アストーレの鍛冶屋
中原と呼ばれる、西洋と東洋とをつなぐ大陸。マリス一行は、その中心にあるアストーレ王国城下町アトレ・シティーを目指す。
カイルの仕入れた情報によると、アストーレ王国は、数年前に魔道士の参謀が誕生してから、他国との交易も盛んになり、鉱山からは、珍しい宝石の原石も発掘され、急成長しているという。
一行は、タルムの町から森を抜け、川を越え、その間、モンスターに遭遇することなく、三日でたどり着いた。
国境では、入国審査があり、身分証明を見せる必要がある。
クレアは、巫女の証である名前入りネックレスを、そのまま身分証明に使っていた。
本来ならば、巫女を辞めた時点で返さねばならなかったが、巫女のままということにしておいた方が、世間の信用も高く、このような入国審査などの場合でも有利なことから、マドラス(マリス)が、モルデラの祭司長に返さなかったのだった。
気の弱い祭司長が、魔獣を倒したマドラスを恐れ、強く言えなかったのをいいことに。
マリスは、持っていた、いくつものネックレス型ネーム・プレートの中から『マリユス・ミラー』と男性名が彫られたものを選び出し、首から下げている。タルムの町で購入した革の服を着ていて、今回も、少年傭兵で通すつもりだ。
なぜ、偽名がいくつも必要なのか、ケインは不思議に思っていた。
傭兵のケインとカイルも、常に、銀のネーム・プレートを首から下げていたが、当然、本名である。
ヴァルドリューズも、マリス同様、裏面に偽名の刻まれた魔道士の紋章ブローチを、黒いフード付きマントの胸に、付けている。
(ヴァルは国を追われたって言ってたから、自分のたどった形跡を残さないようにしているのはわかるけど、マリスは? 国を出て来たっていうのは、亡命? 逃亡?)
折りをみて、聞いてみたい気もするが、自分から話してくれるまで、待った方がいいだろう、とケインは思い返した。
アトレ・シティーは、一行の出会ったモルデラの町よりも大きく、そして、栄えていることは一目瞭然だった。
国境からゲートをくぐり、町の中へ入った途端に、いろいろな店が並び、西洋風の建築物が洒落ていた。
一行は、まず宿を予約した。
宿屋の主人も愛想が良く、宿の内装も、手が込んでいた。
どこへ行っても、印象が良い。
鍛冶屋の看板を近くに見かけ、ケインが通りすがりの町人に尋ねると、「あそこ以外の鍛冶屋って、湖のとこにあるやつかね? 腕は良いが、かなり変わった人だという噂だ」と、誰もが答えた。
「なあ、マリス、すぐそこの鍛冶屋じゃだめなのかよ? 町外れの湖って、遠いぜ」
巻き紙の地図を指差して、カイルが尋ねる。
「腕が良くなくちゃ、いやなの」
マリスに譲る気はなかったので、湖を目指すことになった。
「なあなあ、クレアってさあ、どんな男が好きなの?」
まだいくらも歩かないうちに退屈してきたのか、カイルが、クレアに話しかけた。
「そんな風に、男の方のこと、見たことないわ」
「じゃあさあ、今まで、好きになったヤツとかも、いなかったの?」
「そんなこと……、別にいいじゃない」
「この中の男じゃあ、誰が好み?」
とうとうクレアが、困ったように、ケインに目で訴えた。
「おい、カイル、退屈だからって、クレアにちょっかい出すのはやめろよ。困ってるじゃないか」
「いーじゃん、ちょっとくらい。なっなっ?」カイルが、ケインに向かって、片目を瞑る。
「なんだ、それは!?」
二人を見ながら、クレアがますます困った顔になった。
「巫女の修行には、恋愛感情は妨げになるの。優れた才能を持つ巫女が、修行中に、盲目的に恋に走ったら、一気にその能力が低下してしまったって話もあるのよ。黒魔法は、そこまでじゃないけど、やはり、恋愛しない方が、早く術を習得出来るとも言われているわ。ましてや、クレアは、今は魔道一筋でしょう? それどころじゃないわよねぇ?」
マリスに助け舟を出されて、クレアは安心したようにうなずいた。
「へー、そうなんだー。しかし、もったいない話だよなぁ。せっかく、こんなにかわいいのに、恋愛しちゃいけないなんてな」
カイルは、心から残念そうに言った。
「その点、マリスは戦士だから、関係ないんだろ? 良かったなぁ!」
カイルが笑いながら、マリスの背を叩いた。
マリスは、への字に眉を寄せて、カイルを見ていた。
ヴァルドリューズは、黙々と彼らの後ろに付いていた。
「なあ、ちょっと休もうぜ! 俺、もう歩けねぇよ」
しばらく山道を歩いた時、とうとうカイルが根を上げて、道端の岩に、へたりこんでしまった。
「おい、カイル。クレアだって、こんな慣れない道、頑張って歩いてるんだからさ、お前が先に根を上げてどうする?」と、ケインが呆れる。
「うるせーなー。俺は、お前やマリスみたいに、鍛えられてねーんだよ」
「いいわ。ここで休憩しましょう」
マリスの一声で、皆は木陰にそれぞれ場所を取り、座った。
ふと、ケインは、クレアの、革で編んだサンダルからはみ出た部分が、赤く腫れていることに気付いた。
「大丈夫か?」
「ええ」
「山歩き用の柔らかい革のブーツがあるから、町に戻ったら、買った方がいいな」
「ええ、そうするわ」
クレアが、痛みを堪えて微笑んだ。自分の手のひらを向けて、治療魔法をかけている。
「代わろう」
ヴァルドリューズが、クレアの足の治療を続けた。
「へー、ヴァルって、やさしいとこあるんだな」
そう言って、ケインは、はっとなった。
(まさか、カイルは、クレアの足を気遣って、わざと疲れた振りをしたんじゃ……?)
そのカイルは、何気ない様子で、ポケットから紙巻き煙草を取り出して、美味しそうに吸っていた。
「一本ちょうだい」
マリスが、カイルと同じ岩に腰掛けた。カイルが、マリスのくわえた煙草に、マッチで火を点けた。
「はー、おいしい! 煙草なんて、久しぶりだわー」
カイルが笑った。
「煙草もやるのか? そう言えば、お前、一体いくつなんだ?」
「一六」
「ええっ!?」
ケインとクレアは、同時に声を上げていた。
ヴァルドリューズも、いくらか目を見開いている。どうやら、彼も、マリスの年齢を知らなかったらしい。
カイルだけは、それほど驚いてはいなかった。
「そっかぁ。意外と俺より年下かも、とは思ってたけど、そこまでだったとはなぁ。俺は、二〇なんだけどさ」
「ええっ!?」
またしても、ケインとクレアが驚きの声を上げる。
「なんだよ、お前ら、さっきから」
「カ、カイル、お前……年上だったのか?」
「見りゃわかんだろ? このセクシーさは、オトナの男ならではだろーが」
「はあ、セクシーねぇ……」
ケインが、不可解な顔で、彼を見る。
「そういうお前らは、いくつなんだよ?」
ケインとクレアが一八歳、ヴァルドリューズは二四歳だと判明した。
(それにしても、マリスが一六? それで、あんな恋愛の演技が出来たとは……)
ケインは、まじまじとマリスを見た。
女の中では背が高く、一七〇セナ近くあり、あどけない中にも大人びた雰囲気、たまに気取ったような言葉使いをしていたことや、どことなく、しぐさに気品があることから、自分よりも年上だろうと思っていた。
だが、年下となると、タルムの山での出来事は、一層腹立たしい。
ますます、彼は、一六歳の小娘などに騙され、振り回されるわけにはいかない、と強く思った。
(ヴァルにしたって、二四という異例の若さで、もう一流の魔道士とは……)
ケインが、ヴァルドリューズを、ちらっと見て、そのように考えていた時だった。
「いけないわ! 煙草は一八になってからよ!」
治療を終えたクレアが、マリスに近付いて行く。
「なによー、カタいこと言わないでよー」
クレアは、マリスの煙草を取り上げると、岩に擦り付けて火を消した。
「そこまですることないじゃないのー!」
「いいえ! あなたの身体を思えばこそよ!」
にらみつけるマリスに対して、クレアも引かなかった。
「カイルも、煙草は、周りの人にも悪影響なんだから、今後は気を付けてよね!」
クレアの注意は、カイルにまで及んだ。
とばっちりを受けたカイルは、口をあんぐりと開け、思わず煙草を落としていた。
「んもう、……それじゃあ、出発ー」
不機嫌なマリスの一言で、一行は、湖のほとりにあるという、鍛冶屋を目指し、再び歩き始めた。
「ほう、お坊ちゃんたち、どういったご用件かね?」
鍛冶屋に着くと、そこには、想像し得なかった光景が広がっていた。
店の中は、そのまま工房になっていて、壁際の棚には、いろんな形の瓶や壷が並ぶ。
奥には、助手である、顔に生気のない、ひょろひょろした男が一人、異様な色の煙があちこちから立ち込めている中を、うろうろしているのが見える。
そして、一行の目の前に立っているのが、横に幅広い顔の半分が焼け爛れ、不揃いな大きさの目は赤く充血し、まだそんな年ではないだろうに、背中の丸まった、怪し気な風体の男だった。
室内だけでも異様な空気が充満し、それを背景に立つ鍛冶屋の主人は、一層不気味に人目に映っていた。
「腕のいい鍛冶屋ってのは、あんたのことか?」
マリユス(マリス)は、そんな不気味な男でも、一向に引く様子はなく、むしろ懐かしそうな笑みを浮かべて、話しかけた。
主人は、にったりと笑った。
「腕がいいか悪いかは、そのお客の決めること。うちは、お気に召すまで、料金は頂かない主義で、やっておりますゆえ」
マリユスは、ふふんと笑った。
「わかった。じゃあ、お宅に頼むことにするよ」
マリユスは、ケインに持たせていたケースを開け、中にある、銀色の甲冑を見せた。
「ほう、これはまた、お見事な甲冑ですな」
主人は、爛れていない方の口の端を少し上げて微笑んだつもりが、歪んだ笑いになり、余計な恐怖感と不快感を与えた。
「これを、別の甲冑に作り替えてもらいたい。なかなか、これ以上の甲冑にお目に掛かれないもんでね。これ自体を作り替えた方が、早いんじゃないかと思ってさ」
「デザインを変えて、ということですかな?」
「色もだ。それと、オレ、こう見えて、魔法能力も高くてね、魔道士どもに追跡されないよう、魔力を抑える効果も欲しい」
「それでは、魔力を抑える石を、埋め込みましょう。正規の魔道士協会のものを使用しないと、後々面倒なので、少々値が張りますが」
「構わない。金ならある」
主人は、紙と羽ペンを持って来て、しばらくマリユスと交渉していた。
一通りの打ち合わせが終わった時、主人がマリユスに尋ねた。
「ところで、この甲冑は、どうされたのですかな? 見たところ、これは、相当高価な代物のようで、おそらくは、どこかの国の騎士のものではないか、という気が致しますが?」
「拾ったんだよ。モルデラの山に転がってたんだ。持ち主が捨てていったんじゃないかな。たまたま通りかかって見付けたんだけど、いいものみたいだったからさ、勝手に持って来ちゃったんだ。誰にも言うなよ」
マリユスは、いかにもいたずら小僧を装って、ウィンクした。
「ほう、拾い物でしたか! それでは、坊ちゃんのサイズに、直さないといけませんなあ!」
主人は目を思い切り見開くと、メジャーを持って、マリユスに歩み寄り、はあはあと荒い息をした。
異様な不気味さは、ますます募っていた。
「えっ!? い、いいよ、いいよ! サイズは大丈夫だったから、この通り作ってくれればいいからさ!」
主人は、少し疑い深そうな、だが残念そうにも取れる顔をしたように、皆には見えた。
「なあ、マリス、あんな妖怪地味た、いかにも怪し気なじじいなんかに頼んで、本当に大丈夫なのかよ?」
鍛冶屋を出て、開口一番は、カイルだった。
それを聞いたクレアが、じろっとカイルをにらむ。人を見かけで判断するな、と言いた気だ。
「ああいうのに限って、腕は良かったりするものよ。ワケありのものも、扱い慣れてるみたいだったしね」
マリスは、一向に気にしていなかった。
夜には、甲冑が出来上がるというので、彼らは、そのまま湖で時間を潰すことにした。
周りを見渡していたケインが、近くに茂っていた木々の中から、手頃な枝を見付け、形を整えると、草の蔓を釣り糸代わりにくくりつけて、釣り竿にする。
「おっ、釣りか? 時間潰しには、ちょうどいいな!」
カイルも真似して、竿を作る。
ケインが、クレアとマリスの分も作りかけ、近くに座っているヴァルドリューズを振り返る。
「ヴァル、きみもやるか?」
彼は、座ったままで、身動き一つしなかった。
やれやれ、また興味なしか、と思うが、どうもおかしい。
ケインが、ヴァルドリューズの顔の前で、手を振ってみるが、何の反応もない。
「瞑想に入ったわね」
ケインの隣では、マリスが屈んで、ヴァルドリューズを見ている。
「時間がある時は、いつもそうなの。高い魔力を常に保っておく為に、イメージ・トレーニングしてるのよ」
「だったら、せめて、目くらい閉じてくれればいいのに。ああ、びっくりした」
魔道に疎いケインの反応が、新鮮に映ったマリスが、吹き出して笑った。
「さ、ヴァルのことは、放っておいて、みんなで釣りを楽しみましょう」
湖の水は、濁った青緑色をしていて、深いのか浅いのかもわからない。
暇つぶしでなければ、誰も、こんなところで釣りなどしたくはなかったのだが、わざわざ町に戻るのも面倒だったので、仕方なくである。
餌になりそうなムシを、地面を掘って見付け、ツルと小枝と一緒にくくると、カイルが、懇切丁寧に、釣りのやり方を、クレアに教えた。
クレアは、ムシを怖々見ていたが、カイルに言われた通りに、竿をかたむけた。
マリスは、経験があるらしく、ケインの隣で、勝手に始めていた。
「小さい頃、じいちゃんに教わったの」
マリスが懐かしそうに、邪気の無い笑顔で言った。
気が付いた時には、その和やかな笑顔に魅入ってしまったことを、恨めしく思いながら、ケインは気を取り直した。
「おじいちゃんと、一緒に住んでたのか?」
「ううん。森の中に、一人で住んでた魔道士のおじいちゃんでね、あたしは家を抜け出して、しょっちゅう遊びに行ってたの」
『糸』を湖に投げ直して、彼女は、続けた。
「ゴドーじいちゃんは、何でも知ってて、何でも教えてくれたの。見た目も変わってたから、みんなは変人扱いしてたけど、あたしは好きだったわ」
「そうか。それで、あの鍛冶屋の主人みたいな、一風変わった人にも、慣れてたわけか」
納得してから、ケインは、また尋ねた。
「魔法は習わなかったのか?」
「なんか、魔法って面倒くさい気がして。ゴドーには教わらなかったわ。彼も、教えようとはしなかったし、魔法で使用される『ルーナ語』は、家庭教師に習わされたけど、習った魔法は白魔法だったしね。
ああ、『サンダガー』の召喚で、あたしが唱えたのは、白魔法なのよ。神を召喚するための『全身浄化』って言って。今では、あの魔法しか使えないの。まるで、それが出来るようになったのと引き換えみたいに、それまで使えた白魔法が、使えなくなっちゃって」
ケインは、マリスの様子を見ていて、それは、作り話ではないと思った。
「白魔法を家庭教師に習ってたっていうことは……?」
「あたしの母親が、……実は、巫女で、それで、あたしも、まあ、……貴族の生まれだったから、神殿に、巫女の修行にも行かされたこともあって……」
マリスは、言葉を選び選び、ケインの顔をなるべく見ないようにして、言った。
ホントかな? なんだか、今までと違って、歯切れの悪い言い方だし……。でも、こんなことでウソついて、何になる?
と、ケインが、疑わしい目を、彼女に向けていると、
「マリス、お前、巫女の家系だったのかよ!? じゃあ、両親とも神官か!?」
少し離れたところにいたと思ったカイルが、竿を替えに、近くまで来ていたところだった。
ひどく驚いて、後退っているカイルの後ろから、クレアも駆け寄った。
「それなら、マリスも巫女だったの!?」
「なんだと!? ウソつけ!」
クレアの問いかけに、即座にカイルが続くと、マリスが慌てて言い訳した。
「ちょっと、大声出さないでよ、恥ずかしい! ほらね、どうせ、誰にも信じてもらえないし、驚かれると思ったから、あんまり言いたくなかったのに」
恥ずかしさで上気した顔は、演技ではないだろう、とケインは判断した。
マリスの本心を垣間見られたことで、ケインは、微笑ましいのと、してやったりと両方の思いでくすくすと笑った。
「ああっ、んもう、ケインまで……!」
マリスは、更に顔を赤らめた。
「ねえ、洗礼は受けたの? ベアトリクスには、確か、有名なティアワナコ神殿があったわよね? モルデラからも、そこへ修行に行ったベテランの巫女の方がいらして、実に誇らし気だったわ」
「あそこでの修行の日々は、……正直、あんまり思い出したくなくてね。どうしても、行かなくちゃいけなくて、イヤイヤだったから」
クレアは興味深そうであったが、マリスは逃げ腰で、心の底から嫌そうな表情であった。
根が武人であるマリスに、巫女の修行は合わなかったのだろうと、ケインは納得していた。
魔法も、あまり好きじゃない、というのも本当だと思った。
実は、彼も、魔道士は、苦手だった。
魔道自体、得体が知れず、魔道士たちは皆、表情はなく、言葉も抑揚がなく、つくづく感情を読み取るのが難しい。そのおかげで裏をかかれそうで、いまいち、信用が出来なかったのだった。
その点、武人の方がわかりやすく、付き合いやすいと思っていた。
そんなことを考えていると、ケインの竿に、ビクッと、何かが食いついた感触が伝わった。
「ケイン、来たの!?」
マリスが、目を輝かせた。
「おっ! なかなか大物っぽいじゃねぇか!」
「すごいわ! 何が釣れたのかしら!」
カイルもクレアも、期待する。
ケインは冷静に、魚との駆け引きを手応えで読み取り、力を込め、一気に竿を引き上げた。
そうして、草の上に跳ね上がったのは、見たことのない灰色の魚だった。
体調は、二〇セナくらいで、さほど大きくなく、肉厚だ。
目が大きく、鱗も大きい上に、タイルのように固そうで、口から、緑色をした袋状の内蔵を吐き出しかけていた。
背と顔の両側には、黄色い水かきのような膜が付いていて、鰭のようである。
尾が三つ又になっていて、それぞれが黒いヘビのように、にょろにょろと動き続けていた。
頭を寄せ合い、期待に目を輝かせてのぞきこんでいたはずの彼らは、お互いの表情が次第に曇っていくのが、見なくてもわかった。
「……奇形ね……」マリスが、呟いた。
「いや、それだけじゃないと思う……」ケインも、ぼそぼそと応えた。
我ながら、なんという気色の悪いものを釣ってしまったのか、この湖には、こんなものしかいないのか?
ケインは、胸が悪くなるような思いがした。
「気にすんなよ。続けようぜー!」
「ええっ!? まだ続けるの?」
カイルが精一杯笑いかけているのを、クレアが不安そうに見る。
「これ、食べられるかしら?」
マリスが、指をくわえてそう呟くのを、ケインが慌てて止める。
「よせよ! こんなモン食ったら、死ぬかも知れないぞ!」
「焼けば大丈夫よ」
「そんなムチャな!」
「ケインたら、心配性ねぇ。じゃあ、クレア、念のために、これを白魔法で浄化してみて」
クレアもカイルも、呆気に取られていた。
「『浄化』って、魂に対して行うものであって、『消毒』じゃないんだけど……」
と首を傾げながら、クレアは両方の手のひらを魚に向け、一応、浄化の呪文を唱える。
それが終わると、マリスは、手が直に触れないように、木の枝と短剣とで、鱗を取り、魚の口から出かけた内蔵を引っ張り出し、枯れ枝を集めてきて、魚を串刺しにして焼いた。
その間、カイルは、クレアを付き合わせて、湖に向かってツルの糸を投じる。
ケインは、すっかりやる気をなくし、足を抱えて、焚き火の前に座っているマリスと一緒に、魚が焼けるのを見守っていた。
「これって、深海魚よね?」
彼にとっては、そんなことは、どうでもよかった。
ただ、マリスって、時々変なこと言うなぁ、と思った。
だが、マリスは、真面目に考えているようであった。
「どうして、湖なのに、こんな魚がいるのかしら? あの『糸』じゃ、そんなに深いところまで潜れないのに。それだけ、この湖は、得体が知れないと思ったていた方がよさそうね」
「あ、ああ、そうだな」
確かに、それは、一理あるかも知れない、とケインも考えた。
そのうち、魚が焼けると、マリスは嬉しそうに串を手に取り、短剣で、そうっと魚に切れ目を入れ、中まで火が通っていることを確かめると、いきなりかぶりついた。
「だ、大丈夫なのか!?」
「平気、平気」
慌てて覗き込むケインに、マリスは、口をもごもごさせて、けろっとした顔を向ける。
「ちょっとパサパサしてるけど、思ったよりイケるわよ。ケインも食べてみる?」
「お、俺は、いいよ」
「これで、マラスキーノ・ティーがあればねー。ま、我慢するかぁ」
「ゲテモノ食い!」
ケインは、こわごわ彼女を見ていた。
ふと、ヴァルドリューズの様子を気にするが、まだ瞑想中である。
「やっぱ、だめだー。全然釣れねーや」
カイルとクレアが、引き上げてきたその時、
さばさばさば……!!
湖の中から、山の形をした巨大な物体が現れたのだった!