第壱 遭遇と出会い
辺りは、何時しか静寂に包まれていた。
静かに流れる時間の色は橙、夕刻であった。9月頭の空は虚しいほど何もなく鬱陶しいほどに高い。
その空の下、周囲からすれば一際巨大な建物がある。
学校だ、名は『私立獅慟高等学校』名前はいいが書きにくいと評判の高校、敷地はそこらの国立大並というデタラメ具合。
全校生徒も1000人近い学校だが、周囲に人影は、無い。週末金曜日にもかかわらず…
しかし、そんな中唯一、平凡(?)な姿を保つ部屋が有った、3ー5のクラス、5メートル四方の部屋は、やはり橙の色に染め上げられ、そこには綺麗に机が並んでいた。
そして、その教室の窓際席の1番後ろに1つ、人影が在った。
黒の学生服に身を包んだ男子学生だ。
彼は両足を机に投げ出し、4脚椅子に体重を預けて寝ていた、無論、椅子は脚を4本の内2本を地面から離れるようにして立っていた。
彼は用意周到にアイマスクまで付けて寝ている。身長は180半ば、髪は黒、唯、前髪に赤の色が二筋入っていた、そこだけ見れば触角に見えなくもない、アイマスクで眼は見えないものの整った顔立ちをしている。口からは寝言……
「おっ、おのれ!私から逃げられると思うなっ!やらいでか!!」
寝言と共に彼の手が宙を掻く、
「き、貴様はメイスン!何時太平洋から!?いや!ここが太平洋!!?」
足がバタバタと動き、
「本マグロぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
の叫びと共に体が弓なりに仰け反り、そのまま後頭部から地面に……倒れた。
「ふぐほっ!!!」
妙な打音と声が出た後、彼は頭を抱えてのた打ち回った。
と、数秒もしない内に、その行動が突然止まり、彼は何事も無かったかの様に状態を起こし、アイマスクを取った。
「…何時だ……?」
時刻を確認しようとした眼は、紅い……赤ではない、紅、無論充血などしてる訳ではない、カラーコンタクトでも無い。
純粋に瞳が紅いのだ。彼はその瞳を黒板の上に掛かっている時計に移した。時刻は
「………5時44分…」
(寝たのが、1時半、つまり、俺は午後中ひたすら寝てた訳だ)素晴らしい、ここまで起こされなかった経験は無い、初体験だな!等と思考しつつ、1つの疑問に至る。それは、
「何だ?この時間にしちゃあ人が居ないな?」
今は放課後、いくら何でもまだ部活くらいやっていても良いはずだ。
おかしいと思い、グラウンドを見てもやはり誰も居ない。いくら何でもおかしい、何しろ今年は野球部が初の甲子園出場で燃えに燃えていて、これから休み返上で練習だと意気込んでいたし、それに触発され他の部活も頑張っているはず、それ以前に先生が見回りに来ないのがおかしい、
(何だ…?本当に誰も居ない?)疑念を持ちつつも、彼は帰る事を選んだ。鞄を持ち教室を出る。と、
「っ!痛っ!」
突然、眼に鋭い痛みが走った。
(なんだっ!)あまりに突然の痛みに思わずドアに寄りかかった。「くそっ!」
眼をきつく結び、目頭を抑える事で痛みをやり過ごす、痛みは十数秒で過ぎた。
「くそっ!何なんだよ、一体?」
あまりの突然さに痛みが引いても暫く眼を開けられなかったが、やっとの事で眼を開けた時、そこには、赤の世界が広がっていた。
「なっ!なんだ!」
自分の眼のせいか?と、思い眼をこすってみる、と、元の橙の世界に戻っている。
気のせい…?否、気のせいなどでは無い、良く目を凝らせば見える、窓の向こう2メートル程の位置に薄い赤の壁がある、よくよく見回せば壁は校舎を覆うように付いている。
「どうなってんだ?」さっきまでは見えなかった赤い壁、しかし、それは実際に存在している。
そして、それの向こうを確認しようとしても何も見えない、赤が濃いわけではない、むしろ薄い赤だ。しかし、先は見えない…まるで
(先が存在してないのか……?)だが、起きた時にはグラウンドまで確認出来たはずだ、そんな疑念を持っていたが彼は鞄を拾い教室を離れた。
理由は幾つかあるが主には人捜し、誰か他にも人は居るのではないかと思い、彼は足を進めた。3ー5の教室を離れ他の3年の教室を順番に回ってみる。
が、流石にマンモス校回ってみるて判ったが回りきるだけでかなりの時間を使う。しかも、やはり誰も居ない…
「あ〜、ダルいっ!!」
回りきり3年昇降口に腰を下ろす。そして、扉から外を覗く。
回ってる途中、外に出ようと試みたが出れなかった。
理由は簡単、外への出口という出口に見えない壁が在ったからだ。
まるで、『何か』を逃がさないかのように…
(何だよ、『何か』って…)馬鹿馬鹿しいなと思考する。
ファンタジーやSFでもあるまいし、有り得ない、と、
ウオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
大地が揺れるかと思う程の叫びがこだました。「っ!!!」
腹の底にまで響く叫びに思わず立ち上がり一歩引いた。
獣とは違う、独特な発声、これは
(人かっ!?)
だが、尋常ではない叫び声に恐怖が反応し足が出ない。が、
「くそっ!せっかくの手掛かりなんだ、みすみす逃すか!」
彼は現状理解の思考を強くし、前に進む力をつけた。
声の方向は、すぐ近く2年棟への1階通路。
「行くか…」
走る、大した距離じゃない。今は1秒でも早く着くことを念頭に置く。
程なくして2年棟への通路に来た。
しかし、既に人影は無い。
(……遅かった…か?)人影は無い、しかし、離れる気にはなれない。
確証は無い、しかし、確信はある。来るという確信が。と、不意に『そいつ』が居た。
彼は『そいつ』を知っている。
体を前に倒し、顔は微妙にしか見えないが(同じクラスの……室井…?)よくよく見れば確かにクラスメートだ。
しかし、彼は自分の中に違和感が在ることに気付いた。
それは、(俺は、初め室井を『そいつ』と称した人でなく『そいつ』と)なぜ、そう判断したかは判らない、ただ、自分の中の何かがひたすらに警告の鐘を鳴らす。『逃げろ』と……
しかし、彼は自分のクラスメートのあまりの異常さから、逃げるのではなく、近づく事を選択した。
「お…おい、室井…俺が判るか?」
と、彼のその声に、室井と呼ばれたそれは、反応した。顔を向け…色のない、瞳を向けた。
「なっ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
彼の驚愕の声と、『そいつ』の叫びが同時に出る。
そして、『そいつ』は体を前に深く折ったかと思うと、彼に向かい疾走を開始、約10メートルの距離を一気に詰めてくるそう、気づけば『そいつ』は目の前にいた。
10メートルの距離をわずか2秒程で…0にしたのだ。
「なっ!?」
驚愕の声が出る。
しかし、『そいつ』はそんな声などお構いなしで拳を握り締め、彼に対し力任せに振り切った。
彼はとっさに胸の前で腕を十字に結び、ぶつかる力に耐えた、はずだった。
「っ!ぐっ!!」
拳は防いだ、が、あまりのデタラメな力に衝撃が胸を貫いた。このまま受けきれば、腕が折れる。
彼は後ろへ跳躍する事で衝撃を逃がそうと試みた。
地面を蹴り、跳躍、が、前からの力が強すぎる。
「くっ!?」
そいつの力は止まらない。
否、止められない。彼は、そのまま圧倒的な力に飛ばされていた。
「うおっ!嘘だろ!」
いくら、後ろに跳んだからといっても、大人の体を拳一つで吹き飛ばすなんて不可能!
(なんて、考えてる暇ねぇな)
と、彼は自分の状態を確認、たっぷり5メートル程飛ばされ、彼は着地した。
すぐさま、そいつを確認する。動いてくる様子はない、それを確認すると、彼は体のチェックを開始。
(腕は…なんとか折れずにすんだ、か…まぁ、痺れちゃいるが、平気だな。
その他体に負傷はない……しかし)と、彼は前を向く。
『そいつ』はこちらをゆっくりと観察しているかの様に眺めている。彼は再び目の前の顔を確認しつつ距離を取る、軽く日に焼けたか肌に彫りの深い顔立ちはやはり同級生のもの。
(間違いない、やっぱり室井だ…)
彼、室井とは高校に入った時からの仲で、友人内の中では特に気心の知れた仲だ。
最近は、休みがちで気になっていた。
しかし…何でこんな…と、思考を飛ばしていると、『そいつ』が動いた。
『そいつ』は真っ直ぐ突っ込んで来た、しかし、速度的には始めの時よりも遅い。しかし、それでも疾い。彼は、防御の姿勢を崩さずに、すぐさま左右に飛べる状態にした。8メートル程の距離を初速すら無視で来る『そいつ』しかし、2メートル程手前、彼が動こうとするタイミングで『そいつ』が視界から消えた。「何っ!!」
(消えたっ!?いや、焦るな、前が無いなら右か左だ、下は見えてる、とすれば!上!!)視線を回す、左右どちらかの窓枠と思ったが、違う。
と、すれば…(まさか…)視線を考えうる最後の場所へ持っていく。と、居た。
(嘘だろ…)
思わず、声が漏れる。
『そいつ』は居たコンクリート張りの天井に両の五指を突き立てて、まるで、獣の様に四つん這いになっていた。
人間の力以前に常識では測りきれない状況に呆気にとられていると、『そいつ』が動いた。五指を外し、こちらへと飛び込んでくる。
(ヤバいっ!)と思うが、体が動かない。
『そいつ』の五指が開かれ、彼の顔目掛けて下ろされる。先の『そいつ』の行動を見ればそれが当たれば、どうなるか…ワカル
それは
…
『死』
『そいつ』が俺の『死』なのか?
『そいつ』の五指が文字通り目の前まで迫ったとき、耳を抜くような風切り音と共に目の前の『死』が回避された。『そいつ』の腕が目前で跳ね上がり、その衝撃で『そいつ』は後方へと吹き飛ばされたのだ。よく見れば、右肩口に
(……矢……?)
そう、矢が刺さっている、しかも、よく視ればその矢は淡く光を放っている、そして暫くすると、光がゆっくりと散らばり、矢が消滅したのだ。
(なっ、何だ?あの矢は…!いや、まてあれが矢だとすれば…放った当人が居る!)
矢の飛んできた方を振り返れば、8メートル程離れた場所に少女が立っていた。
彼女の手には先程の矢を放ったであろう弓を携えていた。
しかし、その手には弓のみで、矢を持ってはいなかった。
彼女はこちらを見ると、ゆっくりと歩み寄り彼の隣で歩みを止め上目遣いで、睨むようにこちらを見た。身長は155といった所か、エメラルドグリーンの瞳にブロンドの髪、幼さの残る顔立ちだが刺すような視線がそれを消している。少女は視線を外さずに口を開いた。
「貴様……人間か?」
高圧的な声から放たれた疑問はおよそ少年が考えつく物ではなかった。
(人間か?……だと?)
「どういう事だ…?」
思わず出た答えに、少女はより視線を強くし少年を睨んだ。「何を…っ!」
そこまでで、少女の声が視線が少年から外れた。はっとして少女と同じ方へ視線を向けると、『そいつ』が先ほど撃たれた片口を抑え立ち上がっていた。そして、色のない瞳で明らかな敵対の眼差しを向けている。
解らない、『そいつ』も少女も少年も…ただ、判る、これは、現実、逃避の余地の無い現実。立ち尽くす少年、
「………来い…」
と弓を構える少女、そして、慟哭が戦いの口火を切った。………現実の中で
はい、進みました、少年、少女で。名前は次出す予定です(出るのか?)何卒、見守って下さい