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集まれ、団結しろ

 陽動に失敗した場合飛来してくるであろう赤竜に備え、砦の防備を固めてフェリクスは、混成軍の報告を聞くとすぐさま貴族軍との対決姿勢を見せた。


「貴族の慣習に我ら騎士がとやかく言ういわれはない。だが死地に赴き生還した勇士を尊敬を持って遇する我らの慣習にも貴族ごときがとやかく言う権利があるはずがない」


 怒声こそ上げないながらも冷め切った声で貴族たちの思惑を唾棄した。

 彼はもしも作戦を成功させ三人が生還したのであれば、たとえ万の大軍に囲まれようとも白竜の身柄を渡すつもりはなかった。また万が一王政府が白竜の処分を決めたとしても、わざと東へ逃す心づもりであった。

 

 そして主たる騎士を執務室に集め、彼は自分の意思を伝え全員の了承を得ると、今後の具体的な方策を議論しだす。


「問題は彼らが策を成功させたか否か、また成功させたとしても彼らが生き残っているかどうかです。彼らの保護も無論我らの重要課題ですが、何より重視するべきなのは赤竜がどうなったかであります。既に出撃から四日経っております」


 副官のオーバンがそう話を切り出す。


「混成軍の竜征伐の主力足り得る上級竜殺しが、一級二級それぞれ一人を除き壊滅したとのこと。もしも赤竜が何の怪我も負わない状態でこちらに侵攻したのであれば、私たちは色付きの竜と上級竜殺し二名で歯が立たなかった相手に更に過小な戦力で戦わなければなりません」


 騎士たちの間に暗い影が下りる。混成軍が痛打を受けた報は一定以上の階級にある者にはある程度知れ渡っていたことだが、改めて詳細を確認すれば散々たる現状だった。


「近衛に赤竜の詳細は知らせたか」


「知らせておりましたがどこまで理解しているかは……。私たちも相手の力量を図り損ねているのが現状ですので」


「蟻に小山と山脈の違いを見分けることは至難であることと同義か」


「それにあちらはこちらの竜殺しの力も当てにしていたのでしょう。混成軍から連絡があるまでアリュー、オードランの出撃を知らせられませんでしたから。討議に暫く時間を使ったようですが、再度予定に変更なしと連絡がありました」


 フェリクスは嘆息する。

 白竜がああも言い表した以上、ただの色付きであるはずがない。先のコルテ騎士団を壊滅させた黒竜と同等かそれ以上であるとみるのが良いだろう。混成軍もそう捉えているはずだ。

 二人の独走がなければ混成軍が進撃を決めた時点で戦力は、あの竜征伐の時と比べ上級の数は倍、下級はそれ以上。通常戦力も数倍だ。勝機があるとみてもおかしくはない。


「やはりあいつらの独走は許すべきではなかったなオーバン」


「ですが団長、古来より人の恋路を邪魔する人間は馬に蹴られて死んでしまえという言葉があります。私は蹴られるのが嫌でしたので」


 周りの騎士たちがどっと笑いだす。フェリクスは軽く頭を痛そうに抑える。


「騎士の間では何時から青春を謳歌することがはやりだしたのだ」


 彼のうめき声に更に笑い声をあげながら騎士たちは軽口をはさんだ。


「まあ若い者たちのああいった初々しい姿は良い酒の肴にはなります」


「だとしたら代金が命なのだから、もっと面白いか悶えるものを見せてほしいがな」


 修羅場でありながら命の遣り取りには慣れている、サノワ騎士団らしい場であった。

 良く雰囲気がほぐれたところでフェリクスは明るい話をだした。


「陽動から既に四日はかかっている。ならば大小なり効果が出たとみて間違いはないはずだ。近隣で赤竜の目撃はないのだろう?」


「は、持ち回りで小隊に監視をさせていますが、これといった姿は未だ確認していません」


 騎士の一人が答えた。


「竜が真っ直ぐこちらを目指したならば、とっくにこちらの索敵にかかるはずだ。ならば赤竜がこちらに向かっている可能性はそうはないだろう。作戦が成功しているのならばあの三人ももしや東でのんびり遊んでいるかもしれん」


 努めて明るい声でフェリクスは楽観論を騎士たちに聞かせる。

 事実がどうであるかは分かりようがない。ならば備えを施したら後は暗い話をするだけ無駄だ。全てが上手くいき、仲間は無事に帰ってくる。そう信じるのが送り出した者たちの義務であった。


「奴らが万が一しくじっても、赤竜がこちらにやって来たのならば近衛と共に征伐する。後は失敗してとぼとぼ帰ってくる勇敢な馬鹿どもをどつきながら、腰抜けの貴族軍を追い返すだけだ」


『はっ!』


 フェリクスはそう纏め、副官であるオーバンを一人残して後の者たちを下がらせた。




 最後の一人が退出しドアを閉めると、彼は深々と椅子に座った。オーバンは無言でフェリクスの横に移動していた。


「随分腹芸が上手くなりましたな」


「竜が来る可能性がある程度低いということは本当だ。あいつらは見事任務を果たした」


「ですな」


「僅か三名で色付きから王国を守ったのだ。本来ならば吟遊詩人が彼らを歌にしてもおかしくはないのだ。それを貴族の馬鹿どもが好き勝手しおって」


 オーバンは上官の握りこぶしに入る力が強くなったのが見て取れた。


「彼らの生存を信じていないので?」


「無論信じているさ。彼らを送り出したのは私だ。王国中で誰一人あいつらを信じる者がいなくても、私、フェリクスは彼らの遺体をこの目で見るまでは何年だろうが何十年であろうが生還を待たなくてはいけない。たとえそれがどれ程の微小な可能性でもな」


「それを聞いて安心しました」


 そうオーバンは返すと鎧に密かに潜ませていたとある紙を取り出しフェリクスに差し出した。

 王国が公務で使用している紙ではない。商人たちの間で取引されているものであった。


「サノワ近郊の貴族領に住んでいる元騎士団員からある報告がありました。数十名の騎士然とした一団が東を目指しているとのこと。その中に下級ですが竜殺しを携えている者がいたそうです」


「……貴族軍の斥候か。しかも斥候に竜殺しとは尋常ではない」


「恐らくは純粋に斥候としての役目もあるでしょうが、あわよくば程度ですがそれ以外の理由もあるとみてよろしいかと」


「弱った者を叩くか。卑怯者には相応しい手段だ」


 白竜が陽動に出たという、本来であれば王国軍しか知りえない情報を貴族軍が知っているのは、急遽編成された混成軍が理由であろう。あれの構成の半分は貴族軍である。

 その情報から白竜排斥を望む貴族軍が、赤竜と激突し弱ったであろう白竜に刺客を送り込んだのだ。


「もしも上手く事が行った場合白竜は東に向かうはずです。ならば別に彼らに対処する必要は何らありえません。更に団長の言う通り、あまり生存は期待できませんので、このまま赤竜に備えていた方が賢明ですが」


 どうしますか、とオーバンは言外に聞いてきていた。それにフェリクスは間髪入れず返事をした。


「こちらも竜殺しを含んだ斥候を派遣しろ。彼らの生存率を少しでも上げるのが我らの義務だ。探索にたけた術者も付けろ。編成はお前に任せる」


「済ませてあります。リストはこちらで」


 変わる手でオーバンは非正規の書類をまたもフェリクスに差し出した。それに彼は眼を丸め、そして呆れ声で副官を非難する。


「副官。通常こういったものは、私が指示してから作成しなければならないはずなのだが」


「確かにそうですが団長と私は正に以心伝心の身。こういった非常に緊急性を要するものは、一々確認を取るまでもなく行動した方が良いので。それに予想通り団長も同意してくれました」


「……感謝する」


「どういたしまして」


 




 各々の集団がそれぞれの思惑を持ちながら時が流れていく。

 壊滅的な打撃を受けた混成軍はそれでも秩序を保ちながら進軍を続け、東に歩を進めていった。その旅程の間懸念されていた赤竜の襲撃は王国には一切訪れなかった。


 これにはオラニエ公の貴族軍を除いた全ての者が胸を撫で下ろす。近衛に重大な傷が残されようがそれは竜征伐にとってはいつものこと。上級竜殺しに甚大な被害も出たが、竜殺し自体が無事であったので被害も復旧可能なものに留まっている。

 赤竜からの竜殺しを得られない以外には、ある程度納得がいく被害内容ではあった。


 あと残す課題は白竜の所在と身柄が王国軍、貴族軍の何方に行くかである。

 貴族たちが白竜の排斥を望むならばこの時が絶好の機会であった。赤竜の正確な行方が分からぬ以上は貴族軍が進撃する理由はなくならず、王国軍もそれを武力以外で止めるのは難しい。


 戦場においてある程度の現場判断は王国の制度として認められている。進撃後退の是非の判断。王族やある程度の地位以上にある者を除いた者の処罰権もそれに含まれていた。

 これらを駆使すれば、貴族軍がもしも白竜を捉えた場合、自己の判断のみで処刑することも可能であった。

 無論、現場指揮官は責任を問われるのは免れない。だが逆に言えば現場指揮官を切るだけで貴族たちは白竜の処分ができた。


 そして混成軍襲撃から一週間が経つ頃には今回の竜征伐は、一転して貴族軍と王国軍の武力を用いぬ暗闘に発展する。

 赤竜の襲撃がもう予想されないことから来る団結の必要性の薄れと、未だ行方の知れない白竜と上級竜殺したちが拍車をかけたのだ。


 混成軍の近衛はサノワの砦を兵力の集結点に定め進軍を継続。未だ行方知れずの白竜を確認するため幾つもの斥候を東に放った。

 進軍の途中、白竜が予定通りなら東に向かうという報告を受けるが、様々な可能性と、今や薄れてしまってはいたが赤竜の王国侵入に備えたものであった。


 一方貴族軍もオラニエ公の部隊が中心となり、先に密かに先行させた斥候に加え更に斥候を東に向けた。

 そしていざという時は武力で王国軍を恫喝せん為に主力も変わらず東に進んでいく。

 混成軍の貴族軍は旗色がどちらが良いかを注意深く監視しながら、どちらにもつかず混成軍として東に向かう。


 こうして形だけならば赤竜の迎撃の為に王国の兵力がサノワの砦の近辺に集結することになる。

 無論形だけであり実情は軍を三分した睨み合いがそこで起きるようになった。

 

 各々の陣容は王国軍が近衛、サノワ両騎士団を合計し通常戦力が一万四千。上級竜殺しが二人に下級が五十人程。

 オラニエ公の貴族軍はそのまま数を保持し、通常戦力一万に下級竜殺しが百であった。

 混成軍の貴族軍は通常戦力七千五百に下級竜殺しが二十ほどである。


 数と上級で勝る王国軍が陣容だけで見れば一番優勢であるが、主力の近衛と竜殺したちの疲労が無視できぬものであり、数字通りの優勢を保ってはいなかった。

 正確に評価するならばオラニエ公の軍と王国軍が並び立ち、次いで混成軍の貴族軍が位置していた。


 集結した彼らは互いの無事を社交辞令に祝いあうと、何食わぬ顔で三軍はサノワで赤竜に備える名目の下その場で陣を張った。

 例え王国の詩人にその仲の悪さを嘲笑と共に歌われる程の彼らでも、何の遠慮もなしに襲い掛かるほどのものでもなかった。

 代わりに互いの戦力を知るという名目で戦力を見せつけ恫喝をしたり、指揮権を争い昼夜論争をすることで武力を用いない方法での戦いを繰り広げていく。


 こうして至ってどこにもありがちな抗争をしながらも、事態は動かなかった。

 この事態の大本である白竜が未だどこの軍も見つけられずにいたからだ。

 軍が集結し二日が経った時点で、各々の陣は白竜の死亡の可能性を真面目に議論し合った。


 

 しかし三日目には事態が急激に動き出した。

 斥候より白竜と上級竜殺したちの生存の報告が入ったのだ。それはほぼ同時と言ってもよいほどのタイミングで貴族軍と王国軍にもたらされた。

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