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王だろう、脅すなよ

 その一団は無人の野を行くかのように王国の領土を横断していく。

 各地の領地を隔てる関は、彼らを止めることなくその門を開いた。

 貴族軍の騎士達は名目上は警備の手伝いとして、領地を通る彼らを遠巻きにして追随するが、監視に留まり遮ることはしなかった。


 それも当然だろう。その集団が掲げる紋章は王家を象徴する尊き御旗。そして一台の馬車を囲うように展開する者達は、東方随一のサノワ騎士団に上級竜殺し達である。

 名実ともに最上級の集団を、留めることができるものは王以外にいない。

 よって領地の主である貴族たちの、恐れと好奇心の視線を多分に浴びせられながらも、至って順調に竜の護送は行われていた。



 

 そうこれだよこれ。こういうのを待っていたんだよ。

 馬車に揺られながら、久方に事が上手く行き始めて、俺は酷く安心していた。

 

 乗っている馬車は、窓から時折遠くに垣間見える、実用性重視の商人たちの馬車とは違い一級品。取っ手の一つにまで贅を凝らされた意匠はまさに無駄そのもの。

 外の警備についている騎士達は、明確にこちらを警戒しているが、態度は王族に対するものかと見間違おう程。

 殺意満点だったフェリクスすら、背景に薔薇を咲かして恭しく挨拶してくれたのだがら、王国の俺に対する期待の高さも窺える。


 わざわざ危険を冒してまでどの竜よりも早く接触していたのは、これを狙ってのことだ。

 前例がない友好的な竜が、交渉したいと打診してくるのである。警戒は当然のことだが、それと同じく機会を逃してはいけないと、好待遇になるのが当然だ。


 誰が出会って首を絞められたり、ヤクザの事務所に投げ込まれた一般人みたいに、殺意満点の騎士団に囲まれ、これまた殺気立った騎士団長と歓談をしたりすると思うだろうか。


 このままここの王様にでも認められて、そこそこの何かにでも据えられてしまえば、もう安心だ。

 一世紀でも大人しくしていれば脅威とは見られまい。


 しかし懸念している事態がないこともない。


「どうしましたか? 白竜殿」


 じっとオードランとアリューの竜殺しに視線を落としていたら、対面に座る彼が俺の視線に気づいたのか笑いかけてくる。

 彼ら二人は護衛として俺と一緒に馬車に乗り込んでいた。どう考えても警護というか看守だが、名目は大事だ。


「何でもありませんよ。オードラン殿」


 こちらも営業スマイルで返してやる。

 今こうして落ち着いて考えてみれば、竜殺しとはどうやって作られるのだろうか? 

 竜の鱗を切り裂く刃物など、現代科学でも達成できない代物だ。勿論殺すだけなら別の手があるのだろうが、刃物に限定するとそう簡単にいくものではない。


 純粋な技術ではないなら、おそらくマナ由来のものなのだが、自力開発しているのならば、もっと数があっても良いだろう。

 大量生産はできなくとも、一級が十本以下とはあまりに数が少ない。

 そもそもどうにも竜殺しだけが、人間達が今装備しているものから頭一つどころか、二つ三つ抜きんでていた。


「気になったのですが、竜殺しとはどうやって作るのですか?」


 悩むよりも尋ねた方が早い。二人に軽く話を振ってみることにした。軍事機密ですと断られても特に気にするつもりはなかったので、非常に気楽にだ。

 

 場が凍り付いた。


 オードランの表情が、ぴしりと音が鳴ったかのように亀裂が入った。

 どういうことだ。詰問したつもりもなく、軽い世間話のつもりだったのだが。

 

「それはですね、いや、私は騎士であり職人ではないので……」


「白竜殿に教えて良い内容ではないので」


 アリューが冷たく言い捨てる。

 この男は、昨日から俺に敬語を使い始め、若干の態度の改善はあるが、敵意は未だ隠しすらしていない。

 文句の一つでもぶつけたいところだが、今は気まずい場をなんとかしなければならない。


「すみません。浅はかに過ぎました。そしてアリュー殿。貴方にこの姿を晒すこと、ここでもう一度謝罪させて頂きます。申し訳ありません。容姿を自由に変えられれば不快にさせることもなかったのですが」


「いえ、お気遣いなく」


 不機嫌だ、と誰もが判断するぶっきらぼうな態度であった。それでも話が流れたことによって、多少は空気が和らぐ。

 はあ、と溜息の一つでもつきそうになるが、どうにかこうにか笑みを保つ。


 ここまで筋金入りに嫌われてしまうと、一緒にいるだけで憂鬱になってしまう。

 俺が彼に何かをした訳ではない。むしろ生命の恩人として感謝されてもいいぐらいだ。

 俺の言動のせいではないとすれば、大方は彼の過去にでも竜を嫌いになることがあったのだろう。

 

 まあ、どうしようもないことだ。精々嫌われていても殺意を持たれないぐらいの関係を維持するしかあるまい。

 それに顔つなぎの役目はもう十分二人に果たしてもらった。これ以上は無理して仲良くなる必要はない。

 

 がたん、と馬車が少し揺れると、それからは今までずっと続いていた振動が無くなった。

 外を眺めると、馬車が走る街道が先程から通ってきた道より立派なものになっている。

 土が剥き出しであったものが綺麗に石畳で舗装され、道幅はずっと広くなっていた。おそらくは王都に近づいているのだろう。


 ここでもう一度竜殺しに意識を戻してみる。


 竜殺しは竜の鱗すら切り裂く刃物だ。あの黒竜の鱗まで貫いたのだから、大概の竜の守りを突破できるものだろう。

 ではそれは一体どんな物質でできているのだろうか。竜の守りを破るのだから、竜の鱗と同等か、近いぐらいに硬く強靭な物質であるはずである。


 銅でも鉄でも鋼鉄でもあるまい。そんな柔い金属ではマナでどれだけ強化しても竜の対抗手段にならない。

 豆腐をいくら研ぎ澄ましても鉄は斬れないのだ。


 それではこの世界でも伝説上の物質であるオリハルコンか? 馬鹿馬鹿しい。人間世界以外の領域を跋扈する竜達ですら発見したことが無い物質だ。

 大陸の西に押し込められている人だけが見つけられたなどとは到底考えられない。


 では何か?


 眼をなんとなく伏せ、自分の手が視界に入ったところでふと考えが浮かぶ。


 竜の爪ならば可能なんじゃないかと。

 竜が攻撃手段に使う爪ならば同族の鱗でも貫けるはずだ。ちょうど大きさも人間が使う剣と似ている。

 さらに竜の爪だとすれば数が少ないのも頷ける。竜の死体が手に入ることなんてそうはない。

 確かにここ最近は下の仲間達がそこそこと、俺より少し下ぐらいの竜が十匹ぐらい、人間に狩られているが、数は千にも満たないだろう。


 これはどんぴしゃではなかろうか。背筋が凍った。

 そりゃ貴方の同族の死体を材料に使って武器造ってますよ、なんてそう言えたもんではない。

 とすれば、わざわざ降伏してきた竜を殺す必要なんてないだろう、という考えは破たんしている可能性があるのではなかろうか。

 恨み辛みはなく、貴重な戦力として解体される可能性はなかろうか!


 いや、いやいやいや! そんなことはないと冷静に考え直す。

 竜の爪が材料では辻褄が合わない。それでは最初の竜殺しがどうやってできたかが説明できないのだ。

 人が竜を殺すことは、いくら相手が下級の竜だったとしてもできないことだったのだ。


 爪が材料ならば、その最初の爪をどうやっても手に入れることはできない。

 自然死した竜の死体を狙うのも難しい。なぜならば寿命を迎えた竜の死体は、瞬間的にマナに還元される。

 寿命ではない、それもある程度生気のある竜が死なないと死体は残らない。


 竜が寿命以外で死ぬのはほとんど竜同士の諍いである。それ自体も稀なうえ、どちらかが死んだ場合はもう片方は死体を竜の墓場に埋葬する。人間が掘り起こせる場所ではない。


 俺の顔に生気が戻る。

 落ち着け、落ち着けと何度も自分に言い聞かせた。

 材料にするならば、こんな好待遇はない。集まった竜殺しの面々で、竜の解体ショーが始まるはずだ。


「白竜殿。後三刻程で王都へ到着いたします。準備ではありませんが、御気持ちの整理をお願いします。王との謁見もありますゆえ」


 オードランが告げる。窓の外からは遠くからでも確認できる程大きく高い建造物と、それを何重に囲う城壁が見えてきた。

 あれが王都なのだろう。到着は近い。


 大丈夫だろう。大丈夫なはずだ。大丈夫である。……大丈夫だよね。

 






 王都へ至ると、門を通るにあたって、馬車の護衛を近衛兵団が引き継ぐことになった。

 竜殺しはそのまま近衛兵団の指揮下に入り、サノワ騎士団は城壁外延部に布陣する。

 その中でオードランとアリューだけは、竜の謁見に立ち会う格好として相応しい服装を整える様にと、別行動を命じられていた。

 二人は王都に滞在する時用に宛がわれている兵舎に歩を進めていた。王都の比較的大きな道を通っているが人通りは少ない。

 多くの人々が、近衛兵団の軍団が珍しく動いているのを見学しに行っているのだろう。



「しかしどうなるかね」


「どうだかな。あの竜じゃ、高度な取引は無理だろ」


 アリューは断言する。

 知性は分からないが、あそこまで他人の害意を信じられないようでは、権謀渦巻く王城の住人とは有利に戦えないだろう。

 そもそも話し合いが成立するかどうかも未知数であった。


 王国としては竜征伐にはこれ以上益を見いだせない。一匹につき騎士団が一々壊滅していては、竜殺しが手に入っても損しかない。

 しかし貴族達が竜殺しの保有数が不利のまま、今の軍拡競争に似た動きを止めるとも考えにくい。

 貴族に押されてしまえば、和平が蹴られ、竜の対話も無かったものにされるだろう。


「できれば殺したくはねえなあ。あんだけ話すと殺すのも嫌な気分になるからな」


「俺はどちらでもいいさ」


「お、優しいね」


 オードランがちゃかす。


「少し前ならどうやって殺すかを考えていたはずなのに、ずいぶん丸くなった。やはり年齢を重ねれば人間大人しくなるもんかね。義兄としてはそんな弟の変化を歓迎するぜ」


「言ってろ」


 アリューは同僚を軽くあしらう。

 アリューの竜を憎む気持ちは変わらない。妻を喰われ、戦ってきた戦友を殺されてきた彼にとっては、和平を唱える竜がでてきたところで何の慰めにもならない。


「俺は一生竜を許すつもりはない。特にあの白竜は殺しても殺したりない。あいつはセレストの姿をとって今もあいつの死を穢しつづけてる。ふざけやがってっ」


 通り過ぎた人が何事かと振り返るほどの大声をアリューは上げる。


「……だけどなコルテ騎士団が壊滅した。お前も言ったように王都共の下らない争いのせいで。そんなことは俺だって御免さ。それにコルテの近くは俺達の故郷だ。あそこらが竜の襲撃で人が近寄れない状態になったせいで一般人は近づけもしない」


 竜征伐が活発化して以降、王国東部における竜の襲撃は度々起こっている。国境線こそはコルテ騎士団が維持してきたが、国境線付近の村々は今は放棄されていた。

 そして今回国境線を保持していたコルテが壊滅したのだ。おそらくは王国は無人地帯を切り捨て、境界線をサノワに引き直す可能性が高い。

 そうなればコルテ周辺は一般人どころか、軍属の人間も立ち入りがたい場所になってしまうだろう。


「このままじゃあ、セレストの墓参りすらできなくなっちまうかもしれない」


「あいかわらず私欲で動くねえ。ま、俺は嫌いじゃないがね。とにかくとっとと着替えようぜ。こんなぼろい格好を王にお見せするわけにもいかないからな」


 


 


 玉座の間は静まり返っていた。

 玉座の左右に分かれ、王国の重鎮たちがずらりと並んでいる中、その全員が王の前で跪く一人の女に視線を集めていた。

 その身なりと容貌からして、この場にはとても相応しいとはいえない。控える警備兵に摘み出されても当然の、貧相な村娘のなりであった。


 だがその場の全員が固唾をのんで見守り、彼女の邪魔をする者はいなかった。

 誰もがその女が見た目通りの人物ではないと理解している。それどころか人ですらないと分かっていた。

 彼女は白竜。竜殺しがなければ、卑小な人間など歯牙にもかけない王者である。

 だからこそ、たとえ白竜の和平を嫌う貴族達でも下手な発言は控えていた。


「よく来た白竜殿。見ての通り私こそがオーシュ王国の王、レイナルドである」


「お初にお目にかかる王よ。私は白竜。残念ながら名を持ちません」


 そんな彼らを置き去りにし、王者と王の会話が始まる。

 王の発言にたじろぐことなく、農村の娘が応える様は一種の滑稽さがあったが、誰も笑うことはない。

 

「道中の警護、心より感謝します。あれ程の精鋭、割いて頂いたことは身に余る光栄であります」


「良い。あれが王国が貴殿に示す敬意だ。今は旗を違えども、強き者には然るべき態度を取るのは当然である」


 王は鷹揚に頷いた。その場の全員、王に敵対する貴族派ですら、竜を相手取り対等に立つ王に感服する。


「白竜殿。今すぐにでも貴殿を歓迎する宴を開きたいところではあるが、我々人間の寿命は、竜と比べれば泡沫の夢に等しい。できるならば本題に入ってよろしいだろうか」


「随意に」


「感謝する。では貴殿は何用にして王国に来た? 何を欲し余の前に現れたか」


「王よ。私は平和を欲します。竜と人間の血が一滴たりとも零れることはない平和を」


「それは和平を、という意味であるか」


「それで平和が訪れるのならば」


「なるほど」


 王は白竜の言葉を一つずつ噛み砕くように、頷きながら返事をする。

 周りの注目が王へと注がれた。竜からのボールは投げられた。後は王がどう答えるか。

 白竜の出現の知らせはもう二日前に王都に届けられている。肯定にしろ、否定にしろ、その問いに対する答えは出ているはずであった。


 そして多くの者が、王は良い返事を返すだろうと予測づけていた。

 白竜の言葉を信じるかどうかは抜きにしても、王国軍がこれ以上竜と事を構えるのは愚策でしかない。

 東部では半壊した騎士団が幾つも出始めている。このまま続ければ東部の貴族たちの抑えが利かなくなるだろう。 

 だから王はとりあえずは竜の話に乗る姿勢を見せるだろうと、全員が考えていた。

 そして貴族派たちはなんとかそれを御破算にするために、どう発言したらよいか策を練っていた。


 しかし王は直には返事を返さなかった。


「白竜殿。しばし良いか」


「何でしょうか」


「いやなに、もしかすれば白竜殿が、勘違いされているやもしれぬと思ってな。少し確認したいことがあるのだよ」


 王の言葉の後、締め切られていた玉座の間の大きな扉が開け放たれた。

 どうしたのか、と重鎮たちは一斉に扉を見て、そして凍りついた。


 そこに居たのは総勢六十五名に渡る男たちであった。彼等全員が王国軍の礼装用の鎧を身に纏っていた。

 だが重要な部分はそこではない。


 重要なのは彼等全員が一級、二級竜殺し達であったことだ。

 白竜を護衛していた竜殺し達ではない。国土に散らばった竜殺し全員が集められていた。

 正にかの集団は万の大軍を蹴散らせる王国の剣。王が持つ最高最強の武力の結晶であった。

 彼等ならば色つきの竜であろうと、簡単に滅することができるだろう。


「実感していないかもしれないと、もう一度お見せしたくてな。竜殿、我等人間は竜を滅ぼす力を得た。まさか先程の和平は、貴方がた竜が超越者であると考えた上での御発言か? もしそうであるならば、双方が不幸なことになりますぞ」


 にこりともしない表情で王は告げた。

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