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Dragon Sword Saga1『旅の仲間(前編)』   作者: かがみ透
第Ⅱ話 野盗と剣と武遊浮術
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身支度(みじたく)

 モルデラを後にしたマリス一行は、隣町タルムに来ていた。

 山を下れば、アストーレ王国の領土は、もうすぐそこだった。

 マドラス(マリス)は、昨日とは違う兜を被り、一行とクレアを伴って、祭司長と村長を訪れ、魔獣を退治した報告をし、その見返りに、大金を巻き上げた。


 クレアはマドラスと同行したいことを告げ、マドラスも、「放っておけば、いずれ魔獣の餌食になっていたであろう。魔獣騒動の最後の犠牲者と思って、諦めてくれ」と、有無を言わさず、クレアを連れて来たのだった。


 マリスとしては、本当は、クレアを連れて行くつもりはなかったのだが、ヴァルドリューズの勧めで、白魔法の使い手もいた方が良いと説得(一言ではあったが)されたのだった。


「それにしても、うまくいったよなぁ」


 カイルがニヤニヤと思い出に浸っていた。


「若い乙女の命を、毎年魔獣なんかに捧げて平気でいた村よ。犠牲になったものを思えば、あれくらいお安いもんだわ。ま、向こうも、魔獣なんかに、すんなり生け贄捧げちゃうくらいだから、お金もすんなり出してくれたけどね」


 マリスも、当然のように笑った。


「ああ、あの村は、精気どころか金までも吸い取られて、今後どうなるんだろうなぁ。良かったな、クレア! 俺たちと一緒に来て正解だったよな!」


 有頂天のカイルとは対照的に、クレアは、複雑な表情だった。


「巫女仲間を置いて来たこと、まだ気にしてるのか?」


 ケインが、気遣うように、クレアを見た。


 懸命に説得しても、巫女たちは、どうしていいかわからず、ただただ祭司長と彼女とを見比べているばかりだった。

 それは、魔獣を退治する、または追い出すべきだと、クレアが強く主張した時と、同じ反応であった。


 同じ志を持つ者を救いたい一心で、クレアは精一杯訴えてきたのだが、誰も応じようとはしなかった。


「なぜ、皆、わかってくれないの? この先どうなるか、少し考えればわかることなのに」


 もどかしさとはがゆさは、そのうち落胆へと変わっていった。

 説得しても無駄なことは、二人の傭兵には、既に目に見えていた。

 マドラスも、終始冷ややかな表情で、見守っていた。


「ええ、でも、彼女たちは、あのまま残っていた方が、安心なのだとわかったから」


 空しいやり取りを思い出し、力なく、クレアは、ケインに笑ってみせた。

 そこへ、マリスが言い放つ。


「だいたいねー、あんな風に、皆、無気力だから、魔につけ込まれるのよ。同情の余地もないわね」


「お、おい、そんな言い方……!」


「だけど、あなたは、ずっと、なんとかしたかったのよね、クレア? あの人たちは、何も手を打たない、行動しない、ただ祈るだけで、時が経てばどうにかなるとでも思っているような。神頼みという、ただの現実逃避の中にいて、安心していたいんだわ。


 でも、それじゃあ、何も解決出来ない。何も生み出さない。衰退していくだけよ。あなたは、そんな破滅の道に見切りをつけて、未知の世界に、勇気ある一歩を踏み出したんだから、きっと、今後も正しい選択をして行けるって、あたしは思うわ」


「マリス……」


 ウィンクしたマリスに、クレアは恥ずかしそうに、だが嬉しそうに微笑み返した。


「それにしてもさぁ、クレア、本当に、ヴァルに黒魔法習うのかよ? 巫女辞めちゃって、魔道士見習いになるなんて、随分思い切ったよなぁ」


 カイルは、どこか残念そうな声であった。


「いいの、私、変わりたいから。自分の信じてきたものに、幻滅したの。今までは、そういうものだと擦り込まれてきたけど、違ったって、はっきりわかったんだもの。今までと違うことをやってみるわ。そして、マリスの役に立ちたいの」


 クレアは、服装こそは巫女のままであったが、清々しい笑顔で、はっきりとした口調で言ったのだった。


「応援するよ。俺、クレアに護身術を教えるよ。後で、剣も買おう」


 ケインが言うと、カイルが割り込んだ。


「俺だって、そのくらい教えられるぜ」


 といって、クレアの手を握るが、クレアは、さりげなくその手を振りほどき、「ケインに教わるから、大丈夫」と、清々しい笑顔で、はっきりと言った。


 マリスが、吹き出す。


「残念だったわね、カイルくん。だけど、女だったら、皆、そうすると思うわよ。あたしも、後で、ケインとちょっとお手合わせしたいと思ってるし」


 マリスがケインにウィンクする。ケインは、目を丸くした。


「お、俺と? きみの方が強いのに?」


「そうとも限らないかもよ?」


 紫の瞳が、いたずらっぽく輝く。

 ケインは、またもや内心動揺していた。

 彼は、未だに、珍しい紫色の瞳には慣れないでいた。どうも、あの神秘的な瞳を目の当たりにすると、逃れられない気がするのだった。


「なんだよ、ケインばっか」


 カイルが口を尖らせる。


「なんなら、変わろうか?」

「いやいや、マリスとの手合わせなら、遠慮しとくよ」

「だろ?」


 ケインは恨めしそうに、ヘラヘラしているカイルを見る。


 そのカイルが掴んだ情報が、もう一つ。

 ここ数年で、急速に勢力を拡大している、中原の国の一つアストーレ王国では、よその国からふらりと現れた男に、国王がひどく入れ込み、男は、とうとう参謀にまで登り詰めていた。


 王国の急な成長は、この参謀の力が大きい。

 だが、その頃から、王国の外れの北の森には、モンスターが棲み付くつくようになったという。


「下等のモンスターなら、自然の森にはもともと潜んでいるもの。中級以上のモンスターは、誰かが呼び出したりしない限り、人間界には、そう湧いて出るもんじゃないわ。カイル、その情報くれた宮仕(みやづか)えの女の子、参謀の姿は見たことあるのかしら?」


 というマリスの質問に、カイルは「もちろん!」とばかりに笑ってみせた。


「そいつは、何の変哲もない格好をしていたため、宮廷内でもあまり目立ってはいなかったというんだが、参謀になった時、王から、ある宝石をプレゼントされたらしい」


 そこで一旦言葉を区切り、皆の顔を見回した。


「それは、真っ赤な宝石(いし)だったらしいぜ。それ以来、ヤツは、そいつをここにくっつけてるって話だ」


 と、カイルは、自分の額に指を当てた。


「ヴァル、ちょうど、あんたみたいにな」


「……ま、まさか、魔道士なのでは……?」


 クレアが、カイルと、無表情なヴァルドリューズとを見比べた。


「『カシスルビー』を額に……。あれは、主人と従者の契約の証で、魔力によって付いているもの。その男、魔道士ね」


 マリスが、冷静に言った。


「魔道が盛んな国では、魔道士の参謀は珍しくはないわ。あたしのいたベアトリクスでも、ヴァルの出身国ラータン・マオでも、多くの宮廷魔道士を抱えているわ。でも、アストーレでは、そんなに魔道は盛んではないと聞いてたけど?」


「そうそう。だから、周りには、得体の知れない者扱いで、最初のうちは、あんまり受け入れられなかったみたいだぜ」


 マリスは、何か考えこむように、黙っていた。


「森に増えたモンスターっていうのも、そいつの影響かな?」


 誰にともなく、ケインが呟いた。


「そいつが呼んだかどうかは、まだわかんないけど、どんな形であれ、いずれは、そいつにも関わってくるでしょうね。魔道も、魔界と、多いに関わりがあるものだから……」


 皆、彼女の次の言葉を待った。

 心が決まったマリスが、ふっと顔を上げた。


「行きましょ、アストーレ王国城下町、アトレ・シティーへ」


「よし、アストーレ王国の怪し気な参謀を調べ上げ、魔物を呼び出した張本人であれば、倒すわけだな?」


 そう意気込んだケインに、マリスは、きょとんとした顔を向けた。


「それは、単なるついでよ。調べてみて、モンスターと参謀が関係ないとわかったら、あたしは、あの国に関わるつもりはないわ」


「え……? アストーレに魔物を退治しに行くんじゃないのか?」


 意表をつかれたケインに、マリスは、拳を振り上げて、元気よく答えた。


「あたしがアストーレに行く一番の目的は、腕のいい鍛冶屋に会うことよ!」


「はあ!? 何だそれ?」


 ケインが気がつくと、クレアは、わけがわからずおろおろしていて、カイルは、腰かけていた岩で、干し肉をおやつ代わりに楽しそうに頬張り、ヴァルドリューズは聞いているのかいないのか、はなから関心がないようで、そっぽを向いていた。


「……なあ、マリス、旅の目的は悪者・魔物退治なんじゃないのか?」

「もちろん、そうよ。だけど、その前に、やらなくちゃいけないこともあるの」

「それが、……鍛冶屋に行くことなのか?」

「そう!」


 それを受けて、口を利く者は、いなかった。


「せっかく、まとまったお金が入ったことだし、まず、あたしの甲冑を作り替えたいのよ」


「あの銀色の甲冑を?」


「そう。あんな物で戦ってたら、目立ってしょうがないじゃない? この一年間、ずっと防具屋で探してたんだけど、これ以上の代物には出会えなかったし。だから、いっそのこと、作り替えた方が早いと思って。カイルの情報でも、アストーレの山には、腕のいい鍛冶屋がいるって話だったでしょ? クレアの剣も、そこで作ってもらえばいいわ」


 マリスが、普段着の時の簡単な防具が欲しいというので、ケインが付き添い、ヴァルドリューズとクレアは図書館で地図と魔法書を調べに行き、カイルは一人気ままに出歩くというので、一行は、夕刻、酒場で待ち合わせることにした。


 マリスは、町娘の服装から、茶色の革のチュニックと、ロングブーツに着替え、髪を高い位置で結び、少年のような出で立ちになった。


「ただの町娘が、防具欲しいなんておかしいでしょう? こういう場合は、男装に限るのよ。どう?」


「うん、なかなか似合うよ。ホントに男みたいだよ」


 言ってしまってから、ケインは、はっとなった。実は、すごく失礼なことを言ってしまったのでは? と慌てる。


「あたしは、オトコ顔だからね」


 マリスは、別段、気を悪くしたようでもなく、さらっと笑っていた。

 ケインには、さっきまでの町娘の格好よりも、少年服の方が、彼女には似合って見えた。

 それは、マリスの中性的な雰囲気と、よく合っていた。

 その服装の方が、彼も、怖じ気付くことなく、まるで本当の男同士のように、気軽に彼女と話せた。


「見てみろよ、ケイン。これなんか、ゴーラ亀の甲羅(こうら)で出来てるぜ」


 防具屋では、マリスが男言葉で、ケインに黒い胸甲冑(ブレスト・プレート)を見せる。


「こっちの肩当て(ショルダー・ガード)も、軽くて丈夫そうだし、いっぱいあって、迷っちゃうなー!」


 彼女がウキウキしているのは、何も演技ばかりではなさそうだった。

 職業柄か、武器や防具などを見ていると、楽しくなってしまうのは、ケインにも通じるところがあった。

 店を出てから、黒い革のリストバンドと、レザー・ナックル、肩当て、肘当てなどが、彼女の出で立ちに、新たに加わっていた。


 帰り道では、他愛もない話の最中でも、マリスは気を抜いていないのが、ケインにもわかる。

 もちろん、彼も何気なさを装ってはいても、辺りを伺っていた。


 まだ真昼である。

 魔物が出現するには早過ぎる。


 ヴァルドリューズたちとの待ち合わせは夕刻、町中の酒場であるのだが、マリスは、山の人気(ひとけ)のない方へと歩いて行く。

 まるで、何かを探しているかのように。


 間もなく、一筋の煙が見えた。

 マリスの表情が、微妙に変わった。

 どうやら、探していたものが見つかったらしいが……。


 マリスとケインは、山賊たちが寛いでいるところに、出くわしたのだった!


 山賊たちは、ざっと三〇人。

 茶褐色の皮膚に、ほとんど全員が頭を剃っていた。上半身裸の上に、黒い革の太いバンドを巻き付けた程度の、その地域では、典型的な山賊スタイルであった。


 商人から強奪したであろう、宝石の連なった首飾りをしているものもいる。

 大柄で、目つきの悪い者ばかりであった。そのような山賊たちが、道の両側を挟んで座っている中、マリスは躊躇(ちゅうちょ)することなく平然と突き進み、その隣のケインも、油断のない目で見渡しながら、進む。


「おっ? 傭兵の若造だぜ」

「へっ! こんな小僧どもに、国を預ける奴らの気が知れねえぜ!」


 二人に、野次が飛ぶ。


「おい見ろよ。良く見たら、なかなか美少年じゃねぇか。あれなら、俺がお相手してやってもいいな」

「そうだな。ここんとこ、女っ気のねぇとこばっか、襲ってたもんな」


 聞こえよがしの山賊の話に、ケインは、マリスの顔を盗み見たが、相変わらず毅然(きぜん)としている。


「よお。あんちゃんたち、どこ行くんだい?」


 賊の一人が、酒の入った木の器を持って、よろよろと歩み寄ってきた。

 が、マリスは、無視した。


「おいおい、そんな綺麗なカオしてると、俺たちのようなゴロツキは相手にしてくんねぇってのかい?」


「けっ、小僧が! お高く止まりやがって!」


 マリスは、ちらっと男を見やった。口元には、嘲笑(ちょうしょう)の色が浮かぶ。


「おっ? 何だぁ? こいつ、俺たちのこと、バカにしてんじゃねぇか?」


 そう言った賊の一人は、大きな段平を手に持ち、頭を刈った、大柄の太った男だった。

 目、鼻、口などのパーツを、全部真ん中に寄せ集めた顔をしている。

 おまけに、眉が困ったように下がっているので、盗賊としての迫力は皆無であった。


「ぷあははははは……!」


 マリスが、いきなり吹き出し、腹を抱えて笑い出した。


「バ、バカ! 俺だっておかしかったのを必死にこらえてたんだぞ! それを……じゃなかった! おいおい、こんな場面で、そりゃマズいんじゃないか!?」


 ケインが横で忠告するが、なおも笑い止まないマリスに向かって、その賊は、顔を真っ赤にして、喚き散らした。


「こ、この小僧! 何がおかしい!? バカにしやがって!!」


 男が、段平を勢い良く振り下ろした!


 ガキッ! 


 ケインが、いつの間にか布を解いたバスター・ブレードで、マリスに向かう剣を受け止めていた。


「なっ、なんだ、あの剣は……!?」

「バケモンかよ」


 山賊たちは、どよめいた。

 たいていの者は、バスター・ブレードを見ただけで、恐れおののく。

 それも、彼の狙いではあった。無駄な争いは、避けるに越したことはないのだから。


「俺たちは、ただ、ここを通りたいだけだ。黙って通してくれないか?」


 男の禿げた頭に、盛り上がった血管がピクピク脈打っている。


「ふざけんな! 誰が、おとなしく通してなんかやるもんか!」


 どうせ、そのような返答だろうと、ケインはわかっていた。

 途端に、山賊たちに囲まれる。


(どうやら、三〇人どころじゃなかったようだな……)

 ケインが、目だけで賊の数を数えていると、


「きゃあ! こわい! ケイン、助けて!」


 突然、マリスがケインにしがみついてきたのだった。


 その場にいた全員が、驚く。

 ケインだけは、違う理由で驚いていたのだが。


「き、貴様、女だったのか!?」

「そんなナリしてるから、てっきり男だと……」


 賊たちは、ざわめいていたが、次第に、彼らの目は、ギラギラと光り始めた。


「ここを通りたきゃ、通っていいぜ。もっとも、それが出来ればの話だがな」


 片目に眼帯をしている男が、薄気味悪い笑いを浮かべて、剣を構えた。それを合図に、他の賊たちもそれぞれ武器を取り出す。


(マリスのヤツ、どういうつもりだ? わざわざ女だってバラさなくても……。奴らの闘志に火をつけちまったじゃないか!)


 このような腕自慢の山賊たちは、村を遅い、落とした村の人々を平気で(なぶ)りものにする。特に、女は辛い目に遭わされていた。散々犯された上に、最後は切り刻まれてしまう。

 軍隊にいたというマリスが、それを知らないはずはないだろう。


 今の彼女は昨日のように甲冑を着ているわけでもなく、身に付けているのは、たいした防具ではない。

 その上、ヴァルドリューズもいなければ、獣神を召喚することも出来ない。


(ああ、せめて、防具屋にいた時みたいに、『男』でいてくれれば……! まあ、こいつらは、それでも構わないみたいだったけど……)


 彼らの矛先は、ほとんどマリスに向けられていた。

 その彼女は、まだケインの胸にしがみついたままだった。


(まさか、俺一人でこいつらと戦えと……?)


 ケインは顔を引き締め、バスター・ブレードを構えた。


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