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竜同士だろう、仲よくしろよ

 少し前まで赤竜は国境線上の邪魔なものを挨拶代わりに焼き払った後、国境線上でただ待っていた。

 それは赤竜なりの白竜に対する誠意であった。

 黒竜にその性根を批判され毛嫌いされる赤竜だが、その性質は苛烈を極めようと竜の範疇は出ない。

 

 自身の闘争に対する衝動を抑えることはできない。それを満たすためならば同胞さえ簡単に引き裂いてしまう。

 しかしそれ以外ならば赤竜は強者のみという限定は付くが他者の矜持を傷つけるつもりはなかった。

 だからこそ自身の来訪を告げる挨拶以外は、人間を守るという白竜の考えを尊重するつもりでいたのだ。


 そのまま監視台があった更地に着地し、迎撃に来るであろう白竜と人間達を待っていた。

 そしてマナを隠しながら急速に東に向かう存在を感知すると、赤竜はすぐさま飛び立ちそれに向かった。


 それで待ち望んでいた存在と出会えた。


 相も変わらず一切の汚れを知らぬ純白の鱗を持つ白竜だ。

 数十年しか生きていない癖にその身に宿すのは、竜の中でもなかなかにそそるものがあった。


 だが肝心の相手は、対面できた記念に挨拶をしようと思念波の準備をすると、いきなりブレスを吐きかけ逃走を図ったのだ。


 いつもの赤竜であったならば激怒しその臆病者を焼き尽くすか、殺す価値も無しと捨て置くはずであった。

 だが白竜のブレスに身を包まれると赤竜はその眼を見開く。


 痛みが身体に奔ったのだ。

 白竜のブレスは、赤竜の数百年生きたマナの障壁を超え、深紅の鱗を突き破り、確かに赤竜の身を焦がしたのだ。


『くふぁ……はははっ……ハハハハハ!』


 通常ならば信じられないことであった。

 白竜と赤竜が同じ竜という種で括られようと、その両者には決して覆し得ない差が存在している。

 かたや数十年生きたにすぎず、少ないマナを四苦八苦運用している半端もの。

 かたや生きた時など数えることすら飽き、無尽蔵のマナを生み出し完全に従えるもの。

 二匹の竜はもはや比べることすら愚かなほど、巨像と蟻のどちらが大きいか比べるほどのものだった。

 本来ならばだ。


『やはりお前は違う白竜の……。他の屑どもや、苔の生えきった屍どもとは全く。そうよな、お前は人間を守るのが目的。逃げて少しでも時間を稼ぎ、俺から人間達を引き離そうとするのは当然のことではないか。一瞬ばかりとはいえ、お前を臆病者と罵りかけたことは、どのようにして詫びようか……』


 赤竜の上半身が、白竜がそうした様に周りの空気をマナと共に吸い込むことで大きく膨らむ。

 そしてお返しとばかりに赤竜もまたブレスを吐く。


 それには音が存在していなかった。色は見えなかった。

 ただ知覚もできない、何かが放たれた。

 白竜は本能で察したのだろう、後ろを振り返りもせず回避行動をとる。


 一瞬の閃光の後、それが通り過ぎたと思われた空間には何も存在していなかった。ただ全てのものがそれに呑みこまれ消失していた。

 だがそんな地獄の光景が生み出された後でも、見事避けきり白竜は果敢にブレスを置き土産に赤竜に返す。


『楽しい。楽しい! 楽しいぞ! 白竜!』


 それを避けることもせず赤竜は、ブレスの中を突っ切る。

 ブレスはその役目を果たしきったのか、赤竜の身体から幾つもの鱗が地上に落ちていく。

 身を焼かれるという忌避すべきことでさえ赤竜の心を躍らせた。いや古竜でさえ身を焼くそのブレスがなによりも心地よかった。

 幾星霜、赤竜は感じられなくなっていた、身体の血が熱く巡るのを体感する。


 今、赤竜はなによりも幸福を噛みしめていた。


 ブレスが鱗を焼くのならば、白竜の爪は自身の身に突き立てられるかもしれない。

 あの規格外の若造ならば、もしかすれば自身の喉をその牙で喰いちぎれるやもしれない。

 それはなんと心沸き立つ殺し合いではないか!


 赤竜は一層強く笑いだす。


『敗れるかもしれない。殺されるかもしれない。身を無惨に引き裂かれるかもしれない。そう、そうだ、それこそが戦いだ!』


 

   ひえぅ!


 落ち着け、落ち着けっ、落ち着けっ!

 今回も大丈夫だ! 毎回焦っていたが何とかなってきたではないか。まだ大丈夫。全然大丈夫。

 まだ道端で殺人鬼に出会って、笑顔で『お前を殺す』と言われて追いかけられているだけだ。


 もう駄目だ、死ぬ。


『うえぅ!』


 背後から放たれるブレス『らしきもの』を後ろの気配だけで旋回し避ける。振り返る余裕なぞありはしない。

 ブレスが通過すると、ゴウッという音の後に気流が乱れた。あれが通り過ぎると真空状態になるらしい。当たればおそらく死体すら残らない。

 対してこちらが赤竜に当てても、少し焦げたか? 色が赤だから良く分からん。といった具合だ。


 空気の流れが乱れるのに、何とかマナを駆使し対処しているが、最早自分がどちらの方角を飛んでるのかすら分からない。東だろうか、北だろうか。確認する暇すらなかった。


 このまま死ぬのだろうか。

 何百年も生きるのだから、将来のためと思って行動しようとしたのは間違っていたのだろうか。

 首絞められても剣持って囲まれても紅茶掛けられても、何とか笑顔で媚売ってきたのは無駄だったのか。


 ふざけるな。

 ふざけるんじゃない。

 ふつふつとした反骨心が、生存本能と共に湧き上がる。


 殺されてなるものか。這いつくばってでも、媚売ってでも、卑劣な行為をしてでも何としてでも生き残ってやる。こんな奴に台無しにされてたまるか。

 ブレスが当たっても相手が少しだけ炙られただけ? 結構、百円ライターぐらいの威力はある。油断させて口の中開かせて突っ込めば大惨事にできる。

 板についてきた演技で油断させて、その喉笛に食らいつけばもしかしたら殺せさえするではないか。


 相手が古竜? 力ばかりの蜥蜴野郎だ。脳筋の根性ひね曲りアリューと大差なんてない。

 不意打ち、闇討ち、だまし討ち。元人間の俺の知恵を見せてやろう。


 俺は無駄に生きて、最後は老衰死と決めているんだ。絶対に生き残って、かつての同胞の剥製を博物館で眺めてやる!

 

 後ろからブレスが飛んでこないことを確かめると、俺はわざと速度と高度を落とす。

 逃走を諦める? 冗談ではない。空中戦は相手の方が長けている。口八丁で油断させるためにも、地上に降りて、ゆっくり話ができる環境が必要だ。


 攻撃はしてこない。あちらもこちらに合わせてきていた。不思議がることはない。相手は勝つことではなく戦うことを欲しているのだ。

 話をする素振りを俺が見せたなら、少なくとも無視して殺傷なんて赤竜はしない。

 あの戦闘狂は油断なく本気を出した俺と戦いたいはずなのだ。俺が戦いたくないと話を切り出したならば、まずは脅してでも俺に話し合いの無意味さを悟らせようとするだろう。


 そう、戦う素振りをみせるまでは、例え脅しで攻撃してきても、致命傷や、ましてや俺の戦闘能力を奪う行動には出るはずがない。

 

 そこを不意打ちするのだ。


 地上がゆっくりと近づいてくる。下には森が広がり、その一角は切り開かれて着地には最適な平地があった。更にはそこには小さな建築物が並んでいる。

 おそらくは砦で小耳に挟んだ、竜の来襲により廃村となった村だろう。王都や砦と比べれば、数も質も数段劣った木造民家がぽつぽつと散在していた。


 そこを着地点として俺は地面に降り立つ。風圧で幾つかの民家が崩れてしまったが、構うことは無い。

 続くようにして、赤竜が降りてきた。俺とは五十メートル程遠くの位置に着地する。人間換算するならば五歩程度で届く距離といった所か。


 赤竜は不満と興味で半々といった表情をしていた。

 余裕だな。油断している。だがまだ駄目だ。距離が遠すぎるし、俺に集中している。気がそれるまで待つか、そらさなければ。


『赤竜の、何故貴方はこんなことをする』


 精一杯悲しい表情をし、俺は赤竜に語りかけた。







「おい! まだあいつの位置は分からないのか!」


「無茶言うな! 元々こんな移動しながら使う術式じゃねえんだぞ! しかも相手は高速移動中だっ。もうちょっと待て!」


 コルテ西部、サノワに程近い場所で二人の人間が尋常ではない速度で駆けていく。

 正確に表現するならば、跳躍、いや射出に近いだろうか。彼らの周りには風が吹き荒れ、二人の背中を恐ろしい速さで押していく。そして妨げとなる向かい風は彼らを避けていった。

 まさしく、風を切る様な移動である。


 この自然現象では到底成しえないものを実現しているのがアリューの魔法だ。原理でいうならば白竜が飛行に使うものに近い。

 人間二人でさえ完全に飛ばせず、一方向で同じ力しか、かけられない稚拙なものではあった。しかし平原で尚且つ同直線上を移動するという点だけでみれば、トップスピードは白竜の飛行に勝る。


 そうした魔法を駆使しつつ、彼等は白竜に追いつこうと躍起になっていた。


「第一、索敵半径に入らなきゃ探知すらできねえんだ。いいからお前は術維持してろ!」


「くそがっ」


 オードランが展開する術式は、方向を絞れば距離を伸ばすことはできるが、自身も相手も高速で移動中だ。そうそう簡単に引っかかるはずがない。

 さらにもしも白竜が問題なく真っ直ぐ東を目指せていたとしたら、方向があっていようが索敵内には入らない。


 そんなことはアリューも百も承知だが、逸る気持ちは抑えられなかった。

 だがそれでも術を乱すことだけはしない。


「もう少しで俺らが住んでいた村の近くだっ。森に入るぞ!」


「分かってらあ! 木避けるのも任せとけ。微調整だけならできる!」


 二人の視界の遠くには彼等には懐かしい故郷の森がみえる。最短で東に向かうならば遠回りは許されない。そのまま森の中を突っ切るために、アリューは神経をさらに尖らせる。


 だがそれをかき乱すオードランの報告が届く。


「いやっ、おい、待て! 反応があった! 東じゃねえ、これは……南!? しかもかなり近けえっ。視界に入っても良いぐらいだぞ!」


 アリューが反応する前に草原に轟音が響き渡ると同時、南の方向の雲が裂ける。そして二つの物体が空に割って入ってきた。数は二つ。

 先頭の一つを追いかける様に飛翔しているのは、彼らの敵、赤竜だ。ならば追われているのは必然的に、


「白竜!」


 二人の心を安心させるかの様に白竜は目立った傷は負っていなかった。逆に赤竜の鱗は、遠くからで詳細は分からなかったが焦げ付き所々剥離している個所が見受けられる。

 表情に喜色の色が混じりかけるが、術式行使をするオードランは疑問の声を上げる。


「どういうこった、こりゃあ。白竜が速度と高度を下げているぞ!」


 彼の声を反映させるかのように、視界においても白竜の速度がみるみる下がっていることが分かった。


「どうしたんだ。あいつ怪我でもしてるのか」


「いや違え。見ろ、赤竜の速度も落ちてきているし、攻撃の絶好の機会なのに奴さん、全く攻撃してねえ」


 つまりは二頭とも自らの意思で速度と高度を下げ、お互いに何らかの意思疎通を取っているということだ。

 そう判断すると、アリューは思わず叫びだしてしまった。


「まさか……あいつ。今頃になって赤竜と話し合いで、けりつけるつもりじゃねえだろうな!」


「あの馬鹿ならやりかねねえな。待ってろ。今着地地点を割り出す」


 オードランは素早く方向と速度の低下から、何とか降下地点を確認しようと頭を巡らす。

 焦りと力みから二人の顔は紅潮していたが、計算結果が割り出せるとたちまちオードランの顔が青ざめる。

 その様子を不審に思ったアリューはすぐさま相方に確認を取る。


「どうした、どこか分かったのかっ」


「ああ、分かった……。あいつら恐らく村に、俺達の村に向かいやがった」


「!」


 アリューは息を呑んだ。そしてぎりっ、と奥歯が砕けかねない程に力がこもる。

 彼等の故郷。竜征伐という概念さえ無かった昔、まだまだ東部の防衛が本格化していない時にある一頭の竜の侵入を許した村だ。


 その村は王国史において、ある特別な記録とともに登場している。

 一面とすればその後に多発する竜被害の先駆けとして、そして一人の犠牲で済んだ異例な事件の舞台として。

 他面としては東方防衛に力を指すべきだと論拠となる地として。


 しかしそんなことは些末に過ぎない。王国と人類にもたらした変化に比べれば一笑に付すほどに意味の無いものだ。


 周りの気流が乱れていく。つまりは術式行使の乱れ、何よりもアリューの心の乱れを示していた。

 それは彼の故郷を赤竜に踏みにじられる怒りからくるものだ。殺された妻を思い出し湧き上がった憎しみによるものだ。


 だがなによりも彼は焦っていた。

 似ているのだ。彼の大切な者を失った状況と。『あの妻を奪った竜を殺した状況』と。


「アリューっ!」


 オードランは相棒の魔力の繰りの異変を察知し、厳しい声を上げる。


「同じ色の竜なんざ幾らでもいる! 灰色とかなんざは何匹狩ってきたか覚えてすりゃいねえだろうが。しかも殺したお前は今ここにいる。何の繋がりもねえ。それよりも早く追いつくのが先決だろうが! 初めて白竜に会った時みたいに動揺してんじゃねえ!」


「ああ……そうだな」


 アリューの眼に力が戻る。そして術式に供給する魔力を一段と高める。


「オードラン、村に軌道修正させるぞ。構えろ!」


「お前こそ舌とか噛むなよ!」


 アリューの魔力が爆発し、彼らは一直線に村へ急ぐことになる。





 



 王国史が刻むのは人類が掴んだ希望、皮肉る者がいれば地獄への門とも言えるもの。

 不完全ながらも人類史上初めて人が竜を殺した事件であり。

 未だその時得られた八本以外に並び立つものがない、至高の人類の剣である一級竜殺しが手に入った慶事である。

 その文章の中の一節には当然殺された竜の特徴も記されている。

 そう。

 白の色付き、白竜だと。







話し合い(騙し討ち)


すみません。前話冒頭部分の表現を少々変更しています。


まるで妻が彼に残したかのように、竜の亡骸の傍にあった

            ↓

まるで妻が彼に残したかのように、彼が殺した竜の亡骸の傍にあった


上記表現だと、竜が自然死していると捉えかねないので、修正させて頂きました。

混乱させる表現をし、申し訳ありません。

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