情け無用
ケインの構える、その異様な剣の大きさに、賊も一瞬ひるむが、この人数でならと思い返し、じわじわと間合いを詰めてきた。
皆、口々に、卑猥な言葉を吐いたり、下品な笑いを浮かべたりしている。
「へっへっ、どうした、お嬢さん? 怖いか? 俺たちが。そっちの坊やを片付けたら、すぐにでも可愛がってやるからな」
ケインとマリスの周りは囲まれていて、逃げ場はない。
「言いたいことは、それだけみたいね」
マリスが低い声で静かに言った。
ーーその瞬間ーー!!
ケインの腰に下げていたドラゴン・マスター・ソードを、素早く引き抜き、目の前の賊の腹を、一気にかっ捌いていた!
腹から、夥しい血の量を吹き出して倒れるその男を血祭りに、立て続けに二人、三人と切り伏せていく。
山賊たちは、驚いて、後退った。
マリスがピタッと足を止め、振り向き様に、ビシッと剣を賊たちに向ける。
その顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。
「どうしたの? あたしを襲うんじゃなかったの? このあたしが、あんたたちみたいな汚い不細工・イノシシブタに、そう簡単にやられるはずないでしょ? せめて、イン◯ン直して出直してこい!」
ケインの顔からは、血の気が引いた。
「な、なんて、口汚く罵るんだ! こら、マリス! 女の子のすることじゃないぞー!」
気が付くと、山賊どもは、赤くなったり、青くなったりして、皆、完全に頭に血が上っていた。
ケインの目の前にいる者などは、顔面蒼白であった。
(さては、こいつ、マリスの言ったように◯△X□か!? なんだか、他にも、ちらほら、同じような反応してるヤツらがいる。まったく、不衛生な生活してるから……じゃなーい! 何で俺が、こいつらのことを気に掛けてやらなきゃいけないんだ! 今は、こんなこと、どーでもいい!)
マリスに一番近くにいた男が、怒りで肩をぶるぶる震わせた。
「こ、このアマ、ふざけた口きいてくれるじゃねーか! 見もしないで何がわかる!」
「……だから、あんたらも、そーゆー問題じゃなくて……」と、ケインが仲裁? しようとするが、
「◯△X□野郎!」
マリスが、再び口汚く挑発する。
「てめえ、もう、許せねぇ!」
山賊が束になってマリスにかかっていった!
と、同時に、ケインも、襲いかかってきた賊に対抗することになった。
賊の振り翳した斧を、マリスは、ひらりと避けると、木の枝に飛び乗った。
「高いところに逃げても無駄だぞ! こっちには、ボウガンだってあるんだからな!」
ボウガンや弓矢を持った男たちが、マリス目がけて一斉に矢を放ったが、矢はむなしく空を切っただけだった。
瞬間、マリスは、ボウガンの一人の顔を蹴り倒していた。
そこへ、二〇人あまりの男たちが、一気に押し寄せ、彼女の姿は埋もれてしまった。
一方、ケインは一五人ほどを相手にしていたが、そのうち五人は、既に倒していた。
彼の主義としては、殺しはしない。手足、腹などを攻撃し、戦闘不能にする。
むやみに人命を断つことはない。出来れば、反省して真っ当な道を進んで欲しい、とすら思っていた。
が、そのような輩は、まず、いるはずもなかった。
「その大剣は、俺たちがもらってやるぜ!」
「それさえなければ、貴様なんぞ、簡単に……!」
十人が、じりじりと歩幅を詰めてくる。
「そっか。じゃあ、持ってみるか?」
ケインが、バスター・ブレードを、賊たちに放るが、受け取った男は、その重さに耐えられず、大剣を抱えたまま、地面に尻餅をついた。
他の男も、大剣の柄を掴むが、両手で引きずるのがやっとであった。
「な? おじさんたちには、無理だって、わかっただろ?」
「ならば、これでどうだ!」
賊は、四、五人がかりで剣を抱えて、やっと腰まで持ち上げた。
そこへ、ケインが、バスター・ブレードへ蹴りをくらわせる。
賊たちは、弾き飛ばされた。
素早く、ケインはバスター・ブレードを取り返すと、左手で柄を掴み、慣れた様子で、軽々肩に乗せ、右拳は瞬時に戦えるよう、構えを取った。
その様子からは、剣術と武術を自在に使いこなしているのが、見て取れる。
実力の差は歴然であったが、それでも、賊たちは、まだ彼を若年の戦士と高をくくり、向かって行く。
彼も、今までの旅の道中、賊に出くわすこともあったが、賊に限らず、戦で出会う傭兵の中にも、きちんと武術を学んできたわけではなく、ただがむしゃらに武器を振り回しているだけの者が多々いた。
それでは、モンスターとたいして変わらないと思っていた。
人間相手だから、手加減しているつもりだが、こうもケンカ下手だと、間違って死に追いやってしまうこともーーなどと、思っていると、予感が的中する。
「しまった! 避けろ!」
思わず、行動とは反対のことを、賊に叫ぶ。
左から来た奴を剣で振り払った時、その影に隠れていた者に気付くのが遅く、盾代わりにしていた大剣で、つい勢い余って切り飛ばしてしまったのだった。
男は、勢い良く、ふっ飛んでいった。
「だから、ケンカ慣れしてない奴らは、やりにくいんだ!」
不必要に傷付けたことで、彼の中でも心が傷付く。
いつもそんな気がしていた。
いかに相手を最小限の被害で抑え、戦闘不能にするかが、彼の信念なのであった。
「こいつ、小僧のくせに、結構やるぞ!」
賊の間で、そのような声があちこちで起こる。
ケインは、大剣の峰を、肩に担ぎ、立ち塞がった。
賊たちと違い、息切れなどはしてもいなかった。
「やっとわかったか。こっちは、お前たちのように、自分より弱い奴しか襲わないような、おキラクな稼業じゃないんでね。常に、自分より強い敵とばかり戦ってきたんだ。若くても、お前らとはキャリアが違うんだよ!」
「なんだと!? 生意気な!!」
ケインが、にやっと笑って挑発すると、賊たちは、カッと頭に血が上り、ますますなりふり構わず、剣や斧を振り回すのだった。
「まったく、大人気ないな」
ケインのスタイルは変わらず、大剣は、あくまでも防御で、それを軸に、拳と足蹴りのみで攻撃していた。
彼の方の敵は、大分手薄になってきたので、少しずつ、マリスのいた辺りに詰め寄って行く。
(マリスは大丈夫だろうか。さっき、二〇人くらいに襲いかかられていたけど……)
その時、賊の中に、マリスらしい人影を見付けて、ケインは唖然とした!
ケインの相手であった賊たちも、ピタリと手を止めて、声を上げる。
「なっ、なんだ、ありゃあ!?」
マリスが囲まれていた周辺には、十人の賊が、放射状に倒れていた。
全員、戦闘不能になって蹲っている。
そして、その中心には、次々とマリスにやられた者たちが、今もなお、積み重なっていくのだった。
ある者は剣で切りつけられ、ある者は、ちょっと殴られただけで吹っ飛び、その山に築かれていく。
ケインは、はっとして叫んだ。
「危ない、マリス! 後ろだ!」
彼の警告もむなしく、男の一人が、マリスを背後から、羽交い締めにした!
「へっへっへっ、もうこっちのモンだぜ! よくも、散々俺たちをコケにしてくれたな!! 見てろよ、嬲り殺してくれるわ!!」
ケインは目の前の賊たちを振り切り、マリスへと走った!
羽交い締めにされたマリスには、尚も五人の男たちが、じりじりと迫って行く。
「へっ! 所詮は女だぜ。力では、男にかないっこないか」
「ただでは殺さねぇ。じっくりいたぶってからだ」
マリスに迫る賊たちが、取り囲む。
「マリス!」
「こら、小僧! 待ちやがれ!」
ケインと、彼を追う賊が走り寄ると、マリスが、不適な笑みを浮かべるのがわかった。
「やれやれ、あんたたち、相手の実力が、まーだわかってないようね? このあたしが、あんたたち如きに、簡単に捕まると思って? わざと捕まってあげたに決まってるじゃない」
そう言い終えると同時に、彼女は、身体を前に折り曲げる。
ーーと、羽交い締めしていた男の身体が浮いた!
「な、何ぃ!?」
皆、唖然として、その場に立ち止まった。
「力ってのはね、あればいいってもんじゃないのよ。使い方よ」
マリスは、背中の男を、背負い投げると、すぐに男の足を両手で掴み、周囲の賊目がけて、まるで大剣のように、男を振り回した。
「うわあっ! 何すんじゃあ!」
男たちは、次々と叩き飛ばされていく。それは、とても信じ難い光景であった。
「な、なんだ、あの女!? バケモンか!?」
山賊たちから、声が上がる。
だが、ケインには、彼女の力ーーいや、それが、実は、ある体術であることに、見当が付いた。
マリスの周りにいた賊たちが、殆ど飛ばされてしまったあと、大剣にされた男は放り出され、木にブチ当たって落ちた。
(なんて、むごいことを……)
悪党も人間であるからには情けをかける彼とは、全く逆に、彼女は、完璧に彼らを物のように扱っていたのだった。
もはや、無傷の山賊は、ケインを追って来た五人のみである。
「じょ、冗談じゃねぇぜ! あんな怪力女に潰されてたまっかよ!!」
賊たちは、命あってのモノダネとばかりに、次々と敗走し始めた。
ひゅーん
何かが、賊の頭上を通っていく。
先頭を切って逃げていた賊の男が、腰を抜かし、後に続いていた男たちも、立ち止まった。
彼らの目の前に、いきなり現れた『それ』は、賊の一人であった。
彼らは、一瞬、何が起こったのか、理解できなかった、いや、理解したくなかったのかも知れなかった。
「このあたしから、逃げられるとでも思うの?」
彼らの後ろから、マリスの声がする。
彼女は、放射状に倒れている男たちの中心に積み上げられた、呻き声を上げている負傷者の上に立ち、腕を組んでいた。
その中の一人を掴み取り、逃げようとする賊を足止めするために、ぶん投げたのだ。
「ケイン、そいつらを逃がしちゃだめよ!」
マリスの声が、悪党たちに、残酷に響く。
「ひーっ!!」
山賊たちは、その場に、へたり込んでしまった。
「あんたたち全員には、これから、『最大の屈辱』を味わってもらうわ」
マリスが妖しく微笑んだかと思うと、ひらりと飛び降りた。着地点には、やはり戦闘不能の賊が転がっている。
踏みつけられた賊が叫び声を上げるが、マリスはおかまいなしだった。
「あ……、あんた、一体……何者なんだ……?」
一人が、勇気を持ってーーというより、その言葉が思わず口を突いて出ていた。
「あたしの名前は、ルシール。ただの町娘よ」
「う、うそだっ! そんなはずはねぇ!!」
マリスは、どこまでも、賊たちに不誠実であった。
「マリス、お前って、超ドSだったんだな」
山道を、町に向かって下っている途中、ケインが、苦笑しながら言った。
「そお? 小さな悪を倒しただけよ」
マリスは、にこっと無邪気に笑った。
「あいつらは、金品を強奪したあげくには、平気で人を嬲りものにして、女は犯してきた連中なのよ。殺さないでやったんだから、それだけでも有り難く思ってもらわなくちゃ」
「でも、あいつら、あんな屈辱を受けるくらいなら、死んだ方がマシだと思ったんじゃないかなぁ」
「だからこそ、『最大の屈辱』なのよ」
ケインとマリスは、顔を見合わせて、笑った。
「ど、どうか、命だけは、お助けを……!!」
五人の賊は、口々に、祈るように訴えていた。
「あんたたちは、そうやって命乞いをしている無抵抗の人間を、何十人、何百人、その手で殺めてきたのよ? 自分だけは許してもらおうなんて、ムシが良すぎるんじゃないの?」
マリスは腰に手を当て、彼らを軽蔑の眼差しで、思い切り見下していた。
「反省してるんでしょーね?」
「も、もちろんです! もう、いたしません!」
(調子のいいこと言ってるけど、こーゆー時って必ず、『ははは! バカめ!』とか言いながら、躍りかかってくるヤツが、大抵一人はいるもんだがーーどうやら、そんな殊勝気なヤツは、この中にはいないらしいな。かと言って、全員が、本当に反省してるとも思えないが)
ケインは、彼らとマリスとのやり取りを、静観していた。
「よろしい! では、あんたたちは助けてあげる!」
「えっ? そんな簡単に許しちゃうの?」
拍子抜けしたのはケインだけではなく、賊たちも呆気に取られ、口を半開きにして彼女を見上げていた。
「ただし、その証拠を見せてもらってからよ」
そう言ってから、彼女のさせたことは、転がっている山賊全員を、素っ裸にし、一人ずつをロープで縛り、木の上から吊るすという作業だった!
「冗談じゃねぇ! 何で、俺たちがそんなことを……!」
五人のうちの一人が、反抗的な目でマリスを睨んだ。
(あ、やっぱし、反省してない。まあ、確かに、反省してたとしても、そんなことするの、嫌だよな……)
と、ケインも納得した時、
しゅっ!
風を切る音がしたと同時に、マリスがマスター・ソードを横振りしていた。
触れてはいないはずのその男の頬からは、赤い一本の線が横に走り、血が滲み出た。
「あんたも吊るされたいの? いいのよ、あたしが吊るしてあげても」
冷ややかな目で、マリスが言い放った。
「その代わり、ただ吊るされてるだけじゃ済まなくなるのよ。わかる? あんたのケツの穴に、こいつをぶち込んでやるんだから!」
「わーっ! まだそんなことを言うか!? 俺のマスター・ソードを、そんなふうに使うなー!!」
賊より早かったケインの反応に、マリスは、けろっとした顔で応える。
「あら、大丈夫よー。後で、こいつらに、綺麗に拭かせるから。これが、ホントの『尻拭い』ってヤツよ。ほーほほほ!」
笑う者は、誰もいなかった。
ということで、五人の賊たちは、自分の仲間を木に吊るし上げることに、専念しなければならなくなったのだった。
「ちょっとー、夕方から人と待ち合わせてんだからねー。早くしてくんない?」
マリスが、マスター・ソードを、ぶんぶん振り回して、催促する。
「は、はい、ただ今!」
「てめえら! 裏切るのか!?」
「やめねぇか、バカ野郎!」
五人は、苦し気な声を上げる仲間を、彼らに罵倒されながらも、急いで吊るし上げにかかっていた。まだ転がっている賊も、彼らとマリスを恨めし気に見つめている。
彼らにとって、それは、確かに屈辱であった。
全員を吊るし終えた後、マリスが更なる指令を与える。『用意しておいた太い木の枝で、吊るした者の尻を、思い切り叩いて回れ』ということだった。
「何てこと思いつくんだ!! このアマ!!」
「この野郎! ふざけやがって!!」
吊るされた賊たちは、口々にマリスに罵詈雑言を浴びせていたが、マリスは、両手を腰に当てたまま、彼らを振り返りもしなかった。
「も、もういいじゃないっすか、そんなバカなこと、わざわざさせなくたって……」
「そうだぜ。あんたには、情けってもんがないのか!?」
五人が、それぞれに、怯える目で、訴える。
(これって、やる方も、やられる方も、確かにバカだよな。思いつくヤツが、一番とんでもないが……)
ケインも見守る中、
「情け? な・さ・け~? なによ、それ?」
無慈悲な言葉が返され、五人は一気にうなだれた。
「こいつらは、悪者よ! 尻くらい叩かれて、とーぜんじゃないの! あんたたち、反省したんなら出来るはずよ! さあ! 今こそ、正義のために、こいつらの尻を、思いっきりひっぱたくのよ!」
彼女の言うことは、皆には常に不可解であった。
務めを果たしたその五人を、マリスは約束通り、逃がしてやった。
吊るされた中には、なんとか脱出する者もいるかも知れない。
逃げた五人は、常に生き残った元仲間に、追われる宿命となるのだった。