ある歴史家の話
これはある売れない歴史学者が書いたメモ。
『各国の歴史学者に重大な史実を一つ上げろと言われたのならば、それは数多くの答えが返ってくるだろう。
だが今は亡き王国の地にある、この共和国の学者に聞けば、私も含めて誰もがあの忌々しい『竜戦争』をあげることになるのは、異論のないことに思える。
戦争、というにはあまりにも短い動乱ではあったが、人類史にこれ程の影響を与えた戦争は類を見ない。
人類の生存圏の中心部にあった王国が、その国土の八割を僅か二日で失陥した様な出来事は、それ程までに歴史というものに傷跡を残した。
近代に教国の急進勢力が築いた『神国』が、機動兵器を持って共和国の国土の四分の一を僅か一週間で侵攻した時、『竜の咢』と呼称されたことは、竜戦争が人の記憶からこびりついて離れないという証左のひとつであろう。
竜戦争は王国に多大な被害を齎した。いまであれば、私達には銃もあるし戦車もあるし、飛行機だってある。
だが当時の人々は身一つであの竜へと向かわなければならなかった。
その結果どれ程王国の人間が死んだかは諸説ある。
しかしどれ程少ない数字を参考にしたとしても、大凡人口の三割は死に絶えたとしている。
この戦争は何故引き起こされたか?
それはマクロ的な見方で言えば、人類の生存圏が緩やかに拡大していったことによる、竜との摩擦。
その時に王国で得られた『竜殺し』なる物の技術によるという見方が大勢を占めている。
人間と竜との間に『大憲章』が制定され、そも今や混血が続き、種族の明確な線引きが困難になっている現代。
今の常識で考えれば到底考えられないことではあるが、人間にとって竜とはただの動物に過ぎなかった。
そして逆に竜にとっても人間は動物に過ぎなかったのだ。
互いに存在を認め合わなかった当時、何故両者が決定的な対立を起こさなかったと言えば、生存圏が明確に分かれていたこと。
そして人に竜と争う術がなかったことが理由としてあった。
しかし上記のニ要因によって全てが変わる。
生存圏拡大は両者の頻繁な接触を招き。
『竜殺し』という技術は人に戦う術を与えた。
接触もしなかった他者がいきなり隣人となったのだ。しかも両方が争える状態で。
その状態に陥り、我ら人間が国家間で日頃普通に行っている外交という利害折衝がなければ、そも互いが互いの存在を認めていなければ。
悲劇的なことになるのは歴史の必然であった。竜戦争は、その悲劇が一気に発露したものに他ならない。
ではミクロ的な視点ではどうか。
これは大きく二派に分かれる。
まずは当時最も人類に友好的であったと言われる白竜。
これに関しては反論の声が根強い。
竜達を扇動したことで原因に挙げられる彼女だが、その原因としても同情を集める物が多い。
和平を求めてきた彼女に非礼を人類側は尽くしたと言われている。
更にはそもそも竜戦争中は魔道具の始まりと言われる首輪を嵌められて精神錯乱に陥っていたとも言われている。
ただ扇動したことを持って非難をするのは、中立的な意見とは呼べないだろう。
事実この論は今でも反竜が多数を占める共和国西部で叫ばれることが多い。
逆に一番被害が大きい東部ではこの論調は少ない。
要員としては国民が文字通り死滅した東部では、記憶を残す者もいなかったこと。
その後竜との交流を図り東部の一部が解放地として定められたこと。
以上をもって現在東部では竜への悪感情は少ないことは、歴史の皮肉とでも言うか。
因みに白竜のその後について知る者は人類には少ない。
生命を寛恕されたものの、自身が仕出かしたことへの後ろめたさからか、彼女は人類圏に入ってくることは少なかった。
彼女の心を裏付けるものとして、人の姿をした彼女は何時も周りの人物たちに対しぎこちない笑顔を向けていたとされる。
彼女の傍には生涯竜殺しとして名高いアリューが傍にいたとされるが、彼らの関係は不明である。
彼らの間に子が設けられたかも分かっていない。
歴史の中で、混血児である半竜が何人も声を上げたが、信憑性は薄い。
だが否定する根拠もないことも事実である。
先程二派と評したが、実質的に大勢を占めている論は、王国貴族のフェルナンを上げる。
非常に意欲的な人物と言われ、その罪はともかくし、人類史で最初となる魔道具を部下を使い造りだしたとも言われる。
しかしこの人物を正確に掴むのは難しい。
後世には歴史の常として、根拠もない否定論が所せましと書かれ、真に信憑性がある資料を見つけることは至難であるからだ。
だがはっきりとしていることは、彼の家は弟が継いだその数年後に、贈賄の罪でおとり潰し、家の者は全員処刑されている。
さらに難しい話もある。
開戦の原因は幾つかあげられるが、終結の原因ははっきりとしない。
王国の正式な歴史書では竜殺しによる英雄部隊が、敵の主軸を討ち、見事撃退したと書かれているのだが、これは余りに信憑性が薄い。
当時の人間の個人的な手記から、黒い竜が現れ、たちどころに竜達を追い払ったと書かれている。
しかし脈絡もない話であり、王国の公式な文書にも書かれていない。
悔しいが真相は闇の中である。
これからも続くだろう私の詰まらない趣味が、歴史の闇を少しでも照らすことができたら、
これ程幸いなことは無いのだろう。これを見る人がいれば、ぜひ私達学者の列に加わってくれると嬉しい。
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