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ヘイ女神様、クール系護衛騎士様との結婚への最短距離を教えて!

作者: 倉内千倉
掲載日:2026/05/18

「母なる女神はおっしゃいました」

 祈る手を解き、凛とした声でユリアは神託を告げる。ベールからこぼれる亜麻色の髪はゆるやかに波打ち、胸元にかかっていた。優しく細められた瞳は濡れたような翠色。純白の聖衣をまとい、口元には上品でひかえめな笑みを浮かべる彼女は、まさに聖女の座にふさわしかった。

「王族の結婚にふさわしい月である。良き日を選び、婚礼せよ。愛しき弟神の子孫たちの繁栄を願う、と」

「おお……そうか! ではすぐに王太子と王女、それぞれの縁談を進めよう! 礼を言うぞ、聖女ユリアよ!」

(まあ、実際は『好きにしたらー?』と言っていたのだけれどね。神託には格式というものがすごく大事だから、多少の修飾は許してね、女神様)

『だいぶ飾ってるわよー』

 ユリアの頭上からは気だるげな女性の声が聞こえてきた。そっと視線をやればふわふわと亜麻色の髪の美女が浮かんでいた。白のチュニックを着たグラマラスにして艶麗なるこの美女こそ、弟神とともにこの国を作ったという逸話を持つ女神、ジューノである。聖女であるユリアは女神の子孫であり、こうして彼女の言葉や姿を認識することができる。それを活かし、王族や貴族たちの悩みを神託を得たという形で解決するのが聖女の役割のひとつでもあった。

 女神の間を後にする人々を見送り、ユリアは入り口に影のように控えている護衛騎士へと目を留めた。

 彼の名はレイン。年は十八。若くして実力で護衛騎士の座を勝ち取った少年である。年の割に背は高く、騎士の割にすらりとした体躯は均整が取れており、端正な顔立ちは冴え冴えと冷たくさえある。他者に威圧感を与える黒髪黒眼はクールな彼にはかえって似合いの色ではある。

「護衛をありがとう。戻りましょうか、レイン」

「はい、ユリア様」

 レインは硬く平坦な声で返事をした。視線を寄越さず、すぐに移動の際の護衛の位置に付き、いつでもならずものを対応できるようにと警戒を始める。生真面目な彼の仕事ぶりを見て、ユリアはそっとひかえめに笑う。

 なお彼女の現在の脳内は以下の通りである。

(ああん、声、良き! 顔、良き! 良きが集まりすぎて超ときめき! 好きよ! レイン! 結婚して!)

『まずは交際から始めた方がいいわよー』

 神託が脳内に響くが今のユリアはそれどころではなかった。愛しの彼の声を反芻するので忙しいのだ。

 清らかなる聖女ユリアは、ここ三年ほど自身の護衛騎士レインに熱烈片思い中、結婚希望中であった。それを知るのは女神とユリアだけである。


 それは三年前のことであった。長年護衛を務めていた騎士が怪我で引退をすることとなった。代わりを務めることとなったのが当時十五歳のレインであった。御前試合を弱冠十五歳で優勝し、魔物の襲撃で王女を守ったという功績もあり、異例の大抜擢となったのである。

『こちらがわたしの代わりを務めます、レインでございます』

 顔を上げたレインを見た瞬間、ユリアは雷に打たれたことはないが、実際に打たれたらこんな感じであろうという大衝撃を受けた。完全に一目惚れであった。しかし聖女という座についている以上、惚れてしまった以上、醜態は晒せない。こほんと咳払いをして切り替え、清廉なる聖女声と聖女顔で挨拶をした。

『初めまして、レイン。わたくしはユリアです。よろしくお願いしますね』

『……初めまして、ですか』

 なぜかレインは不満そうに顔をしかめ、そのまま視線をそらし、よろしくお願いします、と抑揚のない声で言った。ちゃんと顔を見て愛想なさいと怒られていたが、レインは一向に愛想を振りまくことはしなかった。そんな頑なな態度すら、ユリアは魅力に感じていた。

(弱冠十五歳で揺るがぬ自分を持っているのね! 素敵!)

『あんたに気がないんじゃないのー? ってわけでもないのか。人間ってわからーん』

 女神からの神託も聞こえないふりをした。恋は視覚情報も聴覚情報も自分の都合でどうにでもできるのである。

 そして現在、ユリアもレインも結婚するのにはちょうどいい年となった。ユリアは重要な役割を持つ聖女であるため、結婚はしづらい。するならば王室の承諾や推薦が必須だ。

(まったく面倒ね! ヘイ女神様、クール系護衛騎士様との結婚への最短距離を教えて!)

『レイン坊やからプロポーズされることー』

(それだわ! 待ってるからね! レイン!)

『いやいや、まずはプロポーズされるような関係作りからでしょー? 聖女の仮面剥がしてあげよっかー? やかましいくらい感情豊かな本性で猛アタックしたらー?』

(絶対にやめてちょうだい!)

 庭で優雅に茶を飲みながらもユリアの脳内は実にやかましい。そのそばでレインは無表情で控えている。視線は彼女に向けられているが、その感情はまるで読めない。

(そんなことしたら嫌われるじゃない! 昔みたいに! 王太子殿下みたいに!)

 昔の苦い思いがよみがえり、ユリアが涙目になったことに気づき、ジューノはごめん、と慌てて言った。ユリアは泣くまいとするがぽろりとひとしずく、涙が頬へと流れていく。

 ユリアが聖女らしい仮面をかぶったのは聖女になる前、現在の王太子の十二歳の誕生パーティーに呼ばれたときのことだ。

 当時、王太子に恋心を抱いていたユリアは感情豊かな少女だった。好きという気持ちが抑えきれず、瞳から声から言葉の端々から、好意は漏れ出ていた。そして自分が向ける好きに対して、同じくらいの好きを返して欲しいと願ってしまった。ゆえに猛アタックをかけた。それがいけなかった。

『うっとうしいんだよ! お前!』

 王太子は激昂し、ユリアを突き飛ばした。ユリアはそこでようやく王太子の顔を見た。嫌悪に満ちたその顔に、去っていくその背に、ユリアは大きなショックを受けた。

(ああ、失敗した)

 考えなしに好意を押しつけて、嫌われてしまった。

(私は愛した? いいえ、押しつけただけ)

 ユリアは他人との距離が上手に取れない。感情のままに動いてしまう。けれどたった今気づいた。ならば動かなければいいのだ。

 感情を抑制して距離を取る。仮面を被る。万事ひかえめに過ごせばいいのだ。

 それからユリアは仮面つけて生きている。結果、何事もうまくいっている。聖女の座についてからは実に聖女らしいとほめられているほどだ。

(そうだ。仮面をかぶらなきゃ、レインにだって嫌われる。今ももしかしたら嫌われているのかも……仮面を外したら、本当に嫌われちゃう……)

 ぽろぽろと次から次へと涙が流れて止まらない。流すまいと瞬きを我慢するのに涙はこぼれていく。

「ユリア様? どうされましたか。いったい何が」

「な、何もないわ! ちょっとゴミが入っただけよ!」

 そう言ってごしごしと目をこすっていると、腕をつかまれる。顔を上げればレインが気づかわしげな顔でユリアを見下ろしていた。

「レイン」

「こすっては目を痛めます。こちらの手巾をどうぞ」

 差し出されたのは花が刺繍された手巾だった。

「これは……」

「とある方からいただいたものです。お使いください」

「だ、大丈夫よ」

「ユリア様」

 なおもユリアが手でこすろうとするのを止め、レインは手巾でそっと優しくユリアの涙を拭く。ユリアを見つめる瞳は未だかつてないほどに優しく、ユリアは不思議な気持ちでレインを見上げた。

「どうなさいました」

「なんだか……レインがすごく優しいわ……どうしちゃったの……」

「……あなたがそれを言うのですか。曖昧な笑みに変にかしこまった態度の聖女の仮面をかぶったあなたが」

「え……」

「よく笑い、よく怒り、よく泣く。後ろなど向かずに前向きで、誰よりも明るく優しい。そんなあなたはどこに行ってしまったのですか。俺はそんなあなたを守りたいと、あの日、目の前で誓ったのに」

「え……?」

 彼は何を言っているのだろう、と目を瞬かせていると、脳裏に幼い少年の姿がよぎる。

『おれがあなたをまもります!』

「レイン……?」

 私とあなたはどこかで会っている?

 そう問いかけようとしたときのことだった。

「こちらにいたのね! 探したわよ! レイン!」

 甲高い声とともにやってきたのは王女リリーである。日差しを受けて輝くまっすぐな金髪も、小柄ながら豊満な身体も魅力的な美少女。国中の男たちの憧れの的である。リリーは機嫌よく歩いてきてレインのもとにやってきた。

「良い知らせを運んできたわよ! ついに決まったわ! あなたと私の結婚!」

「え?」

「結婚?」

 ユリアだけでなくレインも驚いた声を上げている。リリーは可愛らしく笑い、そうよ、と頷いてみせた。

「聖女ユリアが受けた神託でお兄様と私の結婚が許可されたの。まずは私とレインの結婚から始めるのよ。嬉しいでしょう? レイン、ついにあなたの想いが成就するわ。あのとき私を守ってくれたのは私への恋心から……そうでしょう?」

 そんなことを言いながらリリーはレインの腕を引き、豊かな胸を押しつける。それをレインが無言で振り払うと、リリーは不思議そうに彼を見つめている。

「レイン?」

「確かに殿下を魔物からお守りしましたが、それは騎士としての職務を果たしただけのこと。私情は一切ございません」

「そう? 照れなくともよいのよ? だってあなた、日頃から守ると誓った相手がいると騎士団で言っているのでしょう? それは私のことではないの? 喜んでちょうだい、私もあなたのことが」

「違います。私は聖女ユリア様の護衛騎士。私が守ると誓ったのはユリア様です」

 ユリアの手を取り、いつになく強い声音で言い切ったレインに王女は目を丸くする。ユリアに至ってはときめき等々により目を回している。優しく涙を拭ってくれてユリアを守ると言い切るレイン。なんだこれは。なんだこれは!?

(さっきからものすごく都合のいい夢を見ているような……ヘイ女神様、これって現実!?)

『現実よ。直視しなさいなー』

 そんな女神とのやりとりをしている中でもレインは言葉を続ける。

「純粋な殿下を勘違いさせてしまったことについてはお詫びいたします。ですので今ここで訂正させていただきます。私が恋心を寄せる相手は、聖女ユリア様。この方以外、ありえません」

「女神様ァアアアア!!!!」

『現実よぉおおおおおー!!』

 許容量を超えた現実にユリアはついに雄叫びを上げてしまったが、女神になだめられて落ち着きを取り戻す。特に気にしていないふたりに安堵していると、怒りで震えていた王女はつんとそっぽを向いた。

「ふ、ふん、わ、わかっていてよ、ちょっとからかっただけじゃないの、本気にしちゃって、やあね」

「殿下、さすがに取り繕えていません。勘違いをしていたとお認めになった方が潔いかと」

「追撃をするんじゃないわよ! こほん、あなたの聖女ユリアへの愛はわかったけれど、肝心のユリアはどうなのかしら。昔からお兄様が好きで好きでたまらなかったでしょう? そのことをお父様も知っていて、お兄様とユリアの結婚も進めているわ」

 ねえ、お兄様、そうよね?

 リリーの言葉とともに王太子ライアンが姿を現した。くせのないまっすぐな金髪に強気な瞳。レインよりずいぶんと小さく、ユリアとあまり変わらない背丈。それでも王太子の貫禄をまとわせる、生まれながらの王者。

『うっとうしいんだよ、お前!』

 あの日ユリアの好意を拒絶し、突き飛ばした男がそこにいた。

「……ライアン様」

 表情を硬くし、ユリアは彼から逃げるようにレインにすがりつく。レインもそれに気づき、ユリアを守るように手を握り、ライアンを睨みつけた。そのさまを鼻で笑い、ライアンは告げた。

「喜べ、ユリア。お前の長く続いた初恋が実るぞ」

 ライアンは懐かしく素敵な思い出を語るかのように口を開いた。

「お前は昔から俺のことが好きだったな。まさに猪突猛進といったふうに俺に猛アプローチ。それが効かぬと悟ってからはしおらしい聖女へ変わった。俺好みの女にな。まったく健気なことだな、ユリア」

 その努力に免じて結婚をしてやろう、とライアンはどこまでも上の立場で物を言ってくる。どこまでも、自分が愛されていることが当然かのように、ユリアは視線を落とす。

 確かに聖女の仮面をかぶったのはライアンがきっかけだ。

 だが、ライアンのためではない。

「……んじゃ、ないわよ」

「ん? 感激で泣くか? それもまた」

「泣くわけないでしょ! 勘違いするんじゃないわよ! あんたのために変わったんじゃない! 自分のためよ!」

 ライアンの声に顔を上げ、ユリアはほとばしる怒りのままにテーブルを叩いた。がしゃん、と茶器が割れんばかりに音を立てたが気にしている場合ではない。

「ふざけんじゃないわ! 誰が! 今も! あんたのこと好きなもんですか! とっくに終わったわよ! いつまで昔の栄光にすがりついてんのよ! 初恋を続けているのはあんたの方でしょうが! こっちは新しい恋を見つけてんの! あんたなんかちっとも眼中にないわ! さっさと大人になりなさいよこの性悪拗らせ童貞男ー!!」

「な、ななな……」

 顔を真っ赤にさせるライアンに、ユリアはレインに抱きついて言い放った。

「私はレインが好きなの! あんたよりずうっと情があるいい男なんだから! わかったらとっとと妹ともども王宮に帰りなさい! 居座るんだったら女神様に頼んで雷を落とすわよ!」

『あー、今なら怒りで落とせそうな気がするわー。帰れ帰れー!! 愚弟の子孫!』

 青空に急に暗雲がたちこめてきたのを見て、王子と王女は悲鳴を上げながら去っていった。ふー、ふー、と息を荒くして威嚇を続けていると、ユリア様、とレインから声をかけられた。そこでユリアは我に返った。すうっと血の気が引いた気がした。めちゃくちゃ醜態を晒してしまった。これまでの努力ががらがらと崩れていく。レインの方に顔を向けられない。向いたら終わりだ。

(ヘイ女神様……ここから巻き返せる方法を教えて……)

『受け入れなさいなー』

(無理ぃ……)

『ちゃんとレイン坊やの目を見なさいな。ほらほらー』

 恐る恐るレインの方を見やれば、レインは優しく微笑んでいた。漆黒の瞳はとろりととろけそうになっていて、口元には笑みをのせて。

 え、レインが笑ってる。

 無表情仏頂面を崩さないクールなレインが。

「レイン、あなた、なんで……」

「嬉しくて……ようやく感情も表情も豊かな、本来のあなたに再会できて、嬉しいのです」

「本来の私……再会……もしかして私たちどこかで会ってるの?」

「はい。十年ほど前に。俺がまだ名もない頃に、あなたが私を救ってくれたのです」


 レインは元々名もない孤児だった。親もなく家もなくひとりで生きていた。そんなある日のこと、王都に魔物の襲撃があった。避難する家もなく、守ってくれる誰かもいないレインは、魔物たちの格好の獲物となった。追いかけられて疲れ果てて転んでしまい、ここで死ぬのかと目を閉じたそのとき、亜麻色の髪の少女が颯爽と登場した。

『アチョーッ!』

 奇妙な声とともに魔物に華麗なる飛び蹴りを喰らわせ、魔物を撃退し、レインの手を引いて立ち上がらせた。困惑するレインをよそに、少女は安心させるようににっと笑ってみせた。

『大丈夫。私が、聖女様が、そして女神様があなたを守ります。騎士様方! こちらの子を安全なところへ!』

 そう言い残し、少女は騎士や聖女とともに魔物たちへと立ち向かっていった。レインの心を華麗に奪い去って。

 その後保護された先でレインは感謝とともにユリアに誓った。

『おれがあなたをまもります!』

『ありがとう。そのときを待っているわ』

 嬉しそうに笑う彼女にレインの心は奪われたままだった。


「その誓いを胸に、どんなことも乗り越えてきました」

 レインはユリアのもとに跪き、その手に口づけを落とした。

「お慕いしております、ユリア様。どうぞこれからも一番近くであなたを守らせてください」

「わ、わわ……私も、す、好き……」

 やっとのことで言ってから、きゃあとユリアは悲鳴を上げた。

「どどどど、どうしよう、この身体中を走る喜び。表に出しちゃってもいいかしら!?」

「ふふ、よろしいですよ」

 そう言ってレインは失礼、とつぶやいてからユリアを高く抱え上げた。

「天にいらっしゃる女神様にこの喜びを届けましょう」

「すぅ……いよっしゃああああああ!!!! 受け入れてくれてありがとうレイン! 見守っていてくれてありがとう女神様!」

『いやそんなのしなくったって聞こえてるってばー』

 その日、愛しき護衛騎士に抱え上げられた聖女ユリアの咆哮が響いた。その際に高く挙げた手は、一説によると女神への崇拝や感謝の気持ちを示したものであるとされている。

 この場面は宮廷絵師によって描かれ、聖女と騎士の切ない恋を詩とした歌とともに後世に広く伝わっている。


『もう……』

 雄叫びを上げて泣き笑い、こちらへと手を伸ばすユリアに、女神もつられて笑み、手を伸ばす。

『おめでとうね、ユリア、レイン』

 あんたたちがいつまでも素直に想い合える加護をあげるわ。

 愛しい我が子のような彼らを抱きしめ、女神は目を閉じた。

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