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Dragon Sword Saga1『旅の仲間(前編)』   作者: かがみ透
第Ⅴ話 アストーレ城の陰謀1
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魔法剣

「何ということだ……!」


 アストーレ王アトレキアが、強張(こわば)った顔で、思わず呟いた。


 王女のお茶会が開かれていたプチ・サロンとは、一変して空気の違う軍の作戦会議室に、朝食会の時とほぼ同じメンバーが集結していた。


 昨日の誘拐未遂で監禁していた男たちが、尋問はこれからという時に、二人とも脱走していたという。


「結局、昨日の事件は、何者の仕業かわからず仕舞いですな」


 そんな声も、ちらほら上がる。


「これは、内通者がいるに違いませんな。牢の場所を知り、脱走の手引きをするなど、外国の方々に、出来るわけはありませんからな」


 例の公爵の一人が、ちらっと参謀を見る。


「そう言えば、おぬしは朝食会の時、遅れていらしたな」


 もう一人の公爵も、不審な目付きで、じろじろと参謀を見た。


「どのような意味でしょうか?」


 参謀ダミアスは、無表情で問い返す。


「つまり、あの時、どこかに寄っていたから、朝食会に遅れたのではいか、ということですよ。参謀殿のいうことならば、牢番も聞くかも存じませんからなぁ」


「それに、魔道士ならば、どこでも自在に現れることが出来ますものなぁ。今回の王女殿下誘拐事件は、実は、貴公も一枚かんでいる……などということでなければ、いいのですが」


 二人の公爵は、したり顔で参謀を見ている。一方、参謀の方は、相変わらず、表情はないままだ。


「そなたたち、何を言っとる。ダミアスが、そのようなことをするわけがなかろう! 余は、内部のものの仕業などとは、思っておらん! といって、訪問中の外国の方を疑うのは微妙なところ。ダルシウム候、この件は、そなたに任せる。親衛隊の中から人員を選りすぐり、即刻事件解明に当たってくれ。諸外国の方に気付かれぬよう、くれぐれも、内密にだぞ。彼らは客人だ。不愉快な思いは、させてはならん」


「仰せつかりました」


 王の言葉に、将軍は深々と頭を下げた。




 事件解明を命じられたメンバーの中には、ケインとカイルも入っていた。

 親衛隊の上官たちでは、接見の時に室内の警備を担当していたり、顔が知られたりしているため、手の空いている者で、比較的動き易い者たちが選ばれたのだった。

 総動員数は十人。

 滞在する一カ国につき、二人の計算になっている。


 ケインの担当は、近隣の一つ、ガストー公国だった。

 カイルは、南海の貿易国ライミアで、朝食に出たゴールド・グルクンツナの産地である。


 まずは、さりげなく見張り、調書を取り、報告するというものだ。

 ケインは、さっそく、ガストーの王子と特使のいる室に向かった。


「僕には無理だって、爺や」


「そんな弱腰でどういたしますか」


「だってさ、他の国、見ただろ? マスカーナ、デロス、クリミアムに、貿易国のライミアまで来ちゃってるんだよ? うちが、一番小さい国じゃないか。ライミアなんか、珍しい国魚なんかをお土産に差し出しちゃうしさ。南方の貿易国と手を結んだ方が、こちらさんだってお得だと思ってるんじゃないの?」


「ですが、私のお見受けした限りでは、公子様ほどのお美しい方は、いらっしゃらなかったように存じます。ですから、何も得ない国であるからこそ、公子様のその魅力で、王女殿下に見初めて頂くのです。昨夜のダンスで、一番にお声をおかけして踊られたのは、タリス様なのですから、きっと、姫様の印象もお強かったに違いありません。接見の時に、それとなく、この爺が、王にお尋ねしてみます故に……」


「ふーん……。でも、あの子に色仕掛けなんて、通用するのかなぁ。な~んか、幼そうだったけれど」


「これ、(ボン)! お口を慎みなされ!」


「だって、僕は、従姉妹のタリアと将来を誓ってるんだよ? それなのに、お父様は、アストーレと仲良くしたいからって……!」


 そこで、特使が、ノックの音に気付き、扉を開くと、小姓の格好をしたケインが、酒の入った壺を持って来たところであった。


 彼は、公子とその側近の老人の杯に、王族の飲むカシス酒を注いだ。


 その際、ケインは、一瞬で観察した。

 ガストー公国公子タリスは、セミロングの金髪に、青い瞳の、端正な顔立ちで、なかなかの美青年である。爺やと呼ばれていた参謀のこの白髪頭の老人が、お守役であるのだろう、と。


 他にも、お付きの者が数人いたが、特に変わったところもなく、魔道士らしき人物も見受けられなかった。


 全員分の酒を注ぎ終わると、彼は部屋から出て行った。


 皆のもち寄った情報によると、魔道士を連れて訪問してきた国は、マスカーナ王国と、デロス王国のみだった。


 ケインとカイルは、もう片方の見張りと交代して、自由時間となった。

 カッコいい仕事だと張り切っていたケインには、少々物足りなく、残念だったが。


 町の酒場には、ヴァルドリューズとクレアが、既に来ていた。そこへ、彼ら二人が加わる。


「貿易国ライミアの特使は、結構やり手っぽかったぜ。ここのところ、国交を盛んにしてきてるみたいだし、今回集まった中では、一番遠方だ。あんなところからの訪問の知らせは、アストーレにとっても、願ったりってところだったんじゃねーのかなぁ」


 言いながら、カイルが、木の実酒を、ぐいっと(あお)った。


「お互いに、国交を望んでいるのであれば、アストーレの姫を(めと)ったり、小細工なんかしなくても、アストーレとの友好関係は持てるよな。……てことは、ライミアは、今回の騒ぎには関係なさそうだな」


 ケインは、木の実酒を、木の器に注いだ。


「ケインの方のガストーは、どうだった?」


「あそこも関係なさそうだったよ。アストーレとお近付きになりたくても、大して特徴のない国みたいだし、公子の容姿やダンスの上手さが頼りらしいが、公子本人は気が乗らなそうで、周りが、(あお)ってるだけみたいだったな」


 ケインは、隣に座っているヴァルドリューズに向いた。


「魔道士が同行している国は、マスカーナとデロスの二国だそうだ。どのくらいの能力を持つ奴等なのかは、まだわからないけどな」


 ヴァルドリューズは、木の実酒の入った器をじっと見ていた。


「マスカーナもデロスも、魔道がそれほど盛んというわけではないみたい。魔道士は、代々参謀になっているけど、まじないや占いが少々出来るという程度のもので、どちらかというと、豊富な知識が売りの、学者のような役割らしいわ」


 クレアが代わりに答えていた。彼女は、ケインたちが城で警備に当たっている間に、調べものをしたり、合間を縫ってヴァルドリューズに魔法を習ったりしているのだった。


「そう言えば、またミュミュがいないな」


 ケインが、きょろきょろ辺りを見回した。


「先ほどから、姿が見えない」


 ヴァルドリューズが、表情のない声で言った。


「どーせ、どっかで遊んでるんだろ。あ~あ、マリスもどこに行っちゃったのかわかんないし、俺たち、いつまでこんなことしてりゃあ、いいんだかなー」


 カイルが伸びをした。


「あ、そーだ、ケイン。お前、俺の剣、ちゃんと探しといてくれよ。忘れてないだろーな?」


「なんだよ、今は、それどころじゃないだろ? 事件が片付いたら探してやるよ」


「なんだ、その面倒臭そうな態度は! あれはなあ、俺にとって大事な剣なんだぞ、わかってるのか!?」


 カイルが絡む。


「わかってるって」


「いーや! お前は何もわかっちゃいない! あの剣が、どれほど大事なものか」


 カイルは、木の実酒を追加で頼んでから、続けた。


「俺が、まだ幼かった頃、町の骨董品屋(こっとうひんや)のばあちゃんが、俺に見せてくれたのが最初だった。売り物じゃなくて、ばあちゃんが旅の人から譲り受けたものだった。鞘や柄に、綺麗な宝飾品が(ちりば)めてあったろ? ばあちゃんが言うには、一流の細工師の手が施されているんだそうだ。それだけで、一級の値打ちのあるものだった。旅の人は言った、『この剣は、持ち主を災いから守ってくれるのだ』と……」


 静かに聞き入っている皆を、カイルは満足そうに見渡すと、話を続けた。


「旅人の話だと、自分は、ある国の末裔(まつえい)で、昔、大量のモンスターたちが一斉に城を襲い、人々との死闘の果てに、その国は滅びてしまったのだそうだ。気が付くと、まだ幼かった彼だけがひとり生き残った。そして、手には、知らず知らずのうちに、その剣が握られていて、彼の周りには、モンスター達の残骸が転がっていた。彼には、まったく身に覚えがなく、恐ろしくなって、その場から逃げ出した。だが、剣は、しばらく彼の手からは、離れなかったんだと」


 カイルは、木の実酒を啜った。


「ヴァルス帝国」


 ヴァルドリューズが、重々しく口を開いた。皆、一斉に彼に注目する。


「突然のモンスターの襲撃に、三日にして滅ぼされてしまったというヴァルス帝国。その数年後、魔物ハンターと呼ばれるひとりの剣士が、各国を巡り、魔物に悩まされていた国々を救って歩いた、という言い伝えを、以前、耳にしたことがある」


 カイルが、ヴァルドリューズを見て、にやっと笑った。


「さすが、よく知ってるじゃねーか。その旅人は、まさに、ヴァルス帝国第四王子、フィリウスだったのさ」


「ふーん、じゃあ、あれは、王家に伝わる剣だったのか」と、ケイン。


「そうでもないらしいんだが……。なんでも、時の王様が、珍しもの好きで、どこかの貿易商が持ってきたのを気に入っちまって、高値で買い取って、王室にずっと飾っておいたんだってさ。まさか魔法剣だとは、まったく知らずに」


「それで、その王子様は、そんな大切な剣を、どうして人に譲ってしまったの? その剣で、モンスターを退治してまわっていたんでしょう?」


 クレアが、カイルに尋ねる。


「病で行き倒れになっていたところを、偶然、骨董品屋のばあちゃんが助けたんだと。その頃には、もう大分年も取ってたみたいだし、無敵の剣士も、老いには勝てなかったんだろう。親切にしてくれたばあちゃんに、お礼にくれたんだってさ」


「そうか。そして、今度は、その骨董品屋のおばあさんが、魔物ハンターとなって、活躍したってわけか」


「あるか、そんなこと!」


 ケインの、お茶目なつもりのボケに、カイルは即座に突っ込んだ。


「魔物ハンターとなって、いくつもの国を救ったフィリウス王子や、親切な骨董品屋のおばあさん。それに続いたのが、よりによって、あなたのようなチャランポランな人だったなんて、……フィリウス王子も、さぞ、報われない思いでいることでしょうね」


 クレアが、美しい顔でずけずけと言い、遠くを見つめて、祈りの言葉を呟いた。

 ケインも、側で大きくうなずく。


「だーっ! なんだよ、2人してグルになりやがって! お前ら、デキてんじゃねーの!?」


 カイルが喚いた。


「なんて下品な……! あなたって、すぐにそういう方に結びつけるんだから。まったく、信じられないわ!」


 案の定、クレアが怒り出した。


「……って、俺が、あの剣に執着するのは、何もそれだけじゃないんだ」


 急に、カイルは真顔になり、静かに話し出した。


「知っての通り、あの魔法剣の霊気は、人体には無効だ。人相手の戦場では、普通の剣として戦ってきた。だが、戦況が不利な時、そいつを抱えて眠り込んでいると、胸騒ぎがして、ふと目が覚めた。なんだか、よくないことが起きるような、妙に落ち着かない気持ちになって、俺は、軍のテントを抜け出した。森の中には、モンスターが潜んでいることは承知だったが、なぜだか、そこが安全な場所だという気がして、入っていったんだ。


 しばらくすると、いきなり、ひゅんひゅん音がし、振り向くと、俺が今までいた陣地に敵軍の火矢が降り注ぐのが見えた。次々と、テントが燃え上がり、逃げ惑う兵士たちの悲鳴が、俺にまで届いてくるようだった。敵の奇襲攻撃を受けて、俺のいた軍は、ほぼ全滅だったらしい。


 こんなことは、一度や二度じゃなかった。もともと悪運の強いところはあったが、危険を察知して逃げるような、俺にそんな特殊能力はない。だから、そういうことが何度か続くうちに、フィリウス王子の言葉、『災いから守ってくれる剣』ということを思い出し、日増しに実感していくようになったのさ」


 彼は、追加で注文した木の実酒もなくなると、今度は、ミシアの実をかじり始めた。


「そんなわけで、あの剣は、俺のお守り代わりみたいなモンだったんだよ。だから、ケイン、絶対、取り戻してくれよな」


「あ、そうつながるわけね」


 ケインは、苦笑いをした。


「そうだ、ヴァル、あの剣持っていったのは、どうも魔道士らしいんだ。空間を渡る術、あんたも使えんだろ? なあ、ケインだけじゃ頼りないから、協力してくれよ」


 カイルがヴァルドリューズを、希望に満ちた目で見る。


「悪いが、その件に関しては、協力出来兼ねる」


 ヴァルドリューズは、感情のない声で答えた。それには、一同、意外であった。


「ええっ!? な、なんでだよ!」


 カイルが、血相を抱えて、ヴァルドリューズの顔をのぞきこんだ。


「魔道士同士は、戦ってはならぬと、魔道士協定で決められている」


 カイルは、髪をかきむしった。


「お前さあ、型破りな魔道士なんじゃなかったのかよ? 『サンダガー』呼び出すなんて禁呪使ってるくらいなんだから、このくらい、いいじゃないか!」


「心配せずとも、あの剣は、必ず、お前のもとへ、戻ってくるだろう」


「なんだよ、気休め言いやがって!」


 カイルが突っかかっていっても、それ以上、ヴァルドリューズは喋らなかった。


「まあ、なによ! 自分の剣じゃないの。人を当てになんかしないで、自分でお探しなさいよ!」


 クレアが目の端をつり上げて、カイルに抗議した。


「けっ、まったく、友達甲斐のないやつらだぜ。ケイン、お前はちゃんと協力しろよ。絶対だからな!」


 ケインは、仕方のなさそうに頷いた。




 正規軍の宿舎に戻り、時間のあったケインは、庭で素振りの練習をしていた。

 カイルは、ベッドメイキングに来たメイドの女の子をからかっていて、既に調子の良さは取り戻しているようである。


「ランドール、アズウェル、召集だ!」


 親衛隊のひとりに呼ばれ、またしても彼らはさきほどの会議室へと連れて行かれた。


「どういうことだ、ダルシウム! 姫の衣装室にこのようなものがあったとは……! 早く事件を解決致せ!」


 アトレキア王は、イライラした口調であった。ダルシウム将軍は、頭を下げたままだ。


 こともあろうに、王女の衣装室に、王女誘拐を(ほの)めかす脅迫状があったと、後から駆けつけたケイン達にも、説明があった。


「姫もすっかり怯えてしまっておる。そなた、特使の見張りにだけ気を取られるのではなく、姫の護衛をいつもの倍に増やすのだ!」


 王が、つかつかと、室内を落ち着きなく歩き回っている。


「し、しかし、おそれながら、衣装室や浴室などまでは……、ご存知の通り、隊には男の者しかおりませんので……」


 将軍は、王の顔色を伺いながら、おそるおそる切り出した。


「では、女官の人数も増やせ! ええい、腕の立つ女官は、いないのか!?」


「そ、そのような女官などは、聞いたことが……」


 カッカしている王に、八つ当たりのように管轄外のことまで押し付けられ、将軍は、すっかり困り果てていた。


「おや、これは……! インカの香の匂いが、微かにいたしますな」


 それまで、脅迫状を眺めていた公爵が、そう言って、将軍に渡す。

 ダルシウム将軍も、匂いを嗅ぐ。


「確かに、何かの香のような香りが……」


「インカの香とは、魔道士が瞑想する時などに使う、お香ではなかったですかな?」


「おお、そうでしたな。なんでも、精神の集中を手助けし、修行の効率をはかるのだと、聞いたことがありますぞ。そういえば、参謀殿は、またいらっしゃらないようで」


 公爵の二人は、寄り集まって、口々に、そうだそうだと言い合っていた。


「そなたたちは、まだダミアスを疑うのか!?」


 王は、一層目をつり上げた。


「陛下、ダミアス殿のお部屋を訪問してみれば、おわかりになることですよ」


 公爵のひとりが、さっさと室を出て行き、手招きをする。

 ぞろぞろと人々が移動するその後に、ケイン達も続いていった。


 参謀の書斎に着くと、公爵が扉をノックする。


「ダミアス殿、おいでか」


 しばらくして、ドアが開き、魔道士の顔がのぞいた。


「失礼いたすぞ」


 公爵が、部屋にずかずか踏み込んでいく。


「何用ですか?」


 顔色を変えずに、魔道士が問う。

 公爵は、部屋の中央にしばらく立つと、にやりと笑った。


「さっきの脅迫状と、同じ匂いがする。やはり、貴公が犯人だったのだな、ダミアス殿!」


 会議室にいた全員が書斎に入ると、間違いなく脅迫状と同じ香の香りが、室内に漂っていたのだった。


「犯人とは、穏やかな話ではありませんね。それに、脅迫状とは、一体何のことでしょうか」


 ダミアスは、少しも同様などしていなかった。


「とぼけおって……!」


 公爵が、吐き捨てるように、呟く。


「ダルシウム候、こやつを即刻、事件の重要参考人として、しょっ引いて行かんか!」


 イライラして、公爵は言った。


「いや、しかし、これだけでは、逮捕までは……」


「まだそんなことを言っておるのか!? インカの香など、魔道士しか使わぬもの。我が国では、こやつしかおらぬ。外国の者には、城の中を行き来など出来ぬのだぞ? これだけ条件が揃っておれば、もうこやつが犯人だと決定的ではないか!」


「いや、しかしながら……」


 そのように、公爵とダルシウムが口論している中だった。


「あーっ! 俺の剣!」


 その声にびっくりしたケインは、隣を見た。

 カイルが、部屋の隅を指差し、叫んでいたのだった。


 一同、一斉に、その指の先を示すあたりに注目した。


 カイルはそこへ向かっていくと、部屋の隅に立て掛けられている、宝飾品の(ちりば)められた剣を取り上げた。


「一体、どうしたというのだ?」


 ダルシウム候が、カイルに近付いていった。


「これは、昨日盗られた俺の剣です。間違いない! 剣を持っていったのは、五人の男たちだったが、奴らは、剣ごと空間に消えやがったんだ!」


 ケインとダミアス以外は、ざわめいていた。


「それは、まことか?」


「はい!」ダルシウムに、真面目な顔でうなずくカイル。


「空間に消えるなどとは、並の人間に出来ることではない。お主のような一流魔道士ならば、出来ないこともないだろうがな」


 公爵が、ダミアスを挑戦的に見た。ダミアスの静かな瞳が、一瞬鋭く光ったように、ケインには思えた。


「おい、この剣を、どうやって手に入れた?」


 カイルが、いかにも疑わしい目で、参謀に問いただす。


「私は知らない。……いつからか、そこに立てかけてあったのだ」


「てめえ、まだシラを切るつもりかっ!」


 カイルがダミアスに掴み掛かる前に、ケインが飛び出し、押さえ込んだ。


「やめろ、カイル! 落ち着けって!」


「放せよ、ケイン! これで、もうハッキリしたじゃないか! こいつが、俺の剣を持っていった張本人なんだよ! こいつ、きっと、俺の魔法剣を使って、良くないことを考えていたに違いねぇ!」


 頭に血が上って暴れているカイルを、ケインが押さえ付けているのと、ダミアスとを、一同は、困惑しながら、ただ見つめていた。


「……私には、何が何だかわからん。……ダルシウム、そなたに、この場を任せる」


 王は、ふらふらと、書斎を出て行った。


「ダミアス殿、とりあえず、ご同行願いたい」


 複雑な表情のダルシウムは、ダミアスの腕を取った。

 参謀ダミアスは、素直に従い、部屋を出た。




「良かったー! 俺の剣が戻ってきて。ああ、どこにも傷はついてないみたいだし、本当に良かったー!」


 正規軍の宿舎では、カイルが、剣を眺めては、鞘に頬擦(ほおず)りしていたが、ベッドに腰かけ、腕を組んで、何かを考え込んでいるようなケインに気が付いた。


「なんだよ、浮かない顔して。俺の剣が戻ってきたのに、お前、嬉しくないのか?」


 カイルが、部屋に着いてから黙りこくっているケインの顔を、じっとのぞきこむ。


「なあ、どうかしたのか?」


 ケインには、あることがずっと引っかかっていたのだった。


「カイル、本当に、お前の剣を、あの参謀が盗ったと思うか?」


「当ったり前じゃん! お前も見ただろ? 現に、俺の剣は、ヤツの部屋にあったんだぜ? それが立派な証拠じゃないか」


「じゃあ、姫の控え室に脅迫状を置いたのは?」


「それもやっぱり、あいつなんじゃないの? あの五人の男どもを使って、武器を集めさせたのか、魔法剣とわかって横取りしたのかは知らないけどさ、手に入れた魔法剣が、人間には効かないことがわかって、そのうち改造しようと思ってたか、或は、見た目も綺麗だし、部屋の飾りにでもしてたってところなんじゃねーの? つまり、あいつは、姫様を人質にして、王を降伏させ、城を乗っ取ろうとしてたんだよ」


 カイルは、わかり切ったことを聞くな、とでも言いたげな顔であった。


「そうかなぁ。空間移動が出来るくらいの一流魔道士が、わざわざそんな小細工までして、国を乗っ取ろうなんてするのかなぁ。そんなヤツなら、武器や魔法剣の力を借りなくたって、ひとりで充分なんじゃないか? 脅迫状にしても、香の香りが付いたまんまにしておくなんて、参謀にまでなったヤツの犯すミスだとは、俺には思えないんだ」


 ケインの話を聞きながら、カイルは、ベッドに、ごろんと横になった。


「だったらさあ、あれか? この国は、魔道士が珍しかったみたいだから、ちょっと魔道をカジったことのあるダミアスが、すごい魔道士に見えてしまった。間抜けな、人のいい王様は、そいつを参謀にして、もう怖いもの知らずの気でいた……とか?」


「間抜けって……ったく、失礼なことを」ケインは、苦笑いした。


「それだったら、空間を移動して、お前の剣を盗っていったのは、違うヤツってことになるぞ」


 カイルは首を捻った。


「じゃあ、あれかな? あの公爵たちが、日頃からよく思っていなかった参謀を、ハメようとしているとか。あいつら、この国の人間にしては、やたら魔道士のやることに詳しかったからな。どっかで、闇の魔道士でも見付けて、ダミアスに濡れ衣着せたとか? 今回の事件は、アストーレのお家騒動だった……ってのはどうだ?」


 カイルは得意気であったが、ケインは、まだ腑に落ちない顔であった。


「う~ん、それだったら、何も、姫様の誕生日に合わせることないんじゃないかな。普通の日でもいいんだし。しかも、昨日の今日だろ?」


 カイルが、眉をへの字にした。


「だから、闇魔道士がいい日を占ったら、偶然、姫の誕生日だったんじゃねーの? 外国人たちがたくさん訪れるから、目眩ましにもなるしさ。失敗したら、全責任を、参謀であるあいつに押しつけ、娘を思う王の親心を利用し、参謀(あいつ)をクビに追い込もうと企んだ……」


「……それって、結構、ムリがないか?」


「じゃあ、ケインはどう思ってるのさ? 俺は、今言ったことくらいしか思い付かないぞ」


 カイルは、パタンと、ベッドにフテ寝した。


「まだ、わからない……」


 カイルは、への字眉のまま、口をひん曲げた。


「ああ? わかんねーだあ? なんだよ、人の言うことに散々ケチつけておいて!」


「とりあえず、クレアに会いに行ってくる」


 すっくと立ち上がったケインを、カイルは、あんぐりと口を開けて見上げた。


「会いにって……今からか?」

「ああ」


 カイルが起き上がって、まじまじとケインの顔を見た。


「夜這いか!?」


「ちがうわ! 誰が、そんなことするかっ!」


 カイルが、にんまりと笑った。


「そうかー、そうだよなー、お姫様よりは、身分的にはクレアの方が近いから、まだ可能性あるかも知れないもんなー。よーし、ガンバレよー!」


 にやにやしながら、カイルがケインの背を、ばんばん叩いた。


「バカ! 俺は、ただちょっと気になることがあったから、クレアに確かめに行くだけだよ!」


「そーか、そーか、クレアの気持ちを確かめに……。だけど、彼女は、俺に気があるかも知れないぞ? 悪いなー、ケイン」


「……あのな、どこをどーしたら、クレアがお前に気があるってんだ? いつも『最低!』って怒ってんのに」


「バカだなあ、お前、ホント女心がわかってねーなぁ。いやよ、いやよも好きのうちって言うじゃないか。俺の今までの経験から言うと、あれは絶対、俺に惚れるね。それか、もう惚れてるね」


 自信たっぷりのカイルに呆れてから、ケインは宿舎を出て行った。


 外国特使たちの滞在期間は、約五日間。既に、二日が過ぎようとしている。

 この三日中に、なんとかしなければならない。


 真相は、実は、カイルが上げた通り、参謀か公爵が黒幕なのかも知れないとは、ケインも思った。


 だが、彼には、どうしても、引っかかっていることがあったのだ。


 ひとつは、王女誘拐を仄めかす脅迫状。

 そして、もうひとつは、空間の割れ目から覗いた『人の手』ーー。


 ケインは、クレアの泊まっている宿へと、次第に足を速めていった。


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