クズ
顔向けできない相手から
理恵ちゃんに吐いたすごく下らない嘘のせいで、僕の部屋は、すごく殺風景になってしまった。
荷物は全て段ボールに詰めて、いつでも運び出せるようになっている。家具はそのままだから、はさみや爪切りなんかが欲しい時にちょっと困るくらいで、ご飯を食べるところも、寝るところもあるのが救いだ。
僕は、たった一人の部屋で、大学時代の感傷を全て段ボールに詰めて、でも、こうちゃんの家の鍵はキーリングに附けたままで、毎日スーツを着て研修に行く。
結局、就職して一ヶ月経ついまでも、僕はまだ、理恵ちゃんにもこうちゃんにも会えないままだ。
どちらからも、あのあと、連絡は無い。僕はこうちゃんの家が今どうなっているのかも知らない。
今日発表された僕の配属先は、大阪になれば良いと思ってたのに、全然違って、なんとベトナムだった。
暫く開いていなかったSNSに、ベトナム勤務のことを書くと、すぐに現部長のデブから連絡が来た。
曰く、壮行会を開いてやるから今週末は空けておけ、とのこと。もちろん、「O.K.」。
ちょっと嬉しくなって、帰りにコンビニで焼き鳥と唐揚げと発泡酒じゃ無いビールを買って、煙草はちょっと迷って、国民の煙草新生。
バットと新生どっちがうまいか、こうちゃんと話したことを思い出して、バットも一つ買って帰った。
そしたら、家の前に、こうちゃんが立っていた。ツルツルに剃った頭で、ボコボコに腫れた顔で、変な笑い方しながら、「おかえり」と言ってくれた。
「理恵にはまだ、帰ってきたこと、言わないでくれよ」
「その顔は理恵ちゃんがやったんじゃないんだ?」
「違うよ。むこうの親父さん。うちの親父も来て、ほれ、俺もハゲにされて頭下げさせられた。」
「ハゲと坊主一緒にすんなハゲなめてんのか」
「似たようなもんじゃんか、これでハゲで部入れてくれよ」
「一緒にすんな、僕は理恵ちゃん捨てて大阪行ったりなんか、しない」
こうちゃんは怒るかと思ったのに、ちょっと意外そうな顔して「そりゃあなぁ」って言っただけだった。僕はなんだか莫迦にされたような気分になって、こうちゃんにはビールを分けてやらないことに決めた。
こんな奴、発泡酒で充分である。
僕が一晩かけて聞き出した話によると、こうちゃんは大阪で、ネットの情報だけで、なんとその女の子を見つけ出したらしい。
実家に住んでいたその子の家の敷地に入りこんで、窓ガラスに小石をぶつけて気を惹こうとしたら、窓ガラスが割れて、親父さんが出てきた。
逃げれば良いものを、「娘さんをもらいに来ました」なんて言ったもんだから、この顔になって、その上こうちゃんの実家から両親が呼び出されて、二家族での会議になった。
その会議の席で女の子にも気持ち悪がられたこうちゃんは、『ストーカー』の称号とツルツルの頭とを手に入れて、実家に連れ戻されたそうだ。
女の子には、とっくに新しい彼氏が居た、とこうちゃんは笑ったから、僕は笑えなくて、仕方ないからバットをこうちゃんにあげることにした。
こうちゃんはもう、関西弁で喋ったりなんかしなかった。
ひとしきり話すと、こうちゃんはベッドに潜り込んで寝てしまった。朝の四時。僕のベッドなのに。僕は今日も仕事なのに。仕事なのに。仕事なのに。
そんなことを考えていたら、ちょっとやっぱりこうちゃんをぶん殴っておけば良かった気がしてきて、殴ろうかと思ってベッドを覗き込んだけれど顔があまりにも腫れてるのでやっぱり僕には殴れない。
でも癪なので、僕は理恵ちゃんに電話した。
「……そりゃ、寝てるわ」
もちろん電話は通じなくて、僕は留守録に、「こうちゃんが今うちにいるよ」とだけ吹き込んで電話を切る。僕もこうちゃんと同じで、理恵ちゃんに合わせる顔は無いのだ。理恵ちゃんが寝ててくれてほんとに良かったなって思う。
ベッドを見て思う。
僕はきっと、理恵ちゃんもきっと、今日の仕事を休むだろう。
おかえり。
顔を背けてはいけない
思いっきり殴られろ!




