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仲間だ、投降しろ

 赤竜の撤退した日の翌日。

 コルテからサノワに至る道中には夜を明かした三人の姿があった。しかしながら動く影は二つである。


「ほれ、速く歩けや。ちんたら歩いてると砦に着く前に餓死するぜ」


「……くそっ」


「くそとか言うんじゃねえよ。ペットの世話だろうが嫁の世話だろうがとにかくお前の仕事だろうが。いや、羨ましいね。竜とはいえうら若い女性を背負えるなんて。背中で存分に感触を味わえよ」


「なら代われよ」


「義兄は義弟に厳しくするものさ。じゃないと成長を促せないんでね」


 白竜は全く起きる気配を見せずにアリューに背負われていた。そんな彼女を彼は重そうに、そして隠しているのだろうが少し嬉しそうに運んでいる。代わる気など毛頭ない。

 それをオードランも当然分かっている。分かっているのだが、青春が来た弟に茶々を入れたいのが兄というものであった。


 彼らは今真っ直ぐにサノワ騎士団の砦へと向かっている。

 赤竜の危機が去ったといっても王国側は未だ察知している可能性は低い。傷の療養、任務の結果報告などから一刻も早く帰還する必要があった。


「行きと同じ方法が採れれば早く帰れるのにな」


「人間大砲なんざ主要移動手段にしてたまるかよ。万全の状態で失敗したら地面にキスかもみじおろし。今の体調でやったら確実に空中分解だ。拾った命を捨てるのは馬鹿だぜ」


 オードランは義弟の悪態を軽く受け流す。

 しかし先程までの受け答えとは違い、アリューの言葉は幾ばくかの真剣味があった。


「大丈夫だと聞かされても白竜の容体が気になる。赤竜の攻撃での王国の被害もなるべく早く知っておかなきゃいけないだろ。当たり所が悪いと、下手すれば貴族達が何か仕出かすかもしれない」


 そんな言葉をつらつらと述べるアリューの顔を、オードランは軽く口を開けた状態で凝視する。

 その視線に気付くとすぐさま彼の顔は不機嫌なものになった。


「……なんだよ」


「いや、な。俺は今まで別にお前の頭が悪いとかは思っていなかったんだ。これは本気だぜ。だからお前がそれぐらいの洞察力があっても不思議だと思わないし、言ってもおかしいとは思わないんだ。でもな竜殺すとか連呼したり、恥ずかしいくそポエム吐いたりしていた前のお前と比較すると……成長したなと、あれ、なんでだ、すまん。なんか涙が……」


 上を向き目元を濡らすオードランにアリューは右手で力強く拳をつくり、一発顔面に叩き込もうかという欲求に駆られた。

 指で涙を拭い取りすまん、すまんと頭を下げながらオードランは話を続ける。


「急がなきゃいけないのは当然だ。でもな歩き以外に方法が無いんだから文句言っても無駄だろ。後は砦の団長達が更に斥候でも派遣してくれるのを期待するだけさ」


「けど白竜の」


「うっん……」


 反論しようとした所で青年の背中の白竜は僅かに身を動かす。慌てて彼は背中に意識を向けた。しかしどうやら目覚めの合図という訳ではなく、未だに眼が開かれることはなかった。

 その様子を見てオードランは青年に笑いかける。


「白竜の様子だって別に死んだみたいじゃない。ただ眠っているだけさ。とびっきりの熟睡でな。なんならちょっくら試しに起こしてみようか」


「何する気だよ」


 まあ見てろ、と彼はアリューの背中の白竜に近づく。

 そしてそのまま眠っている白竜の頬をその右手で抓りだした。抓られた箇所が僅かに赤くなっていく。人間であればそこそこ痛いだろう。

 何をくだらないことを、とばかりにアリューはオードランを横目で見やった。止めようと制止の声を上げようとしたところで、なんと白竜の片腕が霞むほどの速さで動いた。


「ごおおっ!」


 その華奢な手のひらはオードランの首を正確に捉えると、万力の如く彼の首を締め上げた。

 身に着けていた鎧の首の部分が、嫌な音を立て始めたのだからその力は推して知るべしだろう。

 彼は左腰の竜殺しを鞘から僅かに抜き、強化術を使ってなんとかその手を剥ぎ取った。


「失礼っ! 起きておられたかっ、て、寝てやがる」


 謝るも、なんとこの一連の間中も白竜は寝ていた。


「馬鹿なことやってるんじゃねえ」


「はんっ。馬鹿なことをやれるなんて最高だろ。どっちかが死にかけてちゃあできない贅沢さ。だからお前の心配も杞憂って訳だ」


 得意げに胸を反る義兄に青年は呆れた様にため息をつく。

 それでも義兄の期待通りに青年の肩から幾ばくかの荷が下りた。

 気にしても仕方がない。今は最善を尽くすまで。至極簡単なことだが実行するのは難しいことだ。

 それを未熟な相方にこうやって苦も無く理解させられるのは、オードランが青年よりも数倍人間としてできている証拠であった。


 青年が落ち着いた所でしばし黙々と彼らは歩いていった。

 遅くもなく早くもなく、負傷した彼らが出せる最大限の速度で帰路を辿る。

 このまま黙って歩き続けるかと思われたが、その沈黙はすぐさま破られた。間を作ったのがオードランだとしたら、破ったのもまた彼であった。


「なあ」


「ん?」


「結局お前は白竜をどうしたいわけ?」


 青年の歩みがしばし止まる。

 そして歩き出した時には眉間にしわを寄せ、分かり易いほどに頬が紅潮していた。


「今それを聞くか」


「今だから聞くのさ。お前は頭が悪いからな。考える時間は長い方がいいだろ?」


 先程の言葉を簡単に翻しながら横目で義弟を横目で見やる。お互いに顔は前を向き前進を止めない。

 ゆったりとした時間が流れていく。


「守るさ」


「戦友としてか? 贖罪の対象としてか? それとも……好きな奴としてか?」


「……」


「俺はどれでもいいがね。特に最後はな」


 どれを選んでも気に病む必要はないと彼は諭す。


「けどな、何をするにせよ早めに決めた方が良い。帰ったらどうであれ、荒れるぜ」


 視線を西、サノワへ、そしてそれよりも遥か先王都へ向ける。

 監視団の壊滅、動員されたという兵力、そして最後の赤竜の一撃。白竜の登場で王国の勢力図が変動し始めている今、何も起こらないはずがない。

 だからこそ彼は何をしたいのかと義弟にはっきりとさせたかった。


 問いに対してしばらくアリューは答えなかった。そして答えを返す時にはアリューの表情は引き締まり、しっかりと前を見据えていた。


「気になることは数えきれないほどある。セレストと白竜の親については絶対に確かめなきゃいけねえ。あの赤竜とも決着もついていない。これからどうすれば良いか分からない。でも今一つだけ答えがでた」


「そりゃなんだね」


 青年は先程までの勇ましい顔はどこへやら、再び頬を赤らめ視線を下げた。


「やっぱり、その、俺は……あいつのことが気になる、いや、うん、好きなんだと、思う、いや好きだ」


 オードランは丸々と目を見開いた後、豪快に笑い出した。


「そりゃあ良い! 男はそれだけ決められれば十分だ!」


 義弟の頭をバシバシと叩きながら愉快そうにその笑いは止まらない。

 後は物語のように全てうまくいけば良い。オードランはそう願ってやまなかった。







 赤竜が放った一撃。

 あれは決して矢鱈に王国に向けられたものではなかった。赤竜の眼は捉えていたのだ。無謀にも東に歩を進める人間たちの群れを。

 赤竜の火球は真っ直ぐに見た人間が竦むほどの速度をもって討伐軍に襲い掛かった。


 結果は最悪の一歩手前であった。

 混成軍の上級竜殺したちは近づく死をいち早く察知。考えられる最大限の魔力を籠め対軍用の守勢術を発動した。

 続き下級竜殺し、魔法の素養が少しでもあるものはその術式にありったけの魔力を注ぎ込んだ。

 この時に王国軍、貴族軍共に戦力の保持、相手の力を削ぐことを全く考えずに協力しえたことは、正に身に迫る命の危機があったからだろう。


 一般の術者を含めれば千を超える者たちで発動された術はその効果を存分に発揮し、けれども期待された結果は引き出すことはできなかった。

 上空に迫る火球を術式は瞬きをするほどの時間押しとどめ、そして幾ばくかの勢いを削いだものの阻止しえなかった。

 火球は混成軍の中央に着弾。王国軍、貴族軍の中枢、並びに後続に続く補給の為に付き従っていた者たちの一部を纏めて薙ぎ払った。



 


「負傷者の件は無論把握してる。彼らは付近の王国軍に収容させる。貴族軍の者たちもだ。我々は西には引き返さない。このまま東に向かうことは変わらない」


 急遽張られた陣の中央部の天幕において、一人の男が参謀らしき騎士を下げさせていた。

 上質ながらも飾りの一切ない実用性を重んじた鎧を着こんだ姿は、彼が軍を指揮する地位に着いていることを如実に表していた。

 更に一本の剣、竜の遺骸で造られた最高峰の武器を腰に下げている。つまりはこの男は王が振るう最高の剣の一人でもあった。


 騎士を下げるとそのまま据えられていた机に王国の地図を広げる。思案にふけるながら今後の行動を彼は練っていく。

 しかしながらそれを遮るように又一人の人間が入ってくる。しかも今度は断りもなく。


「はいはい、最新情報を持ってきたんよ臨時指揮官様」


 入ってきた人物は着こむ鎧とは不釣り合いの、まるで少年のような容貌をしていた。話し方からも騎士というよりは軽業師と言われた方が多くの人間の理解が得られただろう。


「ご苦労。で」


「んー大体三分の一から半分手前ぐらいまで人間がごっそり減ってるね。救いとしちゃあ前衛も後衛も平等に消し飛んでるところ。竜殺しはローラン、キース、ルウゥ、アラン、エリック。後は他の竜殺しの面々もごっそり逝ったね。上級は僕と君だけじゃね?」


 二級を掲げながら男に笑いかける。

 ニコリともせず報告を聞くと男はすぐさま聞き返した。


「今引き返して再編成できると思うか」


「冗談。こんだけ人間死んどいて、帰ってさあまた行きましょうって言って、何人着いてくるんだか。今でも王命じゃなきゃ近衛も逃げ出してる。つーかもう貴族軍の一部とか潰走しそうだし」


「だろうな」


「やっぱりこのまま進軍して潰れる前に一当て?」


「ああ」


 苦々しく男は同意する。

 混成軍にとっての悲劇は、あの惨事が近衛合流後であったことだ。あれで多くの近衛が失われた。

 王命の実行において当然ながら意欲を高く保てるのは近衛。そんな彼らが戦う前から壊滅に近い打撃を受けてしまった。

 中核となる彼らが死んでしまっては、例えこの後貴族軍が九千合流しようが意味がない。


「でも僕も君もあれで魔力ほぼ尽きちゃってんだけど」


「それでは逃げるか?」


「それこそ冗談。挨拶なしに大事な仲間『融かした』奴放っておいてそのまま? しかも守るべき国民見捨ててけつまくって逃亡? ジョークでもそんなこと言っちゃあいけないよジル。殺意が芽生えるから」


「すまん、ギー」


「らーらい」


 奇妙な返事を返し了承の意をギーは示す。

 そのままジルの隣に来ると地図をのぞき込む。


「とすると遅滞戦術してるだろうサノワ騎士団と合流してそこら当たりで一戦だね。それ以上外に出ようとしてももたない。瓦解しちゃう。ところで攻撃してきたクソは今どこにいるん?」


「サノワ、並びに東部の王国軍からは一切接敵報告はない。サノワが陽動と斥候を兼ねた部隊を派遣しているが未だ連絡はなしだ」


「つーことはあれは王国外周からか。規格外も良いところだね。で、あー斥候ってあの白い竜ちゃんが出たって話? まさか死んだん? 白い竜ちゃんの保護も命令にあったよね」


「知らん。行って生きていたら全力で保護するだけだ。あれも王に剣を捧げた。王の為に死ぬのも当然だが王国が庇護するのもまた当然だからな」


「まあねー。仲間は大切にしないと。それに頑張ってくれれば最近のごたごたも解消してくれそうだし」


 二人が話し込んでいると外から来客を知らせる声がかけられる。

 ギーはそれにさっと外に出て応対し、すぐさま戻ってくる。その時の少年の顔は怒っているのか呆れているのか、とにかくもましな話ではないとジルに伝えていた。


「貴族様は本当に頭が良いのか悪いのか分かりませんねー」


 ギーは報告書をひらひらとしながらうんざりとした声を出す。


「どうした貴族たちが動いたか」


「動いたも何もオラ二エ公の軍一万が領地より出発。現在僕たちより行軍で半日といった距離にいるらしいよ。で、僕たちの惨状聞きつけて有難くも負傷者の収容と軍の再編の打診をしてきてくれた」


「魂胆が丸見えだな」


「そのままこっち丸呑みにするつもりだよね。近衛の正式な指揮官も死んでるし。一級竜殺し保持者だろうが、臨時の君じゃあ反論もしにくいしね」


 どうする? とギーはジルに判断を乞う。

 

「……サノワに事情を知らせておけ。いざとなれば竜の後に一戦あるかもしれん」


「……まじで?」


 冷や汗をかきながら少年は男に聞き返してしまった。

 今回の相手はこの攻撃からして規格外も良いところの相手。しかもこちらは先制で上級竜殺したちを軒並み殺されている。勝てるかも正直五分五分のなか、連戦で一万と当たるのは厳しいを超え無謀に近い。


「では王命を無視し白竜を貴族たちにくれてやるか? 王命を無視し仲間も切り捨てる外道にギーはなりたいのか」


「いやまあ、そうなんだけどねえ」


 ため息を少年はつく。無理やなんだで逃げて良いのは徴兵された国民のみ。普段食わしてもらっている騎士が無理だからと逃げて良いはずがない。

 近衛が未だ軍の体裁を保ってられるのもその誇りがあってこそだ。


「幸い上級竜殺したちは全員、三級の一部の者たちも死ぬ間際に竜殺しを投擲して逃したおかげで無事だ。進軍道中で仮契約させればなんとか戦力になるだろう」


「一級使ってもなんとか三級と同じぐらいにしかならないんだけどねえ」


 しみじみとギーは呟いた。ばりばりと後ろ髪を掻いた後、しょうがないかとばかりに明るい表情をとる。


「とにかく進軍再開は早めになりそうだね。オラニエ公の軍隊への返事は僕がしとくよ。『クソに身を委ねるほどこちとら落ちちゃあいない。どうぞ肥溜めにお帰りください。又は竜の餌にでもなって下さい』ってね」


「もう三割毒を落とせ」


「らーらい」


 剣は折れども王国軍の心は未だ折れてはいなかった。

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