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融合だ、再誕せよ竜殺し

 黒竜の言葉にその場の全員が凍り付く。

 フェリクスは自身の喉が完全に乾ききったことを感じた。


「数千……数千だ、と」

「正確に言えば三千と幾ばくかか。動かぬ者も当然いるだろうから三千と捉えて相違ないはずだ。まあ大多数が灰色の半端者よ。強者は三百と、私よりも下だが同じ位階に立つものが、二程ばかりくるだろうな」


 絶望だ。

 その言葉がフェリクスの脳内に浮かんだ。

 王国の竜殺しは上級から下級まで含めて漸く千に届くかどうか。基本的に色なしに三級が三人は必要なのだ。許容数の凡そ十倍に至る敵を相手にできるはずもない。

 何とか通用する上級竜殺しの数は六十五本。此方も計算は下級と同じであるから、色付きの数は許容数の軽く十倍を超す。


 どう考えても無理だ。


「何時だ。何時来るっ」

「そこまでは知らん。明日やもしれん。明後日か明々後日か。だが遠くはない。更に竜が真っ先に向かうのはこの国よ」

「……何故だ」

「北にも国が、南にもぽつぽつと人がいるが、我らが骸を弄んだのは貴様達でその方法も貴様達しか知らないからだ。他も容赦されることはなかろうが、まず地上から消えるのはこの地に違いない」


 団長の頭から完全に血が無くなり青ざめる。

 王政府に至急の連絡を。してどうなる? 迎え撃つか? その軍勢を前にして。


 同じく深刻な顔をしながらも、オーバンは前に出て黒竜に話しかけた。


「それで。白竜殿の話は別にして、なぜそのような話を我らに」

「ふん」


 鼻で笑い、元の椅子に座りこむ。怒りは幾分か引いていた。代わりに出てきたのは不機嫌だ。

 見るからに機嫌が悪そうに眉を寄せる。その時癖なのか小さな足をぶらぶらさせたが、そんなことに突っ込む輩はいなかった。


「私は人間を無価値なものと思っている。それで今回の凶行だ。例えお前達が死に絶えようが自業自得にしか思わん」


 そう言って黙り込んだ。答えになっていない返答に、周りはただずっと待つしかない。

 空気が淀み一刻程の時間が経った後、再び黒竜は口を開いた。


「だがだ。白竜のの、あの者の誇りは別だ。あれは貴ぶべき宝だ。傷つけられたのならば取り戻さなくてはならない。そのためならば多少貴様達に協力するのも吝かではない」


 苦々しくそう告げた。


「協力する代わりに白竜を助けろと?」

「貴様達にも必須なことよ。殺すにせよ、扇動するあやつを止めねば竜はまず止まらん。まあ白竜のを止めても止まるかは知らんが、やらないよりは増しだろう? 何より、今は少しの力もそちらは欲していると思うがな」


 抑えられているアリューに向かい口を開く。


「竜を好む酔狂な者よ。お前は私を信じられるか?」


 突然の質問にアリューは言葉を返せない。


「信じられるのであれば、貴様の持つその骸を此方によこせ」

「何かをしてくれるのか?」

「貴様たちの貴重な戦力を叩き折るかもしれぬがな。で、だ。返答はどうした」


 暫しの間アリューは考える。広間の時の様に血が登ってはいない。冷静に今の危機と現状を理解しながら言葉を紡いだ。

 だとしてもだ。そこに理論が付くだけで彼の行動に変わりはなかったが。


「そうしなければ白竜を助けられないのか?」

「人の存続よりまずそれを聞くとは狂人もいいとこよな。逆に聞くが、今貴様たちは数千に囲まれる白竜の元にたどり着いて、あやつの首元までその剣を届かせられるのか?」

「では頼む」


 あっさりと頭を下げた。アリューに、黒竜はほんの少しだけ、そうほんの少しだけ感心してしまった。


「娘とくっついているのも多分にあると思うが、やはり馬鹿は馬鹿を好むからこそかな、先代の。まあ私もとやかくは言えんが」


 初めて見せる微笑に―苦笑いではあったが―一同は軽く驚いた。

 直ぐに忌々しげな顔になった黒竜は再びアリューに近づき、今度は完全に青年から竜殺しを取り上げる。

 抜き放つとただでさえ膨大な魔力が格段に上がって周りは肝を冷やした。


「では先代の。力を貸してやろう。操られているとはいえ自身の子の不始末。自分でつけることだ」


 そう言って黒竜は溢れ出さんばかりの魔力を、逆に竜殺しに一気に流した。

 術式行使のための媒体に使うためではない。魔力が引き出される回路を利用して逆に竜殺し内部に流し込んでいるのだ。

 注がれていく竜殺しは周りの眼が痛いばかりに輝く。

 存在の本質はそのままに、純粋で膨大な魔力が竜殺しを強化していく。誰もが息をのんだ。

 最早竜殺しから発せられる力は一級すら超えている。


「私の竜殺しが」


 ジルの一級もまた共鳴を起こす。鞘に納められ固定されているはずなのに、抜き放てとばかりに震える。

 ジルは本能からそれに逆らわなかった。素早く封を切り竜殺しを解放した。


 するとどうだろうか。空中に飛び出した竜殺しは刀身と柄が分離し、刀身だけが黒竜の持つ竜殺しに近づいていった。

 そして形を崩し光り輝く竜殺しに溶け込み一体となったのである。


「これぐらいか」


 黒竜が魔力の放流を抑える。竜殺しの光が落ち着いていく。しかし完全には消えなかった。

 刀身が淡く輝いている。先程までとはまるで別物であることは一目瞭然であった。

 黒竜は竜殺しを鞘に収めると、アリューに投げてよこす。


「他を纏める力を与えた。爪を材料にしているのならば、あと四本はあるだろう。少なくとも合計で過半、四本とは融合させよ。そうすれば、まあ竜達を突破し白竜と渡り合うこともできよう」

 

 あとは、と黒竜は手を一閃する。そうすると何もなかったはずの空中から、黒い何かが落ちてくる。

 傷一つもない鋭利なそれは、刀身であった。数は六本。


「マナで擬似的にお前達の武器を造った。一か月ほどしか保たないが十分のはずだ。赤竜の、に対して使え。あやつはまあ、別に殺しても構わん。本人も喜ぶだろう」


 意趣返しとばかりに追加で武器を彼らに残した。


 余りの奇跡の数々に各々は絶句する。


「これで砂の様に微小であるが、勝利の芽も出てこよう。後は頑張ることだ」


 もうこれで十分とばかりに黒竜は踵を返そうとする。

 誰も彼もが理解が追いつかず、止められない中でアリューだけが、止めた。


「待ってくれ聞きたいことがある」

「何だ」


 動きを止め半分ほど振り返る。

 アリューの表情は真剣でそして誠実さに溢れていた。まるで恩人に恩を返そうとしているようだった。


「白竜を助けるだけならば貴方がやれば良かったのではないか? 貴方なら周りをねじ伏せようができるはずだ。何故このような回りくどいことを」

「私は例えどの様な理由であれマナを使って他者を傷つけるつもりはない。今回の施しも例外に例外を重ねたものだ」

「何故戦いにマナを使わない?」

「お前に言う必要が?」

「いや」


 だが、とアリューは言葉を続ける。


「これは俺が返せる精一杯の礼で、もしも的外れならば笑って結構だ。『取り返せるのならば、後ろを向いてでも手を伸ばせ。無理ならば辛かろうが光を探せ』俺にはこんな簡単なことが最近までできなかった。貴方もそうならば少しでもこの言葉を顧みてくれれば……幸いです」


 最後にアリューはそう頭を下げた。


「…………」

 

 黒竜は沈黙する。出口の方を向き直り、暫しの時間を置いてから口から声を漏らした。


「………竜の遺骸とは記憶の保管庫だ。もしも白竜と戦う場所を選べるのならば、貴様が先代を討った場所で戦うと良い。そこならば先代のマナが未だ残っているだろうから有利になろうし…………なによりお前と、白竜、二人の謎を解くきっかけにもなろう」


 そう言い切ってから突然に黒竜は姿を消した。

 空間から忽然と居なくなったのだ。それでも暫くの間アリューは頭を下げ続けた。








 

 同時刻、砦から離れ王国中央部に近い草原に黒竜は姿を現出させた。

 溢れんばかりのマナを使った、世界の理を歪める秘術である空間跳躍であった。

 地面に足を付けた黒竜は、そのまま後ろに倒れこんだ。


「…………」


 言葉は発さない。人間の前で不覚を取ったことを黒竜は深く後悔する。

 この姿の時は、どうにも感情が揺れ動いていけない。そう竜は思った。

 それもこれもこの姿の『元の主』が活発な人間であったことが起因しているのだろうかと、根拠もない考えが浮かぶ。

 


「なあルゥよ。お前も私がこうしているのに不満か? お前をずっと私の戒めにしているのは駄目なのか」


 当然に答えは帰ってこない。嘗ての少年の姿は黒竜のものとして現世にあろうが、少年は遥か前に土に還っている。

 だとしても問わずにはいられなかった。でなければあの青年と比べて自分が余りに惨めだったからだ。

 しかし結局何の慰めにもならなかった。


 普段と違い魔力に溢れる黒竜は、遥か東の動きを明敏に捉えていた。

 ここも地獄になろう。

 それを黒竜は手助けすることも、守ることもできる。いや嘗てはできた。今は出来ない。

 今の黒竜にはただ今を生きる者達の助言と手助けしかできない。それで精一杯であった。


 黒竜はゆっくりと立ち上がる。

 当てもなく歩く方向は、西。








 

 サノワ騎士団はその後素早く行動に移った。

 事態の全てを王政府に連絡すると、返事を待たずに現地域の破棄を決定したのである。

 彼らは新領主となったアミルカーレを抱き込み、辺りに住む領民を連れそのまま西へと逃れた。

 戦わずして逃げるのは騎士として恥であったが、指揮官としては戦力分散は愚でしかない。


 持てる物をもち領民を引き連れ乍ら行進する。


 当然王政府は驚愕した。

 余りに突飛な伝令に再三の確認をするも結果は変わらず。重ね確認を命令する前に勝手に現地を放棄し、更には貴族と結託し辺りの領民を抱き込み西進するではないか。

 すわサノワ騎士団の反乱か? と中央の人間は王党派でさえそう声高に叫ぶ者がいる始末だった。


 更に頭の痛いことは、移動しながらも更に国民達に対し西へと避難を呼びかけていることだ。

 これでは国内の治安、流通、経済は悪化するばかり。見逃せるはずもない。


 東にいる人間がごっそりいなくなることは実効支配の面からしても頂けない。

 もしも聞きつけた『教国』や南の蛮族達が侵入し居つかれては、領土紛争に繋がる。


 余りと言えば余りの凶行だ。

 騎士団の送った情報は馬鹿馬鹿しいと一蹴され、貴族派は嬉々として、王党派も被害の酷さに討伐を提案した。

 それを王は性急に過ぎると制止した。相手の言い分を聞いてからでも遅くはないからだ。

 それでも討伐の可能性は高しとして西では擦り減った戦力を更に絞り、一万五千の軍勢を編成に掛かった。


 それが皮肉にもその後の事態の収拾に役立つ。

 一番は彼らの言を信じることであったが、その時は誰もが信じられなかったのである。


 



 更に三日後。

 現場を放棄した砦には王国軍と貴族軍の混成軍が千ばかり程駐屯することになる。

 辺りの予備兵力から両派どうにか絞り出して編成されたその軍は、錬度は著しく低かったが士気は高かった。

 防衛の最前線に置かれることもあり、王国軍、貴族軍、両派の諍いも比較的小さい。


 サノワ騎士団との紛争を解決するまでの臨時的な措置であり、戦力としてではなく、壊滅した国境監視団の代わりとして王国の眼としての役割が期待されていた。



 その有効性は皮肉にも彼らの全滅で証明することになる。

 以下は彼らが送った通信術の内容である。


 正午丁度、東の空に敵影映り。撤退を行いながら遅滞に努めんとす。

  一分後、敵影尋常に非ず、正確な数測定不能。

      空が三割に敵が七割。我、戦力の過半を喪失セリ。救援は意味なし。

      王国万歳、王国万歳。



 その通信は彼らの有能さと勇気を端的に表わしたものであった。

 しかしながら残念なことに、その通信が有効に活用されることは残念ながらなかった。


 事態の深刻さをようやく理解した王国は、今まで以後の通信を拒否していたサノワ騎士団に、もう一度事情を聞き出そうとするも何もかもが遅すぎた。

 サノワ砦陥落の報から僅かに数時間後。

 中央寄りの東部全域の貴族領で、どの貴族軍も接敵報告と救援要請を打ち鳴らし、それが王都へと雪崩れ込んだ。

 なんだこれはと、王都の人間は誰もが叫び声を上げた。


 察知できるだけで貴族領五十四領、王国軍駐屯地四箇所でその悲鳴は確認され、東に近い所から順にその慟哭も死に絶えていく。

 状況を完全に理解しえないものでも、全員がこの状況の本質は分かった。


 東から来たのだ超越者らが群を成して。

 愚かにも思い上がった人間達を懲罰しに。


 報告でもそれが裏付けられている。各箇所同時に数十匹以上の竜が確認されている。

 それにより皮肉にも彼らが狂ったかサノワ、と冷笑した報告が、正しく真実であることが分かったのである。




 王国の地獄が幕を開けた。

やったね戦力大強化

人類 1 vs 竜 1000

     ↓

人類 10 vs 竜 1000 どうだこれで戦いやすくなっただろう

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