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第一章:犬のせいで死んだ俺

 


 そして、その犬さえも無事だった。


 考える間もなく、俺はトラックのタイヤの下にいた。


 比喩じゃない。


 本当に、タイヤの下だ。


 左の頬に触れるアスファルトは冷たく、焼けたゴムの匂いが鼻腔を満たしている。こめかみから温かいものが流れているのが分かる――それが何かは考えたくなかった。想像できるくらいには賢いし、確かめる勇気がないくらいには臆病だったから。


 すぐ隣で、くすんだ黄色の毛並みをした雑種犬が、大きな黒い目で俺を見ていた。


 困惑しているように見えた。


 俺も困惑している。


 これは……俺が望んだ結末じゃない。


 そもそも、俺は人生で何かをちゃんと計画したことなんてなかったけど――もし最後の死に方を誰かに覚えられるように選べるなら、これは一番でも二番でも、十番目ですらなかった。


 トラックのクラクションは遠ざかっていく。運転手は逃げたのかもしれないし、止まったのかもしれない。でも、首をそこまで動かせなかった。


 見えるのは――何千回も通った歩道。三ヶ月前に閉店した角のパン屋。去年から修理されていない、チカチカと点滅する街灯。


 そして、その犬。


 さっき俺がトラックの進路から突き飛ばした犬。


 今は無傷で立っていて、俺を見つめている。その表情は――もし犬に表情があるなら――困惑と、ほんの少しの罪悪感が混ざっているように見えた。


 まあいい。少なくともどちらかは助かった。


 トラックの件の前、俺の人生はこんな感じだった。


 朝六時に起きる。七時に出勤。昼までコンビニの早番、夜は居酒屋で深夜まで働く。帰宅。四時間寝る。繰り返し。


 悲劇でもなければ、面白くもない。ただ「そこにある」だけの人生。部屋の隅の家具みたいに、誰も気にしないけど、なくなったら少し困る――そんな存在。


 秋原蓮。二十歳。大学は中退――頭が悪かったわけじゃない。三学期で金が尽きて、残りを払ってくれる人がいなかっただけ。連絡できる家族もいない――母は八歳のときに出て行き、父はその一年後、もっと決定的な形で消えた。酒と一緒に。親しい友人もいない――反社会的だからじゃない。シフトが重なりすぎて、人付き合いに割く余力がなかっただけだ。


 すべてが、平均。


 成績も、外見も、能力も。何か違うことをしようとしたこともあった――コンビニの料理コンテストに出たことがある。上司に「悪くない」と言われたからだ。結果は四人中三位。平均以下。


「お前ってさ、特別なとこ何もないよな、レン」


 居酒屋の新しいマネージャーが来て二週間後、そう言われた。


 意地悪な口調じゃなかった。それどころか、もっと悪い――ただの事実を述べるみたいな、何の感情もない声だった。


 そして悲しいことに、俺はそれを否定できなかった。


 正しかったからだ。


 秋原蓮には、何も特別なものがない。隠された才能も、磨けば光る資質も、人生を変える啓示もない。二十年も生きれば分かる――俺は、平凡な人間が溢れる世界で、その中でも特に目立たないただの一人だった。


 それでいい。


 俺はそれを受け入れていた。


 ――少なくとも、受け入れようとしていた。


 あの夜――トラックの夜。


 夜の十一時二十分過ぎ。秋の空気が、肘の擦り切れた薄いジャケットを通り抜けて刺さる。俺は少し俯いて歩いていた。落ち込んでいたわけじゃない。ただ、冷たい風は正面から受けると痛いから。


 だから気づくのが遅れた。


 犬は道路の真ん中に立っていた。


 静かな道じゃない。二車線の普通の道で、この時間帯としてはそれなりに車も通る。痩せた雑種犬。黄土色の毛に、胸元だけ白い斑。首輪はない。飼い主もいない。ただそこに立っているだけだった。何も恐れていないみたいに。


 右から、配送トラックのライトが眩しく迫る。


 もう遅い時間だ。疲れてる。俺の問題じゃない。


 そう思った。


 でも、足はもう動いていた。


 あとで気づいたことがある。人間の体は、時々、思考より正直だ。頭は言い訳を探すし、考えるし、動かない理由を並べる。でも体は――時に、脳が読み込み終わる前に選択してしまう。


 俺は道路に飛び出した。


 犬を歩道に突き飛ばす。


 犬は驚いたように吠え――恐怖というより抗議みたいな声だった――転がって、無事に歩道へ。


 俺は、避けきれなかった。


 トラックは急ブレーキをかけたが、間に合わなかった。


 言葉にしたくない音がして、


 そしてアスファルト。


 そして冷たさ。


 そして何もなくなって――


 ――そして、また何かがあった。


 光のトンネルはなかった。


 詩的な人生の回想もない。


 音楽も、安らぎもない。


 ただ、闇。


 その闇の中に、かろうじて「意識」と呼べるものがあった。電源の切れたモニターが、まだ待機状態にあるような感じ。何かは動いている。でも、それだけだ。


 ああ。これが死か。


 想像していたほどでもない。


 いや、そもそもちゃんと想像したことなんてなかったのかもしれない。人は死ぬと分かっていても、いざそれが来ると、なぜかいつも意外に思うものだ。


 手を動かそうとする。手がない。


 周りを見ようとする。周りがない。


 俺は……存在している。最低限の定義で。ただの意識として、どこにも行けずに。


 二十年の人生。助けを求めてもいない犬を助けて死んだ。


 俺のコンビニのシフトを惜しむ奴はいない。代わりを探す上司が少し面倒に思うくらいだろう。居酒屋も、二日くらいしてやっと俺が来ないことに気づくかもしれない。


 知らせるべき相手もいない。


 妙だけど、それは別に痛くなかった。


 痛みには体が必要で、俺にはもうそれがないからかもしれない。


 俺は待った。


 何を待っているのかも分からずに。これが終わりかもしれない――意識がゆっくりと消えていく。あるいは何か別のものへの過程かもしれない。平凡すぎて天国に直行もできず、罪もなくて地獄にも落ちない魂のための、宇宙の処理工程かもしれない。


 闇が続く。


 そして、何かが起きた。


 音でも光でもない。振動に近い。どこからともなく、異なる周波数が俺の意識に触れる。


 その振動の中で、言葉に似た何かが――聞こえるのではなく、直接刻み込まれるように伝わってきた。


 ――魂を検出。品質:非有意。潜在可能性:あり。配置を処理中。


 文句を言いたくなった。


「非有意」ってなんだよ。本気か? ここでもその評価か?


 だが抗議をまとめる前に、闇が変わった。明るくなるのではない。もっと濃く、重く、質感を持った闇に。


 その中で、無から生まれるように、小さな何かが脈打ち始める。


 温かい。


 そして――空腹。


 これは――


 最初に聞いた音は、泣き声だった。


 遠くて近い、水の中から聞こえるような音。それが徐々に鮮明になり、俺は気づく。


 それは外じゃない。


 俺の声だ。


 なんで泣いてる?


 ――赤ん坊だからだ。


 新しい脳――大人の手のひらに収まるほどの小さな脳、言語もまだ完全に処理できない脳――それなのに、前世の記憶はそのまま残っている。まるでハードが入れ替わっても、データだけは転送されたみたいに。


 仰向けになっている。低い天井は、手入れされていない黒ずんだ木材。煙と湿った土と、そして長く風呂に入っていない人間に似た、けれど少し違う匂いが混ざっている。


 上から顔が覗き込む。


 女だ。くすんだ茶色の髪、青白く疲れた顔。そして――俺を見下ろすその目には、本来あるべきものがなかった。


 喜びがない。


 安堵もない。


 あるのは――恐怖。


 ああ。これは、ろくな始まりにならないな。


 女は視界の外にいる誰かに話しかける。言葉は知らないはずなのに、意味だけは直接理解できた。


「印が出たわ」声が震えている。「左手に」


 男の声。重く、嫌悪を含んでいる。「何だと? 見せろ」


 誰かが俺の腕を持ち上げる。


 左手首に――俺に――刻まれているものがあった。刺青でも傷でもない。黒く、鋭い輪郭を持つ抽象的な紋様が、皮膚そのものに焼き付けられている。


 沈黙。


 そして男は、はっきりとした感情を込めて言った。


「捨てろ」


 この世界で最初に聞いた言葉がそれだった。自分の父親であるはずの男から。


 なるほど、と俺は思った。まだ泣くことしかできない赤ん坊の体で。


 どういう展開になるか、分かった気がする。


 すぐには捨てられなかった。


 どうやら、その手続きは俺の想像よりも面倒らしい。


 この世界での最初の三日間、俺は周囲の会話から状況を把握していった。置かれているのは小さなベッド。丁寧でも乱暴でもない扱い――処分を決めかねている書類を棚に置くような扱いだった。


 そこで知ったことは三つ。


 一つ目。ここは俺のいた世界ではない。


 二つ目。この世界では誰もが「スキルコア」と呼ばれるものを持って生まれる。それがすべてを決める。地位も、職業も、そして尊厳ある生の権利さえも。


 三つ目。俺のスキルコアは、元の世界で言うところの不治の病のように扱われている。


「デヴォア」


 言葉自体は恐ろしくない。だが、それを聞いた人間の反応はすべて同じだった。三日目に来た村の長、どこから噂を聞きつけたのか現れた街の兵士、そして実の母でさえ。


 後ずさる。


 一歩ではない。二歩、三歩。理屈を超えた、本能的な恐怖。


「呪われたスキル、クラスXだ」村長が低く断言する。「三代ぶりだ。もう伝説だと思っていた」


「どうすればいい?」父が問う。


 村長は少し黙り、


「規定通りだ。この子は村の記録に残してはならない。スキルコアも認められない。……公式には存在しないものとして扱う」


「育てたら?」


「自己責任だ。教会も王国も、知れば黙ってはいないだろう」村長は俺の印を見つめた。「デヴォアは異常だ。この世界の仕組みの外にある。存在してはならないものだ」


 存在してはならない。


 前の世界では「特別じゃない」。


 この世界では「存在してはいけない」。


 進歩だな。


 三日目の夜。


 湿った木の匂いのする小さなベッドに寝かされて、俺は初めて「それ」を感じた。


 力としてではない。


 制御できるものとしてでもない。


 ただの感覚として。


 空腹。


 赤ん坊の空腹とは違う。それもあるが、これはもっと深い。胸と腹の間、名前もない場所に空いた穴のようなもの。


 満たしたい。


 何かで。


 食べ物ではなく――もっと別の何かで。


 これが、恐れられている理由か。


 不思議と、怖くはなかった。


 怖がるには文脈が必要だ。そして今の俺の文脈はこうだ――一度死に、すべてを失い、今は誰にも望まれない存在としてここにいる。


 恐怖なんて、贅沢すぎる。


 低い天井の影が、隙間から入る夜風で揺れている。


 俺はそれを見つめながら、


 この人生で初めて――いや、二つの人生を通して初めてかもしれない――ある感情を抱いた。


 怒りでも、悲しみでも、希望でもない。


 もっと原始的なもの。


 意志。


 お前は取るに足らない。


 お前は存在してはならない。


 捨てられる。


 この世界はお前を望まない。


 ――なら、いい。


 首も持ち上げられない赤ん坊の体で、俺は決めた。


 どう思われようと、関係ない。


 世界が何を望もうと、関係ない。


 ここにいるのは、許されたからじゃない。


 俺が、ここにいると決めたからだ。


 空腹が脈打つ。


 温かく、


 長い眠りから目覚める何かのように。


 ※ ※ ※


 それから八年後。


 カイエンの左手の印が初めて本当の力として脈打ったとき――最初の狼が武器ではなく、彼の内から現れた何かに呑み込まれて死んだとき。


 それを見ていた者はいない。


 それが特別な瞬間だと記録する者もいない。


 あるのは森だけ。


 血だけ。


 そして、長く飢えていた一人の少年が、その飢えを満たせると知ったという事実だけ。


 デヴォア。


 最も単純で、最も複雑な言葉。


 喰らう。


 それだけだ。




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