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演説だ、聞くがよい

 今の砦の執務室は、まるで沸騰した鍋を無理やり蓋をした雰囲気に近かった。

 執務机と一式。それと書類用の本棚しかない簡素な執務室の中央に、砦中を探して一番上等な椅子が据えられている。

 騎士団の上層部は執務机側に固まり、そちら側と対峙することになった。


 その椅子の上に小柄な人影が、深々と座っている。

 童の様な姿の者が上等な椅子に当然の様にいるのは、詳しく事情を知らぬものが見たら、何とも微笑ましいものと見るだろう。

 だが事情を知る者にとっては危険物以外の何物でもない。


 口火を切ったのは団長であるフェリクスであった。


「突然の訪問、こちらとしても真に驚いております。白竜殿という前例があるとはいえ、まだまだ此方も慣れておりませぬ。部下が貴殿を攻撃したことは私が代わりに謝罪させて頂きたい。罰するならば私を」


 詫びの言葉から入った口上は黒竜の平坦な声で途切れさせられる。


「下で何やら瞬いていた光のことか。それならば気にするな。指摘されるまで気付かなかった。それよりも何よりも。今は貴様の心にもない喋りの方が鼻に着く。それを止めろ。本心で喋ることだ。忌々しい」


 フェリクスの口角がひくりと上がる。

 目の前の存在は明らかな格上。無論自身らが人間である以上、こうして相対する敵はその全てが超越者なのであるが、それを抜きにしても位が違う。

 だからこそ彼としても無意識に下手に出てしまったのだが、それが逆に相手の癪に障ったらしい。


「なぜ来た。そもそも貴方はどういう存在だ。竜だという事は分かる。だがそれ以外我々は何も知らん」

「知らん。知らんときたか。いや人間という者は外見でその者を捉えていることは理解している。だがだ、後ろの二人。お前たちはついこの間我に一度相対しているはずだ。そしてその腰にある物で我を突き刺しただろう?」


 アリューとオードランが驚愕で眼を見開く。

 これ程の格上で、直ぐ前に敵対した竜は一つの存在に絞られる。大荒野。東の双璧であったコルテが壊滅した戦いで戦った黒竜だ。

 しかしあの姿と今の姿ではその共通点は髪と瞳が黒以外にない。

 しかも怒りを買う恐れがあったので二人は口にはしなかったが、竜の姿の時よりも数段、今の方が強大に見える。

 それを察したのだろう。面白くもなさげに吐き捨てる。


「この姿ではマナの繰りがどうにも粗雑になる。常の姿ならば漏れ出るものもないが、矮小な貴様たちが逃げ出さずに我とこうして話すためには、この格好は必須であろう」


 つまりはあの戦いの時黒竜は魔力を一切使わず、ただ身体能力だけで彼らを打ち破ったことになる。

 それには全員が瞠目した。あの赤竜でさえ多少の慢心があったとはいえ、魔力を使ったうえで二人とそれなりの勝負になった。

 文字通り次元が違う。それを理解せず戦った二人は知らず唾を呑んだ。


「そんなことは些事だ。我は貴様達に聞きたいことがあって、態々翼を向けたのだ。もう一度問う。白竜に何をした、竜の死体をつばむ者達よ。同胞の死体で装飾を造り、あまつさえそれで竜を歪めようなど汚らわしいにもほどがある」


 はっきりとした怒気の色が混ざる。空間がぴしりと音を立てて歪んだと錯覚を覚えるほどだ。

 しかし臆するわけにはいかない。団長はゆっくりと此方の言い分を話す。


「弁明させて頂きたい。あの首輪は確かに人間がした事だ。そこに間違いはない。謝罪したい。だがあれは一部の愚か者が仕出かしたこと。少なくともこの場の全員が竜の、いや。仲間と迎え入れた者を貶めるという下種な真似をする者はいない。そこは断言する」

「その腰に我らの骸を下げておきながらよく抜かせるものよな」


 黒竜の怒りは収まらなかった。

 じろりと騎士達の腰にある竜殺しを一瞥する。そしてある二本に眼を落した。アリューとジルの、一級竜殺しだ。

 一つ息を吐き、それらを睨みつけた。


「人間の物と歯牙にもかけなかったが、先代の。お主はずっとそこにいたのだな。お主の仕出かしたこと、責めはせぬ。理由はあろう。だが汝の子は今お主が造りだしてしまった悪意に身を囚われておるぞ」

「先代? 黒竜殿。貴殿は誰に話しかけているのですか」


 一級を身に着けているジルは困惑の声で黒竜に問う。

 じろりとまた怒気を瞳に宿しながら黒竜はジルを、人を睨む。


「やはり知らぬか。無知は罪ではないが、それで犯した罪は此度は高くついたぞ人間。貴様達が犯したのは大半の竜が許せぬことよ。無知の白竜や戦狂いの赤竜はいざ知らず。その代償は貴様達の命で贖うことになろう。その尖兵が、白竜。その尖兵に仕立て上げたのが人間だ」

「白竜がどうかしたのか!」


 我慢できずアリューはつい声を上げてしまった。

 オードランは無理やり口を閉ざし地面に叩きつける勢いで押さえつけた。

 それをみた黒竜は初めて怒り以外の興味の色を示した。立ち上がり二人に近づく。

 突然の事態に二人は固まるが、無視して黒竜は近づきアリューの前でしゃがみ込んだ。そしてアリューの竜殺しに手を添える。


 淡い魔力光が漏れ出た。それは竜殺しがアリューを二度守った時と酷似していた。

 周りが驚き、その間暫し黒竜は沈黙する。光は徐々に弱まり最後に消えると、竜の視線はアリューに注ぎ込まれた。


「お主と娘が全ての始まりか。アリューと言ったか人間よ。貴様たち人間が汚し白竜は地に堕ちた。今同じ口で語られる美麗の声音は同じものに見え、只の獣の咆哮に成り果てた。お主の眼の前にまた白竜はまた現れよう。だがお主の知る白竜ではないと知れ」


 不吉な言葉が並べられていく。

 たまらずフェリクスは黒竜に尋ねた。


「黒竜殿、話が抽象的に過ぎる。何が起こる。これから私達の身に何が降りかかる」


 返事に竜は嗤う。口から見える歯が、童のものであるはずなのに戦場で自身に降りかかるどの剣よりも恐ろしくフェリクスには映った。


「来るぞ、竜の軍勢が。人間を殺しにではない。根絶やしにするために幾千の翼が貴様達の首を喰らいに来るぞ」










 人間が大荒野と呼ぶ不毛の地を超えた所に、竜が住まう地はある。

 そこは地平線の彼方まで木々が続く生物にとっての楽園である。しかし竜の住まう所はそこではない。

 多くの竜はその遥か頭上で生活している。

 森の中にまるで巨人が突き刺したかのように不自然な『岩』。その大きさは最早山と表現できるほどで、楽園と地獄を隔てる山脈よりもなお高さがある。

 そこには普通の生物は生存していない。当然だ。超越者達が住まう場所にわざわざ住みたいと思う馬鹿が居ようか。


 その岩の頂上に、数千の竜に囲まれながら俺は演説していた。

 竜唯一の社交の場で晴れ舞台に立っていた。作家監督担当は俺で、観客役者担当は俺を囲うようにそこらに留まる竜達である。


『若き竜に古き竜。弱き竜に強き竜。荒野に住まう竜に此処に住む竜。全ての同胞にどうか聞いて貰いたい。私は若き竜の白竜だ』


 辺りを見回すときっちりいる竜の倍の瞳が俺に向けられる。

 一挙一動で群衆が動くというのは変な快感がある。そういった物が支配者が抱く感情なのだろう。

 もしかすれば露出狂かもしれないが、それでは格好が悪いので前者とする。


『私は今日同胞に一つの事を提案したい。些事でありながら決して見逃せない事である。つまりは遥か西に住まう人間についてだ』


 すると一気に周りが冷め始める。またかよ、と端的に言えば呆れに近いものだ。

 俺よりも高い所に留まっている竜、青竜が冷めた声で返してきた。


『又しても人間のことか白竜の。人間と和議を求めるなど不要のことよ。殺したい者は殺し、無視したい者は放置する。それこそ我ら竜の総意だ。それに変更を加えるつもりなど、此処に居る者は誰一人同意せん』


 同意の唸り声が幾百も響く。さながら汚い蛙の合唱だ。煩いから止めてほしい。

 しかし良い所で合いの手を入れてくれた。嬉しさを隠し平坦な声で返す。

 返しは短く、端的に、だ。


『違う。そうだが違うぞ、青竜の。私は和議を提案するのではない。私は此処に人間達の完全なる殲滅を提案する』


 今度も汚いコーラスが起こる。だが今度は疑念だ。一気に注目が集まった。


『……殲滅と言ったか。これまでの言を何故翻す』

『私は実際に西へ行き、人間達と対話してきた。始めは上手く運べたが、最後は裏切られた。これは良い。私が愚かだっただけの事だ。皆を巻き込むことではない。だが、これを見てほしい』


 顎を上げる。陰で態と見えにくくしてた首輪が映る。

 最初は周りのどの竜も一体何だと首を捻った。そして幾数かの竜がその正体に、その材料に気付き、固まる。

 それも僅かの間だけだ。すぐさま顔は怒色に染め上げられる。その現象は水に石を投げ込んだ時の様に波紋となって広がった。


 同胞の骸が使われている。

 人間は我らを殺すだけでは飽き足らず、その尊厳を踏みにじり弄ぶ真似をしていた。


 それが分かると強硬派と中立に立つ竜から怒号の咆哮が数百上がる。

 同意の声で嬉しいが非常に煩い。

 穏健派の竜でさえその顔を苦々しく歪めている。比較的人間に好意的な者達でさえこの所業を擁護できる者はいない。


 そりゃあそうだろう。適当にいなしていた動物は、実は自分達の死体を捏ね繰り回して遊ぶ存在でしたなんてホラー物だ。

 上手くやれば元の世界でそこそこの話が書けそうなものである。


『私の首につくこれが『誰』であったかは分からない。けれども若き弱き竜達よ。これがこの場から居なくなってしまった誰かであるのは確かだ』


 直接的な死体が無くては想像もつきにくい。だからこそイメージさせてやる。

 竜の中にはふと隣を見る竜がちらちらいる。恐らく知り合いを思い出しているのだろう。

 彼らの尾が激しく揺れる。当然にそれが表わすものは憤怒だ。悲しみでもある。


『人間と相対をしたことがある同胞は気付いていたか? 彼らの中で強き者が握っている剣が、同胞の骸で造られた汚らわしい物であることに気付けたか!』


 私は途中で気付きましたが。無視しました。面倒くさそうだから。

 だが今それは重要なことではない。問題は人間を糾弾するには格好の材料であることだ。


 大多数を占める弱い竜達の掴みは上々。後は段階を上げていく。

 座視はもう絶対に許さない。ここまで好材料を整えられたのだ。前とは違う。後は俺の弁舌に掛かっている。


『強き竜よ、聞いて欲しい。その剣の中には貴方達の者も混ざっている。歪められ、同胞を傷つける毒に成り下がってしまった者達は、貴方達の中にも存在するのだ』


 安全地帯なんかないぞと脅しつける。

 お前達も等しく狩猟対象だと教え込む。


『その中には……その中には、私の親の物もある。古き竜よ。万物が首を垂れる気高き竜よ。貴方達の誇りも又汚されている』


 この言葉で決定的になる。この場の全員が人間に狩られる可能性がある。

 しかも殺された後、死体を廃物利用されると言われたのだ。弱き者、矮小な者として多少の狼藉を許していた者達もこれで殆どの者達が人間への悪感情を育てる。

 好きの反対は無関心。無関心の親戚が嫌悪だ。転換は容易い。


 今や此処にいる殆どの竜達は怒りと憎悪で沸き立っている。

 後は後押しをするだけだ。ぽんと肩を叩き方向を示せば全てが決まる。


『最後に告げたい。この首輪は、竜に服従を強制するために造られた物だ。彼らは私達の骸で誇りと命、全てを奪おうとしている。……私は今でも人間との共存を実現できるのであればしたい。だが、これを見せられては、そのようなことは……不可能であると断言したい!」


 翼を広げる。

 会場が咆哮で沸き立った。怒り、悲しみ、口惜しさ。そういった様々な感情が起こる。共通しているのは全てが人間に向けられていることだ。

 許すな、同胞を殺した人間を許すな。殺せ、同胞の誇りを穢した者達をこの地上に一人たりとも生かしておくな。

 

『さあ行こう同胞たちよ! 我らの慈悲で付けあがった愚か者たちに分からせよう! 誰がこの空を支配しているか! 誰が地上を見下ろしているか! 彼らにそれらを刻み付けよう! そしてこのような悲劇が二度と起こらぬよう根絶やしにするのだ!』


 






 ひとしきり騒いだ後にまた落ちつかせ竜達をまとめた。

 ただ散発的に無計画では全てが意味がない。徹底的に人間側を文字通り壊滅させなくてはいけないのだ。

 かつてペストで大体三分の二位の人間がヨーロッパから消え去っても、その後悠々と数を増やしている。

 これを絶やすにはそれこそ草の根を狩り尽くして根絶やしにするしかない。


 竜達がいきり立ちながら解散し飛び去った後、まだその場でその後の計画を練っていた。


 するとだ。俺に刻まれた心的外傷の一つの原因が突然に空より現れる。

 クレイジー古竜、赤竜だ。大きな身体を綺麗に俺の前に着地させる。そして何処か馬鹿にした声で話しかけてきた。


『おお、白竜の。これはどういった風の吹き回しだ。遂に竜の真の価値に気付いたか』

『人間とは最早共存は不可能と理解しただけだ。貴方と一緒にしてもらいたくはない』

『それは残念だ。で、あの演説はお前の本心か?』

『本心以外で同胞を巻き込み、他者を殺そうとするはずがないだろう』

『本心ねえ』


 赤竜は軽く笑い唸る。

 

『ならばそれで良いが。後悔だけはすることがないように努めることだ。存外、今の心は自分の物とは違うという事もあるかもしれないからな』

『意味は理解できないが、忠告には痛み入る』

『なら結構。俺はこの方が楽しめる。あの小さき強者達とも張り合えるしな』


 最後に赤竜は俺を一瞥すると、来たばかりなのに早々に翼を広げ、飛び立つ姿勢になる。


『ではな白竜の。義理は果たしたぞ。後はどの様な結果になろうがお前に全ての責任が降りかかる』


 そう言い残し、返す間の無いまま飛び去ってしまった。

 何を言っているのかは理解できなかったが、参戦してくれるのは有難い。古竜の陣営を動かせたことで成功の要因はぐっと上がった。



 これで憎い人間どもを殲滅できる。

 その時にふと疑問が沸き起こる。いやそれは手段であって目的ではない。本当の目的は……何だったか。

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