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義兄だろう、背中をおせよ

 実際傍から自身の人生を観察し冷静に判断するならば、多くの人間は男を恵まれた方だと述べるのだろう。


 竜の被害が珍しくも無い今、肉親一人を失うどころか一族郎党皆殺しに会った者すら掃いて捨てる程存在する。

 そうして残された人物のその後も大抵は悲惨なものだ。生活基盤を失った彼等は大概は野垂れ死にか、貴族達の領土で奴隷まがいの待遇しか待っていない。


 だから彼が義兄のつてから、何とか従騎士に取り立てられた時点で彼は嘆く権利すらないかもしれない。

 まるで妻が彼に残したかのように、彼が殺した竜の亡骸の傍にあった八本の『それ』の使い手に成れた段階で、逆に羨望の眼差しを当てられる存在なのかもしれない。


 彼はそれをなによりも自覚している。


 今の彼には多くのことができる。

 馬よりも速く走れる。

 剣で岩すら切り裂ける。

 魔法を使いその手から炎や氷を出せる。

 大軍を一人で相手取ることすらできる。


 だが今の彼には過去『できなかったこと』が今もできない。

 およそ人間という枠から外れかける程にまで力を持った彼だとしても、

 大切な人を守ることはもうできない。


『だから殺そうオードラン。もう守れないのならばせめて復讐をしよう。殺して、殺して、殺して。無意味でも無価値でも無理解でも。ひたすらに奴らの首を狩ろう』


 それが彼のやりたいことになった。








「ごっ、お……あの、馬鹿は何処に行きやがった」


 そう呻き声を上げながらアリューは意識を取り戻した。

 気付けば彼は何時の間にか鎧を剥かれベットに横にされていた。おそらくは白竜にのされた後、砦の医務室にでも連れ込まれたのだろう。

 意識が完全に覚醒すると、彼は一気に上体を起こした。所々打ち付けたのだろう。身体のあちこちが悲鳴を上げる。血の味がすることからも少々口の中も切っているはずだ。

 竜殺しを抜けば一瞬で治癒するレベルだが今の彼は一般の騎士と何ら変わらない。思わず彼は痛みに顔が引きつってしまった。


「アリュー殿!」


 おそらくは気絶した彼に寄り添っていたのだろう。彼が横を見ればアミルカーレが彼に駆け寄ってきていた。だが彼は近寄る少年を荒々しく腕で押しのける。

 今の彼にとって何より大切なことは、自身の身体のことではない。ただ必死に自分を本棚に叩きつけた者の所在を問うた。


「あの白竜はどこに行きやがった!」


「あの竜ならここの窓から変身してびゅーんと東に飛んで行ったよ。今頃は赤竜と追いかけっこかね」


 彼が声のする方向に意識を向けると、そこにはオードランがいた。

 入り口付近の壁に寄りかかりながら、気の無い返事をオードランは返す。

 先程までの真剣な趣きとは違い、いつものふざけた、だが明確に違うへらへらとした表情であった。

 

「どうせ色々質問されるだろうから今の内に返しておくぜ? お前が目覚めたのは叩きつけられてから三十分後。医者の先生は大事はないだろうと。で、今俺達は王都から援軍が来るまでの時間稼ぎの準備中。お前の竜殺しは俺が預かっている。大体これぐらいか。何か質問は?」


 余りにも軽い義兄の態度がアリューにはひどく気に食わなかった。

 腹に精一杯の力を込めて彼に怒鳴りつける。


「何で止めなかった!」


「おいおい、おかしなこと言うな。白竜殿が俺達を連れて行かない方が良いと仰られた。それを団長殿も最終的に認めた。何処に止める理由があるよ。それにどうやって止める? 実力行使か? 俺はお前の様に本棚にぶつけられるなんて嫌だぜ」


 アリューは尚もおちゃらけた対応を崩さないオードランを睨みつける。


「……お前はあいつを見殺しにするつもりなのか」


「何だお前は賛成じゃねえのか? 頭から紅茶ぶっかける程あの竜のこと嫌いだったんだろう?」


 更に彼の眼には力が籠るが、オードランはひたすらに一向に解さない。ただ不真面目に、だが明らかに何時もの彼にはない棘があった。


「もういい」


 アリューは彼を相手にするのは無駄だと判断したのか、痛む身体を無視しベットから出て立ち上がる。

 多少はふらついてはいたが、それでも一人で立てる程にはしっかりとしていた。

 彼はそのまま医務室の出口に向かう。


「おいどこに行くよ?」

 

 それをオードランは呼び止める。


「お前には関係ない」


「大いに関係あるぜ。最初に言っただろうが、王都から援軍が来るまでここで時間稼ぎするんだよ。竜殺し持ちの、しかも一級所持者のお前がどこかに勝手に行けるわけないだろうが。それに竜殺しは俺が預かっている。勝手に行動しようとしても無駄だぜ?」


「どうせ武器庫かお前の部屋だろう……」


 そう言い残しアリューは構わず部屋を後にしようとした。彼の後ろでオードランが盛大に溜息をついたのが彼には分かった。


「おい、アリュー。こっち向けや」


 彼は苛立たし気になおも止めようと縋るオードランに、怒鳴りつけようと後ろを振り返る。

 だが彼は言葉を紡げなかった。

 なぜならば彼の後ろではオードランが右腕を大きく振りかぶり、そのままアリューの顔面に拳を叩きつけたからだ。


「ぐっ!」


 ふらついていた彼は盛大に吹き飛ばされ医務室の床を転がった。床が大きな軋む音を上げる。


「オードラン殿!」


 突然の凶行にアミルカーレは悲鳴を上げオードランに掴みかかろうとするが、当の彼は軽く苦笑いを浮かべる。


「あの竜殿と同じ言葉を吐くのは癪だが、黙って見てろアミルカーレ」


 だが最後は鋭い眼光を少年に浴びせかけた。至極真剣で、有無を言わせないものであった。

 少年は掴みかかろうとしていた腕を咄嗟に抑えた。人生経験が浅い彼さえも、これは止めてはならないと感じられた。


 オードランはゆっくりと殴られ地面に転がるアリューに近づき、その場にしゃがみこんだ。

 そして噛みしめる様な速度で、言い聞かせる様な声音で彼に問いかけた。


「行ってどうするよ? アリュー。白竜殿の言う通りならば無駄足どころか、最悪足を引っ張りかねねえ。で、お前の主張通りだとしても絶対に死ぬぜ」


「……」


「そもそもなんでお前は行こうとした? 民を守るためとか止めてくれよ。俺はお前がそんな殊勝な奴だなんて毛頭思ってねえからな。なあ何でだ? 赤竜を殺したいからか? あの白竜殿を助けたいからか? それとも俺は無いとは思ってるが騎士の義務にでも目覚めたか?」


 問いかけられたアリューはピクリとも動かなかった。下手をすれば聞いていない可能性すらあったが、オードランは黙って待ち続ける。

 

「分からねえ……」


 返ってきたのは、返事にすらなっていない返答だった。身動きせず、アリューはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。言葉を選びながら、迷いながら一言一言吐き出した。


「あいつは、竜は憎い。それは変わってない。あいつの姿を見るたびに腹が煮えくり返りそうにもなる」


 一旦彼は言を切る。自身でも言っても良いのか彼は迷ったのだ。けれども彼は決断し、話を続けることにした。

 どうにもならない激情をオードランに吐き出すことにした。


「だけどあいつを殺しちゃいけねえとも思った。あの馬鹿を……良く分からねえが傷つけちゃ駄目だと感じた。考えた俺をなぐり殺したくなったけど……あいつと似てると思った。姿じゃねえ、あいつの馬鹿みたいな頭の中だ」


 身体を動かし彼は仰向けになる。彼は泣いていた。悲しいからだとか痛む身体のせいだからだとかではあるまい。

 彼は道に迷う子供の様であった。どうして良いか分からず、自分がどうしたいかも分からず泣きじゃくるガキと同じ物であった。


「殺してえ、守りてえ、傷つけてえ、癒してえ……頭の中ぐちゃぐちゃだ」


 一級竜殺しの使い手という、莫大な力をその身に修める男にはあるまじき、弱弱しく、か弱い姿をアリューは晒す。


 それを見てオードランは、先程と同じ様に、だがそれ以上に深々と溜息をついた。


「やっぱお前は馬鹿だわ」


 急に彼は立ち上がると、その栗色の髪を右手でくしゃくしゃにする。


「頭痛え、あの白竜も猪突猛進だか何だか分からんけど、思ったこと直に口に出すし考えもせずに行動するし。んで変なところじゃ意地張って無茶をする。この馬鹿も良く分からんことでうじうじうじうじしてくそ恥ずかしいポエムみてえなこと吐き出すし、馬鹿ばっかだ。ああ、馬鹿馬鹿。そんな奴らの相手ばっかさせて、神様は俺に何の恨みがあるんですかねえ」


 うげえ、という顔をするオードランにアリューとアミルカーレは呆然としてしまった。

 先程までとは違い明るくおどけたいつも通りのオードランであった。

 そんな彼はしばらく白竜とアリューを口汚く罵った後、盛大に神に文句を吐いていく。


 そして十分に発散し終わったのか、彼はまたしゃがみこんでアミルカーレに言葉をかける。


「おい、聞けやくそアリュー」


「……」


「俺は今まで精一杯お前がやりてえことを支援してきた。お前がどうしても竜に復讐したいと言ったから、俺は不真面目にやってた騎士家業を真面目にこなして、しかもわざわざ危険な竜にお前と一緒に戦い続けた」


 ぶつくさと、今までの恨み言を彼はアリューにぶつけていく。


「従騎士なら俺の補佐するのが当然なのに、お前のへまをいちいち俺が駆けずり回って取り繕ったりもした。竜殺しを没収しようとする輩がいたら金握らせて黙らせたりもした」


「……」


「だからなそれを考えるとお前は俺に返しきれない恩があると思うんだわ。それこそ俺の夢を叶えるのに無条件で協力しても良いぐらいに。で、お前今何して良いか分からないんだろ? 俺に協力しろや」


「何だ」


 起き上がり力なくアリューは彼に目を向ける。それに対してオードランは唇の端を釣り上げ不敵な笑みをつくる。


「俺はなあ、もう疲れた。竜を殺すのもそうだし、馬鹿の処理もすることもだ。だからお前は俺に休みを与えろ、奉仕しろ。安らぎの空間を提供しろ。おっとお前だけの辛気臭い家とか絶対御免だ。かみさんでも貰って暖かい家庭を用意して俺に奉仕しろ」


 彼は右手を伸ばす、そして優しくアリューの頭を撫でる。兄が弟を撫でるような、そんな暖かさを含んだものだ。


「それだけじゃねえ、面白さも大切だ。俺は退屈は嫌いだからな。俺はあの白竜が欲しい。ありゃ遠くから眺めれば害はないし最高だからな。ペットでもお前のかみさんでもいいから一家に一匹は欲しい」


 だからな、と彼はアリューの瞳を覗き込む。


「迷ってんじゃねえ。一人でやるんじゃねえ。勝手に死のうとするんじゃねえ。お前は今から俺のために、俺と協力して白竜を助けに行くんだ。いいな」


 それは対価の要求にしてはあまりにも不可解で、兄が弟を助けるにしてはあまりにも捻くれた言葉であった。


「……さっき行けば死ぬって言ったじゃねえか」


 アリューの声は震えていた。


「そりゃあ、お前とあの単細胞の白竜だけだから言ったんだよ。頭が良くて顔もかっこよくて足も長い俺を入れてみろ、素晴らしいアイデアが出て赤い蜥蜴なんぞ夕食のおかずになるわ」


 何の根拠も無く、底抜けに明るい声だった。

 だがそれを馬鹿にする者は誰一人としてそこにはいなかった。

 ただアリューが、


「すまねえ」


 床を眼から零す何かで濡らしながら詫びるだけであった。







「貴方は割かし理知的な方だと思ったのですが、なるほどどうして情熱的な方でいらっしゃる」


「俺もオーバン殿は立ち聞きなどしない紳士的な人物だと思ったのですが、なるほどどうしてマナーがなっておりませんな」


 オードランは医務室から出ると、そこには何時の間にかオーバンが廊下に立っていた。

 白竜に壊された鎧を変え、剣さえ持てばいつでも戦場を駆けれるように支度していた。


「他の者を近づけさせないようにしたのです。感謝こそされ、嫌味を言われるとは思ってもみませんでしたな」


「それは申し訳ありません。何分出自が卑しい者なので、どうしても下種の勘繰りをしてしまうのです」


 お互いに肩を竦め合い、嫌味を応酬させる。フェリクスが聞いたならば、『どちらもたちが悪い』とでも呟くだろう。

 二人はできるならば言葉遊びをして優雅に談笑を決め込みたいところであったが、生憎二人ともそんな時間は存在していなかった。


「死ぬ気ですかな?」


「逆に聞きたいですけどね、あの竜殿が敗れた相手に俺達が敵うとお思いで? 普通に考えれば彼女が殺された後に俺達も血祭が順当でしょう」


 そんなこともお分かりにならないと? オードランは挑発的な笑みを浮かべる。


「どっちも零に等しいなら俺はハッピーエンドになる方に賭けますね。成功すりゃあ被害は零。あの馬鹿の無茶も無くなって万々歳ですよ」


「貴方達は大切な戦力です。簡単にはいそうですか、と出撃を許すとお思いで?」


「俺達の所属はここではなくて、王直属ですよ? 騎士団長には本来命令権はありませんなあ。確か王都からの命令書も『総力を駆使し、竜の来襲に備えよ』としか述べられていなかったはずです。いやはや助かった。普段ならそんなアバウトな命令はでません。指揮権について言及されていないのならば、当然私達は『通常通り』に王の命令でしか縛れません」


 それはただの言い訳に等しかった。所属がどうだろうと、通常は王国軍の指揮は現地の最先任騎士団長がとる。

 慣習上そうなっている訳だから言わなくても分かるだろうと、形式ばった部分を王都が排除しただけだ。


「もう一度通信で指揮権の詳細を聞くこともできます」


「それはもちろん。ですが残念ながら俺はこのままアリューに竜殺しを掴ませて、回復させたら飛び出すつもりですので間に合いませんな。いや、残念。俺達は通信術を使えませんから連絡が取れません。不慮の事故みたいなもんですな」


「途中まで術が使える者を付けましょう」


「俺達の速度に着いてこれるんで? アリューの魔法を使いますので馬より速いですよ?」


 黙り込むオーバンに、彼は駄目だしとばかりに腰に帯刀している竜殺しをちらつかせる。


「それにオーバン殿も敵の前に仲間割れで全滅なんてしたくないでしょう?」


 物騒な空気を醸し出す男に似合わないウインクを彼はきめる。

 オーバンはそれに対し苦笑いを返し、「そうですね」と呟いた。

 そして表情を引き締めると、オードランに対し敬礼をする。


「ご武運を。帰還を願っています」


「痛み入ります。貴殿も戦神に愛されるように」


 そうお互いに別れを告げるとオードランはその場を後にした。


 そしてオーバンも副団長としての仕事を果たすために足を動かそうと思い立つ。

 だがその前に医務室から一人の少年、アミルカーレが飛び出してくると一気にオーバンに詰め寄る。


「僕も白竜殿のために全力を尽くします! ですのですみません! 少し用ができました! 失礼します! 団長殿によろしくお願いします!」


 返事を待たず、少年は放たれた弓矢の様に走り去ってしまう。

 オーバンはそれを見送りながら溜息を一つはいた。

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