私は貴方を愛していません
私は貴方を愛していません。
ただ私は貴方を救うために婚姻を結びます。
それが罪を犯した私に与えられた報い(罰)だからです。
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「……えー、つまり僕とお見合いしたのは本意じゃないってことかな?」
荒唐無稽な、言い訳にもならない私の言葉に彼は困ったような笑みを浮かべて言った。
当然だろう。私自身他の誰かに同じことを言われたなら、頭の中を心配している。
私は罪を犯した。罪と言っても、ここに居る私が何かをしたわけではない。
此処ではない何処か。今ではない何時かに私は罪を犯し、死に、そして償いのために新たな生を受けた。
前世などと呼ばれるそれを、明確に覚えているわけではない。
しかし「償わなければならない」という強迫観念に突き動かされ、私は今まで生きてきた。
そして見つけた、償いの方法を。そして理解した、己が尽く(贖罪)すべき相手を。
だが、いざその相手を見つけて、私は急に不安になった。
私は彼を幸せにしなければならない。だが私が与える幸せは、彼にとって余計なものではないのだろうか。
私がしゃしゃりでなくとも、彼は私という罪人などより良い人と巡り会い、正当な幸福を享受できるのではないのだろうか。
そう考え始めると、そもそも自分のために彼を幸せにするという行為自体が、とても醜いことに思えてきた。
だから私は、言わなくてもいい自分の事情を彼に話した。
変な女だと忌避され、全て台無しになるのを覚悟してでも、話さずにはいられなかった。
だというのに――
「じゃあ僕は君を全力で幸せにしなきゃいけないね」
当たり前のように、何も考えてないような笑みで彼は言った。
「……何故?」
「え? 君は僕を幸せにするために結婚してくれるんだろう? だったらお返しに僕が君を幸せにしなきゃ不公平じゃないか」
どこか不満そうに、当然のように彼は言う。
「私が貴方を幸せにするのは、私が罪を償うためです。貴方がそれに対価を払う必要はない」
そう、結局これは私自身のため。贖罪という大義を言い訳に彼を利用しているにすぎない。
「えー、でもそれは君の事情で、僕には関係ないよね」
「……」
尤もなようでいて、どこかズレた答えだった。
どうしよう。私この人を理解できないかもしれない。
「大丈夫。僕を幸せにするのが君の都合なら、僕は勝手に君を幸せにするってだけだよ。君は何にも気にする必要はない」
全て赦す。そんな笑みだった。
小さな事でグチグチしている自分が、ちっぽけに思えてくる笑みだった。
「わ、私は……」
「よろしく、僕のお嫁さん」
そして私は彼に負けた。
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出だしから可笑しな私たちの結婚生活は、何事もなかったようにうまくいった。
元々会社でうまくいっていなかった彼だったが、私が知人のコネで仕事を紹介すると、水を得た魚のように成果をあげ始める。
私は彼の妻として陰日向で夫を支え続け、一男二女の子を授かった。
辛いこともあった。悲しいこともあった。
だけど私は夫を支え続け、夫はそんな私を本当に愛してくれた。
しかし子供たちも成人し、冗談みたいに世話しない人生にもようやく折り合いがついた頃、私は前兆もなく突然倒れた。
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「……ふむ。懐かしい顔が来たの」
白い白い部屋の中、私は白い衣装を纏った黒髪の女性と向かい合っていた。
此処はどこだろう。この人は誰だろう。見たことがあるような気がする。
――ああそうか。
ここはあの世で、この人は死者を管理する女神様だ。
一瞬浮かんだ疑問はすぐに氷解し、そして己の状況も飲み込んだ。
――私は死んだのだと。
「さてさて、私自身が世話した魂故、よく覚えているぞ。あの性悪の魂が、輪廻したとはいえよくここまで変わったものよ」
クスリと笑いながら言われ、私は母親に褒められたみたいにくすぐったい気分になる。
そして安堵した。私はちゃんとあの人を幸せにできたのだ。
「しかしそなた根がまっすぐじゃの。あの男以外にも世話をやきまわり、随分と己の魂を磨いたようじゃ」
そう言われても、私にはそれが褒められたことかどうかは分からなかった。
償わなければならない。そんな強迫観念に突き動かされていただけなのだから。
「しかしな、善行、仏連中の言う徳というやつか、それがたんまりたまっておる。そなたの現世が前世の報いならは、来世で現世の徳に報われるべきじゃろう。
何か来世に願いはあるか? 私の力及ぶ限りは叶えてやるぞ?」
女神様に言われ、すぐに私はそれを断ろうとした。
だけど口を開く寸前、あの人の顔を思い出す。
「……できません」
「なんじゃと?」
「私は……彼を愛せなかった」
己の生涯を振り返り、そしてその罪に押し潰されそうになる。
ああ、私は確かに罪を償ったのかもしれない。だけど私はそのために許されない罪を犯した。
彼は私を愛してくれた。私に家庭という温もりを教えてくれた。
だというのに、私は最期まで贖罪のために彼に尽くし続けた。
打算の無い純粋な愛に、独り善がりな嘘だらけの愛しか返せなかった。
それがこんなにも苦しい、悲しい。
「……何ともまあ、更生したかと思えば難儀な生き方をしておるの」
己の罪を悔い、懺悔する私に、女神様は呆れたように、優しく言った。
「そなたは人に愛されながら、自身の愛に気づけなかったのだな。苦しいと思うのはそなたが誠実故、悲しいと思うはあの男を真実愛した故じゃろうに」
「……え?」
女神様の言葉に、私は呆気にとられ間の抜けた声を漏らした。
私が、あの人を?
「愛しておるよ。でなければそこまで苦しむものか。まったく初な生娘でもあるまいに、何故気付けぬか。
そもそもそなたが愛さねば、どうしてあの男が幸せになれようか。あれはお人好しじゃが、自分を愛していない女と結ばれ喜ぶような阿呆ではないぞ」
そう、私は彼を愛していた。
ああ、だからか。だから私は今こんなに苦しいのか。
彼と離れてしまったから、こんなにも悲しいのか。
「わ、私は」
「願いがあるのじゃろう」
嗚咽混じりに話す私に、女神様は微笑みながら頷いた。
「私は彼と一緒に居たい。来世でも彼と一緒に生きたい!」
最後は叫ぶようになった私の願いに、女神様はゆっくりと頷き笑った。
「願いは聞き届けた。大丈夫。今度こそ何のしがらみもなく幸せになれ」
その言葉を聞き終えると同時に、私の意識は消えた。
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私には前世の記憶がある。
とは言っても明確に覚えていることは少なく、とりあえず結婚はしていたということだけ覚えている。
そしていつか前世の夫と現世でも巡り会う。そんな確信だけが残っていた。
「この子がうちの子よ」
幼い頃に母の友人の息子と引き合わされた。
前世の夫ではないかと期待したが、会ってみればまったくの別人。もしかしたらとしばらく観察したが、性根からしてまったく面影はなかった。
「大きくなったら結婚しよう!!」
「ごめんなさい」
なので幼い少年の微笑ましい初恋は、拗れる前に粉砕しておいた。
我ながら酷いと思うが、私は現世では夫のために全力を尽くすと決めているのだ。
もっとも少年は転んでもただでは起きず、失恋をバネに文武両道の完璧超人に成長したが。
幼馴染みとして誇らしいとでも思っておこう。
「オレと付き合わない?」
中学に上がり先輩に告白されたが、残念ながら夫ではなかった。
根拠は無い。勘だ。仮にこのチャラけた女誑しが夫の生まれ変わりなら、百年の恋も冷めて殺意に変わる事だろう。
故にキッパリ断ったのだが、付きまとわれた挙げ句に人気の無い場所に連れ込まれそうになった。
と思ったら幼馴染みに凹られていた。
「おまえがあいつの王子様なわけねえだろ!?」
実は幼馴染みには前世の事を話していたのだが、彼は意外にロマンチストだったらしく、まだ見ぬ夫を『王子様』と呼び応援してくれるようになった。
ありがたいが誰かにコロリと騙されないか心配だ。
高校に上がり最初の自己紹介で、私はある男子生徒に目を奪われた。
「えーと、出身は隣の県で、趣味は……」
特徴が無いのが特徴。そんな感じの目立たない少年。しかし私は一目で心奪われ確信した。
――この人が私の夫だ。
「……あれが?」
「……」
どこか怪訝な様子で聞く幼馴染みに、私は無言で首を縦に振りまくった。
やっと会えた。だけどどうしよう。
彼は友人が少なく、私とはまったく接点がない。結婚どころか知り合いになる方法すら思い付かない。
悩む私を救ったのは、やはりというか幼馴染みだった。
「色々納得いかないが、俺に任せろ!」
ドンと胸を叩いて言う幼馴染みは、言葉通り不満そうだった。
恐らく彼が『王子様』からまったくかけ離れているからだろう。それについては弁解の余地もないので、私はただ曖昧に笑うしかなかった。
「で、この子が幼馴染み」
任せろと言った幼馴染みは、夫と友人になり私を紹介するというエクセレントな策を実行してみせた。
よくベクトルの違う人種と友人になれたなぁと感心したが、幼馴染み曰く「付き合ってみると良い奴すぎて心配でほっとけない」らしい。
うん、間違いなく私の夫だ。
「こいつ箱入りで男が苦手でな、良かったらおまえも慣れるように友達になってくれ」
「えー、まあそれなら協力するけど」
相変わらずのお人好しぶりで、夫は幼馴染みの言葉に頷いた。
「えーと、よろしくで良いのかな?」
「はい、よろしくお願いします」
――私の旦那様。




