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地獄だ、助け

「遅滞防御っ、遅滞防御っ! 遅滞防御ぉ! 生きてる奴は死んでもあいつらを止めろ!」


 隊長格の兵士がそう叫び周りを鼓舞し、次の瞬間にはブレスで炭も残らず焼きつくされる。

 数人の纏まった兵士が地面に降りてきた竜に健気にも攻勢術を放っては、そのお返しとばかりに踏みつぶされた。

 兵士が見上げれば上空には竜が十を超え彼らを殺しに掛かっている。

 人側に対抗手段など最早ない。


 その場は掛け値なしの地獄だった。

 この場所は王国中央部よりも東より。東部では三指に入る大都市だ。

 王国の中心部である西部からかなり離れたこの都市は、王国東部に展開する王国軍、貴族軍両軍の物資運搬拠点として栄えていた。

 昨日までのこの都市は都市特有の不衛生が叫ばれながらも、笑顔の人々が行き交う景気の良い都市『だった』。


 そんなことは数時間前の遠い過去のことだ。

 東の空から悪魔どもが飛んできてからそこは地獄へと成り果てた。


 空を飛ぶ竜に城壁など意味を成さず。

 都市に駐留する貴族軍五百は竜に捧げられる餌以上の役割を果たせなかった。

 虎の子の竜殺しなどとうの昔にその身体を四つに引き裂かれた。


 今貴族軍がしている行為は戦闘などではない。竜の目的が人の殺害事態だという事に気付いた彼らは、自身を餌代わりにして都民の脱出の時間を稼いでいる。

 既に規律などない。色付きのブレスに宿舎を焼かれた時点で共に焼き払われた。

 都民の脱出とはいっても、組織的な手助けはできない。固まれば狙われる。バラバラに、自分が狙われないことを祈って脱出するしかなかった。

 それも、城壁の狭い城門からどれだけの人が脱出できるかは考えたくもなかったが。



 都市の中で貴族軍に属していた男は、建物の陰に隠れながら震えていた。

 くすんだ栗色の髪の毛を仲間の返り血と誇りで汚しながら息をひそめている。


 彼が属していた隊は隊長が徹底抗戦を叫んだあと、隊長ごと隊列を竜に踏みつぶされて四散している。

 既に仲間が何人いるかも分からなかった。想像するに既に四分の三は喰われただろうか。

 そんな状況で男が震え隠れながらも脱出を試みないのは意地に近かった。


 もっと俗的に言えば、この都市には彼の妻と子供がいる。

 死ぬのは怖い。しかし自分が逃げ二人が逃げられないことはもっと怖い。

 そんな思いが彼をここに縫い付けていた。


 貴族軍にこうしたものは珍しくもない。恋人、知人、家族。戦っている者全員が誰かしら大切な人をこの都市に抱えている。

 でなければ、上の腐れ貴族の為に誰が命を捨てようか!


 ずしん、と地面が震える。陰より見れば灰色の竜が都市内に着地し人を探している。

 生き残りを殺そうというのだ。

 近くに居るはずとこんな風に探させることで貴族軍は竜を足止めしていた。

 無駄な努力だろう。既に最初期に近隣都市の戦力に連絡を取ったが、そのどれもが怒号と叫び声、しばらく後に沈黙しか返ってこなかった。ここも時期にそうなることだろう。

 だがそれでも生き足掻かなくては自分が何のために死ぬか分からない。


 ふと子供の泣き声が聞こえる。

 見れば竜がいる建物の近くの陰に逃げ遅れた子供が泣きじゃくっているのが見えた。

 当然、そのような大声を出せば竜にも気付かれる。竜はゆっくりと子供に近づく。その巨体で踏みつぶそうと言うのだろう。


 身体が動きそうになり彼は自制する。今出て行っても一緒に死ぬだけだ。

 そう自分に言い聞かせ彼は踏みとどまる。そして彼は見つけてしまった。

 子供の傍に穴が開いている。あれは、と彼は思い出す。


 衛生環境を改善するため一部に実験的に設けられた下水の入り口だ。しているはずの蓋は無くなっていた。

 彼は息をのむ。あそこに、落とせば助かるかもしれない。

 だがそれは。蜘蛛の糸の様に細いながらもまだ彼の眼の前に垂れえている生への道を完全に閉ざすことだ。

 躊躇った。しかし。


「あああぁっぁおとうさぁん」


 彼はそのまま走り出した。竜も咄嗟に出てきた人間に気付き、此方に目を向けた。

 彼の人生の中で出したことが無い速度で走り抜け、子供の元に駆け寄る。そして焼きクソ気味に子供を穴に突き落とす。

 落とした後は男だけが竜の前に出ることになる。


「ちくしょうっ!」


 彼は腰にあった剣を抜き竜に向けて構え、

 そのまま意識を絶った。


 その後その都市は壊滅する。貴族軍は全滅。都市市民も七割の損害を出すという未曽有の被害となった。

 だが誰も気にすることはなかったが、その中にはある貴族軍の男の妻子がおり、都市の地下からは奇跡的にも一人の子供が助けられた。







 王国東部にはこうした地獄が幾つも現出していた。

 各地に分散された兵力では多数の竜に全く対応できず、中途半端に下級竜殺しの抵抗が成功しては、逆に竜達の怒りを買いその地は焦土と化した。

 現地貴族たちは領地の維持を断念。領民に生き残るため農地から離れ散り散りに逃げるよう指示する。

 残った残存兵力を纏め、どの派閥も挙って西へと逃げた。


 しかしそんな集団を人を狙う竜達が見逃すはずもない。

 追撃され、有効な反撃が出来ないまま、大小様々な領主軍、王国軍部隊が潰された。

 竜達が殺戮に勤しんでいる間になんとか脱出し、未だ竜の到達していない中央部、西にたどり着くころには真面に無事な部隊は一つもなく全員が敗残兵であった。


 その時推定では東部には非正規も合わせ五万の兵と百数十の竜殺し達がいたが、彼らが中央にたどり着くまでには、その数は兵士で一万を割り切り、竜殺しは十数名余り。

 国民に関しては誰も被害が分からない。しかしどれだけ楽観視しても半数は死に絶えたと見るべきと、王都の人間は判断した。


 半日だ。僅か半日で王国はその領土の四割を失陥し、国民の十パーセントが行方知らずとなった。

 王都の官僚達が死に物狂いで事態の掌握に励み、どうにかそう王に報告するときには既に夜が完全に老けた時となった。




 玉座の間は静まり返る。

 あれ程連日互いの責任を罵倒しあっていた閣僚たちは一言も発しない。

 そんなことは当然だ。今更誰が悪いかなど決めてどうするか。竜の牙は現在王国中央部にまで進出し、東部両軍は損失が八割に上り、目立った功績と言えば、竜殺しが竜を数匹殺したのみ。その竜殺しも九割が未帰還だ。


 単純な計算であればこの数日の内に王都は更地になる。


「現在……両軍の展開はどうなっている……」


 貴族の一人が軍閣僚に問いかけた。聞かれた男は青ざめた顔で答える。


「現在全ての動員できる者を根こそぎ動かし、王都近辺で陣地を構築中だ。数は王国軍二十万、貴族軍十五万。竜殺しは全員だ。と言っても上級は三分の一が席が空いているがな」


 皮肉気に笑う。赤竜動乱による一時的な上級竜殺しの不在。そして此度の侵攻で上級竜殺しの数は著しく減っている。

 こうなると分かっているならば悠長に争うべきではなかった、ありありとそう顔に書いてある。

 そうか、と貴族の男は力なく頷く。


 両軍合わせて三十五万。決して少ない数ではない。王国史で見れば五指に入る規模だ。

 しかし竜相手には死体の量産以外にはそう大した役目を果たせない。

 そして竜討伐において必須となる竜殺しの数は絶望的に足りない。必要数の十分の一以下だ。

 

 滅亡という言葉が現実味を帯びてくる。


 いっそ逃げてはどうか。誰かが提案しそうになるその時に、外から慌ただしく伝令が入ってくる。


「奏上いたします。サノワ騎士団並びに竜殺しの方々が御目通りを適っています!」


 閣僚たちがざわつく。サノワ騎士団。この情報を事前に伝えられ黒竜なる存在から便宜を図ってもらったという。

 もしかすれば、もしやと全員が期待してしまう。


 それを王は眼を閉じたままに静かに、


「通せ」


 と告げた。伝令は外にいる人物たちに王の意向を伝える。扉の両側に立つ衛兵が扉を静かに開ける。

 開ききると王国を横断してきたことから多少汚れている竜殺し達と騎士団長が現れる。

 彼らは玉座の前で跪いた。


「お前達の知らせ、疑って済まぬ。だが今は王国存亡の危機だ。水に流せ。黒竜から与えられた力、王国の為に使い役目を果たして欲しい」


 全員が首を下げて応じる。しかし彼らの決心は別にあった。

 三人の視線がアリューに集まった。青年は王の口上を遮るという暴挙に出る。


「王よ。不肖アリューより王に奏上したき議があります」


 答えないばかりか臣下の側から要求する。十分に不敬罪が適応される。衛兵の肩がこの不届き者を排除しようかと僅かに動く。

 王はそれを片手を上げることで制した。


「何だ。若き竜殺しよ」


 この危機的状況だと言うのに王の口調は少したりとも狂いが無い。


「軍の陣地は通り過ぎる時に拝見いたしました。見事ではありましたが、竜には無意味、いえそもそも竜に対して防衛戦とは馬鹿げております」

「ほう、ではどうしろと」

「竜殺しで編成した決死部隊で突撃。敵首魁を討つことを御提案します」


 攻勢、攻勢と言ったか、あの男は。閣僚たちが呆れる。そんな兵力があるならばとっくの昔に王国は反撃に出ている。たかが千に満たない数の竜殺しで数千の竜に立ち向かっても揉みつぶされるだけだろう。


「その方法は?」

「不肖私めが黒竜より授かりましたこの竜殺しで道を切り開いて見せましょう」


 するとアリューは竜殺しを抜いて高らかに掲げる。思わず周りから感嘆の溜息が漏れた。

 抜いただけの竜殺しから魔力光が放たれる。未だ本格的な魔術行使もしていないのにこの威容。もしも本気で扱えばどれ程の力を発揮しようか。


「凄いな……」

「これも序の口で御座います。王国にある一級竜殺し全てをこれ一つと束ねれば、どの様な敵をも打倒して見せましょう」


 丁度一級竜殺しには空きがある。例え現存する使い手から奪い全部をこの青年与えたとしても、其方の勝因の方が高いと周りに思わせた。そうさせるほどにこれは素晴らしい。


「極め付けに黒竜より一級にも匹敵する竜殺しを六本授かっております。これは期限こそあれど優れもので、元々竜殺しを使っていた者であればたちどころに使いこなしましょう。これらで一気に相手を突き崩し勝機を得るのです」

「……」


 王は思案する。悪い手ではない。どのみち灰色共をどれだけ狩ろうが狩りきれるものではないし、そんなことをする前に磨り潰される。

 ならば僅かな可能性に賭けてでも敵首魁を狙うことで瓦解を狙った方が、道はある。

 閣僚達もそれぞれこの作戦に成功を見出せそうだと考えていた。

 しかしその空気をアリューはぶち壊す。


「そして見事敵首魁を止めた場合、褒美として白竜の助命を私は乞います」

「なんだと!」

「これ程の暴挙に出ておいて許せと言うか!」


 納得しかかっていた場が騒然となった。

 精神を操られたかは知らないがここまで王国に害を及ぼしておいて、助命とは虫が良すぎるにも程がある。

 閣僚達は口々に罵り始めた。


「まるで王のための忠言の口振りだが所詮は私事を優先させるつもりか貴様!」

「聞けば白竜こそが此度の侵攻を招いた原因と聞く! その者を生かしておけばまた何を仕出かすか分からないではないか!」


 罵声は直ぐに彼が告げた作戦にも及んだ。

 元々雲をつかむような作戦だ。具体的にどれ程の成功確率か分からない。

 だからこそすぐに不安という火が点く。


「そもそもだ! それ程の力があるのなら王都の防衛に使うべきだ! 一体ここにはどれ程の人がいると思っておる!」

「軍勢から竜殺しを取っては唯の犠牲の羊に成り下がる! 貴様三十五万の人間に死ねと言うのか!」


「はっきりと申し上げるが!」


 アリューは目いっぱいの怒声で黙らせた。

 立ち上がり周りの閣僚達に怒鳴り返す。


「第一に何故白竜がこのような暴挙に出たか! それは我々が彼女を道具として使おうと画策し、愚かにも失敗したからではないか! それを恥と思わずに噛まれたからと叫び返すはガキにも劣る阿呆と知れ!」


 彼の口は止まらない。


「第二にだ。戦場に出れば不確かな作戦! 死ぬやもしれぬ危険! そんなものなど珍しくもない! それを理由に否定をするならばより良い代案をだして頂きたい!」


 そして玉座に座る王の前で仁王立ちする。


「最後にだ! 私事で何が悪い! 残念だがこの竜殺しは私にしか使えない! この力を使いたくば私を納得させるしかないのだ! 王よ! 私は私事で戦い、人を救い、この王国を救ってみせる! その代価には称号も金も領土も地位も! この竜殺しでさえくれてやる! ただ一つ。成功の暁には白竜を俺によこせ!いかに!」


 場が完全に静まる。

 無礼を通り越して最早想像の彼方に飛んでいったような発言だった。

 閣僚達は眼をむき、本来取り押さえるべき衛兵でさえ完全に硬直している。


「クッ」


 王の声から声が漏れだしたかと思えば、それは爆発的に大きくなり爆笑へと繋がった。

 誰もがポカンとする中、笑いをどうにか噛み殺した王はアリューへと告げる。


「よくぞここまで馬鹿正直に言ったものよっ。お前は例えそれがもし実現したとしたらどんな困難が待ち受けているか分からず、言ってのけている。更にこんこんと理解させたうえでなお、それをまだ選択しそうな阿呆ぶりだ」


 クックック、と一通り笑った後、王はいつも通り、無表情に戻る。

 そしてアリューに告げた。


「良いだろう。貴様の案用いよう。直ぐに軍部の者と詳細を詰めろ。細かいことは専門の者達に任せる」


 閣僚から抗議の声が上がりそうになる。

 しかしそれを止める者がいた。


「私もその案に賛同いたす。議論の中で唯一出た可能性の有る案だ。後のことなど後で考えればよい。今はこの窮地を脱することこそが肝要だ」


 そう言ったのは、貴族の衣装を身にまとった老人。

 貴族派のトップ、オラニエ公であった。


 その事実に誰もが驚く。この国難の中派閥などあって無いようなものだが、それでも驚くまでに彼が王に賛同することは珍しかった。


「ほう、貴公もそう思うか」

「御意。恐らくは他の者もそう思っているに相違ありません」


 老人がぎょろりと睨む。睨まれた閣僚達はただ頭を下げるしかなかった。

 両派閥のトップに逆らえる人間などいるはずがないのだ。


「それでは総員粛々と己の職務をこなせ。国難の時だからこそ、王国は貴公らの変わらぬ忠誠を望んでいる」


 王国の反撃が始まる。












 暗い一室。何処かの地下室に老人はいた。

 玉座の間で着こんでいた豪華な衣装がどうにもこの陰湿な部屋と会わず、奇妙な空気を醸し出していた。


「王国軍との連合軍ですが、指揮系統は如何いたしましょう」

「全て譲歩せよ。戦は彼方が得意よ。此度はその括りは忘れろ。いがみ合って国が亡びれば元も子もない」


 狭い一室には三人の男たちがいた。一人は貴族服、一人はボロボロの衣服を纏い、最後の一人は執事服に身を纏っている。

 ぼろ服の男は鎖で縛られ地面に転がされていた。

 血走った目で見下す男たちを睨んでいる。


「意欲がないだったか。その言葉は実に的を得ているぞフェルナン。私は別に私個人が栄えることを欲しているのではなく、私の血と家が繁栄するのを願っているのだ。別に私が王になろうという欲はそうはない」


 フェルナンを見下ろす男。オラニエ公はそう呟いた。


「だから私が持たない、リスクを取り、成果を得ていた貴様のやり方を私はそれなりに評価しているつもりだ。だが脇が甘すぎる。リスクを取るにせよ余りに大きくては回復が効かんし、こうしていざという時足をすくわれる」


 オラニエ公の隣、フェルナン候の執事であった男は静かに一礼をした。

 猿轡からくぐもった怨嗟の声が漏れる。


「もう良い。貴様は敗れた。今更出てきたところで場が混乱するだけだ。最後は家の為に尽くすという事を学んだ方が良いぞ。存外悪い気分ではない」


 フェルナンから興味を完全に無くし部屋を後にする。

 そんな男に執事はまたも一礼をした。


「研究の内容を洗いざらい此方に回せ。此度の糸口になるものがあったらそれとなく、王国軍にリークしろ」

「畏まりました」

「任せたぞ。次代のフェルナン候」


 その言葉にフェルナンの弟である男は静かに嗤った。

 そして一本のナイフを取り出した。



 その日フェルナン候は名実ともにこの世より退場することになる。

次回王国の精鋭が未来を切り開くと信じて

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