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檀々高校生徒会による部活動調査  作者: 落光ふたつ
【今から匙をぶん投げる部】
15/20

‐〖今から匙をぶん投げる部①〗‐

 旧校舎音楽室にて、軽音部は文化祭に向けての練習を行っている。しかし一人の女子生徒によって、しばらく中断させられていた。

「ホントにここが部室なんですっ! だからっ、交代でいいんで使わせてくださいっ!」

 楠木形——今から匙をぶん投げる部の一際小柄な部員だ。ショートカットの髪型と少し焼けた肌は活発を象徴して、背の低さもあってよく中学生と間違われる。

 稽古場を求めて泣きついているようだが、軽音部は譲らなかった。自分達も追い詰められているのだから情けをかける訳にもいかない。

「いやあの、何回も言ってるけどここは俺たちの部室だし……」

 部長の山本は困りながらも変わらない理由を伝えた。一度は不憫に思って勧誘した手前強く突っぱねられず、長引く交渉に他のメンバーは退屈そうにスマホを弄っている。

 とそこへ、問題が起こっていると聞き駆け付けた美吉と檜佐木が割って入った。

「生徒会が来ったよー!」

「何か揉めているようですが、どうかされましたか?」

 音楽室入り口に立っても気付かれなかったので、美吉が高らかに名乗りを上げる。それに続いて檜佐木が事情を尋ねると、山本から安堵した視線を向けられた。

「あ、生徒会の人。いやぁ、この子がここを使わせろって言うんだけどさー、さすがにそれは出来ないじゃん。こっちの手の内を見られるのだって嫌だし、そもそも練習する時間を削られるのは、ね」

「で、でもっ……」

 軽音部の言い分が正しいとは分かっているのだろう。それでも頼みの綱が他にないからと小柄な少女は涙を滲ませる。

 一目で弱者と分かる様に、美吉が堪らず同情を口走ろうしたが、それを遮って檜佐木が事実を発した。

「そうですね。確かに彼女達の部室はこの教室になっていますが、これは現在の使用状況も確認せず割り振った生徒会の失態です」

「う……」

 何度目とも知れない過ちを掘り返されひっそりダメージを負う会長。それに副会長は触れず、公正な立場として深く頭を下げ誠意を見せる。

「生徒会の不手際により活動の妨げをしてしまい、申し訳ございませんでした。軽音部の活動は以前から行われていましたので、優先的にこの旧校舎音楽室を使用する権利があります。どうぞこれまでのように活動に励んで下さい」

「……。じゃあ、練習続けていいんだね?」

「はい。また何かありましたら生徒会の方に仰って下さい」

「……あいよ。おーい、再開すんぞー」

 交渉に決着がつくとすぐ、山本はバンドメンバーへと振り返った。退屈そうにしていた面々は楽器を構え、部外者を気にする事なく調整を始める。

「ごめんね、また」

「いえ、私の確認が漏れていました」

 自分の失態が尾を引いていた事に美吉は謝るが、檜佐木は咎めず移動を促す。

「とにかく出ましょうか」

「そうだね」

「……」

 黙り込む形も連れて音楽室を出る。廊下から扉を閉めれば、ギターの音が漏れ聞こえてきた。

 結果、交渉に失敗した少女は、先ほどからずっと俯いている。その落ち込みようを見るに、きっと他の候補はないのだろう。

 ただ、彼女達にちゃんとした部室を与えられなかったのも生徒会の過失だ。何も言わず去ろうとする形を、檜佐木は呼び止めた。

「楠木さん。当然、今から匙をぶん投げる部の方にも活動をする権利はありますよ」

「え……?」

 振り返った顔はキョトンとしていて、いまいち言っている事を飲み込めていないようだった。

 視線は少しさまよい美吉で止まり、微笑みを返される。その笑みは、隣の部下を見やり相変わらずの鉄仮面の代わりに優しさを伝えていた。

「部室とする事は出来ませんが、練習場所としてなら提供出来る場所があります。それに文化祭での結果が出ればいずれかの部室が空くはずですので、その時はそこを部室として与えましょう」

 淡々とした提案に、未だ時間を止め向かい合っている。すると返答を催促された。

「今すぐご案内出来ますが、いかがしますか?」

 問いかけられ、ようやくどう応えるべきかを理解する。

 呆然としていた表情は徐々に華やぎ。

 そして、決壊する勢いで喜びが飛び出した。

「ぜ、ぜぜぜぜひっ、ご案内くださいっ!」



 並んで歩く三人の表情は浮かない。

「やっぱりどこの教室も空いていませんでしたわね」

 明日葉みぞれ。ウェーブのかかった髪に上品な口調の一見お嬢様。花飾りの付いたカチューシャに布製のチョーカー、レース刺繍が施されたニーハイソックスと、身なりを整えるアイテムは全て彼女の手作りだった。

「なら、公民館で練習するしかないの?」

 柳瀬京香。短い髪にスラックスを履いた王子様気取り。美形な顔立ちにスタイルも良く女子人気が高いのだが、意識していないとすぐ内股になり、気弱な性格が表に出てしまう。

「……電源使えないからダメ」

 遥優明。身長が170㎝もあるのに極端な猫背で、その顔の位置は他より低い。髪型も陰気を漂わせていて、前髪は目にかかり後ろ髪は素人が切ったみたく不格好に外ハネしていた。

 今から匙をぶん投げる部の部員三名は、力ない足取りで旧校舎へと入っていく。

「駅前のスタジオ借りるしかないのかな……」

「となったらお金が要りますわね」

「……」

 部室確保のため学校中の教室を訪ねて回ったが、文化祭準備に突入しているとあってどこにも先客がいた。出来るなら自分達だけの空間で練習したかったが、それは難しいのかもしれない。

 とりあえず今後どうするかは再び話し合おうと、もう一人の仲間との合流へ向かっていると、

「あ、みんな!」

 旧校舎下駄箱にて、丁度探していた少女がひょこっと顔を出す。

 みぞれはすぐに成果を伝えようとしたが、対する瞳は見るからに輝いていて、そしてその口から朗報が飛び出した。

「聞いて聞いて! 生徒会の人が練習場所をくれたんだよっ!」

「!」「ほんとっ!?」

「……ですが、どの場所も使われていましてよ? まさか生徒会室とは言いませんわよね?」

 みぞれだけはぬか喜びを警戒して疑問を返す。すると形の後ろに立っていた檜佐木も姿を現し、その心配に応えた。

「生徒会室は作業もしますので、ずっと空けるのは難しいですね。それにもっと広く、他には誰も使っていない場所なので安心して下さい」

「……ふぅん」

「コンセントあるっ?」

「確かあったと思いますよ。足りなければ延長ケーブルも貸し出します」

 みぞれは信用しきれていないようだったが、優明は最低条件を満たしていると知ると既に満足げだった。人見知りする京香は、そっとみぞれを盾にして口を噤んでいる。

「それじゃ急ごっ。こっちこっち!」

 一足先に場所を知らされていた形は、駆け足で旧校舎の階段を上っていく。1階から3階、そして更にその上。普段は閉ざされたそここそが、目的地だった。

「ここだよっ!」

「お、屋上っ!?」「っ!」

 開け放たれていた扉を、形、京香、優明が通り抜ける。一人歩調を変えないでいるみぞれは、最後尾の檜佐木に未だ疑念を向けていた。

「屋上って、立ち入り禁止ではありませんでした?」

「ええ。ですが、作業等のために開放する事はありますよ。先生方からも使用許可は頂いていますので、ご安心下さい」

「そう、それなら……」

 とようやく納得したみぞれは、一足遅れて仲間達の下に急ぐ。それに続いて檜佐木も屋上へと足を踏み入れた。

 ———

 秋も終盤に入り、若干の肌寒さが吹き抜ける。

 旧校舎の屋根を開いた足場は広々としていて、かつてはスポーツが行われていたのだろう、ラインが引かれた名残があった。周囲は高さ3mほどの金網に囲われ、返しまで付いており、容易く乗り越えられないようになっている。

 随分と放置されていたはずだが、ゴミはそれほどない。先に来ていた彼女達が掃除してくれていたのだ。

「あ、来たー」

「お疲れさまですっ!」

 生徒会の美吉と四島。二人が箒を使って、落ち葉や苔をかき集めている。

 形が音楽室で問題を起こしていると聞いた時点から、檜佐木はこの場所を使う事を想定して手空きだった会計と庶務に清掃をお願いしていた。みぞれ達を呼ぶ前に美吉にも合流してもらい、すぐにでも使える状況に仕立て上げたのだ。

 庶務は少し前に去ったらしい。かき集めたゴミを袋にまとめてくれている二人に、副会長は改めて感謝を伝えていた。

 そんな様子をよそに、今から匙をぶん投げる部の部員達は、屋上と言う空間にすっかりはしゃいでいた。

「高校の屋上……! ふふふっ、ついにボクの青春が始まりそうっ!」

「気持ちは分からなくはないですが、落ち着きなさいな」

「青空の下……あぁ早く叩きたい……っ」

「屋上で練習って、なんかすっごく高校生バンドっぽいよねっ!」

 妄想を膨らませる京香に、窘めながらも頬を緩めるみぞれ。優明は何やら衝動に駆られていて、形が興奮して皆に語りかける。

 少し前まで部室が手に入らず嘆いていた分、その喜びは余計に爆発していた。

 それはしばらく続いて、彼女らの感情が静まるのを待ってから楽器の運び込みが始まる。

 練習をする気は満々だったらしく、それぞれのクラスに楽器や機材は置かれていた。それを四島と檜佐木の男手を中心にして運搬作業を行う。学年のクラスは新校舎にあるため、旧校舎屋上からスタートの道のりはかなりの距離となったが、七人がかりのおかげで一往復だけで済んだ。

 コンセントは屋上扉の横についており、ドラム式の延長ケーブルを繋いで挿し口を増やす。アンプにドラム、キーボードと並び、ギターとベースを持つ二人も輪に入った。

 四人は早速調整に入っていて、そんな様子を横目に檜佐木は文句もなく手伝ってくれた後輩に再度礼を告げる。

「四島さん、ありがとうございました。やはりこういう時にいて下さると、本当に助かりますね」

「いえいえっ! このぐらいのことしかオレ出来ないんでっ、お役に立てて光栄っす!」

「ほんと、会計くんの筋肉はさすがだよねー」

「うっす」

 学ランの上からでも分かる蓄えられた筋肉をしげしげと眺める美吉。女性からの視線に慣れていないのか、四島はどこか照れ臭げだった。

 そうして役目を終えた会計は、すぐに踵を返す。

「それじゃあオレはこのくらいで失礼しますっ!」

「このあとなんか予定あるの?」

「ちょっとそこらへん走ってこようかとっ。またなんかあったら呼んでくださーい!」

 言葉の途中にはもう足を動かしていて、颯爽と階段を駆け下りていく。相変わらずの俊足を見送った美吉はふと零していた。

「なんで彼、いつも走ってるんだろ……」

「自分にも分からないと言っていましたよ」

 ジッとしていられない性分のようで、生徒会室で業務中の時もストレス発散によく抜け出す事がある。彼のたくましい体は間違いなくその運動の賜物だろう。

 もう旧校舎は出たかなと二人して金網に近寄って校内を見下ろしていると、後ろが騒がしくなってくる。

「うがぁ! 返せェッ!」

「わぁもう! くっつくなってぇー!?」

「ユメの発作を見るのもなんだか懐かしいですわね」

「だねー」

 ドラムスティックを奪われた優明が、取り返そうと形に襲い掛かっていた。身長差がかなりあるものだから、小柄な少女は押し潰されそうになっている。そんな光景を、みぞれと京香はほのぼのと眺めていて、彼女達にとっては日常風景なのだろう。

 優明の覆い被さりから抜け出した形は、もう耐えられないと京香に押し付ける。

「キョウちゃんパス!」

「えっちょっ」

「うがァアアアアア!」

「ひぃいいいいいい!?」

 半ば無理やりにスティックを握らされると、優明が咆哮を上げて迫ってくる。人間性を捨てた挙動に、京香は涙目になりながら屋上を逃げ回った。

 赤らむ顔を冷ましつつ息を整えた形は檜佐木達の方へと近付いてくる。

「生徒会長、副会長っ! 改めて、ありがとうございましたっ!」

「いやいやっ、あたしは何もしてないよっ」

「こちらの不手際に対する詫びですので、感謝して頂く必要はありませんよ」

「……あ、何もしてないことはなかった」

 謙遜する美吉だったが、檜佐木の言葉で自分の失態が根本にある事を思い出す。すると今度は、みぞれもやってきて頭を下げた。

「わたくしからも、感謝を伝えさせてくださいませ。不信感を抱いていたことも申し訳ございませんでしたわ」

「まあ、生徒会の評判は悪いですからね。そろそろ改善を図るべきでしょうか」

「それならオレの方からクラスに広めときますよっ! 生徒会は割と悪くないって!」

「わたくしもそうしましょう。案外イケますわよ、と」

「なんか、マイナーな食べ合わせみたい……」

「ソースを聞かれるかもしれませんね」

 形とみぞれの意見に美吉が苦笑を浮かべ、檜佐木がここぞとばかりに差し込む。その表情はいつも通り変化ないはずが、なんだか自慢げにも見えた。

 そんなやり取りをしている間に、ついに優明がドラムスティックを取り戻す。

「シャァアッ!」

「ひぃんっ!?」

 押し倒された京香に気付いて、みぞれがすかさず駆け寄った。形も急いで持ち場に戻ろうと、最後に会釈だけを寄越す。

「それじゃあ、練習始まるんでっ」

「ええ、頑張って下さい」

 形を送り出し、檜佐木は踵を返す。美吉は部員達に振り返りながらも、彼を追って屋上扉を抜け出た。

「へへ……」

 相棒を奪還した優明は、大切そうにそれを撫でてドラムの下へと帰っていく。

「始まりますわよ」

「ううっ、もう疲れたぁ……」

 みぞれが泣き言を言う京香を起こし、準備をするよう促した。形は既にギターのチューニングを行っており、ベースとキーボードも位置につく。

 そのドラムは一度叩き始めたら止まらない。一回でも多く練習するには意地でもついていかなければならなかった。

 とその時、不意にガッと音が鳴る。それは楽器からではない。

 部員三名の視線を集めたそこでは、どこかから机と椅子を持ってきた檜佐木が戻ってきていて。その横ではなんだかソワソワした美吉も立っている。

「あ、あれっ? 副会長さん、帰ったんじゃ?」

「いえ、帰りませんよ。皆さんがここで練習をしている間は監視しておかないといけませんので」

 椅子に座った檜佐木の体はバンドメンバーの方に向き、そのままそこで作業をしようと机上に書類が置かれた。

「か、監視って?」

「本来、屋上は立ち入り禁止のため、生徒が入るには教師の立ち合いが必須です。ですので、生徒会が教師の代役として、皆さんが練習する間は常に居座っていないといけません」

「あ、そうなんだ……」

 今更知った条件に、バンドメンバー達は僅かに顔を引きつらせる。この場を提供してくれた事に感謝こそはしているけれど、その感情の読めない能面に常時見られるのは居心地が悪い。

 なんとなくぎこちない空気が漂い始める中、切り裂くようにカンカンとドラムスティックが打ち鳴らされた。

「始まったっ」

「これはなんの曲でしたか……」

「ちょ、ちょっと待ってっ。まだ電源付けてないっ」

 監視の件はもう脇に置いて、話し合う時間も設けず演奏は始まる。先走るリズムを追いかけ、弦と鍵盤もメロディを奏でた。



 青空の下、未熟な音はどこまでも広がっていく。

 今から匙をぶん投げる部の四人が演奏したのは、マイナー寄りの既存曲だった。選曲はドラムの独断であり、今まで我慢していた分を吐き出すように次々と披露していく。

 時々、中断を求める声が上がるが止まりはしない。スティックを手にした優明には周りなど見えていなかった。

 あまりにも自分勝手ながら、実力では間違いなく四人の中で一番。乱れのないテンポな分、他の演奏がズレると余計際立つ。

 だから三人は、必死に食らいついた。一曲ぐらい投げ出して休憩してもいいはずなのに、指を止める者は現れない。

 とにかく弾いて体に覚えさせる。それが彼女達の練習方法だった。

 屋上使用のための監視者である檜佐木は、未完成なバンドをBGMにして書類処理を行っている。未だに新興部の問題はあるし、文化祭準備も始まっていて生徒会に休みはない。

 しかしその長であるはずの美吉は、特に何もせず横で突っ立っていた。落ち着きがない様子で、バンドメンバーと檜佐木の横顔に視線を行ったり来たりさせている。

 言い出したい事があるけれどタイミングを見失っている。そんな風体で。その理由を大体察していた檜佐木は、背中を押すつもりで曲を終えた四人に問いを投げた。

「皆さんのバンドには、ボーカルはいないのですか?」

 その問いに、全員が固まる。

 狂ったようにドラムを叩いていた優明でさえ、振りかぶったスティックを宙で止めた。

 もう数曲奏でているが、歌声は聞こえてきていない。表情に影を落とすメンバーを見れば、何か事情があるのは傍からでも分かった。

 けれど誤魔化すように、形が後頭部をさすりながら言う。

「いやぁ、みんな下手なんですよねー。誰が歌うとかもまだ決まってなくて……」

「そうですか。ですが、ボーカルがいないと音楽に詳しくない生徒には良し悪しが伝わりにくいかもしれませんよ」

 お節介気味に檜佐木は助言する。少なくとも文化祭で競い合う他の三つの部はボーカルを用意しているだろう。

 それに、彼女らの演奏が特別優れている訳でもない。文化祭までは残り約二週間。人一倍の努力で覆せるほどの猶予はなかった。

「そんなの、分かっていますわよ」

「でも、ボーカルいないから……」

「……」

 そのバンドは答えを持っていなかった。何かが、前に進む足枷になっている。

 だから、手助けが必要だったのだ。

 檜佐木の隣で小さな動き。無理に明るい表情を作った美吉が、恐る恐ると右手を挙げていた。


「あ、あたしやろうか?」


 突然の提案に、四人全員がポカンとする。少しの沈黙を置いて口を開いたのは形だ。

「生徒会長、が……?」

「え、えっと、あたし実は意外と歌上手いって言うか、最近ちょっと特訓してるんだよっ。それにみんなには部室の件で迷惑もかけてるわけだし、力になれたらなぁ、と……」

 長所を語るにしては自信なく、割り込むにしては弱々しい。その言動のちぐはぐさには1年女子四人も疑念を抱いたようで、瞳で会話する。

 その相談が言葉となる前に、檜佐木は賛同した。

「それは名案ですね」

 予想していなかった援護に美吉が驚き、四人もまた呆然とする。辺りに困惑の感情が漂っているのを理解しながらも、堅物は淡々と理由を語った。

「美吉さんが歌うとなれば、大勢の生徒の前に立つという事になります。その際にアイドル的な人気を得て頂けたなら、生徒会の評判も多少は持ち直すかもしれません」

「えっとあの……」

 形が何か口を挟もうとするが、それも遮って続ける。

「正直のところ言いますと、やはり今のままの皆さんでは他の部との競争に敵うとは思えません。バンド部はともかく、軽音部と吹奏楽部はこれまでにもきちんと練習を重ねていますしね。そこで、生徒会と言う広告塔がいれば、多少は勝負が出来ると思うのですが、どうでしょうか?」

 あくまでも提案の一つとして投げかける。四人はまたお互いを見つめ合い、しかし言葉は発さなかった。

 それだけで通じ合っているのか、交わす言葉が見つからないのか。でも、回答を遅らせては強引に決められてしまうと感じて、形が意見する。

「でもやっぱりっ、自分たちだけでやりたいっていうのがっ」

 意を決して断ろうとしたが、そこで提案が僅かに変わる。

「それなら、一曲目だけ、と言うのはどうでしょうか。持ち時間は一〇分ありますので、二曲は演奏されると思います。二曲目は、皆さんの自由にやって下さい」

「えっとだから……」

 反対の意見は止まってしまう。進学科トップの上級生相手に、説き伏せる自信はどうやっても湧いてこなかった。

 発案者である美吉も、檜佐木がこれほど後押しをしてくれるとは思っていなかった様子だ。とはいえ彼女もバンドに参加したい事情があるらしく、「絶対に力になるから、お願いっ」と頭を下げた。

「どう、する……?」

 縋るように振り返る形に、みぞれが毅然として応える。

「良いと思いますわ」

 答えを出せなかった他メンバーに言い聞かせるよう、現実的な考えを伝えた。

「実力も知名度もないのは事実ですわよ。それにわたくしは、出来るだけ多くの人に聞いて欲しい。部がなくなってしまうのなら、尚更にですわ」

「それは、ボクも」

「……」

 京香が賛成し、優明もこくりと頷く。三人が揃うなら、形もそれ以上の拒絶は出来なかった。

 明らかに淀んだ空気に、言い出しっぺの美吉は下手な笑みを浮かべながら歩み寄る。

「あーえっと、出しゃばってごめんね? でも足は引っ張らないし、みんなの練習の方を優先してくれていいからっ」

「皆さん、それでいいですか?」

「ええ、構いません」

「そう、だね。オレも、部がなくなる方が嫌だし」

「うんっ」

「……」

 一応は全員の同意を得られたものの、屋上に来たばかりのような明るさはついに消え去ってしまっていた。

「それじゃあえー、曲、なにしよっか?」

 バンドに参加したボーカルとして美吉が早速問いかけるが、またしても沈黙が生まれる。何か言いたげだが、誰も切り出せない。

 このままでは進まないと檜佐木が口を挟んだ。

「また差し出がましいお願いなのですが、美吉さんが歌う曲もこちらから選んでもよろしいでしょうか? 候補をいくつか出しますので、出来そうなものでいいのですが」

 生徒会として美吉に期待する役目は、生徒からより多くの好意を集める事。なら広く知れ渡っていて学生が盛り上がる曲が良い。

 雰囲気が落ち込んでからは、みぞれがバンドメンバーを引っ張った。

「とりあえずはそうした方が良いと思いますわ。とにかく練習の時間を無駄には出来ませんし」

「ご協力ありがとうございます。では候補なのですが、」

 檜佐木は椅子から立って、バンドメンバーにいくつかの曲を伝える。そのラインナップはここ数年で流行った曲ばかりで、集客を目的としている事は誰にも明らかだった。

 存外にもメジャー嫌いの意見はなく、四人で演奏出来そうなものですんなり決まる。

 それから、運び込んではいたが端に追いやられていたマイクスタンドを美吉が持ってバンドの中心へと収まり、練習は再開された。

 やると決まれば元通りにドラムが開始の合図を打った。その気まぐれには、加入したばかりの美吉がすぐに対応出来る訳もなく、しばらくはしまらない導入が続く。他のメンバーもスマホで楽譜を検索しながらで、まだ誰も頼りない。

 グダグダな音楽のまま一時間が経った頃、不意にみぞれがストラップを肩から外した。

「わたくし、これから用事がありますので帰らせてもらいますわ」

 時刻は17時半。最終下校時刻までは二時間近くあったが、彼女は帰り支度を始める。

「え? もう帰るの?」

「申し訳ございませんわ。今後もこの時間には帰らないといけませんの」

 ただでさえ練習が必要なのに、と思う美吉だが他のメンバーが止める事はない。

 そして更に、京香の方からも手が挙がった。

「あ、あの……ボクも今日はもう……」

「うん、分かったよ」

 青ざめた顔をしている京香の声に、形が優しげに頷く。許可を得た気弱なキーボードも、ベーシストに続いて荷物をまとめていった。

 美吉は余計目を点にする。そんな新入りに、形が気を遣って問いかける。

「えっと、生徒会長さんはどうします? オレとユメはもうちょっと合わせますけど……」

 優明は既にドラムを叩き始めていた。さすがに今は話し合いをするべきだと、形は弦から指を離している。

 美吉は思わず檜佐木の方を見ていた。それに気付いた彼は一応と告げる。

「私は、彼女達がここを使う間はずっといますよ」

 彼まで帰ってしまうと思った訳ではなかったのだろうが、その言葉で美吉は若干安心したらしい。気合を入れるように拳を作って答える。

「あ、あたしも最後までやるよっ」

「分かりました。って言っても、ユメに合わせてくれしか言うことないんですけど」

 練習の仕方もただ繰り返し。感想を言い合うとかもない。

 方針が決まるとすぐに、形はまたギターを構えた。曲の途中ながらも割り込んで弦を弾く。それに美吉も続こうとしたが、去っていく姿に気を取られてしまう。

「それじゃあお疲れさまでしたわ」

「じゃ、じゃあね……」

 みぞれと京香が並んで屋上を出ていく。手を振る彼女達に、演奏に集中している二人は応えもしなかった。

「……」

 結局、曲が終わるまで美吉は歌い出せず。

 また、イントロが始まる。随分と音の数は減り、残ったドラムとギターも連携はまだまだ。ボーカルも今度こそはと参加するが、さっきから燻ぶっている不安が声量を小さくしていた。

 冬は近く、日が沈むのもすっかり早くなっている。

 気付けばもう、屋上は寒さと暗闇に覆われていた。


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