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2話

 背中に硬い地面の感覚、ひんやりと冷えて少し気持ちが良い。その気持ちよさを感じつつ、翼は意識を徐々に覚醒していく。

完全に目を覚ますと、そこは周り一面が白一色の世界。

立ち上がり、改めて周りを確認するが、状況は全く変わらず周りは一面の白だ。360度全てに地平線が見える。


「どこだよここは…。」


 確かプラスドライバーで刺されて死んだはず、ならばここが死後の世界なのかと考えていた時、翼の視線の先、空中に光の亀裂が走り、そこから人影が出現する。

 現れた人物は、白いローブのような物を纏っている。白髪白眼の老人で長く伸びた髭まで白い。その人物を一言で表すとしたら、正しく『白』だろう。

 老人は見下す形で翼に視線を向け、翼の存在を確認すると、少し申し訳ないさそうな表情を作る。


「人間よ、我がどのような存在か察しが付いておるか?」

「…お歳を召した天使でしょうか?とりあえず、日本語で会話が可能なお方ですよね。」

「む…、まぁ人間で言う空想上の存在というところは合っておるか。」




 一拍の間を置き、老人が続ける。




「我は人間の世で言うところの神だ。今回は我が起こした不祥事により、貴様をここに呼んだ。」

「…、…神様ですか。天使と聞いた私が言うのも何ですが、信じがたいですね。状況を鑑みるにあり得ない事ではないと思いますけど。」


 肯定的な意見を混ぜつつ、内心では訝しみ警戒を怠らない。この神を自称する人物の言った通り、人間にとって神とは空想上の存在だ。それを自称する人物を警戒するのは当然の事だろう。もちろんそれを表に出したりはしないが。


「うむ、完全に信じるのも無理な話であろう。今回話す内容は我の存在はさほど関係ないしの。」


 重要そうな話をしようとする自称神様に警戒の色を強くする。時間の感覚は無いが、先程付き合っていた女性に大事な話があると刺されて死んだばかりだ。原因は分からないが、折角命拾いしたのだから死ぬのは惜しい。警戒を強めるのは当然だ。


「すまんのう。貴様は死ぬはずではなかったのじゃ。本来ならば、あの人間の雌と生涯を共に暮らしていく予定であった。」


 自称神は、足があり地面に立つ翼に向け、既に死んでいるという。神を自称している人物を完全に信じるわけではないが、自分が死んでいると言われると少なからず衝撃を受ける。


「まぁ彼女も私の後を追って死んだでしょうから、共に生涯を過ごしたとも言えますが…。」

「そういう事ではないんだがのう…。貴様、随分と落ち着いておるな。」

「頭が状況に付いていけて無いだけです。申し訳ございません。話を逸らしてしまいましたね。続きをお願いいたします。」

「うむ。予定と違ってしまった原因は不明でな。我が考えた物に誤差は無いはずなのだが…、その責任を取りたいと考えておる。」


 自分の書いた小説がいつの間にか違う内容になっていたみたいな事を言う。まるで翼はただの人形だ。人格を丸々無視している発言に、お前の思い通りに動いたつもりは一切ないと思いながら、黙ったままで居れば自分の利になりそうと考える。ゆえに、翼は不快に思いつつも自称神の言葉に耳を傾ける。




「貴様の願い事を3つ叶え、別の世界に送ってやろう。」




 流石神様は懐の大きさが違う。蘇生する上に3つも願い事を叶えて頂けるというこの上ない大サービスだ。元の世界には未練はないので、元の世界での蘇生はあえて質問しない。


「どうじゃ?願いを言ってみろ。」

「その前に一つ質問をよろしいでしょうか?」

「良い。言うてみろ。」


 翼の他に予定の違った人物が一人居る。翼を殺し、恐らく自殺したであろう心中だ。神が翼を蘇生させるのならば、当然心中も蘇生させるはず。


「心中は既に貴方と会ったのでしょうか?それともこれから会うのでしょうか?」

「あの人間の雌なら既に会い、願いを聞いた後じゃのう。」

「なるほど、まだ願いを聞いただけなのですね。」


 心中と同じ世界に行っても彼女に縛られて生きていくしかない。それはいくらなんでもつまらない。折角人生をリセット出来るのだから、とことん自由を謳歌したい。


「一つ目のお願いは、彼女が望んだであろう、私と同じ世界に蘇生する事を取りやめてください。別の世界で蘇生をお願いいたします。」

「二つ目のお願いは、彼女の記憶から私の存在を消してください。私の事を覚えたままでは彼女は幸せにはなれません。」


 恐らく、心中は新しい世界で翼を探す事が可能な能力、もしくは安全に翼の下に辿り着く事が可能な能力を得ているはずだ。これで彼女は新しい世界で無難に生きていける。


「本当にそれでいいのか?自分の為に願いを叶えたほうが良いと思うのじゃが…。」

「はい、私は彼女の事が大好きなのでお願いの方、徹底するよう宜しくお願い致します。」

「まぁ良いか。最後の望みを言うてみろ。」


 とりあえず、異世界での安全を確保したい。どんなところかは分からないが、金か力があれば何とかなるだろう。だが、異世界に渡った途端に危機が訪れるなんてこともあり得なくもない。これから行く世界が金をどれだけ重要視しているかもわからない。ならば、その場凌ぎが可能な単純な力が欲しい。


「最後のお願いは、身体能力を上げられるだけ上げてください。」

「ふむ。これから貴様が行く世界は魔法があって、魔力が身体能力の一つとして考えられておる。魔力も上げても良いな?」


 翼は少し目を見開き驚く。魔法なんてものは目の前に居る神様と同様で空想上のものだ。魔法というからには、手から火を出したり水を出したりするのだろうか。それはまるで化物だ。筋力が上がったりするのは人間としての記録を更新するようなもので、人間の身では元々成し得ない事をするというのは化物としか言い様がない。


「魔法を覚えるつもりはありませんが、宜しくお願いいたします。」

「わかった。では、後ろを向いてみろ。」


 後ろを振り向くと、神様が出てきた時に現れた時のような亀裂よりも少し大きいものがあり、眩しいくらいの光を漏らしている。


「その亀裂を潜れば、別の世界に行くことが出来る。潜ったと同時に願いも叶えよう。」

「本当にありがとうございます。くどいようですが、一つ目と二つ目のお願いの方、何卒宜しくお願い致します。」

「本当に他人の事ばかりじゃのう。自分の欲を吐き出してみよ。折角じゃ、叶えてやろう。」


 一つは自分の為のお願いをしているから、他人の事ばかりではない。だが、叶えてやると仰られているのだから、これを断る理由は特にはない。


「では、彼女の行く世界で、彼女が誰よりも幸せになれるよう加護をお願い致します。」

「…本当にそれで良いのか?貴様はあの人間の雌を愛していなかったのじゃろう?」

「愛してはいませんでしたが、本当に大好きでしたよ。」


 本当に好きだった。彼女の性格も好ましく思う。気も合い一緒に居たいと思ったが、それでも親友止まりで良かったものだ。彼女以外にも似たような感覚の女性の友達は居るし、男友達にも居る。基本的には自分に対し害意を持たない者と自分の気に入っているものを傷付けない者は好きである。


「今回、私は彼女に殺されてしまいましたが、私に否がありました。因果応報というものでしょうか。改めるつもりは全く無いですが。」

「…殺されたのに嫌っていないのか。」

「はい。嫌って居ないどころか、大好きなままですよ。」

「…ふむ。」

「では、新しい世界に行って参ります。」


 世界の全てを管理監視している神様は忙しいはず、早くここを離れようと翼は亀裂に向かう。


「待て、…一つ質問がある。」

「なんでしょう?」


 立ち止まり、神の質問に耳を傾ける。


「貴様は本当に愛していなかったのか?愛そうと思わなかったのか?」


 少し考え、翼は振り向き神に顔を向ける。そして優しい笑顔を作り、その答えを口にする。


「愛していませんでしたし、愛そうとは思いませんでした。ですが、私を好きでいてくれる方々を、誰よりも、何よりも好いていました。」


 その答えを聞いた神は愕然とする。まるで人間とは考えられない思考だ。そしてその考え方には覚えがある。






 その考え方はまるで---






 翼は改めて亀裂に向かい直す。新しい世界、新しい生活を考え希望の笑みが溢れる。決心したような声色で呆然としている神に別れの挨拶を告げる。


「それでは行って参ります。」


 亀裂から漏れる光の輝きが強くなり、翼を飲み込んでゆく。その光の暖かさを感じつつ翼の意識は落ちていく。光が徐々に弱まり、亀裂も閉じかける頃、神が信じられないものを見たように呟く。




「貴様は、まさか、在り得ない…。」




 神の呟きは誰の耳にも届かぬまま、この白く広大な世界に消えて無くなる。

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