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安心しろ、剣を置け

 竜殺しとは個にして軍を成す存在だ。

 下級竜殺しの保持者でさえその剣を振るえば、彼の者を止めるためには凡そ数百の軍勢が必要となる。

 王国が擁する最高の竜殺し、一級、二級であればその武は最早理不尽に近い。

 通常彼らが行動する一級と二級の二人の組の戦力は、王国の平均的な騎士団二個に相当する。


 竜殺しから与えられる膨大な魔力とそれによって実現する超人的な身体能力は、どの様な凡百の人間だろうと伝説に歌われる勇者へと昇華させる。

 一般的な才を持つものであれば、一時間ほどの術式による同調調整さえ経れば誰もがその使い手となれるのである。

 これは竜殺しさえ無事であるならば、保有者が死のうが幾らでも絶大な存在を量産できることを意味した。

 こうした軍事において最早反則とも言っても良い性能を前にした王国軍、貴族軍両方が、例え通常戦力を磨り潰そうがその確保に動いたことも無理からぬことであった。


 しかしだ。勿論のこと竜殺しとは万能のものではない。その扱いの習熟には普通の武器と同じく相当の時間を要する。

 人の規格を逸脱した筋力の扱い、更に術師ではなかった者が使うことになれば魔法の行使の仕方から学ばなければならない。

 そしてなにより竜殺しと完全に同調するには最初の調整だけではなく、それなりの時間を必要とした。その日数は大凡二週間ほどであり、それまでは竜殺しの戦力化は難しかった。



 何故ならば完全な同調がならなければ、保有者は竜殺しから十分な魔力を引き出せないからだ。

 一般的な三級竜殺しから調整直後引き出せる魔力の量は大凡一般的な術師一人分であり、その状態で戦場に投入しても宝の持ち腐れも良いところであった。

 それら全てを鑑みて竜殺しの保有者が戦力化するには一か月ほどの日数を要するのである。



 


 

 上記のことは軍事においての常識である。

 だからこそ貴族軍が敵の竜殺しを一本も確保できずその保有者を捕えただけで、敵の竜殺しが壊滅したと受け取っても何らおかしなことではなかった。

 幾ら敵の手中に竜殺しが残ろうが、その戦闘中において戦力化が間に合うことがないからだ。


 だがそれは確かに軍事の常識であったが、全てではなかった。

 貴族軍が所持しない竜殺しの中でも至高ともいえる存在。王国軍が独占する百にも満たない上級竜殺しはその常識を軽々と打ち破る。


 そもそも上級と下級竜殺し。両者が同じ竜殺して分類されているのは飽くまで、どちらも竜から造られるものであるからに過ぎない。

 その間には決して埋められない差というものが厳然として存在し得るのだ。

  上級竜殺しが生み出す魔力は下級と比べるに烏滸がましいほどの質と量を誇る。それこそ同調直後のにじみ出る魔力量だけで下級と並び立てるほどにだ。


 だからこそもしも以前に竜殺し一度でも振るったことがある者が、上級竜殺しと契約するとすれば、その戦力は同調直後でさえ三級のものと遜色ないものとなるのである。




「私たちが相手をしていた竜殺しは同じ竜殺しの使い手という訳か」


 ニコロは敵への賞賛と共に言葉を吐く。

 敵に狙いがあることは彼にも分かっていた。それでも多少のことは耐えられると算段を付けていたのだ。

 事実、敵が企てた術師の隠匿も、戦力を砦内に分断させることも一つ一つは感心もするが大したものではない。

 敵の策の目玉である竜殺しの隠ぺいさえそれ単独であれば、軽く誉めてやろうとばかりの策だ。

 しかし騎士団は一つ一つを積み重ね盤をひっくり返した。


 今十二の竜殺しに相対する貴族軍の正面戦力は、騎士二千に竜殺しが十程。

 残りの戦力は囲いの為に砦外周に割り振られている。戦闘となればまだ勝ち目があろうが敵が逃げる気であるならば此方が不利。

 正に敵にとっては最高の機会であろう。よくぞ逃さなかったと彼は敵ながら褒め称えた。おそらくは最初から城壁上に登って脱出のタイミングを図っていたのだ。

 貴族軍は門が開いているのだからと、城壁に対して攻撃を加えなかったのだから、さぞ戦場を見渡せたはずだ。それすらも策の中の一つかもしれなかった。


 強い、彼は騎士団をそう結論付けて評した。奇策と言えど地力が無ければできない芸当。正しく王国最精鋭と言える手並だ。

 しかしニコロはそれだけでは終わらない。策に乗せられた、敵が一枚上手だった。そんなことは彼が渡り歩いてきた戦場では腐るほどあった。


 彼は周りを見渡す。配下の騎士は不測の事態にも関わらず何ら動じていない。ただ上官であるニコロの指示を待っていた。





 敵陣に向かう十二人の竜殺しの背中には、大きく不格好な皮袋が括り付けられている。そしてそれらは大きく膨らみ人間大になっていた。

 外見からして、その中に何かが入っていることは容易に分かるだろう。そしてこの状況から、彼らの袋の中の何れかにか白竜が入っていることもだ。

 無論ながら貴族軍にはどれが本命かまでは知りえない。

 それは単純で使い古された策であったが、この場面において効果を遺憾なく発揮する。


 これで敵は頑強で、素早い竜殺しを一人残らず捕まえなければならなくなった。


 竜殺したちは人外の速度で敵陣に迫る。敵の攻勢術と弓が放たれたが彼らを捕えることは出来なかった。

 元来その用途は対軍用である。単独のこれほど素早い的に当てるには、そうした相手を想定した精鋭でなければ不可能であった。


 迎撃を掻い潜ると彼らは三人一組の小隊で貴族軍の隊列に切り込む。剣を構え切り伏せんとする貴族軍の騎士達を、熱したナイフでバターを刻むかのごとく斬り殺し前進していく。

 速度は緩めずひたすら前を目指し、分断し後方に残す騎士達には眼もくれない。ただ前に立ち塞がる騎士達を剣で両断し、魔法で焼き、潰す。

 

 最早虐殺に等しい状況の中、それでも貴族軍は自軍を切り裂こうとする竜殺しを留めんとする。

 本来ならば竜殺しに対して真っ向からの勝負など愚の骨頂。機動戦による、遠、近両方の距離からの執拗な消耗戦こそが最善手である。

 だが今回は敵が逃げの一手に出てきている。ここで一度でも退けば彼らに敵を止める術はないだろう。たとえ身を裂く行為だろうが、騎士達は止めんと竜殺したちに殺到した。






「足止めんなよ! ひたすら前進だ!」


「分かってる!」


 アリューとオードラン。そして騎士団の竜殺しで構成される小隊は敵正面の薄い部分、右翼から突入している。

 砦で十分な治癒と一定の魔力の補充に努めた二人は、十全ではなかったがただの下級竜殺しであったら一蹴するほどまで回復していた。他の三組と比べその進撃は早い。


 四組の小隊の中、本命はこの組であった。白竜は戦闘の邪魔にならないようしっかりとした固定と軽量化の術を施され、アリューの背中で眠っている。

 白竜を意表を突き他の下級竜殺しに任せる案もあったが、それでも結局突破の可能性が一番高い彼らの組に任されることになった。


「前方っ、敵竜殺し!」


 立ち塞がる敵を切り伏せながらの進撃の中、オードランが警戒の声を上げる。騎士達でつくられる壁の先に誰もいない空間があり、その中心に一人の騎士がいた。

 発する魔力からして並の兵士ではない。彼が叫んだとおりその騎士は竜殺しであろう。

 騎士には騎士。竜殺しには竜殺し。適切な配置であったが彼方の人数は一人。此方は三人である。

 罠かと三人は眼を見合せたが、三人の中の一人。下級竜殺しながらも最年長である騎士は敵がまだ若く、その顔が怒りで真っ赤に染まっていることをすぐさま見抜いた。


「ここは私が」


 言葉もなく意見のすり合わせを済ませ、騎士は一気に前の敵を突き崩すと空いた空間に躍り出る。


「ああああっ!」


 敵の竜殺しは怒声を飛ばしながら騎士との距離を詰め、上段から竜殺しを振り下ろす。

 常人であれば避けられぬ必殺の一撃であったが、相手が同じ超常の人である騎士であり、更にその一撃が容易に予測できるとなれば話が違う。


「ぬぅ!」


 騎士は正面から受け止めた。距離を詰めて騎士が確認してみると予測通り敵の男は精悍ではあったが、まだ若い。年齢で言えば後ろにいる二人と同じぐらいであった。


 敵が二撃目を加える前に後ろからすかさず二人が追いつくと、がら空きになった敵の胴体目掛けて竜殺しを見舞う。


「ぐうぅっ」


 だが命を奪うまでには至らない。竜殺しをねかし峰の部分で攻撃したため、骨を砕き重傷を負わせたが致命の一撃にはならなかったのだ。

 膝を屈す敵を騎士は軽々と持ち上げ、前方の敵へと叩きつける。

 厄介な障害を排除し終えた三人は、それによって崩れた敵に切り込み再び進撃を開始した。


「贅沢なことで」


 再び密集して突撃する中オードランは騎士に皮肉交じりに声をかけた。それに対し男は不敵な笑みを一つ浮かべ返事を返す。


「贅沢はできる時にしなくては」


 今一見してみれば騎士団有利となっているが、このまま容易に突破ができるはずがない。

 先程遭遇した竜殺しの様に敵にはまだ侮れない戦力が残っている。

 そしてどれ程敵を蹴散らそうが彼らは戦っているのではなく逃げているのだ。少しでも突破が遅くなれば囲いに参加していた戦力に追いつかれる。

 砦の方も騎士団が全滅するわけにもいかず、程々の所で降伏しなくてはいけない。分断もいつまで持つか分かったものではないのだ。

 だからこそ余裕がある内ぐらいは手心を加えてもいいだろう? とそう騎士は返したのだった。


「そうならないために別働隊の人達には頑張って貰いたいですよ」


 オードランはそう呟いた。




 突撃した四組の竜殺しの内、彼ら以外は真っ直ぐに敵本陣を目指していた。狙いは敵の指揮系統の壊滅。それができなくても敵の戦力誘引を目的としていた。

 指揮さえ潰せば敵の行動を阻害し追撃も潰すことができるし、万が一防がれても竜殺し九人の突撃だ。

 防ぐためには相応の戦力。それこそ同等の竜殺しが最低限必要とされ、安全を期すならばその二倍の数を要しよう。

 どちらにせよ追撃の手を緩めることができるはずであった。


 三方から突撃した小隊は障害となる騎士達を次々と排除し、その中枢部に駆け込んでいく。

 敵の隊列に入られ攻勢術と弓の使用を制限された騎士達では、彼らを止めることは不可能である。

 難なく彼らはその歩を進めていくと、ついに敵の本陣がその眼に飛び込んだ。


「突撃! 敵の首級を取れ!」


 味方を鼓舞し、そして敵に知らせ集めようと竜殺しの一人が叫ぶ。

 それに応えるように九人の竜殺しは敵の本陣に突っ込む。幕を引き倒し、その中にいるだろう指揮官と、迎撃の敵を討ち果たさんと彼らは乗り込み、その後に愕然とする。


「なあっ!」


 一人が驚愕の声を上げる。

 誰もいない。警備も指揮官も伝令も。およそ指揮所として必要な全ての人間が、そもそも人の影一つすらなかった。

 椅子が倒れ散乱し、中の人物たちが慌ただしくその場を去った事を彼らに知らせた。

 謀れた。

 ここには指揮官も敵もおらず。


「我らも歩を進めよ、突破する! 罠だ! 敵は本命に向かったぞ!」


 不意を突かれたが九人は再び敵陣の突破を行う。

 しかし彼らがいる位置は敵の層が一番厚い中央だ。敵が白竜を逃がす三人に向かったとするならば、それを防ぐために突破する敵はあまりにも多かった。






 ニコロは四隊に分けられた敵が正面から喰いこんできた時、その侵入場所からすぐさま敵の意図を見抜いていた。

 正確に表わせばそう予測しただけであったが、敵の突破を阻止するためにはそう断定し、それを逆手に取らなければならないと判断したのである。


 そも後方を守るために編成、布陣していた正面部隊を短期間で竜殺しの突破を防ぐ為に動かすことは無理なことであった。

 よって彼は指揮を有効な戦力である竜殺し九名、投入されなかった残りの予備戦力である騎兵五百に絞り込み、それ以外の指揮は放棄することを決断する。

 旗下の騎士達に本陣を襲撃される可能性を説き彼らを自身の分隊に戻しながら、最後に総指揮所の命令を発した。


『正面はその場を固守し敵竜殺しの突破を阻止。囲いに参加した兵力は可及的速やかに救援に駆けつけられたし。なお、以後は各下級指揮所の判断に沿い、各自で行動せよ。総指揮からの指示、応答は以後できない』


 そう伝達すると彼はすぐさま本陣を出て、竜殺し突撃による混乱の中何とか竜殺しの過半である八名、騎兵四百五十を掌握した。

 そして掌握した軍勢を左回りで味方の陣後方に抜けさせ、そこで突破してくるであろう敵竜殺し小隊の鼻っ面を横合いから殴りつけようと待機させたのである。

 その後戦場は彼の予測通りに推移する。貴族軍は敵竜殺しの阻止こそ出来ないものの、敵の過半を本陣へと吸い寄せた。

 敵の策を逆手に取り、逆に相手の戦力を入らぬ場所に吸引したのである。これにより騙された相手は一番味方の厚い部分に取り残された。どうにか抜けるころには救援の竜殺しが駆けつけている頃だろう。

 

 後は敵の本命だ。彼が指揮する戦力で足止め出来れば敵は完全に的中に残されることになる。

 じっと眼を凝らし時を待ち、そしてその時が訪れる。

 味方右翼から敵竜殺し三名が軍勢を抜けてきたのだ。


「突撃!」


 彼の合図とともにその軍勢は竜殺しへと躍りかかった。






「ちいっ!」


 オードランは苦み走った顔で痛烈な舌打ちをする。

 左前方から騎兵と、この場で最も出会いたくなかった竜殺しが来るのが見て取れたのである。

 策が読まれ、逆に此方が戦力を分断されたことに彼らは気付いた。


「お二人は先に!」


 騎士はそう叫ぶとともに二人から離れ左前方から来る軍勢に向かい始める。目的は飽くまで白竜の逃亡だ。他の者は残って戦い、適当なところで降伏すればよい。

 だがそれでも焼け石に水だ。一人であの軍勢は止められない。このままでは呑まれる。では自身も含めれば? オードランは思考し、無駄だと判断する。

 アリューは顔を引き締め、例えあの軍勢であろうが突破してみせんと竜殺しを固く握った。

 しかしそれでも三人の脳裏には考えてはならない言葉が浮かんだ。


 つまりは、終わり。


 そしてそれを助長する様な出来事が起こる。彼らの右前方に新たな軍勢が現れたのである。数は二千、編成は騎兵で、しかも同じく竜殺しを含んでいる。

 今度こそ、彼らの顔は青く染まった。




 


 『彼ら』の敗因を上げるとするならば、策の為に全体を統括する指揮を放棄したことが主要な要因であった。

 短期間であればそれぞれの部署がその状況を保守することは、何ら難しいことではない。だがこと新たな変化が、それも全く予期できないことが起きてしまった場合、その対応は杜撰に過ぎる。

 もしも指揮が生きていたのならば遠見の斥候が戦場に接近する軍勢を、例え同じ軍であっても見逃すはずがなく。

 見たこともない軍勢が味方本陣の後方に迫っているとき、それの所属を確認せずどこかの隊が動いているのだと納得するはずがない。


 しかしだとしても『彼ら』を責めるのはあまりにも酷な話である。

 常識的に考えれば付近で敵に味方する軍勢などいるはずがない。もしも遠くから救援に駆けつけたところで、到着するのは戦がとっくに終わっている頃だ。

 そんな中で、迫っている同じ所属の軍勢がまさか敵であると誰が思おうか。


 そも、こんな重大な局面で彼らを敵に回す愚か者がいるはずがない。

 そんな、損得の勘定もできず、馬鹿で、空気の読めない阿呆が居ると思う方がおかしいのである。


 だが実際にはそんな、損得の勘定もできず、馬鹿で、空気の読めない阿呆がいて、現に彼ら貴族軍に襲い掛かってきたのである。




『はあっ?』


 騎士とオードランは同時に間抜けな声を上げる。

 何と右前方から現れた敵は彼らではなく同じ味方であるはずの左の軍勢に攻撃を加えだしたのである。

 右の軍勢は何の遠慮もなく矢を撃ち、攻勢術を叩き込んだのだ。


 彼らはまだ幸運であった。ただ驚きの声を上げるだけで済んだのだから。問題は浴びせられた軍勢であった。味方だと思っていた軍勢にいきなり攻撃を叩き込まれたのである。

 前方の三人に対しての守勢術は用意していても、横の味方に対する警戒などあるはずがない。


 騎兵から放たれた二百の攻勢術と、その軍にいた竜殺し三名からのとりわけ強力な一撃をもろに喰らわされ、一気にその数を撃ち減らされてしまった。

 何より痛いのは竜殺しの術が正確に彼らの竜殺しに直撃し、哀れ三人程がその餌食になってしまったことだ。


 これによって左の軍勢は半壊する。しかも更に右の軍は竜殺しを先頭にして突撃を敢行。

 混乱から立ち直っていない左の軍は何とかそれを受け止めるものの、完全にその勢いを殺されてしまう。


 そんな奇妙な光景を見て三人は呆然としながらも、足を止めず走り続けていた。

 そして彼らに接近する前に左の軍は右の軍勢と混戦状態に陥ったため、何とか彼らはすり抜けに成功したのである。

 しかし通り抜ける瞬間、右の軍勢の内、凡そ二百ぐらいの手勢が分離し彼らに接近を図った。


 すわ攻撃かと彼らは構え振り切ろうとしたが、その先頭に見慣れた顔を確認した瞬間、彼らは驚愕と共に声を出した。


「アミルカーレ!」


 そうそこにはあの騎士団入りした新米騎士であるアミルカーレがいたのである。

 少年は安堵と混乱の色を見せながら彼らに尋ねてきた。


「何ですこれ! 何がどうなってるんです! でもとにかく皆さんが無事でよかった!」


 犬であれば尾をぶんぶんと振っているだろう。そんな困惑しつつも喜びながら少年は近寄ってきた。

 騎兵は彼らを囲い込みそのまま並走する。

 速度を多少落とすことになるが、それでも周りに守りがいることは有利になるだろうと、三人もその歩を緩めた。


「坊主! この方々は何だ! どこから引っ張ってきた!」


 騎士が馬上の少年へと詰め寄ってきた。

 貴族軍であることは鎧からして分かる。だが領主の息子だろうがこの数を動員するには無理がある。

 そもこの少年は親に勘当されたはずだ。


「僕の領地の貴族軍です!」


 そう返されてもまだ彼らは納得できなかった。察しの悪い少年でもそこは分かっただろう。だからその後に言葉を付け加える。胸を反らしながら多少誇らしげだった。


「僕親の後を継いで領主になりました! だからこうして応援に駆けつけられたんです!」


 何を言っているんだこいつ、と三人は馬鹿でも見るような眼を少年に向けたが、少年の傍にいた騎士の一人が声を挟む。


「お歴々も疑問があることでしょうが、とりあえずはここからの離脱を最優先に致しましょう。お話は後ほどで。後方の我が軍の抑えも万全ではありませんので、お急ぎを」


 その言葉を聞き彼らはそうだと思い直し少年への尋問を中止した。

 騎兵二百と竜殺し三名で構成された軍勢は、そのまま戦場からの離脱を図ったのである。




 最後の一撃を思わぬ闖入者により防がれた公の貴族軍は、離脱する彼らを捕えることが出来なかった。

 更に駄目押しとばかりに抽出した戦力は罠に嵌めた騎士団の竜殺しに追いつかれてしまう。

 よって完全にその目的を遂げることができなくなってしまったのである。


 その後頃合いを見計らった所で、騎士団とアミルカーレの貴族軍は剣を捨てて降伏を宣言。

 散々に良いようにあしらわれた貴族軍は憤慨しながらも剣を捨てた者を切るわけにもいかず、各指揮所は降伏を受諾する。

 このようにして公の貴族軍は表向きの目的である砦制圧に成功し、真の目的である白竜の捕殺には失敗することになった。

 

 総指揮官であるニコロは誰にも気付かれないよう嘆息をつき、戦線の掌握に捕虜の処理、そして無駄とは思うものの追撃隊の編成に取り掛かった。






 こうして公の貴族軍の思惑は潰され、騎士団は何とかその目的を果たすことになる。

 捕らわれた騎士団は捕虜の辱めを受けながらも、その表情は晴れ晴れとしていた。





 だが最後の最後で一つの悪意がその美談を汚す。

 無知な善意が公の貴族軍の企みを潰したのであれば。

 狡猾な悪意が騎士団の勇士を愚弄した。


「前方に敵! 数、大凡……ご、五千! 他竜殺し多数!」


 凶報が街道を駆け抜けていたアリュー達に駆け巡った。漸く危機を脱したと思えば更なる敵。

 しかも此方とは比べものにならないほどの数を敵は誇っていた。それでも全員が剣を抜き放つ。ここまで来たのだ。負けてはならない。

 だが一縷の望みを掛けて一点突破を狙い突撃の号令が下されるよりも前に、敵指揮官より彼らに通信術で声が届けられた。

 そして驚くべきことに、その使い手は単身騎馬で敵軍の前に躍り出て、彼らに身を晒したのである。


『進撃を止め停止されたし。我らは貴官らの敵にあらず。私の名はフェルナン。フェルナン候である。貴官ら全員の身の安全は我が名の元に完全に保護することを誓約するものである。これは例外はなく、貴官らが擁しているであろう白竜に関しても又同様である。もう一度告げる進撃を中止されたし。我らは敵にあらず』


 そう告げるとフェルナン候と名乗った人物は、馬上からおり彼らに一礼した。













 時間の感覚もない。身体の感触もなかった。まるでぬるま湯に長時間漬けられているような、そんな不思議な感覚。

 少しの気怠さとそれを上回る気持ちよさに、俺は夢を見るように全てを預けていた。

 しかし幾らか時間が経った時、一時間か、一日か、一週間か。どうにも分からないが時間が経った時。

 何かがそこに侵入してきた感覚があった。それも又言い表せない奇妙さで、全く知らないはずなのに知己にあったような気分になる。


 視覚はないはずであるのに、何故だかそれの外見が伝わる。それは身近であるがあまり見たことがない姿。自分であるがそうでない姿をしていた。


『初めましてか久しぶりか。どちらか分からないけれど私・我はこう言いたい。やっと会えた』


 そんな歓喜の声が聞こえてきた。


 それに対して俺は人間の時の姿そっくりの形をしたその人物に、歓迎するでもなく邪険にするでもなく、一つ声を掛けた。


『どなたでしょうか?』


 本当誰だよあんた。

長い

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