地面が土で固められ整備された道を歩く二人。
どこに行くつもりなのかも特に分からず、とりあえずローゼに合わせる翼。彼女の方が、どんどん進んでいくのだから、付いて行った先に何か都合の良い物があるはずだ。楽観的に構え、横に並ぶローゼに質問を投げる。
「ローゼ、今、どこに向かってるんだ?」
「あー?お主は腹が減らんのか?もう昼時じゃ。飯屋に向かっておるに決まっておろう。」
「飯屋か。そう言えば俺、起きてから何も食ってないな…。」
正確に言えば元の世界で起きてからだ。何時間食事をしていないことになるのだろう。そう考えるとお腹が減り、喉も乾いてきたように感じる。
だが、翼は全くの手ぶらの状態。パジャマ代わりにしている黒い上下のジャージ、ジャージの下に着ている白いシャツ、白いスニーカーと見えない部分のボクサーパンツに黒い靴下。身に着けている物以外、持ち物がない。飲食物も無い上にお金も無い。いや、ポケットの中に、コンビニで買物をした時のお釣りの五百円玉があるが、こちらの世界では使えないものと考えたほうがいい。そもそも元の世界でも自分の国でしか使えない物だ。硬貨自体に施された技術はとても凄い価値があるが。
「…お金とか全く持ってないんだけど、何とかならないか?」
「なんじゃ、お主無一文なのか。意外だのう。儂もそれほど路銀があるわけじゃないが、しばらくは何とかなるじゃろ。」
しかし、こんな明らかに年下の女の子にお金を出して貰うのは気が引けるどころの話ではない。小学生高学年程度の女の子のヒモ状態。それは一体どういう関係なんだろうか。情けなさ過ぎて翼は心の中で泣く。
「お金出してもらうのはなぁ。何か手っ取り早く稼ぐ方法とかないのか?」
「野盗の真似事でもするか?儂とお主なら余裕じゃ。」
「…最終的にはそうなるのかもなぁ。」
野盗が罪になるかは知らないし、やったとしてどれほどの罪になるか分からない。しかし、元の世界ではやってはいけない事で、なかなか踏ん切りが付くことではない。翼は苦い顔をし、考えにふける。
「冗談じゃ。そんな下等な者の真似事をする気はない。」
黙考する翼に呆れた視線を向け、また前に向き直す。右手を顎に添えて、少し考えこみ、別の手段を提案する。
「冒険者ギルドに登録するのが一番手っ取り早いかものう。」
「冒険者ギルド?組合か?というか冒険者なんて成り立ってるのか。」
元の世界は既に世界のほぼ全ての場所が開拓されているし、新種の生物の発見なんてそう有ることでもない。世界地図だって出来ているのだ。冒険者なんてどこか物好きなスポンサーが居ないと食べていけない。だとしたら、この世界は開拓が進んでいない、もしくは物好きが多いと推察する。
「成り立っておるぞ。厄介な魔獣を狩ったり、新しい土地を開拓したり地図を描いたり、依頼を受けてそれで金を得ておる。というか、常識じゃろ?」
常識について問われても、翼はこの世界に来たばかりで、常識など全く知りようがない。
横目に映る若干浮世離れしているローゼを見ている限りで、この世界の常識は、魔法があり、少女が一人で旅をする事が出来るくらいの事しか分からない。野盗が居るようだが、少女が地を穿つほどの雷を出せるのだから、大した問題でもないのだろう。護身用スタンガンも顔真っ青である。
当然、元の世界に触れそうな話題についてははぐらかす。
「そうなのか。登録は簡単に出来るものなのか?」
「簡単な書類に名前の記入と指印を押すだけじゃと聞いた事がある。まぁ詳しい事はギルドに行ったら分かるじゃろ。」
ならば、目先の目標としてはギルドで登録をして、依頼をこなしてお金を手に入れる事になる。出来る限り隣に並ぶローゼのヒモにならないように行動することを考える。
「今、向かってる飯屋のある場所は栄えてたりするのか?」
「それほど栄えてはおらん。あれは村と町の間と言ったところかの。ギルドがあるから他の村よりも栄えているという程度じゃ。」
「おお。少しは仕事がありそうだな。」
駅前近くのようなものだろうか。人の出入りが激しいところは似たようなものだ。翼は勝手に解釈する。
「じゃあ、一日で終わらせられる依頼とかあるのか?」
「それは行ってみないことにはわからんが、ギルドは素材の買取も行なっておる。適当な魔獣を狩って、素材を剥ぎ取って売るのもいいかもしれんの。」
「買取も行ってるのか。素材にそんなに利用価値があるのか?」
質問をする翼に再び呆れた眼を向けるローゼ。何を言っているんだと言わんばかりの眼だが、翼はあまり気にした様子はない。何に呆れているか分からない。獣の皮などに価値があることは元の世界でも同じ事だが、そこまで重宝していない。生活に必要な物は、野生を狩ってまで手に入れる必要はなく、それほどの魅力的な価値があると思えない。魔獣の肉など、食用になりそうな物にしか価値を見いだせない。
「武器や防具の製造、魔具や食器類の製作、色々用途があるじゃろう。お主、世間知らずかと思うとったが、唯の無知なのか?」
「生憎、武器や防具も魔具も必要なかったからね。食器は既存のを購入してたし。」
「確かにお主には必要のないものばかりか。」
ローゼは勘違いしているようだが、元の世界で翼の居た国が平和過ぎただけだ。決して、翼の能力が高くて争いを簡単に終わらせてきたから、という理由ではない。しかし、獣を狩って武器を作るのなんて何世紀前の事だと、翼はそれだけはしっかりと心の中で突っ込む。
「じゃあ俺達の周りに潜んでる獣を一匹狩って、一食分くらい稼ごうか。」
「む…、気づいておったのか。気配もかなり消しておるし、まず気付かぬものなんじゃが。」
「そんなに気配消えてるか?不自然に草木が擦れる音が聞こえるし、吐息も聞こえる。しかも何かちょっと獣臭くない?」
向上した聴力で何かに周りを囲まれている事を感知し、嗅覚から獣という推察をする。数にして五匹程度。半径二十メートル程で囲まれている。
「くふふっ、そうかそうか!そうじゃの。儂も気分が良い。一匹くらい狩っていこうかのう!」
気分が良いから獣を狩るのは違うだろうが、あえて文句は言わない。ローゼも手持ちは心許ないと言っているのだし、ここで稼いでおくのは良いことだ。彼女のこれからの成長には非常に悪いものだが。
既に狩る気満々なローゼは元の釣り目がちな眼を見開き、口元の端を三日月に曲げる。
初対面の時の驚愕でクリっとした目は歳相応で可愛らしかったのにと、とても残念な印象を受ける。
「魔獣は出来るだけ傷つかないように気をつけるんじゃぞ?」
「売るからには質の高いもの売りたいしな。」
足を止め、ローゼが体をこちらに向け、両手を肩ほどの高さまで大きく広げてあげる。三日月型に歪めた口のまま、狩りの始まりを告げる。
「さぁ、一狩り洒落こもうぞ!」
数瞬後、二人の姿が掻き消える。
遅れて、森に不自然な風が起こり、木々の葉が、草が、微かに悲鳴を漏らす。
まるで、絶対的な捕食者に怯えるように―――