バカ
学べ
こうちゃんは、大阪へ行ってしまった。
酔っ払うたびに、大阪であの子を探すのだ、と僕に宣言していたこうちゃんは、三月のうちにその計画が理恵ちゃんにバレてしまった。理恵ちゃんに泣き付かれてぶん殴って大阪に逃げたこうちゃんのことを、僕はどう思ったら良いのか分からなくなっている。
理恵ちゃんは電話やメールでは、「全然元気だよ」なんていっているけれど、『全然』と『元気』のあいだには全然埋まらない微妙な空白があって、『全然立ち直れないけど元気だして生きてるよ』というふうに響いてしまうので、僕はこうちゃんが居なくなってから、理恵ちゃんに会っていない。
僕だって、こんなときどうしたらいいのか全然分からないんだ。
こうちゃんに電話してみたけれど、こうちゃんは逃げ出した時に理恵ちゃんの家に財布以外のなにもかもを置きっ放しにしていて、その電話には理恵ちゃんが出た。
こうちゃんが居なくなってから、それが三度目の僕らの電話のやりとりだった。
「もしもしこうちゃん?」
「残念、理恵ちゃんでしたー」
「え、あれ、こうちゃん帰ってるの?」
「ううん、これも、置きっ放しでさ、しかたないから、充電だけはしてるんだ」
「あ……」
僕は黙ってしまう。男子校上がりのハゲには、失踪した元彼のケータイを充電するかどうか、なんて問題へのコメントは難しいし、そうでなくても、こうちゃんは帰ってきたのか、なんて聞いてしまったのだから、もうどうしようもないのだ。
「ほんと、どうしたらいいんだろうね」
「な、なにが?」
「こーちゃんの、荷物。あいつ、替えのパンツも持たないで女の子に会うつもりかなあ?」
「いや、そこはほら、コンビニとかあるし……」
「そっかそっか、又買えば良いもんね」
「そうそう、着替えくらい、なんとかしてるよ、きっと」
「あたしの家の、置きっ放しのさ、着替えくらい、なんとかしてほしいよね、まったくさ」
着替えくらい、なんてことばも言えなくなって、もうほんとに僕には、語る言葉は無くなってしまった。
「あーあ、あたしもさ、こーちゃんの家に、替えの下着とか、置いてるんだけど、とってこれないんだよね。こーちゃん、あたしにだけは、合い鍵絶対くれないんだもんなあ」
「……」
「ねー部長。部長はこーちゃんの家の鍵、もってるよね?」
「いや、でもその、ほら、一応連絡も無く入るわけにはいかないし……」
「そうなの? 部長、よく行き来してたじゃん」
実際僕たちは、家に行く前に連絡なんかしていなかった。僕はこうちゃん家の玄関を開けて、女物の靴があればそのままそっと帰った。僕の家の玄関には女物の靴が並んだことは無いので、僕が何をしていても、こうちゃんはスルッと入ってきた。そんな感じだった。
だからやっぱり僕はまた、口を噤むしかない。
「それとも、知らない子は入れちゃ駄目、ってこと?」
「い、いや、理恵ちゃんは、こうちゃんの彼女だし、知らない子って訳じゃ」
「元カノ、ね。彼女じゃ、たぶんないから、もうとっくに」
「いやうん、それは、うん」
「じゃあさ、部長。こーちゃんちの、あたしの私物、全部取ってきてよ。お礼に一杯奢っちゃうぜー?」
僕は悲しくなって頷いてしまったけれど、電話越しだから頷いてみたところで理恵ちゃんからは見えるはずも無くて、慌てて「うん」、と言いかけてから、ふと、思いっきり顔を顰めている自分に気がつく。
ちょっと考えてみたら、僕は好きな子と親友の痴話喧嘩になんて巻き込まれたくないし、そもそも弱っている理恵ちゃんと一杯飲んでしまうだけでもなんだかこうちゃんに対して罪悪感みたいなものがあって、僕は嘘をつくことにする。
「僕、いま、引っ越しの準備しててさ。それで、こうちゃんちの鍵、紛れてどっか行っちゃったんだよ、ごめん」
言ってしまってから、僕のアパートは半年前に契約更新したばっかりだってことに気づいたけれど、もう後の祭りだ。理恵ちゃんは驚いたように、僕にこう言ったんだから。
「そーなんだ! 引っ越し、手伝うからさ、いつ?」
僕はもう、引っ越すしかなくなってしまって、電話を切ってから慌ててパソコンを立ち上げて、賃貸サイトを探す。そしてすぐに気づく。
入社後の配属先も決まっていないのに、いったいどうしたらいいのだろうか、と。
死ななきゃ治らないとしても




