人間だろう、打算と情を持てよ
前の話において竜の人間形態の髪の色は金とありましたが、それは間違いです。
オードランと同じ栗色が正しいです。それを踏まえてお読みください。
混乱させる様な間違いをし、申し訳ありません。
オードランの頭の中は混迷しきっていた。思考が焼き切れる直前であった。
騎士として持つ僅かばかりの矜持を持ちだして、なんとか竜と対峙していたのだ。竜がいきなり恐ろしい魔力の放流を始めるのは彼の許容範囲を軽々と越えていた。
そしてその後に来た再開できた喜び、思い出した悲しみ、思い出を踏みにじられた怒りを彼が捌くことなど不可能であった。だから彼は竜―彼女に飛び掛かるアリューを呆けて眼で追うことしかなかった。
「お前がっ、お前が何でそんな姿をとる!」
あれほどの魔力の放出をみせた彼女は、何故かアリューの首を締め上げる腕に手を添えているものの魔法を使って彼を引き剥がしたりはしなかった。見る間に彼女の顔は蒼ざめていく。
その時になって彼はようやく我に返った。馬乗りなったアリューを静止しようとし、しかし止める。
止める必要はないではないか。アリューは今竜を殺しているのだ。しかも彼女を侮辱した竜をだ。何故か抵抗していないがちょうどいい。『色持ち』ならもしかすれば二級竜殺しになるかもしれない。
脳裏にふとそうした考えがよぎる。だが軽率な考えを諌める様に違う思考も浮かぶ。人語を介する竜など前代未聞。その処遇はそこらの一騎士が決めてよいほどの軽々しいものではない。もしかすれば竜との争いを一変させる助けになるかもしれない。それに竜が反撃してくればどうする? 殺されるだけだと。
様々な思考が浮かんでは消える。けれども時間は彼を待ってはくれない。傍から分かるほど、彼女の顔から血が引き切っていた。
そんな中オードランは見てしまった。彼女は反撃をするどころか、両の手の力を抜きアリューに微笑みかけたのだ。
その微笑みはあまりにも邪気がなく、彼が昔何回も拝んだことのある表情に似ていた。
オードランはそんな彼女を死んでしまった女性と重ねてしまった。そして目の前の光景がどうしようもない程堪らなく嫌になった。贋物だろうがなんだろうが、彼にはアリューが自分で恋人の首を締め上げているのを傍観できなかった。
「アリュー! その手を離せっ」
腹の底から声を出すがアリューは止める素振りを見せない。彼はアリューの肩を後ろから掴むと、もう一度制止の声を上げた。
「止めろと言っている!」
「うるさいっ! 何故お前が止めるっ!」
眼が血走り、とてもではないがいつも通りでは説得できないと彼は判断し、普段は使用することを避けている方法を持ちだす。
「従騎士アリューに正騎士オードランが命令する。早急にその手を離せ。従わないなら貴君の一級竜殺しの帯刀権限を停止する」
低く、ゆっくりとした口調でオードランはアリューに言い聞かせる。アリューはきつく彼を睨みつけた。だが徐々にではあるが、両手にこもる力が抜けていく。つまった呼吸音をしていた竜は、酸素を求めてか胸が上下していた。
オードランはたき火から大きめの燃え木一本を取り出すと、アリューの目の前に差し出す。
「重ねて命令だ。これを持って燃え尽きるまで辺りを警戒してこい。だが離れすぎるな。そして何かあったらすぐに戻ってこい」
頭を冷やさせる目的で、すかさず哨戒任務を与える。アリューはしばらく燃え続ける木を受け取らなかったが、オードランは変わらず差し出し続け退かなかった。
「・・・・・・」
そして何も返事をすることも無く、燃え木を奪い取ると、一人アリューは闇の中に消えていった。
やばい、もうやばい。やばいがやばい。
竜になって久しく感じていなかった死の恐怖が遠ざかり、肺に酸素を送り込みながら恐怖する。
首を絞められている時、変な笑みがでてしまった。力が抜けたからか死にかけて悟りでも開きかけたからか、前世含めて一番自然な笑みだったが何も嬉しくなかった。
何で人間になったらいきなり殺しにかかったのか分からない。彼は猿が人間の真似をするのに虫唾がはしる人間なのか、だとしてもこんにちは、死ねを実践するのは酷すぎやしないか。
咳き込む俺に残った方の青年は、両膝を地面につけ跪き、両手を組んだ。いわゆる西洋風土下座という体制だ。
「竜殿、先程の非礼詫びのしようもありません。従者の罪は主人の罰であります。どうかあの者を許し、罰するなら私を罰して頂きたい。そしてこの身が十に引き裂かれても許されることではないことは重々承知ですが、もう一度貴殿と言葉を交わすことを許してほしい」
竜に戻って八つ裂きにしてやろうとしたのを、一歩踏みとどまる。話し合おうとしてデストロイしようとしてきたのは確かに非友好極まるが、それでは他の人間がもっと友好的である保証はない。
もう少しだけ、そうほんの少しだけ寛大になってやろうではないかと思いとどまる。
「貴方は止めてくれました。ならば感謝すれど罰したりはしません」
「寛大な御心に感謝します。竜殿」
いろいろとあり一周回って腹でも座ったのか、冷静に対応する栗髪君。殺されかけたのに対する成果にしては小さすぎるが、何もないよりはましだった。
とりあえずはもう竜に戻ろう。首絞め青年が帰ってきてはたまらない。
戻るのは易いのか燃え上がる様にマナが身を包むと元の巨体になる。さすがに一度は見たからか青年は少し眼を見張る程度にとどまった。
『しかし先程の青年は何故あのような行為にでたのですか?』
「それは・・・・・・竜殿、一つお聞きしたいのですが、先程の姿は私達の記憶を元にしてなられたのでしょうか」
『いいえ、竜がとる人の姿とは、初めて近しい縁を築いた者の姿のはずです。本来であればとある男性のものをかたどるはずでした。私にも何故かは分かりません。ですが竜の使う法とは竜でも全てを把握している訳ではないのです。ですので、もしかすれば貴方達の記憶をかたどったかもしれません』
「左様ですか。ならば完全にこちらの非であります。竜殿の姿は私達に縁があった者。それを見てあの者が錯乱したのでありましょう。申し訳ありませぬ」
絶対にそれだけじゃねえだろとは思ったが、突っ込めば絶対にややこしいことになるので、文句は呑みこむ。
青年は今度は主君に対する礼をとると、改まり話を進めた。
「名乗りが遅れました。私はオーシュ王国、コルテ騎士団に所属する騎士オードランであります。今哨戒に当たっているのは私の従騎士アリューです」
『了解したオードラン殿、竜は名を持たぬ。仲間には白竜と呼ばれている』
「承知しました白竜殿」
お互いに名乗り終わったところでオードランが切り出した。
「それで白竜殿。私達とこうしてまみえているのは、どうした意図があるのでしょうか」
『貴方達の王に会いたいのです』
「・・・・・・同族を殺せと命じた王をお恨みか」
『いえそうではありません』
復讐ではないです。同族とかは結構どうでも良いです。命が惜しいので降伏したいのですよ。とかは口が裂けても言わない。あくまで人間と竜が無益に血を流すのは心が痛む優しき竜ポジション。聖竜として扱ってとは言わないが、まあ生かしといていいか程度には認識させたい。
『貴方達を治療したのは私です』
「命の恩人に危害を加えるとは。重ね重ね非礼をわびまする」
さりげなく恩を売っておく。
『竜が流す血は勿論私にとっては悲しい。なれども人間が流す血も私にとっては、竜と同等に嘆かわしいものなのです。私は無益な戦いをこれ以上眺めることなどできない。糧とするため肉を喰らうのは動物の当然の摂理ですが、ただ殺し合うのにはなんの意味も存在しません』
「・・・・・・」
『だから貴方達の王に伝えたい。争いは何も生まない。恨みを晴らすために殺し合ったところで、さらに恨みが募るだけですと』
本当は同族動員できるなら、滅ぼしたいのだけどね。まあ下級や中堅はいいとして、古竜が動かないからできないんだが。
何かを感じ入っているのかオードランは黙り込んだ。さすがに綺麗ごと過ぎて、嘘と思われたのかと心配したが、直に返答が帰ってきた。
「その御心に感服するばかりですが、私はただの騎士の身。残念ながら白竜殿の御考えに答えることはできませぬ。ですが仲介ならばこの不肖の身、助けられた恩に報いるために努めさせて頂きたく思います」
玉虫色かつテンプレな回答だが、現時点では及第点な解答だ。
『よろしく頼みます』
「精一杯努めさせて頂きます。とすればアリューにも説明してきましょう」
『そうですか。二人だけで話したいこともあるでしょう。戦場となったこの地で獣がたむろしているとは思えませんが、あまりたき火から離れすぎない方が良いでしょう』
「お気遣い感謝します」
そう言ってオードランはたき火から木を一本抜き取ると、遠くにいる灯に向かって歩き出した。
俺は火が消えない様に上を向きながら溜息をつく。
なぜ生き残るため死にそうにならなくてはならないのだと。しかし今日のことは例外だと思いたい。一国の王が短絡に『竜だ、殺せ』とはしないはず。人間に味方する竜なんて滅多にいないどころか、俺一人(?)なのだから。大丈夫だよね?
アリューが無言で立っていると、人が近づく音が後ろから聞こえた。
「よう、頭は冷えたか馬鹿野郎」
そこではオードランが燃える木を松明にし、左手で持っていた。表情はいつもアリューに向ける軽薄そうな笑みだ。アリューは睨みつけた。
「なんで止めた」
「竜があいつに見えた。お前があいつの首を絞めているのなど一瞬たりとも目に入れたくなどないよ」
「あいつとセレストは違うだろう!」
アリューが怒鳴ると、オードランは軽く肩を竦め受け流す。
「もちろんそうだ。竜があいつなはずがない。絶対にだ。一緒にするなんて汚らわしい。だが見えちまったもんはしょうがないだろう。それに止めたのはそれだけじゃない」
「なんだよ」
問いに、呆れた様な、それでどこか楽しんでいるかの様な表情をし、オードランはアリューに先程竜とした会話をする。
「彼だか彼女だかは知らんが、あの竜は大したもんだ。なんと我らが王に和平を申し入れたいのだそうだ。同族が死ぬのも嫌だが、俺達人間が死ぬのも嫌なんだとよ。そこらのなまくさ僧侶よりよっぽど人間ができてるな。竜だが」
「オードラン、まさかお前はそれで良いとか思っているんじゃないだろうな。セレストがなぜ死んだかお前だって知っているだろう! 何千人、何万の人々が竜に焼き払われ、潰されたか忘れたわけではないだろう!」
オードランはその言葉に答えず俯いた。視線を上げるとアリューではなく、松明の光の外である暗闇、正確に表現するならば彼らが仲間達が戦った戦場に向けた。
軽薄そうな笑みは鳴りを潜め、声もずっと低くなった。
「なあ、アリュー。今日何人死んだよ」
「・・・・・・」
「竜が都市に飛んできたなら分かるぜ、俺達騎士が何人死のうが民を守るのが騎士の仕事だ。喜んでじゃねえが納得して死ねるさ。じゃあ今日の黒竜はどうだ。黒い竜が攻めてきたって話は俺は一度も聞いたことはないね」
「襲ってきてからじゃあ遅いだろう」
「それが理由じゃねえぐらいお前も分かるだろうが。またどっかの貴族軍が竜殺しを手に入れたから、それに対して均衡を保つため新しいのが欲しいんだろうよ。竜を殺すための竜殺しだっつうのに、竜殺しのために竜を殺すなんて笑えねえよ」
アリューもオードランの話が正鵠を射ているとは感じ押し黙ったが、それでも受け入れることはできなかった。
「竜の話が本当かどうかなんて分からないだろう」
「そうだなあ」
苦笑しながらオードランは肯定する。そしてアリューの顔を覗き込む。表情は年齢に見合わない疲れた顔だ。
「あいつが死んで、敵もとって何年経った?」
懐かしむような声音であった。しかし決して暖かいものではない。
「一年目は復讐のために暴れまわるのもいいさ。むせび泣くよりはましだ。二、三年目も惰性で続けるのも構わないぜ。戦う技術は金になるしな。でもなあ、そんな生活は何年も続けらんねえよ」
オードランはアリューに背を向けるとたき火の灯に向かって進む。
「妹の夫だからな。お前の気のすむまで付き合ってやるが、日和たってしょうがねえじゃねえか」
オードランに声をかけることはアリューにはできなかった。認めることも否定することもできず、地面に転がる石ころを八つ当たりとばかりに蹴とばした。
「ちくしょう」
アリューの言葉は暗闇に溶け込み、誰の耳に届くことも無かった。
なぜ私は夫と妻の髪の色は同じ色になると思ったのか。
これが単一民族として生きる我々の業なのか。(訳が分からぬ)
あとがきの意味が分からない方は前の後書きか、この話のまえがきをお読みください。
※追記ヨードランじゃないよー。オードランだよー。
深夜に急いで書くのはもう止めます。