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終わりのはなし

 白竜は只管逃げ続けた。

 追うアリューがこのままでは王国を抜けてしまうと危惧を覚え始めたときに、漸く降下を開始した。

 その場所に息を呑んだ。場所は彼の故郷、全ての始まり。コルテの、彼の村だった。



 倒壊した村の中心部に白竜は着地した。そこに青年は追いつき、数メートル離れた場所で止まる。

 白竜はその表情から何を考えているか、青年には分からなかった。

 ただ、攻撃もせず黙っていることに合わせ、彼も又沈黙を保っていた。


 するとどうしたことか、白竜の身が炎に包まれる。

 そして中からは彼の妻の姿をした白竜が出てくる。

 だがその眼は蒼く、身に纏う力は先程までと遜色がなかった。



「私はここでお前に助けられた」

「……」

「正直助けに来た時は馬鹿な奴だと思った。命知らずの、常識知らずと呆れたものだった。だがお前達は赤竜を退けた。助けてくれた時、凄く嬉しかった」


 背を向けてて辺りを見渡す。


「しかしその時私はあることに気付いていた。お前の腰にあるその剣が私の親の骸だと。気付いた時はお前が助けてくれた後で、その時は怒りで我を失ったことを覚えている」


 動きがぴたり、と止まる。


「そしてあの夜私はお前に問いかけた。信じていいのかと。昔のことを聞いても無駄だと思ったからだ。今のお前との関係こそが真に価値があるものだと考えた。そしてお前は言ったな信じてくれと」

「ああ」

「そうだ。そして実際私もそれを信じた」


 言葉を止める。そして顔に怒りの色が噴出し染め上げられていく。

 人間を心底憎む、その眼だ。


「だがお前は裏切った」

「……」

「やはりお前も薄汚い人間だったのだ。信じた私が愚かだったのだ。お前は悪くないぞ、アリュー。そんなお前を信じた私こそが悪い」

「白竜、おれは」

「言い訳なんてもう聞きたくもない!」


 怒声でアリューの返答を塗りつぶした。


「お前が同胞を殺したんだ! お前が私の親を殺したんだ! お前が私を敵に売ったんだ! お前が! お前が! お前が!! ……お前が全て悪い! お前なんていなければ良かったのに!」


 白竜の息が荒くなる。肩が上下に揺れ忙しない。

 ぽつり、と雨が降ってきた。雨は段々に強くなり、二人を平等に濡らした。青年には雨に打たれて濡れる白竜の顔が、まるで泣いているように感じられた。

 まるで感情を爆発させて怒る童女の様だった。

 白竜の声が止むと、雨の音だけが再び辺りに響いた。息を整えた白竜は静かにアリューに聞いた。


「アリュー、お前はまだ私に信じてほしいか」

「ああ白竜。信じてほしいし、俺は今でもお前を信じている」

「……そうか」


 平坦な声で言葉を続けた。


「ならばこの場で首を掻っ切れ。そうしたら今一度お前を信じてやろう」


 余りと言えば余りの発言だった。しかし青年はそれに対し怒ることも笑うこともせず、ただ誠実に返した。


「お前がその首輪を外してもなおそれを欲するのならば、俺は喜んで掻っ切るよ」

「『我々』に最後まで拘るか薄汚い人間」

「やはりその首輪は白竜を操っているんだな。返してもらうぞ」

「違うな、ただこれによって私は正直になっただけだ」


 すっと白竜の手が挙げられると、膨大な魔力がアリューに叩き込まれた。

 それをアリューは悠々と回避する。


「死ね。人間」


 最後の死合が始まった。







 アリューはやり難さに歯噛みする。

 単純な戦闘能力であれば、彼は既に白竜に迫るものがある。勝敗を抜きにしても首輪を戦闘の途中で破壊するのは造作もないことだった。

 しかし今白竜は人間形態だ。これが非常にやり難い。単純に的が小さくなったことと、何より剣をそのまま振るえばその首を撥ねてしまう。


 跳躍し、殴りかかってくる白竜をどうにか捌く。身体能力は彼方が数段上、竜形態に比べれば幾らか落ちたとはいえ、まだ人間の領域を完全に逸脱している。

 拳をよけ、続き頭に向けて発せられる魔力を首を捻ることで回避した。


 安全に止めるためには一時的にでも動きを止めるしかない。

 急所を避け、わざとあたり、動きが止まったところで首輪の破壊が確実だろう。

 もうこれさえ終わればどうせ戦いなど必要なくなる。死なないのであれば足や腕の一本位、彼女の為に捧げても安いぐらいだった。


 左手に魔力を集中させる。

 これで白竜の一撃を受け止めるのだ。


 仕切りなおす様に二人の距離は開けられる。動くのは次だ。身体を犠牲に捧げる以上、好機は一度きり、首輪の強度はそうはないはずだ。威力は最小限で良い。

 防御に魔力の殆どを注ぎ込んだ。


 互いに動かなかった。探る。動いた方が負けか、機先を制した方が勝ちか、何方が正解かは青年には分からなかった。

 いつの間にか二人とも動き出していた。

 




 やはりだ。やはり人間形態に戻って良かった。

 生け捕りにしたいのかは知らないが、相手が本気を出せていないことは明白だった。

 ほくそ笑みながら目の前の人間を睨む。不遜な人間、その人間は四人でとはいえ、赤竜を下しているのだ。

 真正面から当たって勝てるかどうかは分からない。

 だが『我々』である首輪を竜の姿では守り切れないのは明白なことである。


 ああ卑怯と思うなかれ。

 この眼の前の人間を殺すためならば、どんな情けないことでもして見せよう。

 みっともなく情に訴え、相手の事情に漬け込もう。


 拳を叩き込み、避けられたら逆の腕でマナを相手に打ち込む。人間ではあり得ない程の速さを持ってしても、まだこの人間には届かない。

 距離を開けた。


 しかしだ。相手の攻撃もまた此方に当たることはない。後は体力差で圧殺するのみ。

 再び駆けだす。勝てるまでこの男を、人間を殺すまで何度でも何度でも続けてやろうではないか!







 二人の距離がどんどんと近づいていき、そして最後に二人の人影は重なった。

 白竜は再び右手で脆弱な人間を打ち砕こうとし、アリューは左手で受け止めようとした。

 二人の意思と身体が交錯する瞬間、二人が予想もしないことが起きた。


 青年の右手に持った竜殺し、アリューが魔力を左手に集めたせいで淡く輝くのみだったそれは、二人が重なり合う数瞬前目も眩む光を放つ。

 彼らの周りから光が集まっていた。何年も前の時のあの日、ここで果てた竜が残した魔力が地より湧き出て、一つの意思を成していた。

 

 白竜の右手が青年に迫る。それに対し対処するために左腕を上げようとした彼は、何かに腕を掴まれた。

 青年は驚愕する。何に? 誰に掴まれたのだと困惑する。

 温かいそれは彼をそのまま彼の身体を押し留め、青年の代わりに白竜の前に出た。


 彼は見る。それはただの魔力の塊であった。それでも彼は見える。その温かい背中に彼は一つの確信をする。


 白竜は瞠目した。目の前の存在は何か。だが自身を遮る敵には変わりがない。そして所詮は実体のない塊だ。無視をすればよい、と考えた。

 速度を緩めず通り過ぎようとした時。

 『抱きしめられた』


「は?」


 それは抱きしめたまま、そっと白竜の首に手を添える。首輪に亀裂が入る。その中にいる者達は悲鳴を上げた。

 止めろ、と叫んだが聞き入れられることはない。亀裂はそのまま首輪を一周し。

 音も立てずに二つに割れた。呆気なく首輪だったそれは白竜の首から外れ地面に落ちた。


「あれ?」


 白竜が間抜けな声を上げると同時、それは一気に膨れ上がると二人を包み込んだ。





 

 





 アリューは声を聞いた。それは昔にある竜と娘がした話だった。

 傷つき死に瀕した竜は呼び寄せた娘に言った。


『ああ娘よ。助けに応えこの場に来てしまった者よ。すまない。許してくれ。私は今悪魔に心を喰われかけている』

 どうしたの?


『我はもうすぐ死ぬ。この場でどの同胞にも見られずに死ぬ。それは良い。だが我の子に残さなければならない者がある』

 そんな悲しいことを言わないで。今人を呼ぶから。


『違う娘よ。お前は我に罵倒すべきなのだ。我は子に我を記したものを授けなければいけないのだ。竜は子を産んでも置き去りにする。竜が子に最初に会うのは、子が成人した時。子に自身を記した宝玉を渡す時だ』

 …………


『だが我は死ぬ。子に会えないまま死ぬ。それは悲しい。だが変えられぬ。そして身体のマナは尽きた。僅かばかりのマナで造れる宝玉も造れないまま我は死ぬのだ。しかしこれは変えられる。我の眼の前の者の命で』

 …………


『この声を聞くことができたお前は、僅かなりともマナを繰れる素養がある。お前を殺し体内に溜まる僅かなマナを取り込めば、宝玉を造るほどにはたまろう。宝玉を造り我の遺骸に閉じ込める。そうすれば何時か我の子が宝玉を受け取る日も来るやもしれぬ』

 私を殺すの?


『……そうだ、娘よ。我はお前という一つしかない命を使い、そんな不確かな可能性に賭けて、子に我を残したいと考えているのだ。邪な考えよ。だが我にはその考えは今甘露にも思える』

 …………


『助けに来た者を我は自身の欲のため殺そうとしている。恨め、娘。呪え人間。卑小な我を許さないでくれ』

 ……良いわ


『何?』

 私は貴方を恨まない。どうせ死ぬのなら笑って死にたいの。誰かの為に死にたいの


『強いな……』

 そんなことは無いわ。私は弱いもの。今だって足が震えて倒れてしまいそう


『そうではない。心が強いのだ』

 ねえ白い竜さん。私にも心残りがあるの。最後に愛する人に。アリューに会いたいの


『……すまぬ娘。人を待つほどもう我は保たぬ』

 ……そう


『だが娘。我は宝玉に我の一部を閉じ込め、それを遺骸に込めて死ぬ。その時、そこにお前を入れさせてはくれぬか。いつの日か、それを受け取った我の子が、お前の愛する者に届けてくれるやもしれぬ』

 ならお願いしてもいいかしら


『ああ、そうさせ、て、くれ』

 大丈夫?


『そろそろ、かの』

 そう。じゃあやって


『すまない』





「愛しているわ、アリュー」



 そこで会話が途切れる。

-ねえアリュー。今の貴方には過去の話は必要ないのでしょうね。でも貴方が追いかけている子には必要だと思ったら一緒に見せたの-


 今度は記録ではない。


-正直ね。あの時行かなければよかったって、今でも思うし、やり直せたらやり直すわ。でもね昔は変えられないから昔なのね。変えられるのは今とこれから先だけ-


-貴方が私以外の人を思うとつい嫉妬してしまう。私のことをずっと思ってくれると凄く嬉しい。でも私が好きなアリューはめそめそしている人じゃなくて、前を向く人だわ-


-好きな人がそうじゃなくなるより、私は嫉妬していたいわ。だからねこれからも前を向き続けていて頂戴、アリュー-


-最後にね、記録じゃなくてもう一度だけ言いたいの-


-愛しているわ。アリュー-


 そして視界が晴れた。











 青年はいつの間にか膝を付いていた。

 目の前には同じく座り込んだ白竜が呆然としていた。座り込む前には一つの綺麗な石が転がっている。

 竜殺しを見れば、光が完全に失われていた。

 雨は未だに降り続いており、完全に二人を濡らしていた。汚れ塗れの惨めな格好だった。



 白昼夢ではないことだけは青年にははっきりと分かった。原理も分からないが、それでも後を押されたことだけは理解できた。

 震える身体で白竜に向き直り、何とか言葉を振り絞った。


「これから先どうなるか分からないし、お前が今何を考えているか分からない」


 でもな、と彼は言葉を続けた。


「それら全部を、これから一緒に考えてくれないか。白竜」



















 思考がクリアになったら、もうすべてが終わっていた。

 いつの間にか戦争しかけたら、いつの間にか負けていて、いつの間にかこいつと戦っていてら、いつの間にか過去の因縁っぽいものが終わっていた。

 まるでビデオの早送りでも見ているかのようだった。


 すべてが終わり。止める間もない。

 やる気もない。逃げ場もない。あるのはもう目の前で良く分からないことを抜かす男のみ。

 へへへへ、と変な笑いが起きる。


 

 もう笑うしかなかった。

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