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Dragon Sword Saga1『旅の仲間(前編)』   作者: かがみ透
第Ⅲ話 黒い竜——ダーク・ドラゴンの力
7/20

アストーレの鍛冶屋

 中原と呼ばれる、西洋と東洋とをつなぐ大陸。マリス一行は、その中心にあるアストーレ王国城下町アトレ・シティーを目指す。

 カイルの仕入れた情報によると、アストーレ王国は、数年前に魔道士の参謀が誕生してから、他国との交易も盛んになり、鉱山からは、珍しい宝石の原石も発掘され、急成長しているという。


 一行は、タルムの町から森を抜け、川を越え、その間、モンスターに遭遇(そうぐう)することなく、三日でたどり着いた。

 国境では、入国審査があり、身分証明を見せる必要がある。


 クレアは、巫女の証である名前入りネックレスを、そのまま身分証明に使っていた。

 本来ならば、巫女を辞めた時点で返さねばならなかったが、巫女のままということにしておいた方が、世間の信用も高く、このような入国審査などの場合でも有利なことから、マドラス(マリス)が、モルデラの祭司長に返さなかったのだった。

 気の弱い祭司長が、魔獣を倒したマドラスを恐れ、強く言えなかったのをいいことに。


 マリスは、持っていた、いくつものネックレス型ネーム・プレートの中から『マリユス・ミラー』と男性名が彫られたものを選び出し、首から下げている。タルムの町で購入した革の服を着ていて、今回も、少年傭兵で通すつもりだ。


 なぜ、偽名がいくつも必要なのか、ケインは不思議に思っていた。

 傭兵のケインとカイルも、常に、銀のネーム・プレートを首から下げていたが、当然、本名である。


 ヴァルドリューズも、マリス同様、裏面に偽名の刻まれた魔道士の紋章ブローチを、黒いフード付きマントの胸に、付けている。


(ヴァルは国を追われたって言ってたから、自分のたどった形跡を残さないようにしているのはわかるけど、マリスは? 国を出て来たっていうのは、亡命? 逃亡?)


 折りをみて、聞いてみたい気もするが、自分から話してくれるまで、待った方がいいだろう、とケインは思い返した。


 アトレ・シティーは、一行の出会ったモルデラの町よりも大きく、そして、栄えていることは一目瞭然だった。

 国境からゲートをくぐり、町の中へ入った途端に、いろいろな店が並び、西洋風の建築物が洒落ていた。


 一行は、まず宿を予約した。

 宿屋の主人も愛想が良く、宿の内装も、手が込んでいた。

 どこへ行っても、印象が良い。


 鍛冶屋の看板を近くに見かけ、ケインが通りすがりの町人に尋ねると、「あそこ以外の鍛冶屋って、湖のとこにあるやつかね? 腕は良いが、かなり変わった人だという噂だ」と、誰もが答えた。


「なあ、マリス、すぐそこの鍛冶屋じゃだめなのかよ? 町外れの湖って、遠いぜ」


 巻き紙の地図を指差して、カイルが尋ねる。


「腕が良くなくちゃ、いやなの」


 マリスに譲る気はなかったので、湖を目指すことになった。


「なあなあ、クレアってさあ、どんな男が好きなの?」


 まだいくらも歩かないうちに退屈してきたのか、カイルが、クレアに話しかけた。


「そんな風に、男の方のこと、見たことないわ」

「じゃあさあ、今まで、好きになったヤツとかも、いなかったの?」

「そんなこと……、別にいいじゃない」

「この中の男じゃあ、誰が好み?」


 とうとうクレアが、困ったように、ケインに目で訴えた。


「おい、カイル、退屈だからって、クレアにちょっかい出すのはやめろよ。困ってるじゃないか」

「いーじゃん、ちょっとくらい。なっなっ?」カイルが、ケインに向かって、片目を(つぶ)る。

「なんだ、それは!?」


 二人を見ながら、クレアがますます困った顔になった。


「巫女の修行には、恋愛感情は(さまた)げになるの。優れた才能を持つ巫女が、修行中に、盲目的に恋に走ったら、一気にその能力が低下してしまったって話もあるのよ。黒魔法は、そこまでじゃないけど、やはり、恋愛しない方が、早く術を習得出来るとも言われているわ。ましてや、クレアは、今は魔道一筋でしょう? それどころじゃないわよねぇ?」


 マリスに助け舟を出されて、クレアは安心したようにうなずいた。


「へー、そうなんだー。しかし、もったいない話だよなぁ。せっかく、こんなにかわいいのに、恋愛しちゃいけないなんてな」


 カイルは、心から残念そうに言った。


「その点、マリスは戦士だから、関係ないんだろ? 良かったなぁ!」


 カイルが笑いながら、マリスの背を叩いた。

 マリスは、への字に眉を寄せて、カイルを見ていた。

 ヴァルドリューズは、黙々と彼らの後ろに付いていた。


「なあ、ちょっと休もうぜ! 俺、もう歩けねぇよ」


 しばらく山道を歩いた時、とうとうカイルが根を上げて、道端の岩に、へたりこんでしまった。


「おい、カイル。クレアだって、こんな慣れない道、頑張って歩いてるんだからさ、お前が先に根を上げてどうする?」と、ケインが呆れる。

「うるせーなー。俺は、お前やマリスみたいに、(きた)えられてねーんだよ」

「いいわ。ここで休憩しましょう」


 マリスの一声で、皆は木陰にそれぞれ場所を取り、座った。


 ふと、ケインは、クレアの、革で編んだサンダルからはみ出た部分が、赤く()れていることに気付いた。


「大丈夫か?」

「ええ」

「山歩き用の柔らかい革のブーツがあるから、町に戻ったら、買った方がいいな」

「ええ、そうするわ」


 クレアが、痛みを(こら)えて微笑んだ。自分の手のひらを向けて、治療魔法をかけている。


「代わろう」


 ヴァルドリューズが、クレアの足の治療を続けた。


「へー、ヴァルって、やさしいとこあるんだな」


 そう言って、ケインは、はっとなった。


(まさか、カイルは、クレアの足を気遣って、わざと疲れた振りをしたんじゃ……?)


 そのカイルは、何気ない様子で、ポケットから紙巻き煙草(たばこ)を取り出して、美味しそうに吸っていた。


「一本ちょうだい」


 マリスが、カイルと同じ岩に腰掛けた。カイルが、マリスのくわえた煙草に、マッチで火を点けた。


「はー、おいしい! 煙草なんて、久しぶりだわー」


 カイルが笑った。


「煙草もやるのか? そう言えば、お前、一体いくつなんだ?」

「一六」

「ええっ!?」


 ケインとクレアは、同時に声を上げていた。

 ヴァルドリューズも、いくらか目を見開いている。どうやら、彼も、マリスの年齢を知らなかったらしい。

 カイルだけは、それほど驚いてはいなかった。


「そっかぁ。意外と俺より年下かも、とは思ってたけど、そこまでだったとはなぁ。俺は、二〇なんだけどさ」

「ええっ!?」


 またしても、ケインとクレアが驚きの声を上げる。


「なんだよ、お前ら、さっきから」

「カ、カイル、お前……年上だったのか?」

「見りゃわかんだろ? このセクシーさは、オトナの男ならではだろーが」

「はあ、セクシーねぇ……」


 ケインが、不可解な顔で、彼を見る。


「そういうお前らは、いくつなんだよ?」


 ケインとクレアが一八歳、ヴァルドリューズは二四歳だと判明した。


(それにしても、マリスが一六? それで、あんな恋愛の演技が出来たとは……)


 ケインは、まじまじとマリスを見た。

 女の中では背が高く、一七〇セナ近くあり、あどけない中にも大人びた雰囲気、たまに気取ったような言葉使いをしていたことや、どことなく、しぐさに気品があることから、自分よりも年上だろうと思っていた。


 だが、年下となると、タルムの山での出来事は、一層腹立たしい。

 ますます、彼は、一六歳の小娘などに(だま)され、振り回されるわけにはいかない、と強く思った。


(ヴァルにしたって、二四という異例の若さで、もう一流の魔道士とは……)


 ケインが、ヴァルドリューズを、ちらっと見て、そのように考えていた時だった。


「いけないわ! 煙草は一八になってからよ!」


 治療を終えたクレアが、マリスに近付いて行く。


「なによー、カタいこと言わないでよー」


 クレアは、マリスの煙草を取り上げると、岩に擦り付けて火を消した。


「そこまですることないじゃないのー!」

「いいえ! あなたの身体(からだ)を思えばこそよ!」


 にらみつけるマリスに対して、クレアも引かなかった。


「カイルも、煙草は、周りの人にも悪影響なんだから、今後は気を付けてよね!」


 クレアの注意は、カイルにまで及んだ。

 とばっちりを受けたカイルは、口をあんぐりと開け、思わず煙草を落としていた。


「んもう、……それじゃあ、出発ー」


 不機嫌なマリスの一言で、一行は、湖のほとりにあるという、鍛冶屋を目指し、再び歩き始めた。




「ほう、お坊ちゃんたち、どういったご用件かね?」


 鍛冶屋に着くと、そこには、想像し得なかった光景が広がっていた。

 店の中は、そのまま工房になっていて、壁際の棚には、いろんな形の瓶や壷が並ぶ。

 奥には、助手である、顔に生気のない、ひょろひょろした男が一人、異様な色の煙があちこちから立ち込めている中を、うろうろしているのが見える。


 そして、一行の目の前に立っているのが、横に幅広い顔の半分が焼け(ただ)れ、不揃(ふぞろ)いな大きさの目は赤く充血し、まだそんな年ではないだろうに、背中の丸まった、怪し気な風体(ふうてい)の男だった。

 室内だけでも異様な空気が充満し、それを背景に立つ鍛冶屋の主人は、一層不気味に人目に映っていた。


「腕のいい鍛冶屋ってのは、あんたのことか?」


 マリユス(マリス)は、そんな不気味な男でも、一向に引く様子はなく、むしろ懐かしそうな笑みを浮かべて、話しかけた。

 主人は、にったりと笑った。


「腕がいいか悪いかは、そのお客の決めること。うちは、お気に召すまで、料金は頂かない主義で、やっておりますゆえ」


 マリユスは、ふふんと笑った。


「わかった。じゃあ、お宅に頼むことにするよ」


 マリユスは、ケインに持たせていたケースを開け、中にある、銀色の甲冑を見せた。


「ほう、これはまた、お見事な甲冑ですな」


 主人は、(ただ)れていない方の口の端を少し上げて微笑んだつもりが、歪んだ笑いになり、余計な恐怖感と不快感を与えた。


「これを、別の甲冑に作り替えてもらいたい。なかなか、これ以上の甲冑にお目に掛かれないもんでね。これ自体を作り替えた方が、早いんじゃないかと思ってさ」


「デザインを変えて、ということですかな?」


「色もだ。それと、オレ、こう見えて、魔法能力も高くてね、魔道士どもに追跡されないよう、魔力を抑える効果も欲しい」


「それでは、魔力を抑える石を、埋め込みましょう。正規の魔道士協会のものを使用しないと、後々面倒なので、少々値が張りますが」


「構わない。金ならある」


 主人は、紙と羽ペンを持って来て、しばらくマリユスと交渉していた。

 一通りの打ち合わせが終わった時、主人がマリユスに尋ねた。


「ところで、この甲冑は、どうされたのですかな? 見たところ、これは、相当高価な代物のようで、おそらくは、どこかの国の騎士のものではないか、という気が致しますが?」


「拾ったんだよ。モルデラの山に転がってたんだ。持ち主が捨てていったんじゃないかな。たまたま通りかかって見付けたんだけど、いいものみたいだったからさ、勝手に持って来ちゃったんだ。誰にも言うなよ」


 マリユスは、いかにもいたずら小僧を装って、ウィンクした。


「ほう、拾い物でしたか! それでは、坊ちゃんのサイズに、直さないといけませんなあ!」


 主人は目を思い切り見開くと、メジャーを持って、マリユスに歩み寄り、はあはあと荒い息をした。

 異様な不気味さは、ますます募っていた。


「えっ!? い、いいよ、いいよ! サイズは大丈夫だったから、この通り作ってくれればいいからさ!」


 主人は、少し疑い深そうな、だが残念そうにも取れる顔をしたように、皆には見えた。




「なあ、マリス、あんな妖怪地味た、いかにも怪し気なじじいなんかに頼んで、本当に大丈夫なのかよ?」


 鍛冶屋を出て、開口一番は、カイルだった。

 それを聞いたクレアが、じろっとカイルをにらむ。人を見かけで判断するな、と言いた気だ。


「ああいうのに限って、腕は良かったりするものよ。ワケありのものも、扱い慣れてるみたいだったしね」


 マリスは、一向に気にしていなかった。

 夜には、甲冑が出来上がるというので、彼らは、そのまま湖で時間を潰すことにした。


 周りを見渡していたケインが、近くに茂っていた木々の中から、手頃な枝を見付け、形を整えると、草の(つる)を釣り糸代わりにくくりつけて、釣り竿にする。


「おっ、釣りか? 時間潰しには、ちょうどいいな!」


 カイルも真似して、竿を作る。

 ケインが、クレアとマリスの分も作りかけ、近くに座っているヴァルドリューズを振り返る。


「ヴァル、きみもやるか?」


 彼は、座ったままで、身動き一つしなかった。

 やれやれ、また興味なしか、と思うが、どうもおかしい。

 ケインが、ヴァルドリューズの顔の前で、手を振ってみるが、何の反応もない。


瞑想(めいそう)に入ったわね」


 ケインの隣では、マリスが屈んで、ヴァルドリューズを見ている。


「時間がある時は、いつもそうなの。高い魔力を常に保っておく為に、イメージ・トレーニングしてるのよ」


「だったら、せめて、目くらい閉じてくれればいいのに。ああ、びっくりした」


 魔道に(うと)いケインの反応が、新鮮に映ったマリスが、吹き出して笑った。


「さ、ヴァルのことは、放っておいて、みんなで釣りを楽しみましょう」


 湖の水は、濁った青緑色をしていて、深いのか浅いのかもわからない。

 暇つぶしでなければ、誰も、こんなところで釣りなどしたくはなかったのだが、わざわざ町に戻るのも面倒だったので、仕方なくである。


 餌になりそうなムシを、地面を掘って見付け、ツルと小枝と一緒にくくると、カイルが、懇切丁寧(こんせつていねい)に、釣りのやり方を、クレアに教えた。

 クレアは、ムシを怖々見ていたが、カイルに言われた通りに、竿をかたむけた。

 マリスは、経験があるらしく、ケインの隣で、勝手に始めていた。


「小さい頃、じいちゃんに教わったの」


 マリスが懐かしそうに、邪気の無い笑顔で言った。

 気が付いた時には、その和やかな笑顔に魅入ってしまったことを、恨めしく思いながら、ケインは気を取り直した。


「おじいちゃんと、一緒に住んでたのか?」

「ううん。森の中に、一人で住んでた魔道士のおじいちゃんでね、あたしは家を抜け出して、しょっちゅう遊びに行ってたの」


 『糸』を湖に投げ直して、彼女は、続けた。


「ゴドーじいちゃんは、何でも知ってて、何でも教えてくれたの。見た目も変わってたから、みんなは変人扱いしてたけど、あたしは好きだったわ」


「そうか。それで、あの鍛冶屋の主人みたいな、一風変わった人にも、慣れてたわけか」


 納得してから、ケインは、また尋ねた。


「魔法は習わなかったのか?」


「なんか、魔法って面倒くさい気がして。ゴドーには教わらなかったわ。彼も、教えようとはしなかったし、魔法で使用される『ルーナ語』は、家庭教師に習わされたけど、習った魔法は白魔法だったしね。

 ああ、『サンダガー』の召喚で、あたしが唱えたのは、白魔法なのよ。神を召喚するための『全身浄化』って言って。今では、あの魔法しか使えないの。まるで、それが出来るようになったのと引き換えみたいに、それまで使えた白魔法が、使えなくなっちゃって」


 ケインは、マリスの様子を見ていて、それは、作り話ではないと思った。


「白魔法を家庭教師に習ってたっていうことは……?」


「あたしの母親が、……実は、巫女で、それで、あたしも、まあ、……貴族の生まれだったから、神殿に、巫女の修行にも行かされたこともあって……」


 マリスは、言葉を選び選び、ケインの顔をなるべく見ないようにして、言った。


 ホントかな? なんだか、今までと違って、歯切れの悪い言い方だし……。でも、こんなことでウソついて、何になる?

 と、ケインが、疑わしい目を、彼女に向けていると、


「マリス、お前、巫女の家系だったのかよ!? じゃあ、両親とも神官か!?」


 少し離れたところにいたと思ったカイルが、竿を替えに、近くまで来ていたところだった。

 ひどく驚いて、後退(あとずさ)っているカイルの後ろから、クレアも駆け寄った。


「それなら、マリスも巫女だったの!?」

「なんだと!? ウソつけ!」


 クレアの問いかけに、即座にカイルが続くと、マリスが慌てて言い訳した。


「ちょっと、大声出さないでよ、恥ずかしい! ほらね、どうせ、誰にも信じてもらえないし、驚かれると思ったから、あんまり言いたくなかったのに」


 恥ずかしさで上気した顔は、演技ではないだろう、とケインは判断した。

 マリスの本心を垣間見られたことで、ケインは、微笑ましいのと、してやったりと両方の思いでくすくすと笑った。


「ああっ、んもう、ケインまで……!」


 マリスは、更に顔を赤らめた。


「ねえ、洗礼は受けたの? ベアトリクスには、確か、有名なティアワナコ神殿があったわよね? モルデラからも、そこへ修行に行ったベテランの巫女の方がいらして、実に(ほこ)らし気だったわ」


「あそこでの修行の日々は、……正直、あんまり思い出したくなくてね。どうしても、行かなくちゃいけなくて、イヤイヤだったから」


 クレアは興味深そうであったが、マリスは逃げ腰で、心の底から嫌そうな表情であった。

 根が武人であるマリスに、巫女の修行は合わなかったのだろうと、ケインは納得していた。

 魔法も、あまり好きじゃない、というのも本当だと思った。


 実は、彼も、魔道士は、苦手だった。

 魔道自体、得体が知れず、魔道士たちは皆、表情はなく、言葉も抑揚がなく、つくづく感情を読み取るのが難しい。そのおかげで裏をかかれそうで、いまいち、信用が出来なかったのだった。

 その点、武人の方がわかりやすく、付き合いやすいと思っていた。

 そんなことを考えていると、ケインの竿に、ビクッと、何かが食いついた感触が伝わった。


「ケイン、来たの!?」


 マリスが、目を輝かせた。


「おっ! なかなか大物っぽいじゃねぇか!」

「すごいわ! 何が釣れたのかしら!」


 カイルもクレアも、期待する。


 ケインは冷静に、魚との駆け引きを手応えで読み取り、力を込め、一気に竿を引き上げた。

 そうして、草の上に跳ね上がったのは、見たことのない灰色の魚だった。


 体調は、二〇セナくらいで、さほど大きくなく、肉厚だ。

 目が大きく、(うろこ)も大きい上に、タイルのように固そうで、口から、緑色をした袋状の内蔵を吐き出しかけていた。

 背と顔の両側には、黄色い水かきのような膜が付いていて、(ひれ)のようである。

 尾が三つ又になっていて、それぞれが黒いヘビのように、にょろにょろと動き続けていた。


 頭を寄せ合い、期待に目を輝かせてのぞきこんでいたはずの彼らは、お互いの表情が次第に曇っていくのが、見なくてもわかった。


「……奇形ね……」マリスが、呟いた。

「いや、それだけじゃないと思う……」ケインも、ぼそぼそと応えた。


 我ながら、なんという気色の悪いものを釣ってしまったのか、この湖には、こんなものしかいないのか?

 ケインは、胸が悪くなるような思いがした。


「気にすんなよ。続けようぜー!」

「ええっ!? まだ続けるの?」


 カイルが精一杯笑いかけているのを、クレアが不安そうに見る。


「これ、食べられるかしら?」


 マリスが、指をくわえてそう呟くのを、ケインが慌てて止める。


「よせよ! こんなモン食ったら、死ぬかも知れないぞ!」

「焼けば大丈夫よ」

「そんなムチャな!」

「ケインたら、心配性ねぇ。じゃあ、クレア、念のために、これを白魔法で浄化してみて」


 クレアもカイルも、呆気に取られていた。


「『浄化』って、魂に対して行うものであって、『消毒』じゃないんだけど……」


 と首を傾げながら、クレアは両方の手のひらを魚に向け、一応、浄化の呪文を唱える。

 それが終わると、マリスは、手が直に触れないように、木の枝と短剣とで、(うろこ)を取り、魚の口から出かけた内蔵を引っ張り出し、枯れ枝を集めてきて、魚を串刺しにして焼いた。


 その間、カイルは、クレアを付き合わせて、湖に向かってツルの糸を投じる。

 ケインは、すっかりやる気をなくし、足を抱えて、焚き火の前に座っているマリスと一緒に、魚が焼けるのを見守っていた。


「これって、深海魚よね?」


 彼にとっては、そんなことは、どうでもよかった。

 ただ、マリスって、時々変なこと言うなぁ、と思った。

 だが、マリスは、真面目に考えているようであった。


「どうして、湖なのに、こんな魚がいるのかしら? あの『糸』じゃ、そんなに深いところまで潜れないのに。それだけ、この湖は、得体が知れないと思ったていた方がよさそうね」


「あ、ああ、そうだな」


 確かに、それは、一理あるかも知れない、とケインも考えた。


 そのうち、魚が焼けると、マリスは嬉しそうに串を手に取り、短剣で、そうっと魚に切れ目を入れ、中まで火が通っていることを確かめると、いきなりかぶりついた。


「だ、大丈夫なのか!?」

「平気、平気」


 慌てて覗き込むケインに、マリスは、口をもごもごさせて、けろっとした顔を向ける。


「ちょっとパサパサしてるけど、思ったよりイケるわよ。ケインも食べてみる?」

「お、俺は、いいよ」

「これで、マラスキーノ・ティーがあればねー。ま、我慢するかぁ」

「ゲテモノ食い!」


 ケインは、こわごわ彼女を見ていた。

 ふと、ヴァルドリューズの様子を気にするが、まだ瞑想中である。


「やっぱ、だめだー。全然釣れねーや」


 カイルとクレアが、引き上げてきたその時、


 さばさばさば……!!


 湖の中から、山の形をした巨大な物体が現れたのだった!


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