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お預けだ、実家に帰らせてもらう

「白竜!」


 一撃を避けながらアリューは叫ぶ。心の整理がつかない間に進展していく事態に彼は焦燥を感じていた。

 向けられる殺意は赤竜に次いで一級品。決して片手間に捌けるものではない。現に白竜はすぐさま二撃目を繰り出す。

 魔術というにはお粗末ながらも、その膨大な魔力を活かした一撃を一同に叩き込んだ。

 余りの威力に防御の選択肢は自然と消え、全員が強化した身体能力で何とか避けきる。


「話を聞いてくれっ!」


 必死に彼らが呼び掛けるも応じる気配はまるでない。返事とばかりに今度はその鋭い爪を彼らに向ける。


「くそがっ! あいつら本当に何しやがった!」


 どうにか避け切っているもののこのままでは危うかった。

 こちらも攻勢術やら斬撃で相手の気勢を削ぎたいところだが、白竜相手に剣を向ける訳にはいかない。

 だが手加減して相手できる程甘い状況などではない。

 むしろ色付きの竜の討伐というものは、多数の軍勢と上級竜殺しでようやく達成される難事だ。全力で取り掛からなければ待つのは死だ。


 オードランは周りを確認する。

 アミルカーレを抱えた男は遠ざかっていっている。お荷物の新任領主を降ろして身軽になってから参戦する心づもりだ。

 そして候の貴族軍は、


「やはり、なぁ!」


 貴族軍の竜殺し達は早々に白竜に竜殺しを向け斬りかかる。主が身の安全を保障した相手とはいえ、現に殺しにきているのだ。遠慮する謂れはない。

 二人はそれを止めたかったが、この状況では無理だ。


 十人の竜殺したちは一塊になって白竜に突貫していく。

 先頭の二人は術式に魔力を注ぎ込み眩い魔力光を発生させる。相手への眼くらましだ。

 瞬間、白竜の視界が遮られる。ほんの僅かな時間だが戦闘には十分だ。

 狙いが甘くなった魔力による一撃を避け、彼らは白竜の巨体に肉薄せんとした。


 当然白竜の一撃はそれで終わるわけではない。引き裂かんとばかりに右腕が振るわれる。


「先頭五人! 防御! 受け流せ!」

「了解!」


 だがそれも想定済みのことだ。前の五人は各々が守勢術を攻撃に対し斜めの位置に重ねて展開し、捌ききる。

 本来下級竜殺しが展開する守勢術では防げない一撃を、彼らは練達する連携で成し遂げる。

 王国軍では見られないこの戦術は、下級竜殺ししか保有しない貴族軍が色付きを討伐するために考案されたものだ。

 そしてこれはそのまま攻撃にも転用される。


 薙ぎ払われた右腕に残りの五人が殺到し、五本の竜殺しを一点目指して突き刺す。

 一本目が魔力障壁に阻まれ、二本目が障壁を打ち破り、残り三本が白竜の身体に届く。


 三級が色付き相手にできたこととしては快挙と言っても良かったが、しかし目の前の化け物には微塵も届かない。

 三本の竜殺しは白竜の鱗を僅かばかりに欠けさせただけに終わる。


「……! 前衛防御!」


 攻撃の隙を白竜は逃さない。今度は魔力ではなくブレスが彼らを襲う。

 先程と同じ様に竜殺したちは受け逃そうとした。それが悪手だった。


「!」


 攻撃が止まない。やり過ごした後は隙を突き素早く距離を取ろうとした戦術が早くも瓦解してしまう。

 このまま一箇所に縫い付けられるのは不味い。白竜の二撃目が放たられればこの防御は崩壊する。

 見れば追撃をせんとばかりに大きく腕を振り上げている。


「回避しろ!」


 追い込まれた状況から、横手からオードランが守勢術を展開しながら介入し打開を図る。

 二級竜殺しの強力な守勢術が間に入ったことで負荷が消えた貴族軍たちは、すぐさま撤退を選ぶ。

 続いてオードランも跳躍する。


 しかし少しばかり遅すぎた。白竜の腕は退く竜殺しの一団の一人、貴族軍の竜殺し一名を捉える。

 白竜は薙ぎ払うのではなく、その竜殺しを掴む。


 捕えられた男は竜殺しを必死に白竜の腕に突き立てる。当然に何ら効力は発揮できない。

 抵抗する男の右腕の付け根を白竜は器用にその指で摘まむ。そして、


「ああぁぐぅうっ!」


 力で無理やりに引きちぎる。肩口から血が噴出し、白竜の純白の鱗を幾筋の赤で染めた。

 右腕の切断と共に放された竜殺しだけを丁寧に左手に持つと、白竜は後は塵とばかりに右手を払い男を棄てる。

 そして白竜の巨体にしてみれば文字通り爪の先ぐらいのそれを首元に寄せた。


 奇妙なことが起こる。

 白竜は竜殺しに魔力を流した。すると取り回しのために付けられた柄以外の刀身部分から蒸気のようなものが湧き上がり、刀身がその形を崩し液状化する。

 溶けたものは手からまるで生きているかのように飛び出し、白竜の首にある首輪に巻き付く。

 そしてそのままサークルと一体化する。

 

『はああああ』


 白竜の恍惚とした声が辺りに響いた。






 



 白竜が竜殺し一名の腕をもぎ取った。

 只ならぬ事態であるとはとうに承知していた二人であったが、これで本格的に理解し覚悟する。

 今の白竜に人間を傷つけることや殺すことに何ら忌避感はない。

 それは二人の内、特にアリューの頭を強く打ち付けるものであったが、同時に光明も見えた。


「ありゃあ絶対あの趣味の悪い首輪のせいだな」

「ああ、それしか原因が無い」


 ぎりっと歯噛みするアリューは白竜の首元を睨んだ。そこには灰色の複雑な紋様が刻まれているサークルがある。

 今までそのような物はなかった上に、男から竜殺しを奪い取った後の奇妙な行動。

 あれが原因であることは明白であった。


「貴族軍の皆様方、あれの破壊の協力を要請します。塵を棄てるのは侍従の役目であり騎士の務めではないとは思いますが、これ如何に?」

「主の不始末は配下の不始末。何、塵掃除は意外と得意です」

「結構なことで」

「感謝する」


 アリューも律儀に頭を下げたことに、オードランは少しばかり感動を覚える。しかし当然このような事態に茶化すつもりは彼にはなかった。

 そのまま軽く言葉を交わす。何時までも白竜が襲ってこない保障はない。


「我々の三級ではあれには届きませぬ。これは恐らく残り九本を合わせても同様でしょう」

「では防御に?」

「それならば幾らかは。注意と隙を稼げます」

「それでは」

「ええ、幸運を」


 打ち合わせを終え全員が白竜に向き直る。白竜も此方を丁度捉えた。

 貴族軍の竜殺したちは二人に一瞥する。「それではお先に」と軽く笑った。


「貴族軍の誇りを見せよ!」

『了解!』


 三級の使い手たちが先程と同じ様に白竜に向かっていく。それを二人は後続から左右に分かれて追う。

 図らずもそれは赤竜の時の戦術と似ていた。今回はそれに貴族軍という囮が入っている形だ。

 白竜よりも格上の赤竜相手に、首元最後一撃まで迫った戦法だ。確率は選べる手の中で一番高いと言えた。

 

 白竜が攻撃態勢に入る。上半身が息を吸い膨らんだことからブレスだ。

 三級竜殺し達の長は素早く命令を飛ばす。


「総員防御! また受け流せ!」


 今度は九人全員で守勢術を展開する。攻撃は無駄だと分かったのだから、防御に全てを注ぎ込む心づもりだ。攻勢は後ろの二人に任せる。


 彼らからすれば成因は十分にあるはずであった。




 だがだ。この場の全員は竜の本当の恐ろしさと、それに白竜の狡猾さが混じった時の脅威をまるで知らなかった。

 白竜の表情が、嘲笑に変わる。ブレスを吐く直前、その魔力が、ただでさえ今まででさえ強力無比であった魔力が格段に上がる。

 魔力の高まりは最早その天井を人間では理解できない程。

 正確に理解できる者がその場に居たら、赤竜のそれに一歩劣るものの伍するレベルまでに至っていると分かっただろう。


 しかし状況を把握しきれない彼らでも、これがどの様な結果を齎すかは自ずと知れた。

 白竜のブレスが放たれる。


「中止! 退避!」


 防御は無意味と理解した指揮官はすかさず退避命令を下す。全力での移動中ならばともかく、放たれた後に防御を解いての退避だ。間に合うはずがない。

 だがそのまま受ければ確実に死ぬ。僅かな可能性に賭けるしかなかった。


「後は頼みま……!」


 後続の二人に託す言葉もブレスでかき消される。

 一掃される集団を二人は高速で追い越した。安否を確認する暇など刹那もない。

 何であれ攻撃を逸らせた今こそが最大のチャンスだ。二人は自身の迂闊さに罵倒しながらも白竜の巨体に接近する。


 白竜の魔力が桁違いに上がったのは理解できた。

 どこまでの物かは捉えきれないが、分からない以上最大限に見積もるしかない。彼らは言葉を交わさず戦法を赤竜を相手にしたように古竜に対する物に変える。

 即ちオードランが釣り、アリューが仕留める。


 オードランが先行した。芸が無いが前回と一緒の様に眼くらまし用の魔力炎を放つ。

 ブレスは既に吐き出させた。残るのは魔力による一撃かその体躯を活かした攻撃だ。だがだ。何故だかその追撃が来ない。


 原因は分からないがとにかく好機と捉えた。オードランは白竜の左腕に、アリューは首元に竜殺しを突き刺さんとする。

 ようやくとばかりに白竜の右腕が動く。しかしここまで来れば攻撃しその後回避する余裕は十分にあった。


 まずはオードランの一撃が白竜を襲う。鱗を貫通するも僅かばかりの傷しかつくれなかった。

 けれどもそれで十分だ。彼の一撃は所詮注意を引くことと左手を拘束する為に過ぎない。

 本命はアリューだ。


 彼は今や完全に攻撃範囲に首輪を収めた。右手による追撃も青年を止めるには遅すぎる。

 決まった。二人はそう確信する。



 純粋な戦闘としては正にその通りだった。


 白竜の顔が歪む。悲しげな表情で、悲痛の色を灯した瞳がアリューを見つめた。


『しんじていたのに』


 その瞬間アリューの竜殺しを持った腕が硬直する。

 それは余りにも大きすぎる隙だった。


 届くはずがない白竜の一撃がアリューを薙ぎ払った。


「アリューっ!」


 防御できず完璧な一撃をアリューは喰らわされる。赤竜と比べれば幾らか弱かったことが幸いする。一撃はアリューから完全に戦闘能力を奪うも、何とか一命を取り留めた。

 呆然とするオードランにも白竜の攻撃が向けられる。彼には魔力による一撃が叩き込まれた。

 彼は防御姿勢を完全に整えていたが、それでも重傷を負い吹き飛ばされる。


 悲しみの表情をしていた白竜は顔を歪ませる。


『人間が竜に勝てるものか』



 これでこの場に動ける者は誰もいなくなった。館の中には未だ人がいるが、こんな地獄の中出てくる愚か者はいない。つまりは白竜を妨げる者はいないということだ。

 そこで悠然と吹き飛ばしたアリューに向かい、上から彼の顔を覗き込んだ。


『裏切り者には当然の末路よな』

「は……はく、りゅう」


 身体中の骨が折れながらも青年は言葉を返す。


「く、首輪を、と、れ」

『これか? 愚かな爺の遺物だが、貰えるなら貰っておくさ。これを付けていると身体の調子も良いことだしな。そしてお前の言葉など誰が聞くか』


 死の危機に瀕しながらもなおアリューは、白竜から首輪を外そうと試みる。

 一度は白竜に捧げようとした命だ。彼にとっては今更白竜の安全より優先するべきものではない。


「はず、して、くれっ」

『煩い囀るな。もう良い。地面の染みとなれ』


 右手で踏みつぶそうとする。アリューは尚もはずせと懇願する。

 その言葉を無視し踏みつぶそうとしたところで、手が止まった。白竜の顔に困惑が映る。


『い、や、殺しては駄目だ……それでは当初の……なのに何故……しかしもう……』


 不明瞭な言葉が漏れ出る。

 それにアリューは一筋の希望を見た。首輪は完全に白竜を操りきれていないという希望だ。

 先程の悲しみの顔を彼は思い出す。そうだ、まだ白竜には心が残っていると確信する。


「はく、りゅう!」

『もう良い面倒だ。殺す』


 返答は無慈悲なものだった。止められた手は再び彼に迫る。

 そしてそのままアリューを踏みつぶした。


 これで青年は死んだはずだった。だが終わらなかった。踏みつぶした手の間から光が漏れ出ると、突然に押し返される。

 その力は大きく、白竜は咄嗟に手を退けた。


 払いのけて白竜が見てみれば、守るかの様に彼の身体の上に竜殺しがあり、彼が村で見た時と同じように眩い光を放っていた。


「これ、は。あの時の」

『親が何故仇を守るか! 所詮は貴方も薄汚い人間が混ざった紛い物か!』


 白竜が忌々しげに吐き捨てる。


「お、や?」


 アリューが困惑している間にも竜殺しの光は強まっていく。光は青年一人を包み込んだかと思うと、強固な障壁を築いた。

 白竜が怒り狂い爪や腕で襲い掛かるも何の効果もない。

 竜殺しは赤竜の時の攻撃性を見せず、ひたすら防御に専念している。

 これでは埒が明かないとばかりに、ブレスを吐こうとした白竜に光が向けられた。白竜の首元、首輪に光が当たる。


『何だ、これはっ、気持ち、悪い……吐き気がする……』


 白竜が苦痛に歪む。敵わないとばかりにアリューから距離を置いた。膠着状態が起きる。

 どうにかしてこの守りを突破しようと白竜は画策するが、その時間は与えられなかった。


 耳をつんざく音が遠方より届いた。

 アリューは何とかその音の元に首を動かす。この音は王国軍で使われる信号用の術式によるものだ。

 通信術式よりも簡易で近距離しか届かないが、魔力的素養が無い者でも聞くことができる。

 音の意味するものは援軍到着。


 まだ豆粒ほどの大きさしかないが人影が十五ばかり此方に接近していた。

 鎧の種類は王国軍。速度からして全員が竜殺しだ。そして下級だけではなく上級も複数含んでいる。


『ちぃ!』


 白竜は舌打ちをする。この場に居ても目的が達せられるか分からず、眼に見える不確定要素が接近している。

 長居による益は見込めないと判断した白竜は早々に撤退を選ぶ。

 向かう先は当然大荒野を越えた竜が住まう場所だ。

 翼をはためかせ魔力を繰りながら、白竜は浮かび上がる。


「はくりゅう!」

『この場は一旦預ける』


 空高く飛びたつと、そのまま進路を東に向けて飛び去った。

 青年が必死に呼び止めるも空しく、白竜の姿は段々に小さくなり、遂には雲に隠れて消えた。







 



 

 後に赤竜動乱と名付けられる騒ぎはこうして終息をみた。

 王国の関係者は白竜の逃亡に憂慮するも王国の危機が去ったことに胸を撫で下ろす。

 しかし王国の、いや人類の本当の危機はここから始まる。

 後世に人類史上最悪の災厄と呼ばれる竜戦争は、ようやく人類にその存在を示そうとしていた。

(敵も味方も)精神攻撃は基本

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