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黄色い虫篭

作者: 草歌仙米汰
掲載日:2007/06/30

「何やってんだよヒキコモリ」

 昼休み、四年三組の教室には優日(ゆうひ)と季実(きみ)しか残っていなかった。担任が企画したドッヂボール大会に皆出ているのだ。二人はそれをサボっていたのであった。

「外に出てみんなと遊べよ」

「季実こそ」

「私は他の子より精神年齢が高いから」

「つまり、協調性がない」

「うるさい、お前もだろ。ていうか、お前がそこでうじうじしていたら、私は気になって読書ができないんだけど」

「鳴かないんだ、この鈴虫」

「は?」

 教室の後ろのロッカーの上の黄色いプラスチックの虫篭の中の鈴虫は、たった独り四角い世界の隅っこの方で、おとなしくうずくまっていた。

「そんなこと、今日の朝礼で校長の声が何度裏返ったか数えることと同じくらい無意味なことじゃないか」

「十五回」

 鈴虫の隣には茄子が半ば変色して転がっていた。

「確かこれって、あの、ナントカ君が持ってきた鈴虫だよな?」

「田辺君。クラスメイトの名前くらい覚えなよ」

「そんなこと、今朝整列するときに、学級委員の男子が何回『静かにしてください』って言ったかと同じくらい、取るに足らんことだ」

「十五回。皆、彼のこと無視しすぎだよ。彼ちょっと泣いてたよ」

「彼が泣くのも、鈴虫が鳴かないのも、どうでもいいことだろ」

 優日は虫篭を慈悲深く撫でた。

「可哀想だよ――こんな狭い密室の中でさ」

「うん? 何だか過去に、同じような境遇の人間を見たことがあるな。誰だったっけかな?」

 季実は得意げに、少年の顔を見た。

「何それ、いじめ?」

「は? 覚えてないわけ? どーでもいい男子の名前は覚えてるのに?」

「?」

 デコピンをすると見せかけた季実は、それを防ごうと身構えた優日の弁慶を蹴った。彼は思わず跪いた。

「ふん。やっと私より目線が下になったな、クソ野郎」

「気にしてたんだ」

「私が同じ立場だったら? 勿論誰かに助けて欲しいと思う。……そして、助けてもらったなら、その恩を墓まで持っていく。お前と違って」

季実はそこでふと思い至って、優日に人差し指を突きつけた。

「まさか、助けてやろうとか偽善者めいたことを考えているんじゃないだろうな?」

「偽善者って、そんな」

「この鈴虫を虫篭から出してやったりなんかしたら、あいつらは何も知らないくせにお前を非難するだろうな。そしたらお前は偽善者じゃない、悪者だ。だから、絶対駄目だからな? お前に悪役は似合わない。お前がそうなるくらいなら……とにかく、絶対駄目だ。これ命令、いいな!?」

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、外で遊んでいた子た

ちが帰ってきた。彼女は、そそくさと席に戻ってしまった。

 後には、優日のため息だけが残った。



 翌朝、事件は起こった。昨日田辺が持ってきた虫篭の中から、鈴虫が消えていたのだ。

 犯人は季実であった。

 季実はすぐに「悪者になりたかったんだよ。文句あるか」と自白した。その前から好かれる子じゃなかったが、これで完全な嫌われ者になった。真実を知る優日は彼女の悪口を何度も聞いた。

「ここだね?」

 放課後、季実は逃がした場所をしつこく尋ねてくる優日を学級菜園に連れてきた。もう夕日が沈む時間だったから、二人以外にそこに人はいなかった。

「そうだよ、でも、お前には関係」

「ありがとう」

 優日は頭を下げて言った。

「……言っただろ、私はね、悪者になりたかったんだよ。あんな偽善行為に、感謝なんてするなよ。ところで、どこで逃がしたかなんて訊いてどうするんだよ?」

「気になるんだ。あの鈴虫がどんな音色を奏でるのか」

 目蓋を閉じて耳を澄ました。

「こっち」

 優日はいきなり季実の腕を掴んで駆け出した。

「ちょっと」

 彼が立ち止まったのは、茄子が植えてあるところだった。

「音がやんだ。でも、このあたりなのは間違いない」

「だから、私は、鈴虫なんかどうでもいいって」 

「ところで、昨日のあれ、しらばっくれただけなんだ、ごめん」

「へ?」

「季実が僕を助けてくれたこと、忘れないから」

 一年生の頃。優日は男子数名に、ゴミ用具入れの中に閉じ込められていた。そこに季実がやってきて、いじめっ子に殴る蹴る以上の酷い仕打ちを……彼らは一週間学校を休んだだけでなく、二度と優日をいじめなくなった。

「ふ、ふん。当然だろうが、絶対忘れんじゃねーぞ」

 彼女は照れたように、長く伸びた前髪をかきあげた。そこで「そのこと」に気づいて、顔が真っ赤になった。

「おい、てめえ、いつまで私の腕を握っている気だ!?」

「あ、ごめん、嫌だった?」

「嫌じゃねえよ、離すなよ!! むしろ、もう少しこのままでいた……ええい、何を言わしているんだ、殴るぞバカ!!」

 彼女が正拳突きを食らわそうとしたとき、それを救ったのは、美しく張り詰めた音色だった。

「綺麗だよね、やっぱり」

「……ああ、そうだな」

「ありがとう」

「うるさい」

 どこにいるのか分からない鈴虫の奏でる演奏は、セピア色の秋風に、少女の鼓動の音とまじわって彩を加えていた。


電撃掌編王「秋」「学校」「ツンデレ」をテーマに書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。季実ちゃんが本当に大人びているなと思います。小学生の会話なのにシュールですね;。  最後の会話が特に好きです。鈴虫を通して誰かに例えたり、表現が豊かで面白かったです。  優日く…
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