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Beyond of Cosmos =星巡りの物語=リゲル・ラナ編 第二部  作者: 詩紡まりん


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 第131話 「時の扉」が開く時、メメチャンバ伝説後編の幕開け


「それで?先に戻ったはずのふたりまでが城に戻っていないのは、なぜだ?」

 ここまでの報告を聞いたオスカーがイヴァンに尋ねた。


「それが、わからないのです。私がお嬢様の元に辿り着いた時には、お嬢様は負傷されて意識も無く倒れておられました」


 イヴァンは、リリアーナとアイラのふたりを馬の背に乗せ城への一本道を進む後姿を確認すると、すぐに森の奥へ向ったポリアンナを追いかけた。

 お転婆な主家のお嬢様が幼いから警護に付いて来た彼には、ポリアンナの行く先にある程度の検討がついていた。

 にわかに曇り出した曇天の空の元、吹雪になったいつもの森の中をイヴァンは迷わず突き進んだ。

 だが、知り尽くしたはずのいつもの森の中なのに、なぜか思うように前に進めずポリアンナの発見が大幅に遅れたのだった。


「では、クリスとアンナのふたりの行方も?」

 と尋ねるオスカーに対してイヴァンは、不甲斐ない自分を悔いるように

「申し訳ございません。お二方の行方もわからないのです」

 と、言いながらうなだれていた。


「そうか。捜そうにも手掛かりが無い状態だな。やみくもに森を捜しても時間だけ費やすことになりかねない。ポリアンナが目覚めるのを待つしかないのか…」

 オスカーは焦りを感じながらもイヴァンを責めることもせず、それでもどこか冷静な自分もいる事に気づいていた。

 なぜなら、オスカーにはある程度、敵の姿が見えていたからだった。


 オスカーをここへ派遣したのは軍の最高指揮者であるウィリアム元帥(皇太子)であり、アランと連携してパドラルへ突入するように命令を受けて自領の城に戻って来たのだった。

 そして、ウィリアムから「オセロ作戦」の進行具合に合わせて、ブロッサン国にある大黒主神教教会の動きを早めに止めるようにとの指示を受けていた。

 つのり、ウィリアムの予知を信じるなら、敵はブロッサン国にある大黒主神教教会に居るということだ。

 敵の親玉であるパドリアヌスは、アランとの交渉で改心したように思えるが、パドラル国内のジラクスに居るパドリアヌスの指示が、ブロッサン国内に居る手下たちに伝わっていないのかもしれない。

 だとすると、パドリアヌスの手下たちが当初の指示通りに行動している可能性は高い。


 そして、オスカーは心を決めたように

「わかった。イヴァンありがとう」

 と、言うと神聖力(Holy Power)で鍛えた聖剣を手に、「春(ウェール)の間」の部屋の飾り棚を推して、その裏にある隠し扉から、城外へ通じる地下通路に向かった。


「若!どこへ行かれるおつもりですか?」

 と、イヴァンは、慌ててオスカーの後を追って言った。


 長く、ポリアンナとオスカーに使えているイヴァンには、主家の者の行動の察しはつく。

「若、おひとりで向かわれるのは危険です。どうか騎士達もお連れ下さい」


 イヴァンの言葉にオスカーは振り向きもせずに、歩を早めながら静かに言った。

「目立って敵に悟られてしまわないように今回は俺ひとりで行く」

 そして、自分に言い聞かせるかのように

「それに、これは私に与えられた使命なんだ」

 と、言った。


 それでもイヴァンは、暗い地下道を進むオスカーの後を追い続けた。

「それでは、まず旦那様にご報告を!」


「父上は既にご存じのはずだ。心配ない」

 と、オスカーは静かに言い放った。


 オスカーは、父であるブルーフォレスト辺境伯に、自分の帰城の理由が単なる里帰りでは無くウィリアム皇太子から派遣されたということを既に伝えてあった。

 スチュアートリア帝国の中枢に位置するブルーフォレスト辺境伯なら、現状から推測することは容易いはずだと思っていた。

 そして、息子であるオスカーの行動も予想範囲内のはずである。

 その上で辺境伯は、帝国近衛騎士団長の任にあるオスカー自身がどう行動するか決めることであり、それを見守るのが父親の役目であると考えていた。

 それが、このブルーフォレスト辺境伯家に与えられた使命だからと。


「では、せめて私だけでもお供にお連れ下さい」

 イヴァンは必死にオスカーに食い下がった。


「わかった、一緒に来い!」


 オスカーの言葉にイヴァンは勇んで「はい!」と、答えて付き従った。


 秘密の通路の所々には、武器が収納されている魔法で封印された隠し扉が有る。

 イヴァンは、途中でその隠し武器庫の中から自分の手に馴染む武器を手に取りオスカーの後を追った。


 オスカーには、スチュアートリア帝国内の大黒主神教関連施設を一斉検挙した「黒い害虫掃討作戦」での経験が有るので、ブロッサン国内の大黒主神教会へ突入することに迷いは無かった。

 また、ウィリアム元帥からも、ブロッサン国から国内の大黒主神教会への突入の許可を事前に取り付けてあると聞いていた。


 オスカーは使徒の金(ゴールド)鱗(スケール)竜(ドラゴン)のクレイヴの背に乗り、イヴァンもブルーフォレスト辺境伯家の騎竜部隊の一頭に乗って大空に舞い上がった。

 目指すはブロッサン国内の大黒主神教会である。


 空は、どんよりと曇っていたが、雪は降っておらず城の周りには積雪も無い。

 森へ向う上空の気温もそれほど低くはなかった。

 イヴァンは、ポリアンナを追って森へ向った時のあの異様な天候はなんだったのだろう?と思っていた。


 ブロッサン国を目指しブルーフォレスト辺境伯家領内の森の上空を飛んでいると、その途中に「魔の森」と呼ばれている地帯がある。


「イヴァン、ポリアンナを見つけたのはこの辺りか?」

 オスカーは足元の森を見ながら、隣を飛ぶイヴァンに尋ねた。


「いえ、もっと手前の森の中でした。でも、実際に襲われたのは、この付近なのかもしれません」


 オスカーは、イヴァンの答えを聞きながら下から湧き上がって来るようなダークエナジーを感じとっていた。

 そして、そのダークエナジーに混じって、それとは異なる違和感を覚えたオスカーは、いい知れぬ胸騒ぎに戸惑っていた。

「この辺りも、早いうちにアラン様から教わった広域浄化魔法を使って、浄化しなければならないな 」と、考えていた。

 それと同時に、「クリスやキースも居てくれたら浄化も早いだろう」と、思いながら、なんとしても彼らを救出しなければと決意していた。


 すると、タークエナジーの滞りや淀みに敏感な金鱗竜の使徒のクレイヴが珍しく主人のオスカーに自分から語りかけて来た。


「ご主人様、この下の森にはダークエナジーだけではない、得体の知れない妖気が漂っています」


「そのようだな」

 オスカーは、この胸騒ぎと違和感の原因がクレイヴも察知した得体の知れぬ妖気であると確信した。


 その発生源が何なのか、地上に降りて確認したい気持ちもあったが、一刻も早く仲間を大黒主神教の魔の手から救出しなければ、という思いでブロッサン国へ向うことを優先した。


 ブロッサン国の大黒主神教教会の施設の位置は、スチュアートリア帝国軍の事前の調査で判明していた。

 それは、デスベアウルフ山脈の麓、川を挟んだスチュアートリア帝国との境界地にあった。

 つまり「魔の森」と呼ばれる地域とも隣接していることになる。


 大黒主神教教会を上空から見ると、さほど大きな建物では無かった。

 ただ、周囲を木々に囲まれているので上空からは、建物の全貌が見えにくくなっていた。

 さらに、この地域は北部に位置している上に降雪量も多くデスベアウルフ山脈から吹き降ろしも強い。

 建物の周囲も、そんな雪に覆われて人の気配がなかった。


「ひとまず、中の様子が知りたい。付近の森の中に降りて偵察するとしよう」

 と、言ってオスカーはクレイヴを森の中に着陸させるべく降下させた。

 イヴァンもそれに続く。


 地表に着陸して見ると、大黒主神教教会とみられる施設は、小さな煉瓦造りの古い建物に、いくつもの木造建物を建て増して広げたものだった。

 屋根は、雪に覆われていたが一部だけ雪が解け、その間から煙突が覗いている。

 人が住んでいることに間違いは無い。


 オスカーは、身体を小さくさせたクレイヴに中の様子を探らせようと考えていると、イヴァンが自分の懐から小さなねずみを出して言った。

「若、私の使い魔のパーシーを偵察に使って下さい」


 パーシーは、主人のイヴァン掌に乗ってちょこんと頭を下げた。

 White (ホワイト)Mage( マギ )騎士は「使徒」を持つ事はできないが訓練した「使い魔」を操ることができる。


「パーシーか!久しぶりだな。俺を覚えているか?」

 オスカーがイヴァンの掌の上のねずみに語りかけると、

「もちろんです!」と、言うようにパーシーは、その小さな頭を上下に動かし手を胸に当てた。


「そうか!では偵察を頼む!四人があの建物内に捉われているのか?捉われているとしたら場所と状況を探って来てくれ」

 と、オスカーが全てを言い終わると同時に、パーシーはイヴァンの掌から飛び降り、大黒主神教教会の施設に向かって駆け出して行った。

 ちょろちょろと小さな頭が僅かに見え隠れさせながら、雪に押しつぶされそうになっている草の間を器用に駆け抜け、あっという間に姿を消した。


 パーシーが姿を消してからしばらくすると、彼らの後ろの雪の重みで下に着きそうになって枝から、ドサッという音と共にその雪が落ちた。

 下にしなっていた枝が、雪の重みから解放されてビュンと跳ね上がりながら粉雪をまき散らす。

 その様子に驚いたイヴァンの騎竜がその大きな体で立ち上がり、翼を広げそうになったのを慌ててイヴァンが手綱を引いて宥めるようとした。

 その様子にいち早く気付いたクレイヴが、隣で怯える騎竜に向い一声低く唸なりながら目を光らせると、騎竜は空気を抜かれたバルーンのように急に力が抜けたように地面に平伏してお落ち着いた。


 その様子を振り返りながらクレイヴの前の茂みに潜んでいたオスカーが、

「やはり、我々だけで来て正解だったな。騎士達を連れて来ていたら目立って仕方なかった」

 と、つぶやいた。


 すると、施設内の様子を確認して来たパーシーが戻って来て、主人のイヴァンの肩に駆けのぼった。

 パーシーは基本的に人間の言葉は話せないが主人である、イヴァンとは会話でできる。

 また、Holy(ホーリー) Mage( マギ )であるオスカーは、動物と会話をする能力があるので問題なくパーシーの報告を受けることができた。


 パーシーによると中には、数十名の人間が居たが、ほとんどがブロッサン国人の男たちであり、彼らは水たばこをふかし、魔法の香を焚いて黒魔術に洗脳されている者ばかりらしかった。

 建物の中は平屋でどの部屋にも、スチュアートリア帝国の人間らしき者は見当たらず、ましてや若い女の子が捉われている様子も無いとのことだった。


「別の場所に捉われているということなのか?」

 パーシーの報告を受けたオスカーは読みが外れて大いに焦っていた。


「それで、リーダーらしき者はいたか?」

 と言うオスカーの質問に対してパーシーは首を振った。


「そうか、しまった。やはり、あの場所だったか!」

 オスカーは、急いでクレイヴを呼び、

「魔の森へ連れて行ってくれ」

 と、言いながら大きくなったクレイヴの背に飛び乗った。


 イヴァンも懐の中に飛び込んだパーシーと共に騎竜に乗りながら言った。

「若、敵とみなさんが魔の森に居るということですか?こんな寒空の下の?」


「おそらくはな。目的はわからないが…」


 オスカーは、己の胸騒ぎが正しかったのだと思いながら

「今回は、どうも後手後手だな。何かに操られるかのように振り回されている気がする」

 とも感じていた。


 一口に「魔の森」と言っても、そう呼ばれている範囲は広く、どこからどこまでがその森に相当するとハッキリ区切られているわけではない。

 だが、オスカーには迷いはなかった。

 ダークエナジーの滞りと、あの得体の知れない妖気が導いてくれる。

 それの気配は使徒のクレイヴも感じ取っていた。

 クレイヴはオスカーに指示されるまでもなく、怪しい妖気を発している場所の中心部に向かってまっしぐらに降下した。

「魔の森」は、他の森に比べて木々がうっそうと生い茂り、昼なお暗い場所である。

 真冬だというのに、枯れ木や枯草は見当たらず、ただ冷たく凍り付いていた。

 その森の木々は雪を乗せた両手を広げ、上空からの侵入者を阻むように自然の屋根を作っているようにも見える。

 オスカーを乗せたクレイヴは、その木々の屋根の隙間を見つけて地上を目指して森の中へ突入した。

 昼なお暗い森中だが、雪のせいで明るく見える。

 本来は巨大な雄の金鱗竜のクレイヴだったが、オスカーを乗せたまま木々の間を飛べるギリギリの大きさまで小さくなって飛んだ。

 一方、普通の金鱗竜であるイヴァンの騎竜は、大きさを変えることは出来ず、狭い木々の間を苦戦しながら飛んでいた。


「いてっ!」

 時折、木の枝がイヴァンに当たる。

 普通の竜には、この森の中を飛ぶのは厳しいようである。


「イヴァン無理せず後から来い」

 と、言ってオスカーとクレイヴは「魔の森」の奥へ消えた。


 オスカーが辿りついたのは、周囲にダークエナジーが溢れ、その真ん中にどす黒い水を湛えた大きな湖だった。


「こんなところに、湖があったとは」

 と、オスカーは自領の森にある不気味な湖を前に驚くばかりだった。


 湖の底からは、例の禍々しい妖気が湧き上がって来るようだった。

 その湖の真ん中には浮島のような大きな岩が有り、そこにひとりの男が立っているのが見えた。


「お前はだれだ?」

 オスカーがその男に向かって言った。

「そこで何をしている?」


 フードを目深に被り片手に杖を持っている風貌からして、魔術師であることは明らかだった。


「やっときたか!ブルーフォレストの息子よ」

 と、男はオスカーに向かって言った。


 どうやら男は、オスカーがブルーフォレスト辺境伯領の次期当主であることを知っているようだった。


「妹はどうだ?まだ生きているのか?」

 男は、あざ笑うかのように言い放った。


「やはり、お前がポリアンナを!」

 オスカーは、すぐにでも妹の仇をとってやりたい気持ちだったが、そこをぐっと堪えて言った。

「他の四人はどうした?」


「小娘たちは生贄にするために捉えてある。ほかの二人は『時の扉』に吸い込まれたみたいだぞ」

 と、言って男は薄笑いを浮かべた。


「生贄?時の扉?」

 オスカーは、男が何を言っているのかわからなかった。


「前は誰だ?お前もパドリアヌスの部下の黒魔術師なのか?」


 オスカーの質問に男は、目深に被っていた外套のフードを外して顔をさらして言った。

「せっかくだから、教えてやろう。どうせ二度と会えないだろうからな。俺は、パドリアヌスなんてマヌケなヤツの部下ではないし、単なる黒魔術師でもない。パドリアヌスに従っているフリをしていただけで、私の主人はアートランド様だ」


「アートランド?」

 オスカーは、ジャンバラン砦へ戻った際に、アートランドの名前を耳にしていた。

 パドリアヌスがアモー・ロンド大陸の故国からスチュア・トロア大陸へ来て、自分たちの国を作ろうとしていたのもアートランドという者に唆(そそのか)されてらしい、という話をトゥルリー達から聞いていた。


「お前も、まもなく開く『時の扉』に吸い込まれる。そうなれば、二度とこの地には戻れんだろうな。その後で、小娘たちを生贄にして魔王を呼び出し、このブルーフォレスト領をアートランド様のものにする。それからお前たちに捉えられた仲間も解放する」

 と、語るその男はジャンバラ村の大黒主神教教会に居たジェイコブ神父だった。


「元々の狙いは、俺なのか?」

 と、オスカーが言うとジェイコブは

「過信するな、お前なんて一部に過ぎん!ただ、小娘たちは生贄にしか使いようがないが、お前を片付けておけば、ブロッサン国への脅しにもなろう」


 そう言ってジェイコブ神父は、浮島のような湖の岩から湖面へと足を延ばし、水面を滑るように歩いて、オスカーの元へ近づいて来た。

 やはり、この男は単なる黒魔術師ではなく確かにBlack(ブラック) Mage( マギ )なのだ。


 オスカーは、ジェイコブ神父と闘おうと聖剣を抜こうと鞘に手を当てたが

「いいのか?俺を倒したら小娘たちがどうなるかわからんぞ?」

 と、ジェイコブに言われ、聖剣の鞘を握ったまま動くことが出来なかった。


 そして、オスカーの背後には、いつの間にか現れた狂化魔獣の群れが彼を取り囲んでいた。


「くそっ」


 オスカーの力で有れば、魔獣の群れなど吹きとばせるのだが、人質のことを考えると下手に手出しが出来ない。

 恐らく、ポリアンナも同じ状況に追い込まれたのだろう。


「わかった。お前のいう事が本当なら言うことを聞こう。娘たちは本当にお前が捉えているんだな?あの施設には居なかったぞ?」

 と、オスカーが言うと

「探し方が甘いのだよ。あの施設には魔法で結界を張った秘密の地下牢がある。大切な生贄だ。儀式までは丁重に扱うから、お前は安心して異世界へ飛んでくれ」

 と、オスカーを馬鹿にするようにニヤニヤしながら言った。


 オスカーは、ブロッサン国とジャンバランに居る大黒主神教関係のBlack Mageはパドリアヌスひとりだけで、他はせいぜい黒魔術師が数名残っているとばかり考えていた。

 まさかBlack Mageに彼女たちが監禁されているとは予想もしていなかった。

 Black Mageが居ると知っていたなら、父の辺境伯の磁力も考えたのに…

 悔しいが、敵の言う通り自分を過信したと反省するオスカーだった。


 そして、イヴァンに彼女たちの居場所を伝えるように使徒のクレイヴに思念を送ってから、観念したように両手を上げてジェイコブに言った。


「それで、俺はどうすれば?」


 するとジェイコブは、「付いて来い」というようにオスカーに背を向けて歩き出した。

 彼が歩き出すと、雪が彼を避けるように横に広がって歩きやすい程度の厚みになった。


 オスカーがHoly(ホーリー) Mage( マギ )であると知らないとはいえ、彼が抵抗して来ないと確信しているらしい。

 全く、ふてぶてしい男である。

 オスカーは黙って男の後に付いて歩いた。

 雪の下の道は凍っており、何度か人間や獣たちが通って踏み固めたらしい形跡が感じられた。


 彼らの後ろから狂化魔獣の群れも付いて来ているようだった。

 狂化魔獣も彼がコントロールしているのであろう。

 もしかしたら、魔獣が狂化したのもダークエナジーが滞って自然に狂化したのではなく、彼が作り出したものなのかもしれないとオスカーは思っていた。

 さらにその後ろに数人の人間の気配もあった。


 ジェイコブは、とある大きな崖の前に立ち、その場で呪文を唱えて杖を降った。

 すると、それまで崖を覆っていた木の枝やツタが消え、その後ろにぽっかりと洞穴が口を開いた。


「なんだ、ここは?湖といい、この洞穴といい自領なのに知らないことばかりだな」

 と、オスカーが言うと、不敵な笑みを浮かべたジェイコブが振り返っていた。


「それは、そうだ!妖気の湖や池も、『時の扉』もこのスチュア・トロア大陸では伝説でしかない。その力は封印されており、呼び起こす者がいなければ現れないものだからな。我々、アモー・ロンド大陸には、その伝説は現実に生きていて利用する方法も知られているのだ」


 なるほど、呼び起こす者がいなければ現れない封印された力であるなら、自領内にあるものでも気づかないのは当然である。

 そう納得しつつもジェイコブの言葉の中にオスカーは気になるワードがあった。

「さっき、魔王と言ったな?魔王を呼び出してどうする気なのだ?」


「もちろん、我々に手を貸して貰う。このスチュア・トロア大陸を征服するためにな」


 White (ホワイト)Mage( マギ )やBlack(ブラック) Mage( マギ )よりも強大な力を持つHoly(ホーリー) Mage( マギ )の存在はスチュアートリア帝国の最高秘密である。

 Holy Mageは一般的には、White Mageの中でも最強な力を持つGrate(グレート) Mage( マギ )として知られている。

 彼らもスチュアートリア帝国に抵抗するには、Grate Mageに勝る力を手に入れないとならないと考えているのであろう。

 そこで、魔王とやらの力を借りようとしているのに違いなかった。

 オスカーは、心の中で「いくら魔王を呼び出したとしてもスチュアートリア帝国内のHoly Mage達に勝てるはずはないのに」と思っていた。


 そして、「愚かな…」

 と、ジェイコブにも聞こえないくらいの小声で呟いてから

「ノアたちを利用しようとしたのはなぜだ?」と、尋ねた。


「あいつらは、魔王を呼び出す儀式をしていたら現れたから、てっきり魔王の使いかと思ったのだが…」

 と、ジェイコブは顎に手を当てて首を捻りながら

「異世界から来たらしいので、何か利用できるかと思ったんだが、とんだ勘違いだったようだ」

 と、言って首をふりふりながら、がっかりしたとでもいいだけに両手を広げた。


「俺を時の扉から異世界へ送り込もうとしているのは、単に俺が邪魔だからなのか?」

 オスカーは、出来るだけジェイコブから情報を聞き出そうと考えていた。


「いや、魔王との取引きの一貫だ。ノア達が現れたジャンバランの森の『時の扉』そして、このブルーフォレストの魔の森の『時の扉』がまもなく一斉に広く。その入れ替わりに魔王が現れるはずなのだ」


「それでは、生贄など必要無いのでは無いか?」


「それはまた別の話だ。妖気を集めダークエナジー使って怪物を生み出す為に必要なんだよ。人間は得体の知れない物には畏怖の念を持つからな。宗教と怪物を利用すれば、大抵の者は平伏す」


「なんて姑息な」


「お前は、自分の心配だけしろ。異世界に飛ばされると、普通なら体は消え魂だけ生き返り生まれ直す者もいるらしいからな。ノアのようにそのまま転移する場合もあるようだし、お前はどちらか楽しみだな」

 と、言いながらジェイコブ神父は高笑いした。


 そして、オスカーの背中を手で強く推し洞穴の中に突き飛ばした。

 オスカーが中に入った瞬間、素早くジェイコブが呪文を唱えて杖を降ると、洞窟の口が閉ざされて一枚の崖に戻りその上を木の枝とツタが覆って行った。


「ふっふっふ。これでアートランド様に褒めて頂けるだろう」

 すっかり木々に閉ざされた洞穴のあった場所の前に立ったジェイコブが不敵に高笑いしていた。



 こうして、オスカーが洞窟に閉じ込められたと同じ頃、アラン、トゥルリー。マリアの三人もジャンバランの森の洞窟の中に居た。


「こんなに真っ暗では前にも後ろに勧めないわ」

 と、言いながらマリアは、自分の指先に魔法の光を灯した。


 アランとトゥルリーもそれぞれ自分の掌の上に魔法の炎を乗せて辺りを見回した。

 洞窟理の中は、人の身長の倍ほどの高さがあり、洞窟に住んでいる小動物の気配が無いという以外は、特別変わったところの無いよくある洞穴に思えた。

 唯一違っていたのは、足元に大きな一枚の平たい石のようなものが有り、その上に魔法陣が描かれいることだった。


 アランは、掌の上に乗せていた炎に息を吹きかけると、その炎が細かく分かれて星のようになって空中に浮かび、あたりを照らし出した。

 トゥルリーも自分の炎をいくつかに分けて、四隅に浮かばせた。

 そして、三人は魔法陣を見つめてその文字を読んだ。

 それは、魔導書に書かれているマジュ文字に似ていたが少し違うようにも見えた。


「古代文字の一種なのだろうか?」

 と、トゥルリーが言うとマリアも頷いた。


 ただひとりアランだけがその文字を読んで驚いていた。

「なぜだろう?見たことも無い文字なのに読める」


「えっ?」

 と、トゥルリーとマリアが驚いてアランを見た。


「どうする?覚悟はいいかい?」

「メメチャンバの予言通りなら、闇を越え、宙を越え、光の如き歳月も越えることになるぞ?」

 アランは、ふたりの幼馴染の顔を見ながら言った。


「覚悟なんて、とうに出来ているわ。百年の歳月の波も瞬く光の如く、十年も一日の如し。なんでしょ?美容にも悪くはなさそうだしね」

 と、言いながらマリアは笑った。


「時の空を越えて戻りし時、世界の調和が蘇ると言われているんだから戻れるはすだし、怖いものなんてないだろう?」

 と、トゥルリーも全く動じた気配もなくにこやかに答えた。


 ふたりの返事を聞いたアランも笑顔でふたりに答えながら

「では、メメチャンバは時空の旅に出るとするか!」

 と、言って足元の魔法陣の文字を読み上げた。


 すると間もなく、三人は静かな光の渦に包まれ姿が徐々に薄れ出し、ついに完全に消えた。


 そして、洞窟の中は漆黒の闇に包まれた。



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