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檀々高校生徒会による部活動調査  作者: 落光ふたつ
【今から匙をぶん投げる部】
16/21

‐〖今から匙をぶん投げる部②〗‐

 檜佐木の隣を歩く美吉は、窓の外を不安そうに眺めている。

「今日、練習無理だよね」

「そうですね。この天気では屋上は使わせられません」

 旧校舎階段の踊り場。通りすがりに見えたガラスには、いくつもの雨粒が叩きつけられている。普段なら見下ろす敷地に生徒の行き交いがよく見える時間帯なのだが、グラウンドにさえ誰もいなかった。

「副会長くん的には、みんなの頑張りどう思う?」

「精一杯やっているように思いますよ」

「……うん、そうだよね」

 胸に生まれる感情をどうにか飲み込む。心配性な彼女にとっては、嘘のない評価は少しながらも安心をくれた。

 体の向きを変え、また階段へと踏み出す。すると声が届いていたのか、上階の手すりからひょっこりと顔が覗いた。

「あ、来たっ」

 楠木形が言うと、続いて他の三人も顔を並べる。それを見上げる檜佐木と美吉は軽い挨拶を返し、僅かに歩を急いだ。

 3階に到着すれば、早速今日の連絡事項が伝えられる。

「今日は雨が降っていますので、屋上は使わせられません」

「まあ、そうですわよね」

「今日は、叩けない……っ?」

「このまま雨だったらずっと練習出来ないんじゃ……」

 みぞれは分かっていたと受け入れ、優明と京香はそれぞれに絶望する。生徒会が来て持ち上げた腰もドスンと落とし、壁に寄り掛かった。

 形も屋上には行けないと予想していたようで、みぞれに相談を持ち掛ける。

「どうしよっか。みぞれちゃんは、今日早めにバイト行く?」

「早く行っても時間を無駄にするだけですわ」

 明日葉みぞれは誰よりも身なりに気を遣っているが、その家庭は貧しい。

 ほぼ毎日アルバイトをこなし、弟妹の世話にも頼られて。人より必要な時間が多い彼女は日頃から部活を早く切り上げていた。

 そのせいで他部員より練習量は少ないが、誰もそれを責めはしない。限られた時間の中でも自主練習を欠かしていないのは皆が知っている事だった。

 何より、みぞれ以上にそのバンドには欠点がある。

「この機会ですし、そろそろ京香のメンタル改善を行いませんこと?」

「え゛っ?」

 突然標的に定められ、その端正な顔立ちが大きく歪む。

 柳瀬京香はストレスに弱い。今もまだ監視者と新入りボーカルの存在に気を揉んで、体調を悪くする事が多々あった。顔を青ざめさせ早々に離脱するのが常なのである。

 そもそも文化祭では人前で演奏しなければならないのに、彼女はそんな状況ではまともに立っていられないだろう。

「キョウちゃん一番練習してるのに、見られてると一気にダメになるからなー」

「……叩けば直る。デデデデ、シャンシャーン」

「ひぃんっ」

 優明に肩を叩かれて震える京香。真の実力ならそのドラム担当とも劣らないはずなのに、すぐ涙目になるものだから指先を見失ってしまう。

「目隠しとかやってみる?」

「さすがに無理だよ……」

「でしたら壁で囲って閉じ込めてみましょう」

「ひ、一人は寂しいな……」

「叩けば直る……!」

「あのそれ、痛くってぇ……」

 練習が出来ないなら出来る事を模索する。仲睦まじげに遊んでいるだけのように見えても、四人は確かに前進しようと努力していた。

 そんな光景を愛おしく思う美吉は、バンドの一員として提案する。

「やっぱり、練習出来ないかな?」

 全員が視線を集めた。檜佐木は一旦、続きを待った。

「みんなも、前からバンドはしてたんだよね? じゃあ他にも練習場所があるんじゃないの? 可能なら今からでもそこに行こうよっ」

 憶測ではある。けれど彼女らの結成は中学時代だと言っていたし、間違ってはいないだろう。

 実際、四人は思い当たりがあるように視線を交わし合うが、その表情は浮かなかった。

「いやそれは、」

「あの子の家だから……」

「今はまだ、難しいですわ」

「……」

 言葉に詰まる京香に、無理をして理由を語ろうとする形、みぞれはハッキリと意思を告げ、優明は沈黙を保つ。

 重くなる空気に、美吉の顔は引きつった。事情の知らない新入りは地雷を踏んだらしい。

 立て直しをと彼女が焦る傍で、檜佐木が結論付けるために口を開く。

「恐らくは学校外でしょうし、今から楽器を運ぶのは大変でしょう」

「それはそう、だね」

 雨が降っているのだから屋外への運搬は難しい。校内の教室も、散々部室探しに苦労したのだから空いている訳もない。

 失敗したと肩を落とす美吉。するとそれを見かねてか、今度は檜佐木から案が出た。

「どうしてもと仰るなら、ここでやってはいかがですか?」

 屋上への階段前、3階廊下に繋がる踊り場未満のスペース。

 示される辺りを見渡した美吉は、しかしと以前に聞いた禁止事項を思い出し疑問で返した。

「大丈夫、なの? 教室以外での部活動って、禁止なんじゃぁ……」

「禁止されているのは、通行の妨げになる場所での活動です。屁理屈気味ではありますが、普段は閉鎖されている屋上への道なら本来は通行出来ませんし、良しとして目を瞑りましょう」

 立ち入り禁止を示すプラスチック製のチェーンを、折り返す手すりから廊下に向けて伸ばす。それはかなり狭いが、階段を上った先も使えば、一つ分のバンドなら十分に足りる部室となった。

 バンドメンバーもいまいち飲み込めず沈黙している中、檜佐木は注意事項を加える。

「ある程度の苦情に関してはこちらで責任を負いますが、アンプの使用は控えて下さい。ドラムは……屋上扉前で演奏してもらえば良しとしましょうか。くれぐれも足元には気を付けて下さいね」

 最低限の指示は、練習だけなら十分な条件だった。楽器が弾けると分かった部員達は徐々にその顔を晴れさせていって。

 京香はコッソリとみぞれに耳打ちをする。

「副会長さんって、やっぱ優しいね」

「本人に直接言いなさいな」

 相変わらずの内気さには呆れつつも、その感想には同意と微笑む。そうして早速、練習の準備に取り掛かった。

 ドラムにキーボード、その他機材は屋上の扉前にまとめて置いてある。ギターとベースは持ち主の肩にそもそも掛けてあり、二人は自分の立ち位置を確認している。

 優明と京香は階段を駆け上がり、楽器を確保した。屋上扉前の空間はドラムを広げればもう一杯で、キーボードは居場所を求めて降りてくる。

「っと」

 大事そうに両手で抱え、そのせいで足下が見えていない。とはいえ自分の楽器だからと一人で運ぼうとする京香だったが、

「ひゃぁっ!?」

 宙に浮いたままの右足に体重が移動し、支えもないまま体が傾く。

「危ないっ!」「京香っ!」

 頭上での転倒に気付いた形とみぞれがとっさに声を上げるが、楽器を手にする二人が駆け寄れば余計に危ない。その思考が一瞬の躊躇を生んだ。

 京香はキーボードだけは守ろうと体をひねる。背中を下に向け、身長分の落下に備えて目をきつく瞑った。

 衝撃が訪れるまでの時間はやけにゆっくりで。

「……?」

 それは、あまりにも長かった。

 と言うかやってこなかった。

 さっきから何かに全身を包み込まれているような気もして、その真相を確かめるため、京香は瞼を開く。

 そして、目の前の顔に爆発した。


「大丈夫でしたか?」


 階段の途中、背中から倒れる京香を抱き留めていたのは、檜佐木だ。

 意外にもたくましい腕でしっかりと、その体とキーボードをまとめて救ってみせていて、長い訳でもない頭髪が、少女目線からはなびいて見えた。

 無事の確認に、煙を吹き出す赤面は絞り出すように頷く。

「ひゃ、ひゃい……」

 その乙女チックな表情は、下からは見えていなかったらしい。見上げているメンバー達は怪我が無い事にホッと胸を撫で下ろし、檜佐木と共に下りてくるのを見届ける。

 広い足場に着いてからも京香はどこかぽけーっとしていて、楽器運搬を任せた恩人がそのまま設置も代行してくれた。

「これでよろしかったですか?」

「は、はいっ。完璧ですっ!」

 とっさに返すその声音はいつもより高く。檜佐木がその場を離れても、彼女の視線はチラチラと眼鏡を盗み見る。

 明らかな異変は、さすがに周囲にも露呈した。

「んん?」「あれ?」「あら?」

 美吉、形、みぞれが同じ可能性を浮かべて首を傾げる。それを誰かが口にする前に、一人無関係だった優明が流れを切り裂いてドラムを叩いた。

 いつものように慌てて演奏が始まる。出だしを立て直したところで、当人以外がすぐに気付いた。

 キーボードが、格段に上手くなっている。

 音がハッキリしていて迷いがない。リズムに寄り添いメロディを牽引して、今その時はまさに、京香がバンドを支えていた。

「っ」

 ただその意識は指先になく。檜佐木と目が合って更に顔を赤らめている。

 胸のトキメキは臆病を吹き飛ばし、いつも以上に視線が集まっているのに気にならない。一心に、異性へのアピールとしてそのメスは鍵盤を弾き奏でた。

 かくして、今から匙をぶん投げる部の一番の弱点は克服されたのだった。



 今から匙をぶん投げる部が屋内練習をしている中、監視の必要がなくなった檜佐木は生徒会業務で旧校舎を離れていた。一時間ほどで急ぎの案件を片付け様子を見に戻ってくれば当然に演奏は続いていて、3階に着くと丁度曲が終わるところだった。

 彼が現れた途端、京香の顔が華やぐ。

「ひ、檜佐木副会長っ。どうでしたかボクの演奏っ!?」

 すぐに演奏が始まるだろうに駆け寄ってくる。急変した態度を指摘する事もなく、檜佐木は問いかけにただ応えた。

「途中からしか聞いませんでしたが、以前に比べて格段に上手に思いましたよ」

「え、そうですかっ? えへへっ。あのっ、もっと頑張りますねっ」

「ええ、頑張って下さい」

 激励を向けられ、感激のあまり口を半開きにする。大量のハートを浮かべるその様に、それなりの付き合いである部員達は微妙な表情を浮かべていた。

「んー、キャラ崩壊だなぁ」

「……まあ、結果的に良くはなっていますわ」

 浮かれた仲間の姿をすぐには受け入れられない様子で。半分部外者の美吉も苦笑を零している。

 と一息ついたのも束の間、またドラムが鳴り始めた。檜佐木の下で賞賛を貰っていた京香は慌てて持ち場に戻る。

「……ん゛んっ」

 イントロの間、美吉は自分の喉に手を当てていた。違和感があるのかそれを取り除こうと、歌い出し前に咳払いをする。

 そうして電源の入っていないマイクを構えた時、唐突にギターの音が止まった。弦から指を離した形は、全体に振り返って大きく手を振る。

「すとーっぷ! ……ってユメが止まるわけないか。まあいいや。梓沙さん。喉大丈夫ですか? 調子悪いんなら休んでくださいっ」

 練習を中断した形はボーカルの異変を目敏く見つけていたようで、無理はさせられないと休息を提案する。

「え? ああいやでも……」

「本番中に声が出なくなる方が迷惑ですわ」

 とっさに断ろうとした美吉に、みぞれが突き放すように気を遣った。それに京香も激しく同意と勢い良く頷いていて。

 それでも抜けようとしないボーカルを、形が無理矢理に背中を押す。

「梓沙さん、もう充分に上手いですし、休んでて大丈夫ですよっ」

「えっとでも、もうちょっと、」

 自分では納得していないのか、まだ練習をしたいと美吉は振り返ろうとする。すると檜佐木が、彼女を出迎えるよう壁に背中を預けた。

「それじゃあ、私と一緒に見学しましょうか」

「え……あ、うん」

 仕事人間からの誘いに思わず頷く。それを聞いていた形はニッコリと笑って、立ち位置へと戻っていった。

 渋々、檜佐木の隣に並ぶ美吉。その表情はやや不満げで、けれど喉の調子は本当に悪いらしく、ポケットからのど飴を取り出す。

 檜佐木は彼女の気を逸らさせるついでに、様子見の目的だった確認を投げた。

「苦情とかはありませんでしたか?」

「う、うん。通りがかった人はむしろ応援してくれたよ」

「そうですか。生徒会長が歌うという宣伝が少しは出来ましたかね」

「あ、そういう作戦もあったんだ」

 ちゃっかりしている副会長の狙いに、思わず笑みを零す。それから飴を口の中に放り込み、バンドの練習風景を眺めた。

 手を止めていた三人はドラムに合流し、ボーカル不在で続ける。楽器が主役な分、彼女達の上達具合は、更に明瞭となっていた。

 檜佐木も今は珍しく、業務もせずにただ演奏に耳を傾けている。時折、キーボード担当からの視線を浴びる彼を、美吉は興味深げに横目で盗み見ていた。

 しばらくして曲が終わる。

 すると形が急いで階段を駆け上がり、またスティックを振り下ろそうとした優明の手首を捕まえ止めた。

「梓沙さん抜けたからあっちしよっ。二人もいいよねっ?」

「ええ、それが良いと思いますわ」

「う、うんっ。やるっ!」

 形の提案に二人共に頷く。少し遅れて優明も承諾して、形が手首を解放すればすぐさまドラムを叩き出した。

「だから始めるの早いって!」

「京香のように踏み外さないでくださいな」

「あ、あんま言わないでよっ」

 慌てて駆け下りる形にみぞれがわざとらしく忠告をして、京香が顔を赤らめる。そうして四人は、先ほどとは別の曲を奏でた。

 それは二曲目。文化祭で美吉が抜けた後に四人だけで行う予定の楽曲で、まだ誰も知らない自作の譜面だった。

「そういえば聞くの初めてかも」

「以前練習していた時は、美吉さんはいませんでしたね」

 屋上を監視しないといけない都合上、バンド練習の出席率は檜佐木の方が高い。耳馴染みのないメロディに、美吉は期待して耳を傾けた。

 しかしその表情には、僅かに疑念が生まれる。

 視線の先、バンドメンバー達がまとう空気がどうにも重く感じた。

 手元を見るため以上に俯いている気がして、必死に何かを耐えるように唇まで噛みしめている。そのせいで歌い出しも遅れ、中途半端なところで形が口を開いた。

「あしっ……どうかなっ! きのうはさんざんなあめっ」

 それに続いて他三人も歌詞を読み上げるが、音程は不揃いだ。やはり誰もボーカルを務められる実力はなかった。

 それでも震えをどうにか押さえつけ、マイクもなしに楽器と張り合う。

 その様子はただ、一生懸命だった。

「良い、歌だね」

「そうですね」

 美吉の感想に檜佐木も頷く。未熟であっても、彼女達の伝えたい感情は確かに伝わっていた。


 それは、星に願いを乗せる歌。

 夜空を駆ける四つの星に、想いを託す言葉だった。


 そのバンドには、ボーカルが欠けている。

 新しく加入する前から、その中心には空白が残っていた。

 まるで、今までそこで誰かが歌っていたかのようで。

 そして今は、そこにいない。


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