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深緑の命により  作者: 夜煌砂月
第一章
1/1

1.店主とアルバイト

  メルメト王国。その街の片隅に、小さな魔法薬店があった。お昼を過ぎた頃思い出したかのように開店し、日没と共に閉店するマイペースな店である。建物にはツタが絡んでおり怪しい雰囲気を感じるが、それも魔法薬店らしいと言えるだろう。

 そんな建物のドアノブに、初老の男性が手を伸ばす。心なしかドンヨリした雰囲気を漂わせた彼が入り口の扉を開けると、来店を知らせる鈴が音を鳴らした。

「いらっしゃいませ!!」

 入店するとすぐに、店の外観からは想像もできないほど溌剌(はつらつ)とした声に出迎えられる。この温度感の落差に一見の客はよく戸惑っているが、常連客にとっては日常の一部に過ぎない。初老の彼は後者であるようだった。

「こんにちは、ネーシャちゃん。木材に使える修復薬はあるかな?」

「はい、ございますよ!こちらです!」

 ネーシャと呼ばれた少女が、客に店内を案内する。

 店の内装からは特に変わった印象は受けない。壁に備え付けられた本棚に近い見た目の商品棚に、魔法薬が淡々と陳列されているだけだ。店の入り口のすぐ左手には扉の無い部屋があり、テーブルを一つ挟んで二つのソファが用意されている。店主と客が話をするための応接スペースとして使われているようだ。そして、店内最奥にはレジがある。レジの隣には簡易的な扉があり、その向こうにはおそらく魔法薬を調合するための部屋があるのだろう。店番を少女に任せた店主がいる部屋だ。

 少女は修復薬が並ぶ商品棚の前で立ち止まると、薬の解説を始めた。彼女の肩には今日も変わらず、ピンク色のトカゲが乗っている。

「木材用ならトカピテ鳥の羽を使った物がおすすめです!ただ、少し割高になってしまうんですよね…。できるだけ低価格ってなるとマイカの花の花びらか、ナヒダ線虫のものになります。でも質に差があったり匂いがキツかったりするので、私個人的にはトカピテ鳥の方をおすすめしたいです!」

 少女の解説を聞いて客は頭を悩ませる。少ししてから結論を出した。

「では、それにしようかな。」

「ありがとうございます!すぐに準備しますね。お待ちください!」

 少女は客が購入を決めた魔法薬を紙袋に入れて、代金を計算する。

「お待たせいたしました!こちらでお間違いないですか?」

「あぁ、大丈夫だよ。」

 少女の計算は間違いが多いことに定評があるが、今回は正しい価格が請求された。代金を支払った客が、ほんの少し安堵の表情を浮かべる。

「助かったよ。もう長い間使っている椅子の脚が折れてしまってね。古い物だから買い替えてもいいんだけど、思入れがあるから直せるうちは使っていたいんだ。」

 そう言いながら、客は受け取った魔法薬を大事そうに眺める。

「わぁ、それは素敵ですね!もし薬を使っても直らなかったら、もう一度いらしてください。うちの店主は修復魔法が使えますので、お伺いいたしますよ。」

「いいのかい?そんなサービスは無かったと思うけど…。」

「最近始めたんです!修復魔法、せっかく使えるのに使わないのはもったいないって私が説得して。」

「そうだったんだね。じゃあ、直らなかったらそうさせてもらうよ。本当にありがとう、ネーシャちゃん。ミノリちゃんもまたね。」

 少女の肩に乗ったトカゲが器用に前足を上げて返事をしたのを見ると、初老の客は踵をかえす。

「ありがとうございました!」

 彼は微笑みながら、来店時よりも少しだけ軽快な鈴の音を鳴らして店を後にした。



 魔法薬専門店、“pharmacy”。なんの捻りもない単純な名前からは名付けた店主の性格がうかがえる。

 店番をしていたのはネーシャという16歳の少女だ。綺麗な小花柄のワンピースを身に纏い、セミロングの髪をハーフアップにまとめてリボンで結んだ姿からは明るくて可愛らしい印象を受ける。

 そんな彼女の肩や頭に乗り、毎日彼女を一番近くで見守っているピンク色のトカゲの名はミノリ。眷属召喚魔法により生まれた、ネーシャの相棒だ。召喚したのは彼女ではないが。能力としては初歩的な魔法を少し使えるくらい、つまり有事に周囲にいる数人の安全くらいならまぁまぁ守れる程度である。命綱を持たせるのであれば少々心許ないが、ネーシャ自身はまだミノリのことを愛玩目的でしか活用していないため、日常の癒しでさえいてくれれば特に不都合は無いらしい。ちなみに体がピンク色である理由は、召喚者の友人がピンクの方が可愛いと力説したためであるのだそう。ネーシャもこの色を気に入っている。

 夕日が沈んで星が顔を出した頃、本日最後であろう客を見送ったネーシャが調合室にいる店主に向かって声をかけた。

「アスクさ〜ん!お店閉めてもいいですか〜?」

 返事はない。

(また本読んでるな…?)

 読書中の店主に遠くから声をかけても無駄であることを知っているネーシャは、ミノリを頭に乗せて店主がいる調合室へ向かう。

 案の定、店主のアスクはソファで仰向けになって学術書と見つめ合っていた。ソファの肘掛けに乗せた頭から腰まで届く長い髪を薄汚れた白衣の裾と共に床に放り出し、反対側の肘掛けの上に伸ばした足を組んでいる。暗い部屋で本を読むと目を悪くするといつも注意しているのだが、今日も変わらず部屋の蝋燭に火はついていない。

「アスクさ〜ん!」

 調合室の入り口から声をかけても聞こえていないらしいく返事がない。集中力が高いのは良いことだが、さすがにここまでのレベルだと何らかの病気を疑ってしまう。

 しびれを切らしたネーシャがアスクの肩を叩く。

 ポンポン。

「うわぁ!!」

 ゴンッ!

 驚いたアスクが鈍い音をたてながら絵に描いたようにソファから転がり落ちる。肩のあたりを床にぶつけたらしく、痛そうに摩った。

「った……。なんだお前か……」

「なんだじゃないですよ!お店閉めますけど、いいですか?」

「……ああ。」

 アスクからの返事を聞いたネーシャは、痛みに顔を歪める彼女に一切構わないまま店の方へ戻る。

 入り口の札を“close”に変えたら閉店作業の開始だ。商品棚の在庫を確認し、補充が必要なものをメモする。次にレジ周りの整理。残念ながらネーシャは数学が苦手なため、お金の計算関係は全てアスク頼りだ。それでも一応、あとは彼女が来て軽く計算するだけの状態にしておく。帳簿整理は、先ほどのメモと売り上げ金があるだけでできるらしい。ネーシャには難しいが。

「売り上げはどのくらいだ?」

 在庫確認が終わる頃に、ようやく本を手放したアスクが店の方へやってきた。

「いつもと同じくらいだと思いますよ。たぶん。」

「そうか。」

 そろばんを手にしたアスクがレジの傍にある椅子に座って計算を始めたところで、ネーシャは店の掃除に取り掛かる。掃除は上から下へが基本だ。まず商品棚のホコリを取り、窓ガラスを磨いてから床掃除に取り掛かる。

 濡らしたモップで床を拭いていると、帳簿整理を終えたアスクから声がかかった。

「今日はアパトスの実を砕いてみるか。乾燥したものだから、お前でもやりやすいと思う。掃除が終わったら調合室に来い。」

「は〜い。」

 後片付けをアルバイトに任せた店主は、再び店の奥へと戻っていった。

 閉店作業後、“雇用主とアルバイト”は“先生と生徒”に変わる。



 アルバイトであるネーシャには特殊体質があった。“精霊の受容者”と呼ばれるそれは希少なものであり、全世界でも数例しか確認されていない。そもそも発見されて十数年しか経っていないため、まだ世間には広く知られていないのだ。

 この体質を解説するにはまず、この世界に存在する神である“自然神”と、それにまつわる“精霊”について説明する必要がある。自然神とは、火を司る“陽火神(ようひしん)”、水を司る“潤水神(じゅんすいしん)”、草木と治癒を司る“深緑神(しんりょくしん)”、天候と災害を司る“雷光神(らいこうしん)”、そして未だ詳細が明らかになっていない“淵黒神(えんこくしん)”を総じた呼称であり、自然の輪廻やバランスを保つ役割を担っている。しかし自然神だけで役割を果たし切るには、この世界は広すぎる。そのため彼らは自身の分身のようなものを作り出して世界に解き放つことで、この世の細部にまで目を配り、影響を及ぼそうと考えた。そこで生まれたのが精霊だ。

 自然神からの使命を受けて生まれ落ちた精霊は、基本的にそのままの姿で実体を持ち、世界を不規則に漂いながらその使命を全うする。しかし、ごく稀に生まれたばかりの人間と結合し、そのまま成長するものがある。その人間を“精霊の受容者”と呼ぶ。また、その中でも特に深緑神から生まれた精霊が憑依した人間を“深緑の受容者”と呼び、ネーシャはこれにあたる。

 精霊の受容者には、特徴的な性質がいくつかあると言われている。そのうちの一つが特定の魔法や魔術との相性が極端に悪いことだ。深緑の受容者の場合は薬草や魔法薬との相性が悪い。ネーシャ曰く薬草に触れると、触ってはいけない物に触っているような言葉にできない恐怖、どこか落ち着かずにソワソワする感覚、全てを投げ出して逃げたくなるような焦燥感が込み上げてくるのだそう。この性質の原因は不明だが、他の受容者にも憑依した精霊に対応する魔法や魔術が苦手である傾向が確認されている。そのため精霊の受容者は学校で魔法を習う際、一つの属性の魔法だけが明らかに苦手で成績が悪いことが多い。…もっとも、ネーシャについては魔法薬学だけでなく全ての科目が落第寸前、留年ギリギリであるのだが。

 そんな彼女がアスクに教えを乞うことになったのは、二ヶ月前。魔法学校二年生一学期の期末試験の結果で養母を失神させたことが始まりだった。ネーシャは孤児であり、現在は育ての親である養母、トーリと共に二人で暮らしている。厳しい夏の日差しの中、ネーシャがこの世のものとは思えない点数を持ち帰ったことからトーリが考え出した苦肉の策が、ネーシャに専属教師を付けることだった。そこで指導役として指名されたのが、トーリの従姉妹であり魔法学校主席卒業生であるアスクだ。ネーシャは特に魔法薬学の成績が飛び抜けて酷かったため、魔法薬に詳しいアスクが適任だった。

 突然、トーリから専属教師になる提案を受けたアスク。面倒くさいことがとにかく嫌いな彼女は、当初は断固として拒否していた。しかし、従姉妹でありながら実の姉のような関係であるトーリには逆らえず、渋々提案を受け入れたのだ。ささやかな抵抗として『店を手伝ってくれるなら』という条件を付けたため、ネーシャは現在pharmacyでアルバイトをしながら学校の勉強全般、主に魔法薬学を教わっている。



 話は戻って閉店後のpharmacy店内。掃除を終えたネーシャが、ミノリと共に調合室に向かう。

 中に入ると、既にアスクが調合の用意をしていた。

 ネーシャがこの後加工する“アパトスの実”は、軽度の火傷に効く魔法薬の素となる。比較的扱いやすい素材であり、メルメト王国の子供が最初に入学する学校である“初級学校”の教材としてもよく使われている。火傷治療薬にするには砕いた直後に“ホタル樹の樹液”と混ぜる必要があるため、それも傍に用意してある。

 その他細々した機器の準備を完了させたアスクは、ネーシャに話しかける。

「先程も言ったが、今日はアパトスの実だ。5回目だったか?」

「そうですね。もうだいぶ慣れましたよ!一人でだってできちゃうかも!」

 ここぞとばかりにドヤ顔をキメるネーシャ。

「じゃあ私は本を読んできていいか?」

「…すみません。隣にいてください……。」

「はいはい。」

 アスクは近くにあった椅子に適当に座り、ネーシャの様子を眺める。

「今回は学校でのテストと同じく、加工、調合、瓶詰めまでして完成させてみろ。ホタル樹の樹液は真空容器から取り出すと劣化が早くなることを忘れるな。スピードもある程度必要だ。手順をしっかり確認してから始めるといい。」

「はい。」

 ミノリが調合台の上へ移動する。

 ネーシャは一度、深く呼吸をした。心の内にある焦燥感を落ち着かせ、素材と向き合う。所用時間は15分程。集中して一気に完成させるのがポイントだ。

 アスクとミノリの二人に見守られながら、調合が始まった。



 まずはアパトスの実を砕く。

ガンガン…ガンガン…。

ゴリゴリ…ゴリゴリ…。

 できた粉末とホタル樹の樹液を鍋に入れる。

サラサラ…サラサラ…。

トロトロ…トロトロ…。

 最後に魔力を込めながら加熱しつつ、全体をかき混ぜる。

ホワホワ…ホワホワ…。

ゴォゴォ…ゴォゴォ…。

クルクル…クルクル…。

 完成した液体を小瓶に詰めれば完成だ。


………。


………。



「…で、できたぁ〜!」

 繊細な作業から解放されたネーシャが高らかに声を上げる。

「お疲れ様。体調は大丈夫か?」

「はい。バッチリです!」

 アスクはできたばかりの治療楽をネーシャから受け取り、状態を観察する。ビンを傾けたり、光に透かしたりした後に一滴だけ手の甲に垂らした。

「どうですかね…?」

 垂らした薬を中指で塗り広げ、匂いを嗅いだアスクが顔を上げる。

「まぁ、悪くないんじゃないか?」

「やったぁ〜!」

 このまま舞い踊りそうなネーシャに、アスクは釘を刺す。

「言っておくが、学校のテストでギリギリ合格をもらえるか、もらえないかといったレベルだぞ。アパトスの実はもっと細かくていいし、樹液との調合の比率も完璧ではない。今回は樹液が少し多いな。スピードも必要だが、正確さも忘れるな。加熱時間も甘いし、鍋にかけた魔力も十分とは言えない。」

 アスクが指摘していくたびに、ネーシャの覇気が無くなり縮こまっていく。

「うぅ……。」

 すると、何かがアスクの腰あたりに触れた。ミノリの尻尾だ。呆れた表情をしたミノリがこちらを見上げている。再度尻尾が腰に当たると、ミノリの考えていることが頭に流れ込んできた。

『不慣れながらも最後までやり遂げ、見事成功したというのに褒め言葉の一つもやれんのか?ダメ出しをするだけが師ではないのだぞ。達成したという事実にも目を向けんか。』

 ミノリの言葉にアスクはぐうの音も出ない。ひとつ息をついてから、肩を落としているネーシャに声をかける。

「私は悪くないと言ったんだ。ここに来たばかりの頃と比べたら今回の成果は天と地ほどの差がある。このまま励めばまだ上達できるだろう。」

 そう伝えると、ネーシャは見事に180°態度を変える。

「え〜えへへへ〜。今度はもっと難しい調合をこなしてみせますよ!そしていつか、アスクさんを超えて見せます!」

 ネーシャはまた先程のようにドヤ顔をキメた。見るからに調子に乗っている。アスクは呆れながらミノリを見下ろした。褒めろと言ったのはこのトカゲだ。アスクはネーシャが褒めると調子に乗るタイプだとわかっていて何も言わなかったのに。そう目で訴えたが、ピンクのトカゲは素知らぬ顔でビンの蓋を弄んでいた。

(まぁ目標が高いのも悪くはないか。)

「ちなみに他の科目はどうなんだ?私を越える気なら、魔法薬学を極めるだけでは到底無理だぞ。」

 そう告げると、またネーシャはサーっと青ざめる。そして気まずそうに口を開いた。

「………数学と天文学がちょっとピンチ……かも?」

「はぁぁ〜。後で教科書を持って来い。まったく。お前が酷い点数を取ったら私が姉さんから小言を食らうんだからな。」

「お母様のお説教は長いですからね…。」

「だから真面目にやれと言っているんだ。」

「うううううぅぅぅ〜〜〜!」

 日が沈み、静まり返った夜空に、ネーシャの悲鳴とも言えない声が響き渡った。


 これは、とある調合師と魔法学生の成長をトカゲが見守る物語である。

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