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決闘だ、雪辱をはらせ

「王よ、ここも随分と静かになりましたな」

「……此処に残るのがお前とは随分と皮肉なものだ」


 決戦が始まった同時刻。

 玉座の前で二人の人物が対峙していた。王とオラニエ公。対立する両派の」トップが向かい合う形になっていた。

 王国の最高権力の場であるのに今はここも人の数がかなり少なくなった。

 いるのは義務を果たさんと控える衛兵と、一部の文官、武官の者達だけだ。他の者達は昨夜決戦の準備を果たした後、逃げるように去っていった。

 最低限の義務は果たしたとはいえ、これでは情けないと王は溜息をついた。

 兵士が命を掛けているのだから、敗れれば共に滅びる覚悟位は決めてほしいと思うのは贅沢であろうか。



「そう悲観することでもありますまい。誰も泥船になど乗りたくはありません。周りが逃げたことなどそう悲観することではありませぬ。自然の摂理というやつですな。寧ろ、此処にこれだけの人間が残ったことを誇るべきですな」

「お前が残るのは予想できなかった……」

「高貴な血ほど王国と自身の身は一体となるものです。それ程可笑しくはない」


 苦笑するオラニエ公は抱えていた秘蔵の酒と二つの酒杯を王に見せる。


「如何ですかな」


 従者を使わず、自分で持ち歩くなどある程度の地位にある者にとっては下品な行為だが、今更咎める者もいない。

 そして王と臣下の間の儀礼に対して言う者もまた然りだ。


「よかろう。持って来い」


 オラニエ公は臆さず玉座のすぐ傍まで来ると、酒杯の一つを王に渡す。そしてもう一つを自身で持つと、両方に酒を並々と注いだ。

 下品だが、酒瓶は地面に置く。


「では王国の勝利を祈るという事で?」

「手が震えて酒がこぼれそうだぞ、オラニエ。大丈夫か?」

「指摘されるとは興がありませんな。私は臣下として伏せておりましたのに」


 二人の杯の水面は、波紋を幾つも描いている。二人の手が小刻みに震えているのだ。


「そんな物は不要だ。ここまでくれば必要なのは意地と見栄だけよ」

「ですな」


 では、と二人が笑う。


「王国に勝利を!」

 









「前へ進め! 止まるな! 振り返るな! 足を緩めると呑まれるぞ!」


 竜殺し凡そ九百が三千の竜の中を突っ切っていく。

 彼らからすれば周り全ての光景が竜で埋め尽くされている。一団から離れた瞬間、揉みつぶされるのは必須だ。

 前を上級竜殺し達が切り拓いていくが、後続も絶え間ない攻撃に晒されている。


 既に集団は一回り小さくなった。大凡百余りが戦場に散った。

 それでも進み続ける。目的は敵中央部までの侵入。敵を殺すことよりも一歩でも先へ進むことを優先する。


 色付きの竜からブレスがとんでくる。

 それを竜殺し百は守勢術を同時展開することで受け流す。捌ききれず一団の一角が吹き飛ぶが、そんなことを気にしている暇もない。

 空いた穴を竜殺し達は更に密集することで埋める。


「そろそろかな! 何だか周りの光景がやけにカラフルで綺麗だよ!」

「さあな! しかし目的の白竜は見えた! 後はそこに向かって進むだけだ!」


 集団先頭で突っ走るジルとギーは黒い刀身を振るう。

 黒竜が授けたこの竜殺し。性能はアリューの物とは比較にならないが、それでも一級よりは様々な面で優れていた。

 二人はその性能に驚きながらも攻勢術で眼の前の竜を蹴散らす。

 殺傷能力ではなく、衝撃を重視した術式だ。相手を撃ち減らすことは適わないが、目の前からいなくならば敵が減ったのも同義。

 他の竜殺し達も守勢術と相手を退けることを主軸に置いている。


 白竜までそう距離はない。うまくこのまま駆け抜ければ大凡、六百位の竜殺しが到達できるだろう。

 だがここで変化が起きる。

 前の竜の密度が突然に薄くなったのだ。竜殺し達の行軍速度が上がる。

 喜ばしいことであったが、誰もが何故と疑問に思った。しかしそんな疑念もすぐさま晴れることになる。


 前方の竜の壁が完全になくなった。

 一団が抜けた先は竜がまるで存在しない半球状の空間だった。

 周りは空も地表も竜で埋め尽くされているというのに、彼らがいる空間、そこだけはぽっかりと竜達がいない。

 辺りを旋回しつつも竜殺し達を襲おうとはしなかった。

 理由はすぐさま分かった。彼らの視線の先、そこには二匹の竜がいる。一匹は赤で、もう一匹は白。

 両者の力は凄まじい。まだ距離があるというのに下級竜殺しの中には震えあがる者も出た。


 相対する彼らが何か行動を起こす前に、旋回する竜の壁から一匹の竜が飛び出してくる。

 翡翠色の鱗を持つ、力をもった竜だ。それは上空から竜殺しを襲おうと画策し、

 横から放たれたブレスで火球に変わった。

 絶叫と共に竜は竜殺し達から少し離れた場所に堕ち、暫し悶えた後息を絶った。


 放ったのは白竜の横で壮絶に嗤う赤竜だ。

 他の竜達が近寄らない理由がこれだ。下手に近づけば赤竜に焼き殺される。色付きでさえこうなのだ。

 木端な灰色の竜達では接近することも適わない。


『よく来た小さき強者達とその他有象無象共。歓迎しよう』


 赤竜が彼らに語り掛けてきた。




 一団の先頭から二人の男が前に出る。

 言うまでもない。オードランとアリューだ。二人は白く輝く刀身と、黒い刀身を引っ提げ赤竜と対峙する。

 戦いの場であるならば、必ず目の前の存在は出張ってくるだろうとは分かっていた。だからこそ驚かず不敵に返した。


「呼んでもないのにきやがって。行くまで待ってろクソ野郎」


 アリューが竜殺しの切っ先を向けながらそう罵った。それを赤竜は嬉しそうに尾を動かしながら受け取った。


『何暇を持て余し過ぎたから来ただけだ。それにそうは言ってもこうして出迎えてくれたではないか。それにしても更に良い物を引っ提げてきたな。大方出所は分かるが』

「それは秘密ということでよろしく頼むよ赤竜殿」


 オードランは冗談交じりに言った。

 アリューは視線を白竜に動かす。


「白竜」

『何だ裏切り者。面の皮がどれだけ厚いかは知らないが、よくもこうして顔を出せたものだ』


 憎悪の表情は別れの時から変わらず、突き刺さる視線を二人に送った。

 そのやり取りを赤竜は面白げに見比べていた。青年は赤竜を睨みつける。


「赤竜。何故白竜の首輪を外そうとしない。お前にも白竜の変容は分かるだろう」

『忠告もしたし、止めもした。俺が甘美なこの時を逃すかもしれないと泣く泣くしたのだぞ? 後は自己責任だ。白竜にとっても、お前達にとってもだ』


 赤竜は翼を広げ朗々と竜殺し達に告げた。喜色に染まった顔を見せつける。


『そんな些事今はどうでも良い。貴様達が何をしに来たか。大方状況を変えるために、この集団の中心たる存在を倒しに来たのだろう? まあ其方の小僧は白竜にご執心の様だが。ならばこれから起こるのは簡単だ。戦しかあるまい!』


 そう宣言する赤竜は好物を目の前に出された童の様だった。

 いつそれに飛びつくか分からない。


『俺とお前達とで死合といこうではないか!』

『……赤竜の』


 白竜が赤竜を諌める。


『貴方の誇りは分かる。こうして皆を下がらせたのも理解しよう。だがせめて私だけでも隣で戦わせてはくれぬか?』

『何だ白竜の? 俺が負けるとでも? それとも俺の戦を横取りしようとでも? どちらにしろその言葉は許せんな。引き裂かれたいか? お前は後ろで待て。逃げてもいかん。賞品の餌をぶら下げていた方が奴らもやる気が出よう物だからな』

『……』


 だが失敗に終わり、黙らされることになった。それでも一定の効果は出たらしい。思いついたように言葉を続ける。


『だがまあ俺も雑魚は東で喰い飽きた。剣も通せぬ勇なき物と戦った所で無意味さも理解した。だから白竜の言もある程度は尊重しよう。よし、周りの奴ら『二人を残して殺して良いぞ』』


「!」

 

 オードランとアリューは絶句する。許可が下りた途端、周りで眺めるだけに留まっていた竜達は一斉に竜殺しへと襲い掛かる。

 竜達が一斉に襲い掛かる様は、ドームの壁から突然に巨大な鞭が生えたかのようだった。

 襲い掛かる竜達に竜殺し達は一瞬狼狽え、すぐさまその場を離脱しにかかる。


 このまま無秩序な戦闘になった場合、敵は数千の竜が加わるのに対し、味方は僅か七百ばかりの竜殺しだけ、しかも大多数は白竜の鱗も抜けない下級たちだ。

 赤竜に従い自分達は退場した方が理に適った。


 一団はアリューという剣を失いつつも今度は再脱出を図り来た道を戻っていった。

 そんな一団の中から二人の人物が飛び出す。するとアリューとオードランの元へと降り立った。


「戦いもせずに雑魚とは失礼極まる」

「そうだね。仲間外れはいけないことだよ?」


 ジルとギーが黒い竜殺しを赤竜に向け言い放った。


『何だお前達は?』

「先の戦いの時、お前から放たれたブレスで壊滅した軍の長さ」


 そう聞くと赤竜は鼻を鳴らす。


『誰だと思えば姿を見せることなく敗れた弱者か。俺の話を聞いていなかったのか? 雑魚は喰い飽きた。失せろ』

「おいおいおいおい。面白いこと言うね。それじゃあまるで君が勝ったような口ぶりだけど違うよね? 君がこそこそ遠距離からブレス放って僕たち二人を殺しきれずに、尻尾振って逃げたんだろう? 陰から不意打ちで仕留めきれなかっただけで格好悪いのに更に言い訳もするんだ。どれだけ僕達と戦いたくないのかな? 誇りとか言ってるけど負けると怖い臆病さんかな? それじゃあ仕方ないね。どうなのかな? ええぇ? 図体だけでけえ蜥蜴さんよぉ!」


 中指を立て犬歯を剥き出しにしギーは赤竜に噛みつく。仲間を殺された張本人に会えたのだ。彼の理性は完全に吹っ飛んでいる。

 不遜な挑戦者を赤竜は嗤った。


『良いだろう。安い挑発だが買ってやろう人間よ。直に死体になるなよ』


 これで人数は四人となる。

 全員が構えた。打ち合わせは入らない。それは前日に彼らは済ませていた。後はそれで対応し、不測の事態は自身の機転を信じるだけだ。


 彼らが立つ地面が爆発したかのように穴ができると、四人の姿が消える。

 赤竜は移動する四人を正確に捉えていた。左右に二人ずつ分かれての突撃。まずは小手調べといったところか。

 威力よりも範囲を優先したブレスを吐く。

 赤竜の元に正面から突撃するならば火の海に突っ込む形になる。

 しかしだ。四人は速度を緩めない。寧ろ速度を一段と早くし、その中に飛び込んだ。


 これには赤竜も驚く。

 自殺かと考えたが、打ち消す様に四人は業火の中から飛び出してきた。

 守勢術を二人組で二重に展開することで防ぎ切ったのだ。


 上級で二重掛けとはいえ、従来の竜殺しではとても耐えられない威力の中、彼らは突破しきった。

 二つの組は四つに分かれ赤竜に襲い掛かる。

 当然赤竜は魔力障壁を展開し防ぐ。四本の竜殺しが降り注いだ。


 黒の竜殺しは障壁が展開された所では障壁を打ち破ったまでで鱗で弾かれる。だが展開が間に合わなかった部分を切りつけられた竜殺しは、鱗の鎧を貫通し赤竜の身を引き裂いた。


 それだけで快挙だ。だが驚くべき点は他にあった。


「ああああぁ!」


 アリューが竜殺しで赤竜に斬りかかる。右手の迎撃を避け、逆に右腕に剣を突き立てた。

 刀身が届く前に障壁の展開が終わる。しかしだ。


『むぅ!』


 竜殺しは障壁とその下の鱗をも貫通し赤竜の身へ突き刺さった。

 その後赤竜は纏わりつく敵を追い払うべく、尾で周りを一掃する。四人はそれに巻き込まれることなく離れた場所で揃って着地した。


 『おぉ』


 赤竜から声が漏れ出る。


『おぉ! おおぉ! おおおおぉ! これよ! これだ! もう誰だとは催促はしないが授けた者に最大限の感謝を! そうだ! 此方だけが剣を持ち盾を持ちでは不公平極まる! 敵も! 味方も! 両者が互いを殺せるからこその戦いよな!』


 歓喜に打ち震える身体は、翼を広げることで最大限の喜びを現した。

 

『来い! 人間ども! 殺してやる! 殺されてやる! 共に命削り合おうぞ!』

「お前だけ死ね! 俺にはやりたいことがあるんだ!」


 両者の力が交錯する。

 どちらの意思が通るか、決闘が始まった。









 

「おいどこへ連れて行くつもりだ!」

「どこってそりゃあ町の中にきまってるだろうが。逃げないにせよ、あんな、いの一番に喰われそうな目立つところなんかいられるか」


 ずるずると此方を向こうともしないで少年は黒竜を街中へ引きずっている。


「……何故逃げないのだ?」


 黒竜は疑問を投げかけた。はあ? と馬鹿にした声が返ってくる。


「そもそも同じように逃げ出していないお前に言われたかないが、逃げるってどこに逃げるんだよ。こちとら日々の生活でも飢えるか死ぬかなのに、外なんて出ちまったら数日で鳥どもの餌さ」


 動きを止め、振り返る。そんなことも知らないのか? と聞いてきた。

 そして改めて黒竜をじろじろと観察をする。


「つーかお前出身はどこだよ。同じ黒髪の奴なんて王都でも全然見たことないぜ? 親は?」

「……出身は東だ。親はもういない」

「あー、それはまあー。あ、これ面倒くさいの拾ったかなー」


 たまんねえー、とぼさぼさの髪を掻く。だがすぐに少年は思い直して決心する。


「まあ今日喰われるかも知れない運命だ。同じ境遇の奴拾うのもなんかの縁だろ」


 そう結論付けた少年は、黒竜ににっかりと笑うと、また引っ張り出した。


「俺の家に行こう。死に場所になるかもしれねえが、屋根が無い場所よりは増しだろ」


 似ている。この活発で人の話を聞かない少年は『彼』に似ている。

 似ている。何だかんだでお節介焼きのこの子供は『彼』に似ている。


 ああ何故こんな者と今私を合わせたのだと、黒竜は運命を呪った。

 なぜ今、ここでこの場所で。竜にとって最悪の状況であった。


 人間が信じる神がいるのだとしたら、もう一度そいつは私に何かを失えとでも言うのか。

 黒竜はいるかもしれない存在を罵った。

約一匹だけ青春を始めた模様

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