会談だ、話し合え
上級竜殺しと白竜の帰還がもたらした一連の貴族軍と王国軍の小競り合いは、白竜の砦収容と共に一応の終息を見た。貴族側の三人に対する面会要請や、祝辞を述べたいのでせめてもと、砦に対する入城要請を王国軍はことごとくはねのけたのである。
五千の騎士団が固める砦から生半可な実力行使では白竜を連れ出せないこともあり、貴族軍側は一旦その矛を収めた。
砦に迎え入れられた三人は直ちに治療術を専門にした者達による治療が行われる。
意識がはっきりとし、一応ながらも戦闘行動を取れるアリューとオードランは何ら心配はされなかったが、問題は白竜であった。
白竜が語った内容と、診断を終えた術者は難しい顔をし。
「症状は術者が術式行使のしすぎによる魔力欠乏が引き起こす、一時的な昏睡状態だ。普通なら早々に魔力が補充され、白竜が述べたようにもう起きていてもおかしくはない。人間ならばな。しかし彼女は竜、しかも色付きだ。その身体が必要とする魔力は人間と比べれば馬鹿馬鹿しいほどに大きい」
そして一旦言葉を区切る。
「おそらくはそれが関係し、未だ目覚めないのだろう。回復する魔力の速度と容量の大きさが比例していなかったという訳だ。具体的に何時目覚めるかは私には分からない。すまない。だが快方には向かっている。このまま目覚めないことは絶対にない」
とすまなそうに白竜の状態をそう締めくくった。
それにアリューはむう、と唸ったが、良い方に向かっているのだと自身を納得させて、白竜を見守ることに決めた。
残された課題は貴族軍を一刻も早く完全に引かせることであった。
その点において竜は退けられ、白竜の身柄を確保できた王国軍では時間が彼らに味方する。上級竜殺しから詳しい事の次第を聞き出すと、すぐさまそれを王都へと報告した。
貴族軍がこのサノワに問題なく集結できているのは、竜征伐の号令が王政府より発せられているからだ。
ならば政府が終結宣言さえ出してしまえば、貴族軍は無暗に兵力を集めることは許されなくなるのだ。
貴族派がどれ程王都で抵抗をしようが、報告から半日も立てば終結宣言が出されることだろう。
だからこそ王国軍はオラニエ公の貴族軍が言ってくるあらゆる要求、会談を全て蹴り倒し、砦の防備を固めた。後は歯ぎしりする貴族軍を嘲笑いながら、王都から来る勝利宣言をただ待つだけのはずであった。
「でー、最後の悪足掻きに混成軍の貴族軍から横やり入れましたか、彼らは」
ギーは机に腰かけ足をぶらぶらとさせながら、うんざりと悪態をついた。
今の彼は万が一にも刃傷沙汰が起きないようにとの、東部貴族軍の要請のため、天幕の面で待機する王国軍の兵士に竜殺しを預けていた。
そのため騎士らしくない彼のなりは、もはや完全に鎧を着こむ悪ガキのそれになっている。
その様子にフェリクスは一瞬見咎めようか逡巡したが、直接の上官であるジルが何も言わない以上、自身が諌める立場ではないと考え直し押し黙った。
「それだけ相手も必死だということです。東部の貴族軍も下手に公の軍隊と敵対するよりは、場を用意して茶を濁したかったのでしょう」
代わりオーバンがそんな無作法を何ら気にせず返事を返した。
今彼らがいる場所は、砦の外、王国軍と公の貴族軍の陣から等距離の位置に張られた天幕の中であった。
指揮系統が違う軍が三つも同じ戦場にあっては、何かと衝突があるだろうと、それの解消のために設置された臨時指揮所のような場所であった。
無論両軍何方とも相手との協調など取るはずもなく、今まで一度も使われたことのない名目上のものに成り下がっていたが。
「頭が良いのはそりゃあ良いことさ。騎士全員脳筋なんて部隊が成立しないからねえ。でも変なことに頭を使いすぎるのは、それもまたどうかと思うのさ僕はね」
公の貴族軍は、混成軍の指揮系統に属していた東部の貴族軍から王国軍に会談の申し入れさせた。
これに騎士団と近衛は苦慮することになった。下手に要請を蹴ることができなかったのだ。
臨時編成の混成軍は何よりも早く戦場へと送り出されるため、軋轢が出ないよう近衛と貴族軍が対等な立場で組織が成り立っている。両軍の双方から上級者を派遣し造られた司令部が、両軍を指揮することになっていた。
トップの指揮官こそは近衛が兼ねると定められていたが、それ以外はほぼ同等の権限を双方に与えられることになっている。
そのように決められている以上、正当な理由なく混成軍の片翼である東部貴族軍の要請を却下することができなかったのだ。
「そういった所謂法と権威で相手を叩き潰すのも、貴族軍では立派な戦い方の一つなんだよギー。ともかくも要請を無視するわけにはいかない。奇妙な理屈を付けられて指揮官が私であるのに、混成軍の総意は白竜の排除だとされてはかなわないからな。好かないが、手としては良い手だ」
そして何より会談に答えなくてはいけない理由は、司令部に関する規約は殆ど何も決められていなかったことである。指揮官を近衛に定めた以外は、後は適時両軍が定めるべしというのが王政府の見解であった。
これを政府の不手際とは言い難い。一刻も早く進軍させるために、貴族達との折衝が必要になる細かい規則を定められなかったのである。
「混成軍に確たる規約がない以上、意思決定の正式な方法も明文化されていない。とするならば指揮官が同意せずとも案を通す方法も採用し得る。例えば外部の者達、公の貴族軍の面々が参加する多数決で評決をとるとかな。もしも無視をし相手がそう出てきたとき、文句を言っても参加に応じなかったのはそちらではないかと言われれば、貴族軍に理を与えることになる」
だから文句を言おうが、応じないわけにはいかない。ジルはそう憮然とし腕を組んだ。
「それで私たちは貴族軍がどうでてくるか分からないから、それに対する保険かな? ジル殿」
「そうともフェリクス殿。声は少しでも大きい方が良いからな。昔から声のでかい者はいつだって得をしてきたのだからな」
「全くだ」
冗談めかして二人は笑った。
二人の面識は今回の竜征伐まではなかったにも関わらず、男たちの仲は随分と良かった。
打ち合わせで二、三顔を合わせただけでもう軽口を交し合う間柄になっていた。
「人の迷惑も考えず、騒がれるのは勘弁してほしいものです。苦労するのはいつも良心を持った副官なのですからね、ギー殿」
「そうそう、いつだって僕たち副官は敬愛する上官殿のために身を擦切らすのさ。その苦労を知ってほしいもんだよ」
理由としては人間、共感できる部分が多ければ、なにかと良好な人間関係が築きやすいからだろう。
彼らの副官が性格が違えど、立っている立場が同じことからか、仲が良いのがその良い証明であった。
一同の雰囲気が少し解れたところで、ギーは発言をその場の者達に投げかける。
声は幾分かトーンが落ちていた。
「一応さ、確認しておきたいんだけど、ジルとフェリクス殿の総意は白竜の保護であってるんだよね」
「異論があるか」
「うんにゃ、仲間で王命も出てるんだ。守らない理由はないさ」
うんうん、と頷きながら、ふと言葉を止めて彼は至極真面目な顔になった。
「でもね、一応言っておくけど王国は兵士が湧き出る魔法の壺は持っていないんだ。安易に合戦になりました、兵士がいっぱい死にましたは、今の王国じゃあ避けた方が賢明なのさ」
ギーの発言は他の三人の共感を得るものであった。
東部の守りはサノワ騎士団を残し壊滅。西部の近衛も今回の出兵で酷い損害がでていた。
各地の動かせない戦力を勘案し今のままの被害ペースを維持するならば、王国が出兵できる回数は既に五指に満たない。
「だがそれを十分勘案した上で王は御命令なされたのだ」
「勿論それはそう。今の理由は僕が懸念する心配の一つ。本命はそこじゃない。どうにも嫌な予感がするのさ。具体的に言えば東部の連中がこうやってわざわざ会談の場を用意したことがどうも変だ」
「変とは?」
「オーバン殿が言った通り、僕もさっきまで東部の連中が脅されて嫌々やっただけだと思っていたんだ。でも連中だって腐っても貴族だよ。頼まれて、ぜひしましょうとにっこり笑いながら、理由付けて全く行動しない方法だって取れてもおかしくないんだよ」
「では奴らは積極的にこれを企んだと?」
「それだけならいいんだけど……」
自身の考えを述べようとしたところで、ギーは素早く机の上から降りた。
天幕の外にいる兵から、来訪者の知らせが入ったのだ。身なりを正し上官であるジルの後ろに控えた。
そして二人の人物が表に控える兵士に武器を預け、入ってきた。
オラニエ公の貴族軍の指揮官である壮年な男と、それの副官で高身長が印象に残る青年の二人であった。
四人は三軍がこの場で集結してから一度だけ顔を合わせていた。
二人を迎えた彼らは儀式的に敬礼しようとし、ふと違和感に気付いた。
その指揮官の様子はとても会議に挑もうとするそれではなかった。まるで死者のように覇気がなく、眼は四人に対して申し訳ないと言葉もなく語っていた。
口を重々しげに開け、乾いた声で一言だけ発した。
「すまない」
それにギーは自分の、悪い予感が的中してしまったのだと気付く。
そして顔が憤怒の色に染まった。ここまでするかと、ここまで堕ちるかと声なき怒声を上げた。
竜殺しを抜き放とうとし、それがないことに気付くと、これさえも相手の策だったかと後悔した。
「全員っ! 逃げっ」
彼の言葉を待つことなく、天幕は炎と爆発に呑まれた。
王国軍、公の貴族軍の両の指揮官が居た天幕が攻勢術により薙ぎ払われた報は、すぐさま三軍に知れ渡る。
襲撃された時点で天幕に居た六名の内、竜殺しであるジルとギーは竜殺しがなかったものの、慰め程度の守勢術の発動に成功。他の四人と共に重篤な傷を負いながら防ぎきると、二人は外にあった竜殺しを回収し抜き放ち、フェリクスとオーバンを抱え砦に逃げ込んだ。
狼狽する砦の騎士たちが主たちのため開門し四人を収容すると、その時点で竜殺したちの意識が失われた。
この襲撃が起こると公の貴族軍は行動を起こした。
先の襲撃は混成軍又は騎士団による一撃であると断言。王国軍、東部貴族軍の中に裏切り者がいると声高に主張した。
事実先の攻勢術の出どころは混成軍の陣地からのものであった。情報連絡の一環との名目で王国軍の陣地に訪れていた貴族軍の騎士が突然に術式を展開し、天幕に向けて放ったのである。
これに対し東部貴族軍、近衛、騎士団の三軍は速やかに調査の上、犯人の引き渡しを行うと宣言した。
しかし公の貴族軍はそれに満足せず未だ三軍の中に裏切り者がいる可能性を指摘。調査のため一時的に自軍の指揮下に入り調査団の受け入れを要求する。
またもしそれが受け入れられないとするならば、自軍の指揮官に対する義を通すべく一戦やむなしと、最後通告のような連絡を三軍に通告した。
この時点で近衛、騎士団の両王国軍は謀略であると気付いたが、指揮官不在のため行動に精彩を欠いてしまい、満足な回答ができなかった。
そうこうする内に東部貴族軍は、争いに巻き込まれてはかなわないと早々に通告を受諾してしまう。
そして王国軍に対する悲劇はそれだけに収まらなかった。
公の貴族軍に更に圧力がかけられた東部貴族軍は、ジルが懸念したように指揮官不在のまま、混成軍としても要求を受諾することを決めてしまったのである。
本来であれば上官の意思をくみ反対するべきであった近衛の面々は、二度に渡る指揮官の消失により満足な行動が起こせなかった。公の貴族軍はそのまま浮き足立つ近衛を、その決定を盾にとり武装を解除した。
唯一白竜と面識を持ち団長、副団長両方の意思を知っていた騎士団だけが、砦に立てこもり要求を拒否したのである。
これで拮抗を保っていた両軍の戦力は完全に公の貴族軍に傾く。
王国軍はその戦力を騎士団の五千に減らし、竜殺しも疲労した上級竜殺しの二人、騎士団に元々配備されていた竜殺し十にまでなった。
公の貴族軍は、形勢が完全に傾いたことによりついた東部貴族軍をその傘下に組み入れ、数を大幅に増強させた。
そして受け入れを拒否した騎士団の砦を囲い込み、改めて指揮権の一時的な譲渡を騎士団に迫ったのである。




