夜の落とし物
夜の江戸は、昼とは別の顔になる。
庶民たちが暮らす長屋の出入り口は、門が閉じられ、大通りを歩く者は少なくなる。
店は雨戸を閉め、残る明かりは提灯の火ばかり。
今夜は、三日月。
風が吹けば、小さな明かりも頼りなく揺れた。
そんな時間に、一人の子どもが通りの暗い端を歩いていた。
良太という。
親はいない。家もない。
歳の頃は、十に届くかどうか。
神田明神や浅草寺などの寺社を渡り歩き、夜をしのいでいる。
「おう、坊主。今夜も精が出るじゃねえか」
湯気の残る鍋の向こうで、屋台の親父が丼を片付けていた。
「うん」
「昼はやらねえのか?」
「夜のほうが拾えるんだ」
「ふぅん。空から降ってくるってんなら、俺もやるかねえ」
親父は鼻で笑った。
良太は答えなかった。
目だけで、地面を見ていた。
降ってくる。
たまにだが、本当に。
夜だけ。
騒ぎのあった夜だけだ。
しばらく歩いていると、空気が急に変わった。
「いたぞ!」
「逃がすな!」
向こうから、ざわつきが押し寄せてくる。
甲高い笛の音が鳴った。
良太は顔を上げた。
来た。
拾える夜だ。
すぐさま駆け出す。
「御用だ! 御用だ!」
幾つもの提灯の明かりが激しく揺れていた。
橋の近くだった。
「神妙にしろい!」
「ぐえっ!?」
「やったぜ! 親分!」
怒鳴り声と悲鳴、歓声。
人の動きが一瞬止まる。
チャリーン。
良太は思わず笑みを浮かべた。
聞き間違えない。
あの音だった。
「八!」
「へい!」
「くそっ……。」
やがて騒ぎは終わる。
良太は動かなかった。
急げば、今度は自分が捕まる。
提灯の明かりが遠ざかる。
それから、橋へ向かった。
頼りになるのは、頼りない月明かりだけ。
良太は目を凝らしながら、足下を探して歩いた。
あった。
橋の擬宝珠の根本。
銭が、一枚。
「へへっ……。」
良太はそれを拾い上げ、暗い路地へと消えていった。
温かい蕎麦が食いたい。
さっきの屋台、まだやってるだろうか。
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江戸は広く、人も多く、落とし物も多い。
それを拾って生きる者もいる。




