男だろう、自分で決めろよ
日が昇り二人から場所を聞き出した俺は、彼らを背に乗せ優雅に飛んでいた。
意外に思う人もいるだろうが、空の旅は案外楽しいものではない。飛ぶ感覚はすぐ慣れてしまうし、いくら眼が良くても地上にあるものは味気なく映ってしまうものだ。
そしてそんな些細なことなど吹き飛ばすことが、たまにではないが起こってしまう。
『先程は大丈夫でしたか?』
「いえ、はい。白竜殿の御蔭で、身体はなんともありませぬ。身体は……」
「……」
『申し訳ありません。よりマナの繰りに長けた竜ならば、回避もできたのですが。まだ未熟者の私では避けることは難しいのです』
この不可思議マナ飛行、安全性はそこらの現代旅客機の比ではなく、飛行してて落ちた間抜けな竜は存在しない。
マナで身体を覆うので俺の背に乗ったオードランとアリューも、風圧や温度に縛られず快適に過ごせている。だから彼らは前の世界の飛行機に搭乗したのと何らか変わりがない状態なのだ。
彼等を覆うのが鋼鉄の飛行機ではなく、マナであるという点だけを除いて。
話は変わるが前の世界ではバードストライクという、飛行機にとってそこそこ洒落にならない現象があるのはご存じだろうか。
格好よく表現しているが、なんてことはない、鳥との正面衝突だ。鳥は哀れミンチになり、飛行機も外殻が凹んだりと、どちらも踏んだり蹴ったりとなる事態である。
で、こちらの世界にも鳥は存在しているので、当然そういった事態は起こり得る。
勿論竜が作り出すマナの覆いは、飛行機の外殻を凌駕する一品だ。当たっても、俺も彼らも軽く押されたぐらいに感じるだけだろう。
だが残念なことに野暮な鋼鉄と違い、マナは俺達の視界を奪ったりはしない。
だから鳥が当たれば見ることになる。
鳥が内蔵ぶちまけ血煙になる様子を。
しかも下手すれば顔面にマナを隔ててゼロ距離で。
いくら死体を見慣れる騎士でもこれはきついだろう。実際今場が凍り付いていた。
首絞め青年ことアリューなど先程から一言も口を開かない。好感度が下に振り切って、下がる所まで下がってしまったらしい。好きの反対は無関心。誰の言葉であったろうか。
本当ならこんな男なんて無視して、早くお偉いさんに媚び諂う内容でも練っておきたいのだが、そうはいかなかった。
なんとこのアリューが使うあのやばげな武器、彼らが言うには一級竜殺しは非常に希少だとか。
詳細な数はさすがに教えてもらえなかったが、王国でもそれは両手の指で足りる数の対竜における戦略兵器らしい。
つまりはこの首絞めクレイジー竜殺し青年、アリューはそこそこ影響力のある人物であったのである。
そんな青年に俺は首を絞められるほど憎まれ、お返しとばかりに鳥のミンチで朝を彩って上げたのである。
正直今から振り落として無かったことにしても良いですかね。
だが悪いことばかりでもなかった。一級には劣るものの、オードランは二級竜殺しの使い手らしい。(二級も一級程ではないが数は少ないという)
そして彼は腹の中を全て曝け出していないだろうが、こちらに友好的で、さらにはアリューをことあるごとに諌めてくれていた。
なので俺はまだ希望を捨てていない。
しれっと自分の命を奪える竜殺しを彼らに返し、こうして信用していますよとばかりに背中を預けている。
まあ俺を殺せば彼らも地上へと落ちるのだ。アリューが気を違えたとしてもオードランが必死となり止めるはずだ。
俺から逃げ出したことをみるに、彼は自分の命を犠牲にしてまで竜を殺すつもりはないらしい。
安全かつ誠意を見せられる、我ながら良い案だ。
「白竜殿、遠見の有効圏内を過ぎてしばらく経ちました。そろそろここらを守る騎士団に通信術で、連絡がいっているはずです。下に注意していて下さい!」
『通信術ですか……』
「ええ、私達は残念ながら使えず騎士団とは連絡が取れません。白竜殿には申し訳ありませんが、騎士団には貴殿が敵と判断されているでしょう」
『私も使えないのですから責められませんよ』
通信術という言葉に俺は鬱々とした思いを抱いてしまう。
この世界の人間達の文化や技術水準は、地球での中世そのものだ。
銃がまばらに出始めているが戦争にはまだまだ使えないといったもので、まだまだ竜の脅威になるには程遠いものであった。
だがこの世界はファンタジー。マナの恩恵は竜だけではなく人間にも遺憾なく与えられている。
動力は人間だが現代の無線まがいのものを導入していたり、明らかにただの金属で作った武器ではない竜殺しがあることからも、それが窺える。
適当に膨大なマナを捏ね繰り回すだけで、俺達竜は、原理が良く分からないが何でもできてしまう。
そんなマナを人間達がその科学技術で本格的に使い出したら、それこそファンタジーを飛び越えSFの世界に足を踏み入れてしまうはず。
黒竜が言うには俺も軽く数百年は生きるらしいので(下手をすれば千年)、何もしなければ将来追い立てられて、博物館の剥製行きは確実なのだ。
何故ファンタジーの世界にきて、切実に将来設計を考えなければいけないのか。
馬鹿みたいに世界を飛び回って、自然の中で遊びまわっていたころが懐かしかった。
アリューは苛立ちを隠すことができずに、竜の背中に身を預けていた。
対照的に、オードランは緊張した趣ながらも、初めて地に足を離すという行為に興奮気味である。
彼は敵を前にして浮かれる仲間に若干の怒りを覚えながらも、それよりもなによりも、簡単に背中を晒す竜にその怒りの多くの矛先を向けていた。
彼の右手には、王国でも六本しか現存しない一級竜殺しが握られている。
オードランも鎧が全損したので、同じように二級竜殺しを持っている。
この二本の力は偉大だ。保有者が抜けば、その身に僅かながらも絶大な竜の力を宿し、才能の無いものでも魔法を振るう力を与える。
そしてなによりも特筆すべきはその滅竜特性。
人類最高の、一級竜殺しでも古竜には届かなかったが、色つき相手ならば竜に取りつけさえすれば十分に勝ちを見いだせる。
アリューとオードランがその気になれば、この場で白竜の首を刎ね、得られる頑強な身体と魔力で地上に安全に降りられるだろう。
だからこそ今竜とアリュー達の立場は逆転している。彼らが竜の命を握っているのだ。
竜を憎むアリューにとっては、願っても無い状況であった。
そんな状況であるにも関わらず彼の心の内は荒れきっていた。
愚鈍にこちらを信頼しきる竜に言い表せない、怒りとも苛立ちとも取れない感情を抱いていた。
そもそも彼らの手に竜殺しがあるのも、この白竜があっさりと彼らに返したからだ。
彼等がこうして竜の後ろに取りつくという、絶好の立ち位置にいるのも竜が自分の背に乗れと提案したからだ。
白竜は彼らが自身を傷つけるとは、考えてもいないようであった。
アリューが憎悪の眼で睨みつけながらその首を締め上げられても、オードランが弁明をすればあっさりと引き下がり、翌日にはアリューに普通に接してきた。
何故この竜はここまで人の悪意を疑うのを知らないのか。
どうしてこちらが心配してしまう程、その身を無防備にも晒すのか。
本来であれば彼は、獲物の間抜けさなど嘲笑するだけで済むのに、どうしてもそれが許せなかった。
その理由は彼には分からなかった。考えてもいけない様に感じられた。
そして王国の索敵ラインを突破し、そろそろこの空中旅行が終わりそうになる頃、アリューはするりと竜殺しの刀身を、半分ほど鞘から抜く。
竜殺しの力をいつでも使えるまでに彼の右手には力がこもった。
「あそこに騎士団の連中が見える。旗からしたらサノワ騎士団だ。降りるまで時間は無いぜ。やるならやれや」
ぼそりと、アリューだけに聞こえる声でオードランが呟いた。
オードランは白竜が人類に対して大きな可能性を秘めていることを承知していたが、それでもアリューの判断を優先させてやった。
昨日は竜が妹の姿をとり、見るに忍びなかった。アリューは今錯乱しておらず、竜の可能性を知っている。
ならば彼にとってそれで十分だ。だからオードランはアリューに全ての決定権を投げた。
拳大の大きさであった点が、だんだんに近づき大地に広がる軍勢となる。
六千ほどの騎兵が、鎧を着けず一糸乱れぬ行軍をしていた。その行軍ぶりは二人の所属する騎士団と対を成す、サノワ騎士団であるということを、はっきりと彼らに知らせる。
あちらも此方を視認したらしく進軍を止め、ちらほらと攻勢魔術と弓矢を竜に向け浴びせさせ始めた。
だがそれらは竜の魔力の壁を突破できずに、むなしく霧散したり反れたりする。
『降下します』
竜は二人に告げるとゆっくりと降下していく。
地上に降りてしまえばもう二人は地面に降りるしかない。一旦距離を開けられてしまえば、騎士団の助けも無しに彼らが色つきを仕留めることは不可能になる。オードランはアリューを試すかのように見る。
アリューは唾を呑みこむ。
竜は無事に地面に足をつけた。
「でかい」
アミルカーレが怯えを隠すことができず、口から言葉を漏らす。そして自分が今どこにいるのか思い出し慌てて口を塞いだ。
彼は己の手勢を部下に任せ、フェリクスとオーバンと共に騎士団の中心にいるのだ。
あそこまで大見得を切り志願した手前、怯えを簡単に見せてしまえば何を言われるか分からない。
「心配するな。私もそう思ったところだ」
だがフェリクスはそんな彼を叱ることもせず、軽くそれを許す。なぜならばフェリクス自身も周りには悟られない程だが、恐怖に身を震わせていた。
そして騎士団の誰もが多かれ少なかれ竜の偉容に呑まれている。
王国の精鋭であるサノワ騎士団でさえ、いや戦場を駆け、およそ死をもたらすものを見てきた彼等だからこそ、アミルカーレ以上にその絶対な死に怯えていた。
三級竜殺しの保有者達の身の震えが、他の者達とは比べものにならないことが良い証拠だ。
彼等は下手に、色なしの竜の力を僅かばかり得たからこそ、その絶対的な差が恐怖と共に身にしみている。
あれは人間が小手先ばかりで竜の力を得て敵う相手ではない。
勝負になると思うだけでも竜という君臨者に対する冒涜だ。
彼等の本能の部分がひっきりなしに警鐘を鳴らして止まなかった。
「攻勢魔術及び弓止めっ! 竜殺しを残し、右翼左翼は展開せよ! 中央はこのまま突撃し竜を包囲する! 竜殺しは任意に突撃し竜に肉薄しろ!」
しかしフェリクスの号令と共に彼らは全ての恐怖を押し殺す。
彼等は王国において無類の強さを持つから東方で称えられる騎士団なのではない。サノワ騎士団は常人が失禁するような恐怖を薙ぎ払う。
絶望的な戦場において、時に勝る相手を打ち破り、勝てぬ相手に打ち負けながらも王国の盾になるからこそ、東方にサノワとコルテありと言われるほどにまでなったのだ。
竜とて彼らの鋼鉄の意志は砕けない。
騎士団はフェリクスの号令を今か今かと待ちわびる。
だがフェリクスが突撃と声を飛ばす前に、驚愕する光景が彼らの眼に飛び込んできた。
なんと竜の背中から何者かが二人飛び降りたではないか。
二人の内の片方、栗色の髪をした男はこちらに走りながら大声を上げる。
「コルテ騎士団のオードランが、サノワ騎士団団長フェリクス殿に申し上げる! 剣を収めて頂きたい! こちらに敵意は一切ない!」
騎士団の先程までの戦意が、困惑へと変わる。戦場では眉一つ動かさないオーバンさえ、狼狽えた顔を周りに見せつけた。
その中で団長のフェリクスだけが、誰にも聞こえないよう言葉をこぼす。
「どうやら無駄に死ぬことはないかもしれぬ」
混乱が戦場を支配する中、フェリクスは部下の命が助かるかもしれない、と一人希望を抱いた。
この時こそが、オーシュ王国と白竜の初めての公式の接触であり、後の世に竜戦争と呼ばれる動乱の、終止符となる第一歩となる。
だが希望は開けども、王国が見舞われる災厄は未だその片鱗すら人々に見せていなかった。
実験的に文章を簡素化していっています。どうでしょうか。
ストーリーと共に、皆様のご意見がお聞きしたいです。