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騎士で男だろう、雄姿をみせろよ

『赤竜の、何故貴方はこんなことをする』


 赤竜は鼻を鳴らす。


『何故? ここまできて何故と問うか、白竜の。俺の本質が戦いの本能だとはとっくに知っていよう。それが分かってこそ、出会いがしらにブレスを吐いてきたのではないか』


 痛いところを突いてくるではないか。だがそんなことはどうでも良い。距離をつめて気を逸らせれば十分だ。

 説得して引かない相手であることなぞ、とっくに知っている。


 飽くまで戦う気を見せないことで相手の気を削ぎ、隙を窺うだけだ。内容など嘘八百で十分。

 

『そうだ。確かにそうだ。貴方が監視台を強襲してきた時点で、貴方の目的が誰にしろ戦いを望んで来たのは理解している。そしてそれが人間達に害をもたらすと思い、追い払うために攻撃を仕掛けたのも事実。だが分かっていても、必要なことだと理解していても、どうしても悲しくなる。どうしてだ。どうして貴方は血を流そうとする!』


 まずは一歩。詰め寄る振りをして踏み出す。残りの距離は四歩だ。飛び掛かるのならば、後二歩は欲しい。

 間合いに入り、知られずマナを練り身体を強化して喉笛を噛み切る。これしか勝ち目はない。


『殺して何故悲しくない! 傷つけて何が楽しい! 戦って……貴方に一体何の得がある!?』


 更に一歩。あと一歩。あと一歩だけの距離で俺は赤竜と目線があってしまう。

 距離にして三歩。これ以上安易には近づけない。不自然すぎる。何か、近づいても違和感のない何かが必要だ。

 そんな俺を尻目に、赤竜は見下した態度を崩さない。


『お前もそんなことをほざくのか。貴様も力だけ強い呆け共もそうお高くとまって満足か? 嘘をつくなよ。強者と対峙した時、肉を切り裂き血を滴らせたとき、我等竜の心は例外なく躍るはずだ。俺はそれにただ正直に生きているだけ。一皮剥けば、お前も直に牙を使う。このようにな!』


 赤竜のマナの繰りが激しくなる。

 身体が硬直し、本能が警鐘を鳴らす。避けたい、避けなければと、身体が動きかける。

 だが駄目だ、避けてはいけない。これは脅し、微塵たりとも戦う素振りを見せたりしてはいけない!


 そしてマナが可視化するほど収斂し、


『っっっ!』


 身体のバランスが崩れる。何か重いものが地面に落ちる音が響く。

 そして何より、左の翼の感覚が丸々消失し、堪え難い苦痛が身体中を暴れまわった。

 牙を砕きかけない力を籠め、悲鳴をねじ伏せる。止めてくれと、懇願する心を押し潰す。


『こんな……ことを、して、貴方は、本当に楽しいのか……赤竜の』


 ぼたぼたと切口から血が流れおちているからか、頭が嫌に冴えわたっていく。まだ問題ない。今の攻撃は威力は兎も角俺にでも回避できた攻撃だ。

 赤竜の顔がそれを教えてくれる。何故避けないのかと、苦み走った顔をしている。


『何故避けぬ』


『貴方に教えて欲しいからだ。どこがこんなことが楽しいのかと。ところがどうだ。そんな忌々しい顔をして。戦いではないからか? しかし本質は同じのはず』


 あと一歩。そうだ。今の状況を利用しよう。ドラマチックに、悲壮にいこうではないか。

 身体を大きく一歩前に出す。ほら、殺してみろとでもアピールするようにだ。殺される心配が無いのだからどんなことでもできる。

 

 これでいつでも喉元を食い破れる距離。後は赤竜の気を逸らすだけだ。


『もう一度言うが楽しそうではないな赤竜の。不思議だが私は今とても楽しい。私程度ではどうしようもないはずの貴方を振り回しているのだからな。なんだ、貴方は私を楽しませに来てくれたのか』


 遂に赤竜が忌々しそうに苛立ち舌打ちをする。そうだ、いいぞ。もっと気分を乱せ。そして俺への注意を薄れさせるんだ。

 

『このままでは死ぬぞ。いいのか?』


『どうせ戦ったところで十中八九死ぬ。残念ながら、私は貴方の様に相手を楽しませようとする高尚な心は持ち合わせていない。死ぬなら自身の意思を貫き通して死ぬさ』


『……』


 黙りこくり、赤竜は『下を向いた』

 今しかない。身体の中心部分でマナを隠しながら急ぎ燃え上がらせていく。外部からは注意深く観察しなければ分からないが、体内をマナが巡っていく。

 あと少しだ。十分に整うまであと三十秒も無い。そして何かを思いついたかのように赤竜が笑う。未だ視線は下。


『そういえば、お前は成竜の儀を終えているのか?』


『何だそれは』


 適当に相槌を打つ。残りは二十秒。


『そうか、存在さえも知らぬか。黒竜が気を利かせたかどうかは知らんが、その姿になっても知らんとは滑稽なことだ。いや俺は嗤うのではなく詫びなければならないか』


 十秒を切った。最早赤竜の話は頭に入ってきてはいない。赤竜が顔を上げ始める。

 間に合え、間に合ってくれ!


『成竜の儀を行うはずのお前の親、先代白竜を殺してしまったのは俺なのだからな』


 今だ! 隠していたマナが身体中を満たしていき、弾け飛ぶ。

 足の筋力が何倍にも膨れ上がる。踏み出す足の速度は風よりも速く、不意を突かれた赤竜の知覚速度よりも数段早く懐に踏み込んだ。

 限界まで口を大きく開け、爪と対を成す竜最強の武器である牙を露出させる。

 それを躊躇いなく首元に突き立てた。


「グルゥアアアアアアア!」


 ずぶり、と牙は喉元に埋まる。口の中に鉄の味が広がっていく。しかし量は少量だ。致命傷には程遠い。

 赤竜の強固な鱗が、俺の牙が完全に突き刺さるのを防いでいるのだ。


「グウゥゥゥゥゥッゥゥ!」


 頭をぐるりと捻り始める。それはワニを真似たもので、傷口を確実に広げていく。

 このまま一気に捩じ切ろうとする。


『ハハハハハハッハハ! そうよ、それよ。我等竜が最も輝く時がこれよ! 理性より暴力。知恵より力こそが竜の本質!』


 痛がる素振りを赤竜は微塵も示さない。そして再びその膨大なマナが溢れかえる。密度も量も桁違いであった。これこそが赤竜の本気だ。

 避けなければ確実に死ぬ。


「フウゥ!」


 躊躇いなく跳びしされば先程までいた場所が焼き尽くされる。地面さえ溶かす一撃は必死であった。

 生物としての本能が、目の前の強者に背を向けろとがなり立てている。

 だがそれを俺は握りつぶす。生きるためには、こいつを殺すしかもう手は無い。


 だからこそ、生き残るために前に、敵へと跳躍する。身体中のマナというマナを消費し、一撃にすべてを賭ける。

 目指すは首元、俺が抉った傷だ。


『ああ、良い。その顔。俺を殺すことしか考えてないその表情は実に良い』


 周りの風景が霞む程加速し、それでも必ず赤竜へ肉薄せんと速度を上げていく。

 それは放たれた弓矢という言葉で表現するにはもはや足りなく、この世界に未だ存在しない弾丸の様な加速を見せる。

 正に神速、捉えることもできない。間違いなく、


『だが』


 その、


『同じ攻撃を続けてとは芸が無いぞ』


 はずであった。


『ああああああ!』


 気付けば俺は絶叫を上げていた。狙いが敵わなかった怒りと、何よりも声を張り上げさせるのは気が狂う程の痛み。

 牙は空しく赤竜の手前で止まり、その代わりに赤竜の右爪が深々と俺の胸部に突き刺さっていた。

 

『ハハハハハ! ハハハハハ!』


 傷を確認する間もなく赤竜は右腕を振るい、残っていた家々に向かって投げつける。

 数瞬の内に背中を凄まじい衝撃が襲い、そのまま家の瓦礫のなかに埋まった。


 ああ、もうこれは。


 瓦礫の中に埋もれながら霞む思考で自身の身体を確認した。刺された個所の鱗は無惨に引き剥がされ、傷口を詳しく確かめようとも止めどなく溢れる血で隠れてしまっている。

 直に治療を開始しなければ、いくら竜とて命が危ぶまれるものだ。だが、戦闘中に治療などできるはずもない。


 それでも負けじと瓦礫を押しのけ這い出ると、そこには死がいた。

 眼は爛々と血走り輝き、何ものも引き裂く牙を隠しすらしていない赤竜だ。

 その姿からして、もはや話すら通じないだろう。完全に頭に血が上りあがりきっている。

 対してこちらはマナも尽きかけ、まともに動けるかもあやしい。


 ああ、もうこれは。


「駄目、かも、しれんね」


 人間の言語を話すにはあまりに適さない声帯で、俺は日本語で諦めの言葉を吐く。赤竜が大きく息を吸い始める。飛行中に見せた、あのブレスを吐くつもりなのだろう。

 痛みも無く逝ける分だけ、赤竜も最後は気が利くではないか、と変な考えが浮かぶ。


 死にそうなのに現実感が無い。

 いや、現実感が無いだけいいかもしれない。

 いくら卑怯なことをしようが、最後ぐらいは体裁を守りたい。


 これ以上は見ていてもしょうがない。そう結論付けて眼をつぶりかけた時。


「白竜!」


 あの糞生意気な声が聞こえてきた。







「白竜!」


「おいおいおいおい! ありゃあやべえぞ!」


 何とか追いついた二人の目の前に広がるのは、上半身から大量の血を流し倒れる白竜と、今にもブレスを吐こうとする赤竜の姿であった。

 止めようにも距離は、竜殺しの身体が軋みを上げかねない程の速度でも絶望的なほどにある。

 普通であるならば不可能と断じてしまう状況。

 だがそんなことはアリューには断じて認められなかった。


「オードラン! お前の魔力で俺の背中を撃てっ!」


「お前っ、そりゃあ!」


 これ以上の加速、しかも魔力で無理やり速度を付けさせるなど、四肢がもげてもおかしくは無い。


「早く!」


 しかしアリューには一切の迷いは無かった。オードランも、彼の決意を知り受け止める。

 諦めに近い苦笑をうかべ、それから獰猛な笑みを浮かべる。竜殺しを通して一気にその魔力を解放しようと構え。


「了解っ。いっちょあの馬鹿救ってこい!」


 ありったけの魔力をアリューに叩きつける。そしてアリューの形成する風の力場から身を離す。慣性によって地面に転がりながらも大切な義弟に声援を送る。


「巻き込まれて死ぬなよっ! 馬鹿アリュー!」


 アリューはオードランを尻目に見ながらもその身を加速させていく。

 初速を得、それにとどまらず術式に魔力を注ぎ込み続けさせることで、ひたすらに彼の速度は上がっていく。

 式に組み込まれている身体の保護には必要最低限度の、いや竜殺しの強度を盾に取りそれすら削って、加速に注ぎ込んでいた。


「諦めて、たまるかよっ」


 身体が押し潰されそうな中で、彼の口からこぼれだすのは決意ではなく、もはや妄執だ。


「また殺されてたまるか!」


 耐えきれないとばかりに彼の左肩の鎧の部品が分解し、地面に脱落する。彼はそれを意を介さない。

 身体が悲鳴を上げ、眼が充血し視界が赤く染まる。彼はそれでも進みを止めることは無い。

 そんなことで彼は揺るがない。その程度のことで目の前の存在を彼は諦められない。


「お前のことを守りたい! そして殺したい! お前が俺にとってどんな存在で、どうしたいんだかてんで分からねえ!」


 叫ぶのは男の偽らざる本心だ。


「だがな!」


 そして愛する者を手に入れてから決意し、失ってから欲していた欲求だ。


「守りたいって思った奴を殺されるなんてのは、死んでも御免なんだよっ!」


 ついに赤竜の口からブレスが放たれる。必死にして絶望の一撃。呑まれれば白竜とて塵と残らないだろう。

 だが、青年は、見事間に合ってみせた。


「白竜うぅっ! 人間の姿にもどれぇ!」


 瞬間、白竜の巨体は魔力の渦に包まれる。そして中から現れたのはかつて愛おしかった、今は忌々しい姿をした女性の白竜だ。

 彼は手をちぎれんばかりに伸ばす。白竜も疲労と驚きにふらつきながらも懸命に腕を彼に向ける。

 彼等のすぐ目前には死の業火が迫ってきている。


 青年と白竜の姿が重なり合った瞬間、その手は、

 見事に繋がっていた。





 アリューはそのまま白竜を抱き込む。間一髪、炎に巻き込まれることなく二人は逃げおおせた。


 無理に速度を保ち、更には人間一人を抱え込んだ結果だろう、彼等はすぐさま体勢を崩してしまい地面に打ち付けられる。

 

「ぐううっ」


 しかし彼は白竜を上にし衝撃を自身の身体で受け止める。数メートルは地面を滑ることとなり、止まった時には、アリューは無数の土埃と掠り傷でひどい有様になっていた。

 それでも彼は安堵の息を吐く。


「生きている」


 そう、アリューは未だにその心臓を動かし、守ろうとした白竜も彼の胸の中で確かに呼吸をしていた。

 

 安心しているのもつかの間、雷を落としたかのような唸り声が上がる。

 すぐさま起き上がり剣を抜いて赤竜に目を向ければ、なにやら手で両目を拭っていた。

 

「あいつの眼に一撃くれてやった! 今の内に逃げるぞ。……いやっ、まずは白竜の手当てしねえと持たねえぞこれ!」


「オードラン!」


 おそらくは油断している赤竜に攻勢術で不意打ちをしたのであろう、オードランが近づいてきた。

 しかしそんな推測をしている場合ではないと、すぐさま彼は白竜の容体を確かめる。


 酷い有様であった。一番に目立つ傷は胸につけられた大きな裂傷であり、それだけで普通の人間であったならば命に関わる。

 さらには背中も酷くやられたのだろう。胸から溢れる血だけではなく、背中につけた地面が血で濡れていた。


 この場で治療に一番に精通しているオードランは、すぐさま白竜の胸の傷を圧迫しながら、治療術師に比べれば気休め程度の術を掛けはじめる。


 そんな重症ながらも、白竜は意識をしっかりと留め、二人に声をかけた。


「どうして……お前たちが、ここに、いる」


 普段の丁寧語ではない。これが本来の、白竜の竜としての言葉づかいなのだろう。

 アリューはすぐさま寝かされている白竜の頭の近くに座る。そして怒鳴り声をあげようとして、すぐさま抑える。


「お前こそ、どうして逃げずにこんな馬鹿なことしたっ」


 それでも幾分か責める口調であるのは仕方がないだろう。それに彼の顔は安堵の感情で表情が崩れかけていた。


「馬鹿だと?……ちゃんと、逃げた。でも、追いつかれて、諦めずに、話をして、一矢を、報いようとして、この、ざまだ……」


 白竜は咳き込む。口からは幾らか血が吐き出された。だがそれでも震える手でオードランの手を握る。


「いい、これぐらいなら、自力で、できる」


 すると白竜の傷口に魔力が集まる。傷こそ塞がらないが出血量はみるからに少なくなる。

 そして皮肉気に口元を吊り上げると、二人に告げた。


「『俺』の、本心からの、忠告を、してやろう。二人で、逃げろ。抱えちゃ、絶対に、逃げられない、からな。まあ二人でも、逃げ切れるかは、知らないが」


 咆哮と共に地面が揺れる。

 この場の絶対者、赤竜が新たなる敵の侵入を喜びあげているのだ。それは即ち三人の死を決定づけるものに他ならない。

 だがしかし、アリューは臆することなく立ち上がった。そこには悲壮さなど皆無であった。


 そう、彼が浮かべている表情も喜びだ。かつて守れなかった、守るという行為でさえできなかった青年が、今ようやくその行為を実現できる時が来たのだ。

 

「うるせえ、そこで黙って見てろ」


 彼は白竜にそう告げると竜殺しを右手で持つ。

 かつて無為に竜の血で汚しているだけだったそれは、今初めて本来の輝きを取り戻した。

アリューと白竜に映画版ジャイアンが実装されました。


白竜の最後の台詞はもしかしたら修正するかもしれません。

少し優しすぎかなとも思いますので。

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