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騎士団だろう、民の盾になれよ

 机と椅子しかない簡素な部屋の中に一人の男がいた。年齢は三十代であろうか。身体の線は幾分か細い。眼を見張るのは、その容姿は年頃の女性が彼を視界に入れればほっと息を吐くほどに端正であることであった。

 我慢弱い女性ならば、もしかすれば男の癖のない小麦色の髪に、そっと手櫛を入れたいと言う衝動に駆られるかもしれない。

 そんな彼は椅子に腰かけながら羊皮紙の内容を吟味していた。愉快な内容ではないのか、眉間には仄かに皺が寄っている。

 ペンでいくつか書き加え、そして採決のサインをする前に、彼は慌ただしく誰かが部屋に足を運んでくるのが聞こえた。


 扉が軋む音と共に、慌ただしく開け放たれる。彼とは対照的に大柄で、筋肉が着込んだ鎧の下からでも分かる。男は急いで走ってきたのであろう。息が切れがちであったが、しかしその顔は蒼ざめていた。


「団長、勅令がでました。出陣せよとのこと」


団長と呼ばれた男はペンを置き立ち上がる。焦ることなく情報を確かめた。


「敵は人か、竜か? 方角と距離は」


「竜です。しかも色つき。方角は東、大荒野。距離は馬を走らせて四刻程です」


「コルテの連中が行った方向か。文字通り竜の逆鱗に触れたか」


「いえ色は白。コルテ騎士団が相手をしたのは黒の筈です」


 団長はしばし右手を顎に当て考え込む素振りをみせた後、すぐさま命令を下す。


「分かった。騎士達を集めろ。従騎士も含めて全てだ。装備は剣と弓、そして馬だけだ。鎧は付けさせるな。三級竜殺しは全て動員する。あとは二級竜殺しが動員できないか、通信術が使える者に王都に問い詰めさせろ。私も着替えすぐ行く。副団長、先行して今言った事を広めろ」


「了解しました。フェリクス様」


 ドアも閉めないまま、来た時のようにオーバンは急いで部屋を後にした。部下がいなくなると無表情であった顔を、フェリクスは苦々しく歪める。そして忌々しく机の上の羊皮紙に視線を落とした。

 それは先の竜征伐の失敗により、王国における東の守りの双璧、コルテ騎士団が壊滅したとの報であった。


「だから無理な攻勢は中止するよう進言したのだ。王にとっては騎士団は取るに足らない駒なのかもしれんが、下手をすれば盤すらも崩れてしまうぞ」


 吐き捨てると、すぐさま部下に追いつくため部屋に常備する戦用の衣服に手を掛けた。服には十字の紋様が刻まれた盾に、一羽の大鷲が止まっている紋章が刺繍されていた。

 それはコルテ騎士団と同じく王国の東方防衛の要である、サノワ騎士団を象徴するものであった。



 

 


 サノワ騎士団の駐屯する砦では、出兵の準備のため階級問わず多くの人が動いていた。彼らが戦支度を整える様は途切れることなく迅速だ。

 竜だけではなく、近隣の貴族軍の反乱を即時鎮圧するため、常時から王国の富が騎士団にはふんだんに注ぎ込まれている。


「アロワの隊はどこにいる!」


「連絡が取れ今砦に戻ってきている! まもなくだ!」


「そんなところに馬を出すんじゃない! 装備を出すのに邪魔だ!」


「少し待て! 先に砦外に並べなくてはつかえてしまう!」

 

 オーバンは砦内の広場で部下に指示を飛ばしながら、問題がでてきていないか準備を見張っていた。

 彼が監督しだして幾許かしないうちに、建物内から戦支度を整えたフェリクスが出てきた。

 

「どうだ?」


「滞りが無く。巡回に出ていた部隊は今帰路についています。三級竜殺しも支給分十本、問題なく支度を終えます……ですが」


「どうした」


「連絡した王都から返答が来ました。付近には一級はもちろん二級竜殺しも存在せず。現有の竜殺しのみで対処せよ、とのことです」


 フェリクスはたまらず空中を見上げる。色つきに対して三級で立ち向かえとは、死ねと言われているに等しい。


「二級以上の竜殺しの保有者は、確かに騎士団に所属していても指揮権は王にある。それは確かだが原則として、どの地域においても二級は一人以上は滞在しているはずだぞ!」


「王都から征伐軍に一級と二級の組を派遣する穴埋めのため、東部の二級の保持者を一時的に王都に呼んだようです。そのため今はこの地に二級はありません」


 つまり今東部はコルテ騎士団が壊滅し、二級以上の竜殺しが存在しないという、戦力の空白ができてしまっているということだ。

 王国軍の戦力増強を目論みした出兵により、逆に戦力低下を招くとは、皮肉が過ぎるだろう。


「団長。壊滅したコルテ騎士団の生き残りについてですが」


「壊滅の件を知っていたか。私もつい先ほど文で知らされたのだが」


「コルテ騎士団ではなく、私達に迎撃を命じられれば、部下達も私も自ずと分かりますよ。それで征伐軍の残兵と、コルテ騎士団に保存されていた竜殺しが、こちらに向かっています。勅令では指揮権を団長に委ねるとのことです」


「竜殺しとその保有者だけ受け入れ避難させてやれ。戦場ならばともかく、二度も死地に行かせるのは哀れに過ぎる」


 フェリクスは既に完全な負け戦になると判断していた。そもそも戦いになるかすらも自信がなかった。

 だが彼らは騎士団だ。平時にふんぞり返ったり、勝ち戦をするだけが仕事ではない。

 むしろ守りを主眼とするサノワ騎士団は、負け戦に対してどれほど王国が流す血を抑えるかこそが使命である。


「竜殺しを受領した後、我々は東に進軍し飛んでくる竜の気を引く。竜殺しの保有者が全員殺されるまで竜を足止め、そしてできるだけ竜殺しを回収して撤退戦だ。その時まで騎士団の体を保っていればだがな。その後の時間稼ぎは臆病者の貴族軍がやるだろうよ」


「了解しました」


 なんということもなく、オーバンは死地へと赴くという団長の命令を受ける。副団長である彼も、もちろんこれから戦場へ向かう。

 ほぼ死ぬことになるにも関わらず彼はいたって平静を保っていた。そして上司が絶望的なことを話しているのが耳に届かないはずはないのに、騎士達の仕事は止まることがない。


 なぜなら彼と騎士達は、騎士であり、卑怯者と呼ばれるのは死んでも御免という輩である。

 さらに彼らは団長の指揮を疑うことを知らず、団長が死ぬしかないとするならば、騎士である限り死ぬしかないと信じているからだ。


「すまんな、オーバン。竜の胃袋の中は臭く堪らないと思うが、副官である以上私と共に来てもらうぞ」


「お構いなく。元より男ばかりでむさ苦しい砦に何年もいるのです。多少湿っぽくても構いませんよ」


 フェリクスは、見た目に反して冷静かつ皮肉屋である副官の言葉に僅かに笑いをこぼす。周りで準備しながら盗み聞きしていた騎士達も茶々を入れた。


「そりゃひどい、副団長!」


「貴方が女の香りを知っているとは知りませんでした!」


 砦の中を笑いが包む。悲壮な雰囲気など微塵も発さず騎士達は支度を止めない。

 そんな騎士としてかくあるべきという光景が繰り広げられた。




 


 だが水を差すように砦門から大きな騒ぎ声が騎士達に聞こえてきた。

 どうやら馬を外に連れ出すため開門した門で、一悶着が起こっているらしかった。


「団長殿! サノワ騎士団、団長殿! 御目通りを願いたい!」


 何事か、とフェリクスが騎士達に確認を取らせる前に声を上げている人物が、砦内の広場に走り込んできた。

 騎士団が使うものとは違う鎧を着こんだ赤髪の青年、いや少年だ。腰には一本のロングソードを装備していた。格好からして騎士団の者ではないと一目で見てとれた。

 突然の闖入者にフェリクスはするどい詰問を投げる。


「貴様は何者だ! 誰の許しを得てここに入った! ここは騎士団直轄の砦であるぞ!」


「あ、いや申し訳ありませんっ。王国の危機と聞いて、いても立ってもいられず無礼をっ。僕は、違う私はアルベール領主の息子、アミルカーレと申します」


 跪きアミルカーレは名乗りあげる。僕と言い間違えかけたり、叱責されれば慌てふためいて謝罪することといい、その容姿通りまだまだ青さが抜けきっていない少年だ。

 オーバンは記憶を掘り起こしながら彼の上司の代わりにアミルカーレを問い詰める。


「貴様の父アルベール領主は、この辺りを治める領主の一人であったな。その息子である貴様が何故ここに来た。今私達は王から勅令を賜って行動しているのだ。邪魔立ては王への謀反へとなるぞ」


「邪魔立てなどとんでもない! 私は民が暮らす領地に悪竜が飛んできていると耳にし、それを征伐するサノワ騎士団のお助けになればとばかり、僅かではありますが手勢を率いて馳せ参じたのです。民の危機の前に胡坐をかいて傍観していては、家門に傷をつけます!」


 団長殿、と門から騎士の一人が駆けつけてくる。騎士はアミルカーレの言を証明する様に、砦外に五百ばかりの騎兵が集まっていることをフェリクスに知らせた。

 

 フェリクスとオーバンは顔を見合わせる。

 王国軍に属する騎士団と、貴族を主人に仰ぐ貴族軍は、名目上は外敵に対して手を合わせ戦う仲間であるが、実情はそれほど簡単なものではない。

 

 貴族にとって王国軍は、味方であると共に自分達を押さえつける敵でもある。隙あらばと騎士団の弱体化を狙う者がほとんどだ。

 今回も準備が整わない、兵が集めきれないと、なにかと理由をつけて出兵を遅らせていた。


 つまりはこの少年は、それを踏まえ策を弄し、さらに騎士団を疲弊させようとする策士か、そんなことも読めぬただの馬鹿だということだ。そして二人の前の少年は、おそらくは後者だ。

 

 どうしますか、とオーバンが眼でフェリクスに問いかける。フェリクスは軽く息を吐く。死ぬ前にこんな間抜けを相手にすることになるとは、と呆れた。

 だがフェリクスはそこまで気を悪くしていない。臆病者の典型的な貴族共よりは、目の前の阿呆の方が余程好感が持てた。

 

 だからこそ彼は優しくアミルカーレを諭す。


「その意気やよし。だが貴様などが、いようがいまいが関係は無い。私達はこれから死地に向かうのだ。無駄に命を散らすこともあるまい」

 

「謙遜を。サノワ騎士団といえば竜を数多屠る王国の盾ではありませんか!」


「私達が屠ってきたのは殆どが色なしの竜どもだ。色つきなど数える程、しかも此度は事情が違う。……貴様の剣を貸してみよ」


 フェリクスは素早くアミルカーレの腰の剣を抜き取り掲げる。大した特徴もなく、使い込まれた剣であったが、手入れが行き届いている。


「良い剣だ」


「ありがとうございますっ」


嬉しそうにアミルカーレが答える。


「ではアミルカーレ。この剣で砦の壁を割ってみろ。割れたなら連れて行ってやろう」


「剣で、ですか?」


 フェリクスは少年に剣を返してやる。それを受け取りながらアミルカーレは困惑した。

 王城の城壁程頑強ではないが、この砦も石造りのしっかりとしたものだ。唯の鋼鉄の剣ではとても傷つけられるものではない。

 しばらくうんうんと唸るアミルカーレであったが、答えなどでるはずがない。


「無理です! 剣では石は割れません」


「では諦めろアミルカーレ。私達はこれからその剣で石を割るという困難に、等しいことをしにいくのだ。それが到底できるはずがないと知りながらな。死ぬと分かっていて、向かう馬鹿は、私達誇りあるサノワ騎士団だけで十分だ」


 だから帰れとフェリクスは少年に言い聞かせる。口調は弟に物事を教え込む兄のものだ。

 

「貴様の矜持はこのフェリクスがしかと見た。王都の大貴族に劣らぬ黄金の誇りだ。サノワ騎士団団長がそれを保障しよう」


 命を惜しまない馬鹿は自分達だけで足りていると諭す。周りの騎士達が少年を見る視線も柔らかなものだ。

 立派であると、お前のような者を守れるなら、それは騎士の誉れであると語っている。

 

 アミルカーレが普通の少年であったなら、これで引いていただろう。だが騎士団たちが命を捨てる馬鹿者共の集まりなら、アミルカーレという少年もそれに負けない程の大馬鹿者であった。


 少年は壁に向かっていきなり走り出す。

 騎士達がその奇行に疑問を呈する前に、なんとアミルカーレは石造りの壁にいきなり頭突きを始めたではないか。

 しかも生半可なものではない。少年の額からすぐさま血が流れ始めたのが良い証拠だろう。


「何をする!」


 一人の騎士が少年を止めようと駆けようとすると、アミルカーレは振り返り騎士達に向かって叫ぶ。


「割れました! 剣ではありませんが、僕は石を割れました!」


 だらだらと額から血を流しながら少年が、壁のある部分を指さす。なんとそこは元々石が弱いところであったからか、僅かに罅がはいっていた。

 ぽかんと口を開けて、フェリクスとオーバンを含め騎士団の全員が呆然とする。


「僕の頭は石頭ですが、皆様の中にはそれ以上の頭の持ち主がいるでしょう! いやそれ以上にもっと強力なものをを持っている方もいらっしゃるはずだ! なら竜を傷つけられる人だってきっといる!」


 少年は無茶苦な理論を振り回す。喋り終わりぜえぜえと少年が呼吸する音だけが砦内に響く。

 だが次の瞬間前におきた以上の、腹の底から湧き出る程の大笑いが騎士全員から上がる。

 先程は頬を少し釣り上げた程度のフェリクスが、眼尻に涙を溜める程のものなのだから、砦内どころか外にすら漏れる大笑いだ。


「ははっ! そうだな小僧の頭で石を割れるんなら、俺の頭は王城の城壁も砕けるよな!」


「じゃあ俺の拳はオリハルコンだって粉砕だ! 竜の頭だって卵と一緒だよ!」


「それじゃあ俺は」

「おいそんな粗末なもんしまえよ」


 腹を抑えて笑い疲れたフェリクスが、アミルカーレに近づいて問いかける。


「はあ、おい小僧! 貴様はしかと親の許しは得てきたのだろうな?」


「勿論です!」


「そうか、そうか」


 フェリクスは思い出し笑いをし、頬をひくひくと歪めながら少年に確かめる。

 そして顔を騎士団長のそれに戻して高らかに騎士達に命令した。


「よしお前達! 私達はこれから竜征伐にでる! 剣や弓などとけち臭いことは言わない! 何だって使って良いから竜に痛い目を見せてやれ! コルテの連中が壊滅した以上、私達が王国東方の最強の騎士団だ! そこらの小僧が石を割れて、王国東方最強の私達が竜を殺せない道理はない!」


まるで勝鬨を上げたような鬨の声が砦を包んだ。




長くなって竜を出せなかったです。

こういう馬鹿な男たちを書くのも大好物。

竜である主人公には絶対に勝てないのだけど。

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