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覚悟だ、奇跡を我が手に

 竜達は赤竜の独走と竜殺しの突撃により、多少混乱してしまったが、すぐにそれは収まった。

 指揮する青竜は弱い竜達を通常の兵達に向かわせ、強者のみで離脱する竜殺しを追撃させた。

 通常の兵では竜を殺すことは出来ず、竜殺しでも多数を占める下級では色付きは殺せない。


 この采配により竜の被害は目に見えて減る。


 空から降りかかる竜に連合軍は万の攻勢術による迎撃を行うが、眼くらましと多少の埃を付ける以外の効果はなかった。

 だがそんなことは人間側としても百も承知だった。ただやらないよりは増しという話だ。

 竜が大挙して自軍の中に着地し、辺りの人間を薙ぎ払う。


 人類が採用した戦略は簡単だ。隊列を限界まで広げ密集を避ける。

 そして全軍の統一した動きは最早不要と個別の隊に指揮権を委譲する。

 つまりは少しでも殴られた時の被害を少なくし、少しでも長く戦えることを考えた作戦であった。

 最初から竜に勝とうなどと軍は思ってはいない。ただの時間稼ぎとして存在していた。


 彼らにとっての最後の希望は突撃していった竜殺しであった。






 四人と赤竜は死闘を繰り広げる。

 アリューが竜殺しを振るえば、その切っ先から魔力光による攻撃が放たれる。魔力の密度が尋常ではないそれは、物理的な攻撃力を持っていた。

 ただの竜にならば十分な有効性を持っていたが、竜の頂点に立つ古竜にとっては強い日差しに過ぎない。

 幾らかの表面を焼くがそれ以上の効果はなかった。


 やはり直接竜殺しを相手の身に突き刺すしかない。四人はそう確信する。

 問題はどうやってその必殺の一撃を相手に打ち込むかだ。


 赤竜の周りを跳び回りながら、四人は突破口を探る。尾や腕による攻撃は目標が四人であることと、強力な竜殺しによる手助けによりどうにか回避できている。

 だがそれだけだ。


『避けてばかりでは何もできんぞぉ!』

「っ!」


 ブレスを避けた後のオードランの元に尾が高速で迫る。

 幾ら強化を受けたこの身としても、直撃を受ければ身を砕かれることになる。即座に術式によって身体に強力な下向きの力を掛ける。

 重力に更なる力が加わることで彼の軌道は大きく変わった。


 僅か頭上を尾が通過していく。それを剣で切りつけるも、赤竜側もそんなことなど把握しており障壁により阻まれる。

 また例え成功したとしても致命傷には程遠い。

 着地すると、またすかさず跳躍し高速軌道を止めない。同時に他の三人を見渡し状況の把握を行う。


 一番攻撃の対象になっているのはアリューだ。彼の持つ竜殺しは赤竜の防御を抜く。赤竜としても近づけさせたくはない。

 逆に他の三人には数回の好機が訪れている。先程のオードランの様に剣を突き立てることも数度適ったが、それでも有効打ではない。


 このままではジリ貧になる。悟った彼らの内、ジルとギーは動き出した。

 ジルは赤竜の迎撃されやすいようにわざと直進で接近する。当然にすぐに爪が引き裂こうと降りかかった。

 ジルはそれを無視し、代わりにギーが補助になる。彼はジルを後ろから前へ土埃とともに攻勢術で吹き飛ばし、攻撃から逃れさせた。

 赤竜の手は代わりに盛大に土を穿つことになり、空振りに終わった腕にギーは着地し切り払った。

 障壁で防御されるも、それは囮だ。


 結果的に赤竜の意識から外れ胴体部分に急接近することになったジルは、急所である首を目掛けて剣を駆り立てた。

 それでも届かない。ジルの攻撃は防御に弾かれ、機を逃した彼らは後退するしかなかった。




 これはやべえかもなあ。

 オードランは戦闘に身を預けながら危機感を感じ始める。敵からは一撃も貰わず、此方の攻撃は度々当たるも効果がない。

 拮抗しているかと錯覚する人間も出てくるかもしれないが、そんなものは幻想だ。

 このままではジリ貧で負ける。


 竜と人間の防御力の差は比べものにならない。彼方は全力で急所を襲われて漸く効き、こちらは一発何処にでも喰らえばやられる。

 そんな戦闘下で人間が竜と持久戦をやるのは自殺行為だ。そもそも体力差も相当なものなのだから。


 それにだ。彼は遠くに眼を見やる。王国軍と貴族軍もそう長くは持たない。軍が抜かれればその矛先は王都に向けられるだろう。

 そして主要な竜を打ち取り相手の瓦解を狙う戦略ならば、こちらがまだ少なくとも戦える状態にないといけないのだ。

 早急に決着をつけなくてはいけない。この強者相手にだ。


 狙うならばアリューによる一撃。障壁による防御が無くても黒い竜殺しの威力では、決定打は打てない。


 しかしアリューは完全に狙われている、彼が赤竜の首に剣を突き刺すには相当の隙が必要だ。



 やるしかないのかねえ。軽く息をはく。

 右腰に括り付けられているもう一本の鞘、そこには黒竜から貰った竜殺しが収まっている。

 四本が此処に居る人物たちに配られ、残り二本の配備が検討された時、無理を言ってもう一本を頂いてきたのだ。

 強硬に押し通し告げなかった二本目を持っている理由。こんな手を彼も使いたくはなかったが、悠長に他の手を考えている暇もない。


 

 それでも彼は少し考え込んでしまった。

 今までの人生を振り返る。

 義弟(馬鹿)と妹(馬鹿)が夫婦の間に起こした問題の解決に走り回ったこと。

 狂った義弟のために竜相手に戦場を駆け抜けたこと。

 新しく狙っている女を助けるために無謀な敵に立ち向かっていること。

 そして今回の頭を弄繰り回された義弟の思い人の為に竜の群れにこうして突っ込んでいること。


 なんだ、馬鹿を助けてばかりではないかと、彼自身驚愕する。しかし悪い気分ではなかった。

 むしろ今の彼の心境は心から楽しんでいた。先は暗いが、馬鹿共の物語を幸福で締めくくるのが今の彼の生きがいだ。

 物語の最後に『皆が幸せに暮らしました』と彼は記すのだ。そのためならば多少のリスクは喜んで被ろうではないか。


 とっとと物語を終わらせてしまおう。不幸なだけの話は読者も見飽きたことだろう。後は砂糖菓子の様に甘い物語を。


 彼の覚悟が決まった。







「アリュー!」


 青年が次第に焦燥に駆られていた中、義兄から声が届く。詳細を聞かずとも分かった。

 道を切り拓くから準備しろ。彼はそう語った。そうならば青年は唯信じるだけだった。


「ジル、ギー殿! 協力を!」


 更に男は仲間にも声を掛ける。二人にとっても何を考えているかは掴みかねるが、信頼する仲間の協力に乗ることにした。

 二人はすぐさま露払いに動く。左右別方向から赤竜に近づき、その両腕に飛び掛かった。

 迎撃するにせよ、大人しく切り払われるにせよ、両腕がほんの数瞬使えなくなる。それを見たオードランは脚力を一気に強化し赤竜の頭上高く飛び上がる。

 そして上空から赤竜の顔に剣を突き立てようとした。


 それをさせじと赤竜は威力を強化したブレスを彼に向ける。赤竜は唯の無謀な突撃だとは考えていない。

 前回の戦闘時、この者は身を捨てて道を切り開いた。此度もなにかあるだろうと気を引き締めていた。


「おうおう、そんな全力で迎撃せんでもいいのに。少しは労わってくれや」


 茶化し、左手一本で竜殺しを持つと、右の二本目を『抜き放った』


 王国では竜殺しの二刀流などいない。膨大な魔力を身一つで操りことは相応に負担であったし、そも二つの経路から魔力を摂取した場合、体内で魔力の『混線』が起こる。

 異なる流れの魔力が体内で激突し、その身を引き裂くのだ。だがそれは逆に魔力の爆発ともいえる、瞬間的で桁外れの魔力出力を行えるだろう。



 その身を顧みず二本目を抜き放てば、そしてもしもそれが一級を超える竜殺しであったのならば、その身に更なる巨大な魔力を灯すことも可能なのだ。


 今までに見たこともない強固な守勢術が落下するオードランの前に展開された。

 術式に先程までの数倍以上の魔力を強制的に流し込んでできた代物だ。

 それは赤竜の攻撃を難なくと防ぎ切った。

 だがオードランは既に満身創痍だ。身体中で暴れまわる魔力が、身を断裂させていく。鎧から幾筋もの血が流れ出た。


「どんな、もん、じゃい」


 そのまま斬りかかる。左手の竜殺しが目指す先は赤竜の口の中だ。口の中を竜殺しで掻きまわすつもりかと捉えた赤竜は、そうはさせじと、自分からオードランの左腕の根元までを口に納め、そのまま牙で噛みちぎろうとした。


「ギィッ!」


 剣の様に鋭い牙は腕を大凡四分の三まで喰いちぎった。もはや腕は肩に付いているだけと表現できる。当然力など入るはずもない。


 しかしだ。オードランにとっては必要ない。

 彼は守勢術を解いてからこの瞬間まで全ての魔力を左腕と竜殺しに集めていた。その量は凄まじく、白竜が放つブレスに込められた物に相当するだろう。

 そんな魔力を彼は、


「バーン」


 赤竜の口の中で盛大に弾けさせた。凄まじい爆発が起こる。赤竜は一瞬とはいえ凄まじい威力の一撃に頭を揺さぶられた。

 これにより数秒の隙が起こる。この世のどの財宝よりも貴重な時が、竜殺しに転がり込んできた。


 


 アリューは地を駆け抜ける。

 ぼろ絹の様に全身が傷つき落下していく義兄を、その眼にしながら駆け抜ける。

 風の抵抗を全面に受けた鎧が赤くなっていく。魔力で強化した皮膚がそれでも耐えられぬと、顔の頬が破れ、一筋の血となる。


 彼の義兄があのようにボロボロになっているのは自身のせいだ。

 あの時仕留めきれなかったからこそ、赤竜は目の前にいる。今度こそ仕損じてはいけない。

 未だ使い慣れない新たな竜殺しから魔力を引き出していく。引き出し、引き出し、際限なく掬い取る。

 そしてそれを剣と足に載せる。


 彼は一本の矢となるのだ。オードランがつがえ放った希望の矢に。

 その矢に保身など不要。


 彼の速度は際限なく上がっていく。前回は古竜の領域にさえ、刹那であったが届き征した。だがそれでは駄目だ。それで漸く互角となるのだ。

 脆弱なる人間が古竜を征するためには一要素がただ凌駕するだけでは足りない。

 圧倒的に、絶望的に、絶対的に。理さえ無視し文字通りの『超越者』とならなければ古竜を殺すことは出来ない。

 

 身体の軋みなど戯言。

 魔力による身体の破損など戯言。

 焦げる皮膚の悲鳴など戯言!


 全てを捨て、全てをこの瞬間に注ぎ込むのだ。



 そして彼は、

 音を置き去りにした。


「おおおおぉおぉぉおおおぉぉおぉぉ!」


 青年の口から咆哮が沸き起こり、彼の竜殺しが赤竜の喉に突き立つ。

 張られた魔力障壁は一瞬に砕けた。

 堅牢な鱗は紙のように裂かれる。

 鋼鉄の鎧である筋肉はその役目を果たせなかった。


 二人の人間が生命を振り絞った一撃は、絶対者の命に今到達した。

















「駄目だ! これ以上維持できない!」


 連合軍は悲鳴を上げる。僅か半刻で彼らの内十五万は死ぬか重傷を負うかで地面に転がっていた。

 矢が弾かれ、魔術が届かず、剣が弾かれる。そのような絶望的な状況の中、連合軍はそれでも竜を押し留めようとしていた。

 それも最早限界。既に凡そ半数が倒れた軍隊では、竜の動きを止めることは出来なくなっていた。


 まだ戦えはする。まだ抵抗できはする。

 

 だが戦の主導権は完全に竜に奪われた。それは何を意味するか。

 彼らにとっては兵士も国民も等しく弱者。そこに差はありなどしない。ならばだ。残り二十万の兵士は捨て置き、首都にいるそれ以上の大勢の国民を襲いだす竜が現れるのは当然だった。


「突破されるぞ! 撃ち落せ!」


 数匹の竜が瓦解した軍勢を無視し王都へと翼を向ける。

 それを兵士達は何とか止めようとした。攻勢術を放ち、矢を射かけ、限定的に飛べるものは直接斬りかかろうとした。

 しかしそれらも効は成さない。

 開戦時に比べれば薄くなった妨害を竜は意に介さず、それを撃ちだす者達に興味も持たなかった。

 その様な動きが戦線の彼方此方で起こっていた。離脱する竜の二割を何とか再び封殺したが、残りの竜凡そ百数十を取り逃してしまった。


 追いかける訳にもいかない。

 目の前にはまだ抑えなければならない敵がいる。

 誰もが涙を流しながら、守るべきところに竜が飛んでいくのを見逃すしかなかった。











 王都の一角の貧相な家に、少年と黒竜はいた。古臭い、誰もいない家の中で座っていた。

 家に着くと自然と二人は黙っていた。

 

「おい、少年」

「なんだよ、気持ち悪い喋り方だな」

「お前の親はどうした」

「お前と一緒だよ。死んじまった。ついでにその時に良く分からねえ奴らが家のもんごっそり持っていきやがった。今は俺が持ってるのはこの家だけさ」


 また黙る。

 黒竜は理解していた。僅かだが自身の歯車が動き出していたことを。微かだが自身の心が温まり始めていたことを。

 もしもだ。もしも彼がこの少年ともっと前に出会っていたとしたら。


 そこから二人の物語が花びらいたことだろう。喜劇か悲劇かは分からないが、それでもこの世界の隅に確かにその存在を紡いだころだろう。

 そして黒竜は理解していた。その様なことはあり得ないことを。鋭敏な感覚が、人間に死を運ぶ者が近づいていることを察知していた。

 語らうことも心を交わすことも、圧倒的に時間が足りない。


 それでも黒竜は問いかける。


「おい、少年」

「いい加減その呼び方止めろよ」

「来るぞ。竜が。国の兵士どもは押し留めることはできなかった。もうすぐ死が来るぞ」

「…………そうかい」

「怖くはないのか」

「……怖かねえ」


 聞くのも無粋だろう。小さく震える童が怖くないわけがない。


「俺にはもう殆どなにもねえ」


 かみ合わない歯を鳴らしながら少年は言った。


「お父もお母もいねえ。金もねえ。友達もいねえ。持ってるこの家もその内に取り壊されるだろうさ」


 少年は黒竜に向き直り両手でその肩を掴む。黒竜を見つめる黒眼が爛々と輝いた。

 その姿は今完全に『彼』と一致した。


「でもな俺にはこの心がある! お父とお母が褒めてくれたんだ勇気のある奴だって。だから俺は最後まで怖がらねえ! これまで無くしたら、もう俺には何もねえ! だから絶対にこれだけは捨てないんだ!」

『僕には何もないんだ。だからせめて心の中にある僕の誇れる物だけは絶対に捨てられないのさ』


「あぁ」


 黒竜が震える声を漏らした。

 似ている。唯の強い蜥蜴に過ぎなかった己に誇りを教えてくれた者に。

 似ている。最後には自身の力で引き裂いてしまった友に。


 姿ではない。心がだ。


 この者と一緒にいたい。心からそう思った。

 

 黒竜が立ち上がる。


「おいどうしたんだよ」


 少年が驚き尋ねる。そして口を噤んだ。十も生きていない彼には黒竜の顔に映るものが分からなかった。


「おい、少年」

「な、なんだよ」


 数千年を生きる超越者は微笑み聞いた。


「お主の名前は?」


 時が動き出した。

完結まであと数話ですので

それまで感想返しは少しだけ控えさせていただきます。今は投稿に集中します。

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