‐〖人間観察部〗‐
『部名』…「人間観察」部
『代表者』…「2年4組‐浜田洋二」
『部員』…「2年4組‐浜田洋二」「2年4組‐加納巧」「2年6組‐島本創」
『活動目的』…「この世に生きる人間の姿及び言動を観察し、生態記録として保存する。」
『部室』…「旧校舎2‐2」『顧問』…「第16期生徒会会長」
細長い髪質に骨ばった輪郭。少しよれた制服を着るその男子生徒は、座りながらもどこか落ち着かない様子だった。
人間観察部部長、浜田洋二。今回の調査対象に向けて、檜佐木は定型文で問いかける。
「これまで人間観察部ではどのような活動を行ってきましたか?」
「あっはいっ。えーっ、現在は主に校内の生徒や教師を中心に、その、観察を、行っています。日常生活の中で、えー、どのような言動をとっているのか等を……記録してっ、生物的な人間としての性格を分類していましてっ、え、えっとっ、こちらがそれを記した観察記録になりますっ」
「確認させてもらいます」
自主的に提出されたノートを受け取り、早速表紙をめくった。すると確かに生徒の分析らしき文章が殴り書きされてある。埋まっているのは冒頭三ページだけだったが、まだ部が立ち上がったばかりだからとも取れるだろう。
横からノートを覗き込んでいた美吉は、ようやく現れた熱意の証明に微笑みを浮かべていた。
「今回こそはちゃんと部活動をしているみたいだね」
「え、ええそうです」
生徒会長のお墨付きを貰って浜田洋二はホッとした様子で同調する。このまま面接が終わると予期したのか、その強張る体からは少し力が抜けていた。
しかし副会長は、閉じたノートを返却しながら更なる問いを重ねた。
「可能なら、もっと具体的な内容を教えて頂けますか?」
するとまた、人間観察部部長の両肩が跳ねる。
「へっ? ぐ、具体的? と、と言っても校内を歩き回って生徒達の行動を記録に取る程度しか……あーえーっと、部員は基本的にまとまって行動してるけど……」
大した情報が追加されない中でもその尋問は終わらない。美吉も不思議そうに眼鏡を見つめていたが、淡々とした質問は左右に動く瞳を離さなかった。
「では、どうやって記録を取っていますか?」
「い、いやだからこのノートに……」
「他にはないのですか?」
「あ、えー……ま、まあカメラとかも使ってた、かな……?」
ようやく引っ張り出されたのは真実の片鱗。けれども自白には至らず、誘導を諦めた檜佐木は眼鏡の位置を直しながら、机の上に一枚のA4用紙を置いた。
「そのカメラの撮影データについてですが、こちらで調べさせて頂きました」
「ッ!?」
途端、浜田洋二の顔が仮面を剥がされたように引きつる。
その紙に印刷されていたのは、PC画面で開いたのだろうフォルダの中身だった。画像データが一覧でズラッと並べられていて、画質は少し荒いが、よく見ればそれがどういうものかは判別出来る。
「ん? なに? ってこれ……」
事態を把握していない会長もそのA4用紙に目を通し、そして表情をすぐに歪めた。彼女が浮かべた疑念に応えるよう、副会長は調査結果を報告する。
「人間観察部が所有するメモリーカードの中身には、女子生徒を盗撮した画像データが大量に保存されていました。ざっと千枚ほどです」
「へ、へへ変態じゃん!」
全身を駆け巡る怖気に美吉はつい叫んでいた。A4用紙に印刷されていたのは確かに、際どい画角で女子生徒を映した画像群だ。
罪を浮きつけられた人間観察部部長は、慌てて立ち上がり声を荒げる。
「へ、変態じゃないっ! これはれっきとした部活動だ! そ、それにこれはデータの一部のはずっ! 男を撮影している画像もあっただろう!?」
「仰る通り、部員同士で試し撮りをしているようなデータが二つほどありましたね」
「そんなのもう全部盗撮じゃないっ!」
「ぐぅっ!?」
浜田洋二は言葉を失っていた。その拳をきつく握り締め、体中からは大量の汗を流している。
もう言い逃れ出来ない状況に、学校をより良くするため奮闘している生徒会長は困惑を見せていた。
「や、やっぱりまともな部活ってないんだ……」
その不安に答えようとした副会長を遮って、浜田洋二は言い訳を思い付く。
「そもそもっ! 部員は全員男ですので、男の言動には興味がないのですっ! 自分の生活で大体把握出来ますからッ、だからっ、我々は女性の生体への興味の方が大きく、そちらを優先して観察していたのですっ!」
「それっぽい言い訳だ……!」
「騙されないで下さい」
まんまと感心する美吉に檜佐木が釘を刺す。そもそも前の発言と食い違いがあるのだから無理な言い分だ。
とは言え、人間観察部を追い詰める材料ならまだ用意してあった。
「一応伝えておきますと、一部の女子生徒から盗撮被害に遭っているという苦情が寄せられています。女子生徒は撮影をやめるように訴えたそうですが、『部活動だから認められている行為だ』などと言った反論をされたと聞いております」
「うわぁ……」
挙げられた実被害に、さすがの美吉もその表情に嫌悪を浮かべる。
元々、苦情解決が先だった。聞き取りなどを行っている内に人間観察部へと繋がり、そして彼らの部室内を調べたところでメモリーカードを見つけたのだ。
自白していれば多少の情けはかけていたかもしれないがそれは叶わず、結局罪を暴くような形になってしまった。
どちらにせよ、人間観察部の活動はもう許されない。
「い、いやっ、だからその……」
どうにか逃げ道を探そうとする浜田洋二に、生徒会長も憐れむように呟く。
「もう、言い逃れ出来ないんじゃないかなぁ……」
「あなたが承認していなければ、このような事は起こらなかったかもしれませんが」
「い、いやでもまさか、こんなことするとは分かんなかっただろうし、それで気付けなかったら結局はこうなってただろうしぃ……」
急に矛先を自分に向けられ、会長は目を泳がした。自身の至らなさを責められるのはもう何度目か分からない。
と、視線が外れているのを好機と見てか、浜田洋二が椅子を蹴る。
「きょ、今日は用事があるので帰りますッ!」
「あ、待てっ!」
荷物を回収して急ぎ生徒会室を去ろうとする。美吉は手を伸ばすが、机に阻まれて届きはしない。
しかし浜田洋二が駆け寄った扉は、タイミング悪く外側から開かれた。
「がふっ!?」
「副会ちょ——わっ」
扉に弾かれた逃亡者は傍の壁に勢い良く打ち付けられる。その衝撃に驚いて顔を覗かせたのは、小柄な女子生徒だ。
「ナイス庶務ちゃん!」
美吉からのサムズアップで花寄史は大体の事情を把握する。室内に入るとすぐに扉を閉めて鍵を掛けた。それと同時、立ち上がった浜田洋二は懲りずに逃げようと扉の前に立つ小柄女子へと突進する。
「ど、どけっ!」
「あ、危ないですよっ」
対する花寄はフラリと躱し、ついでとばかりに足を引っ掛けた。
後ろから前に出ようと持ち上がった男の右足は、突然横から伸びたハードルを越えられず、とっさに重心を見失う。バランスを整えようとした左足が前方に跳ね、足元に気を取られた男はそこが狭い部屋だという事を忘れさせられていた。
ピョンピョン、ドガッ。
「ふがっ!?」
二度目の、扉への激突。
先ほど以上の衝撃を受けた逃亡者は、ズルズルとその場にへたり込んだ。それを無視して庶務は、本来の用事を済ませに副会長の下へと歩み寄る。
「副会長、言われた通り女子更衣室に隠しカメラありました」
「やはりですか。……これも、あなた方の仕業ですね?」
「違うッ! ボクが仕掛けた証拠はどこにあるんだ!?」
「えっとぉ、これに映ってます……」
勢いだけの反論に、花寄は申し訳なさそうに回収した小型カメラを取り出す。そしてそれを手際良くノートPCに繋げると、録画された映像を再生させた。
『——し、これで完璧だ』『ぐふふ、これも部活動の一環だから仕方ないよなぁ』『ああ仕方ないぜ。にしてもこんな部活が認められるなんて生徒会長万歳だ』『おれ、生徒会長タイプなんだよなぁ。今度、生徒会室にも仕掛けようよ』『良い趣味だが、生徒会室じゃあ男共も映っちまうぞ』
隠しカメラを設置して離れるところだったのだろう。三人の男子生徒が声を潜めながら会話をしていて、その中には確かに浜田洋二と思われる姿も残されていた。
「滅茶苦茶犯罪しとるぅ!?」
「会長も、気を付けてくださいね……」
愕然とする生徒会長に、苦笑を浮かべて心配を向ける庶務。それを横目に副会長は、改めて犯罪者へと告げた。
「盗撮は立派な犯罪です。先生方にも報告しなければならないですし、まず間違いなく警察にも話が行くでしょう。覚悟しておいて下さい」
「ちょ、ちょっと待てっ! まだそれは設置したばかりでボク達は中身を見ていないぞっ! だったら盗撮していないのと一緒だッ!」
「いえ、捕まりますよ」
相変わらず罪から逃れようとする加害者に、副会長は端的に伝える。その傍で庶務が、証拠の確実性を補足した。
「と、盗撮目的で女子更衣室等の場所にカメラを設置した時点で、犯罪行為に当たります。え、えっとそれに、画像でのデータの方も下着を映しているのがありましたし、何より嫌がっている女子生徒にカメラを向けた証言も取れていますので……その、厳しいかと」
「うーん、こりゃ停学は間違いないね」
「そんなっ、そんなの横暴だ! これは部活動なのにっ!?」
味方のいない空間で、ついに浜田洋二は泣き崩れる。逃げ出すのも忘れて、みっともなく喚き散らしていた。
その後、近くに待機させていた会計を呼び出し、人間観察部部員をまとめて職員室へと連行していった。簡単な事情説明を教師にだけ行い処遇を任せ、仕事の残っている生徒会メンバーは再び生徒会室へと戻ってくる。
蹴飛ばされたままだった椅子を見つめて、美吉は今日を振り返った。
「いやぁまさか、犯罪者まで出してしまうとはねぇ……」
「真剣に反省してもらいたいところです」
「うん、そうだねー」
副会長からの戒めが自分にも向けられているとは気付いた様子もなく、彼女は今日も今日とて生徒会長の席に座るのだった。




