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檀々高校生徒会による部活動調査  作者: 落光ふたつ
【都市伝説解明部】
10/16

‐〖照らされた道〗‐

「都市伝説を、解明するっす!」

 すっかり日が落ちた頃、羽原兎はそう宣言した。

 都市伝説解明部の部室。元々教室だったその空間にカーテンはなく、暗闇が隣り合わせに広がっている。寒さもより一層調子づいていたが、生徒会室から持ってきたヒーターがどうにか室温を維持してくれていた。

 最終下校時刻まで残り一時間となった今更に、その部員は部の意義を示そうとする。ただし部長含む3年生二人は、トイレに行くと席を外していた。

 急に立ち上がった兎を、同じ机を囲む美吉と檜佐木は見上げている。

「そういえばそんな部ったね」

「このまま遊んでるだけじゃ生徒会副会長様は部の存続を認めてくれないみたいなんで、ここらできちんと、ウチらの活動を見せてやろうと思うんすっ」

「具体的にはどのような事を行うのですか?」

 意気揚々な部員に、副会長は少しだけ仕事を思い出して問いかける。以前は街中で当てもなく都市伝説を探していたらしいが、今から街まで下りるには遅い時間帯だ。

 ならばこの夜の学校で何かをするのか。浮かべた予想は見事に的中する。

「学校の七不思議を調べるんすよ!」

「おー、面白そー。あれ、でもそういうのも都市伝説って言うの? どっちかって言うと怪談とかそんな感じするけど」

 得意げな発言に、美吉は関心を示しながらも引っかかりを覚えて首を傾げた。すると兎が用意していた回答をすぐさま披露する。

「都市伝説って言うのはいわゆる現代的な怪談を指すものだから、学校の七不思議も都市伝説と言っても問題はないよ、っす!」

「へぇー」

 納得する生徒会長の隣で、副会長は別の疑問を投げる。

「旧校舎となればそれなりに歴史はありそうなのですが、新校舎に行くのですか?」

「え? いや、旧校舎っすけど。……あ。えー15年前って現代に含まれます?」

「含んでもいいとは思いますが、旧校舎が使われなくなる頃に広まった七不思議なのですね」

「えぇと……く、詳しいことはドムっちに聞いてくださいっす!」

 部長の名前を挙げてこれ以上の追及を避ける女子部員。その慌てた様子にはさすがの美吉も不審を抱いていた。

 そもそも学校中の情報が集まる生徒会に在籍していて、二人は七不思議の噂など聞いた事もなかったのだ。

 怪しまれているのは兎も勘付いているのだろう、必死に誤魔化そうと話を進める。

「と、とにかくっ! もうみんなビビッて旧校舎をろくに歩けてないらしいんっす! なのでこれからそれを調べて解決し、我らが都市伝説解明部の株を上げようって魂胆っす!」

「まあ楽しそうだしあたしはやってみたいなー」

「それが部活動と仰るなら同行しない訳にはいきませんね」

 一応は賛同してくれた二人に、兎はホッと息を吐き出す。しかしその安堵も束の間、教室の戸が開かれるとこれまでの努力は無に帰した。


「ラビちゃーん! 仕掛け終わったよー!」


「ちょ、葉っぱっ」

 小太り上級生のにこやかな発言に、連れの痩せ型男子が冷や汗をかく。それには兎も堪らず声を上げていた。

「葉っぱっち!? なに言っちゃってるんすか!?」

「あっ!」

 後輩からの叱責に、しまったと口を塞ぐ葉太郎。しかし放たれた言葉は調査員の耳にしっかり届いていた。

「……七不思議は、ないみたいだねー」

「残念です」

「楽しみだったんだ」

 美吉と檜佐木のやり取りに、代表者である努夢は諦めたように肩をすくめる。兎も堪忍した様子で開き直っていた。

「あははー。えー、工作してたのバレたみたいっすねー。じゃ、どうするっすか?」

「ご、ごめんよぉ。せっかく等身大花子さんまで作ったのに……」

「ウチもボロ出してたんでどっちみちっすよ」

 情けなく泣きつく葉太郎を兎は責める事なく慰める。すると気を取り直させるように、部長の努夢が提案をした。

「ま、まあこの学校に怪談がないと決まったわけじゃないし、時間限り探してみるのはどうかな?」

「お、それいいじゃないっすか。真冬の肝試しっすね」

「こ、こうなったボクが絶対幽霊見つけるよっ!」

 早速次の作戦を立て気合いを入れ直す部員達。それを眺めていた生徒会長は改めて副会長に確認した。

「かなり勢いな感じだけど、生徒会としてはいいの?」

「確証なく幽霊探しですか……では、私が見つけてみせましょう」

「ノリノリだっ!?」

 出遅れまいと立ち上がる堅物男子。特に廃部を望んでいない美吉もそれに続いて、二人はもう少し都市伝説解明部の一員として行動するのだった。



 電灯で照らされた廊下を、五人が歩いている。

 旧校舎2階。日が顔を出していた頃には他の部活動も行われていたようだったが、今ではもうすっかり静寂だけが居残っている。

 どの教室も鍵が掛かっていて、中に入る事は出来ない。それでも一部覗ける窓からスマホのライトを忍び込ませては、暗闇に何か潜んでいないかと目を凝らした。

 どこにも怪異の気配などなかったが、一行の顔つきは変わらず楽しげだ。

「今更っすけど、お化け見つけた人にはなんかご褒美とか付けないっすか?」

 兎からのふとした提案に、葉太郎がすかさず食いつく。

「え、じゃあラビちゃんにメイド服をっ。あ、出来るなら生徒会長にもっ」

「あたしもっ?」

「えー? ウチならお店に来てくれたらいつでも見せれるっすよ?」

「いやぁ、メイド喫茶に入るのはちょっとハードル高いって言うか、ドムがついてきてくれないとぉ……ちらっちらっ」

 モジモジとする視線を向けられ、努夢は同類と思われないよう一歩下がった。

「い、いやおれは別に興味ないしっ?」

「うおーっ! 硬派ぶるなぁーっ! ドムだってメイド好きじゃん! ラビちゃんと生徒会長が着てるのだって当然見たいでしょぉ!?」

「だーっ!? なんで本人の前で汚い欲を垂れ流せるんだーっ!?」

 掴みかかってきた小太りに痩せ型は抵抗し、言い争いと取っ組み合いが並行して行われる。その仲良しっぷりは今日だけでも何度も見た光景だ。

 故に仲裁に入る事はなく、兎はもう一人の男子からも欲望を引き出そうとした。

「檜佐木先輩はどうっすか?」

「何か強制させたいのでしたら、見つけた時よりも見つけられなかった時の方が実現させやすいですよ」

「なぜアドバイスを……」

 欲は打ち明けないながらも変な方向に乗り気な檜佐木に、美吉はこっそり戸惑いを零す。すると後輩女子は早速助言通りに、褒美を罰ゲームへと変えてしまった。

「それじゃあウチが服借りてくるんで、都市伝説を見つけられなかった人全員に、メイド服を着てもらうっす!」

「ほら巻き込まれた—」

「ええっ!? ボクもぉ!?」「おれもっ!?」

「おや、私も着させられる可能性が出ましたか」

 それぞれの反応に、兎はニマニマと緩む頬に人差し指を当てている。

「ふっふっふー。男子の女装って興味あったんすよねー。誰が一番似合うっすかねー?」

「ど、ドムっ。ボクたちお嫁に行けなくなっちゃうよっ!?」

「いやむしろ、お嫁に行かされちゃうんじゃないかっ!?」

「お、じゃあいつかウェディングドレスも着てもらうっす!」

「「いやぁあああああ!?」」

 最悪の未来を想像した3年生男子二人は、抱き合い絶叫する。旧校舎中に響き渡ったその声は、今日初めての肝試しらしさがあった。

「こんな賑やかだとお化けも出なさそー」

「そうですね」

 呆れ交じりの微笑みを漏らす美吉に、檜佐木は相槌を打つ。なんだかんだ二人も部に馴染んでいた。

 それから五人がしばらく歩き回ってみても、当然何も現れはしない。ただ夜に騒ぐのを楽しんでいる道中だ。

 とはいえ部の存続もかかっているので、このままではいけないと部員達は密談を始める。

「さすがに何かないとマズいっすよ。どうにかお化け退治ぐらいはしないとっす」

「それならやっぱり等身大花子さんを……」

「そうっすね。それじゃあドムっちに、お二人の引き留め役を任せるっす」

「え、おれっ?」

「ボクとラビちゃんは嘘苦手だし、適任だね。検討祈るっ」

「祈るっすっ」

「ちょっ、」

 部長は呼び止めようとしたが、作戦に急ぐ二人はそそくさと廊下の奥へ消えていってしまった。取り残され呆然と部員達を見送っていると、背後からの声にビクッと肩を跳ねさせる。

「なにかまた、仕掛けるんですかね?」

「か、かなー」

 会話が聞こえていたのか単なる予想か、美吉は企みに勘付いているようだった。それには努夢も隠すのは無駄だと悟り、同意を返してしまう。

 とりあえずこの場から動かず待とうと、三人は肝試しを中断して足を止めた。手持ち無沙汰な時間に、檜佐木から質問が投げられる。

「田中先輩は、以前から都市伝説に興味があったのですか?」

「ん? ああ、まあ、……昔は結構好きだったよ。葉っぱもそうだったみたい」

「昔は、と言う事は今はそうでもないのですか?」

 少し違和感のある言い回しに、更に問いかけは踏み込んできた。一瞬、答えるのに迷った努夢だったが、背中を壁に預けるとゆっくりと胸の内の本音を開く。

「そうでもないっていうか……最近じゃ見かけなくなったから、次第に忘れかけてる、かな」

「見かけなくなった?」

 一緒に話を聞いていた美吉が思わず首を傾げる。それでようやく分かりにくい表現を使っていたと気付き、努夢は自信のない脳ミソで精一杯説明を加えてみた。

「えーっと、賢くなって嘘って分かるようになったって言うのもあるんだろうけど、それ以上にさ、ネットが普及してなんでも調べられて、そしたら都市伝説ってほとんどが明るみになっちゃったんだよね。広まった理由とかそう言うのも。だからわざわざ新しい噂が生まれもしなくなって、それで、見かけなくなった」

「あー、そうですね」

「確かに、ここ十年以内で新しく広まった都市伝説は聞かないですね。単に私が情報を拾えていないだけかもしれませんが」

「変な憶測とかはたくさんあるけど、子供の時みたいなものはなくなった風に感じるな」

 努夢の表情はどこか寂しげだった。でもそれが悪い事ではないと自分に言い聞かせるよう、顔を上向け宙を見つめている。

「おれが好きだったのは、無限に想像を広げられる未知の世界だった。でも、ネットで調べたらすぐに答えが出るようになって、それでいつの間にか冷めちゃったのかも。好きは好きなんだけど、昔ほどじゃなくなった」

「活動を熱心に行っていないのも、そう言った理由ですか」

 都市伝説解明部の活動内容は、届け出の記載と実情ではかなりの齟齬がある。ほとんどが遊びに時間を費やされていて、それらしい活動は一度のみ。

 部員三人で街中に都市伝説がないかと探索した時、切り上げようと言い出したのは部長だった。そもそも彼は、部を立ち上げた事にも僅かな後悔を抱いていた。

「部を作ったのも、きっかけは冗談だったって言ったよね? ブームになってるからおれたちも何か作るかって言って、それでおれと葉っぱで作るなら都市伝説絡みかな、って。そしたらそこでラビちゃんに声かけられてさ。引くに引けなくなっただけなんだよね」

 ここにはいない部員に向けて、申し訳なさそうに告げる。だからこそ、美吉はつい聞いていた。

「部活を、続けたいわけじゃないんですか?」

「廃部にはしたくないよ。楽しいは楽しいし。でも、なくなっても仕方ないとは思ってる。二人には悪いけど」

 面談に呼び出された時、部員達からは存続を勝ち取るように託された。けれど彼はその選択を正しいと思いきれなかった。

 辺りの闇も今なら簡単に照らせて、そこがなんの変哲もない教室だと分かる。知ってしまっているのだから、照らされたこの廊下からわざわざ外れてしまう意味もない。

 何よりもう、先に進まないといけなかったから。

「おれと葉っぱは卒業だしさ、こんなことしてる暇ないんだ。ラビちゃんだって進学科なんだし、おれらなんかと関わっても時間の無駄だろうしね」

「そんなこと……」

 美吉は自虐を否定しようとしたが、まるでそれが分かっていたかのように、努夢は言葉を続けて遮った。

「というか、この歳で都市伝説ってのも馬鹿らしいじゃん。空想なんてない。妄想はさっさと忘れて、大人にならないといけないんだよ」

 高校3年の冬。次の季節にはもう、社会に一人で歩き出さなければならない。紛れもない大人への扉を、彼は目の前にしている。

 檜佐木と美吉は黙っていた。年上の相手に、偉そうに何かを言うのはおこがましい。

 彼は進路を選んでいて、足を止めれば苦労に落ちる。進むために何かを捨てるなんて、誰もがやっている事だ。


 でも、彼女はそれが出来なかった。

 だから彼女にとってそれは禁句で。

 そして、運悪く届いてしまっていた。


「……ドムっちも、そんなこと言うんすか」


 いつの間にか戻ってきていた兎が、震えた声でそう言った。

 振り向いた努夢は一瞬驚いた表情を見せるが、少しして意を決したように視線を逸らす。

「……ごめん。でもおれもう卒業だし」

 ずっと言えなかった本音を——現実を、ようやく突きつける。

 でも彼女は、どんな理由があったってそれを認められない。

「忘れなくて、いいじゃないっすか」


 卒業したって、部がなくなったって。

 過去を捨ててほしくはなかった。

 せっかく見つけた仲間を、手放したくなかった。


 兎の後ろから、大きな人形のような物を抱えた葉太郎が顔を覗かせる。何も分かっていない様子だったが、俯く後輩と顔を背ける親友を見て、すぐに足を止めていた。

 オロオロする姿を視界に入れつつ、努夢は迷いを断ち切る。

「そもそも、都市伝説を探したりだってしてないんだし、この部がある意味なんてないんだよ」

「今探してるじゃないっすか。これから探せばいいじゃないっすか」

「おれだってもう、昔みたいに都市伝説が好きでもないしさ。そう言うのは全部、忘れようと思うんだ」

 また放つ。その言葉を。

「あ……えと……っ」

 葉太郎が割って入ろうと口を開いた。けれど悲痛な声は結局止められなかった。


「忘れなくていいじゃないっすかッ‼」


 執拗なほどに彼女は訴える。

 その理由は、彼女を知らないと理解出来ないのだろう。

 努夢は分かっていて、けれど自分が正しいと貫いた。

「……ごめん」

「っ」

 引き下がらない謝罪に、兎は堪らずその場から逃げ出す。暗闇の奥。明かりの消えた階段の方へと消えて行ってしまう。

 それに振り返りながらも、葉太郎はまず親友へと歩み寄っていた。

「ど、ドム、どうしたの……?」

「葉っぱも、ちゃんと進路のこと考えた方が良いよ」

「え? いや、今そんな話じゃなくない? ラビちゃんどっか行っちゃったし、探しに行った方がいいんじゃ……」

「………」

「ドム……?」

 応えてくれない努夢に、葉太郎の眉尻はどんどん下がっていく。 

 そんな状況を間接的に招いた責任として、美吉は無理に明るい声を出した。

「一応っ、羽原さんは探した方が良いよね? 19時には旧校舎の鍵閉められちゃうんだし」

「そうですね。では私は玄関の方を見ておきましょう。校舎から出ていかれたら大変ですし、施錠に来られた場合は説明しておきます」

「分かったっ」

 美吉は頷き、戸惑う葉太郎を連れて兎を探しに走り出した。

「……」

 努夢は、壁に背中を預けたままだった。ジッと、電灯にぶつかる小さな虫を見つめている。

「田中先輩」

 檜佐木はその場を離れる前に、仕事を終わらせておこうと部長に向かい合った。

「今日一日、部活動に参加させて頂きましたが、都市伝説解明部は廃部の方向で検討しています」

「っ」

 ついに下された審判に、僅かながらも息を呑む。覚悟していたはずなのに、何かが胸の内で広がった。

 傍から見ても分かる動揺は見ない振りをして、檜佐木はそのまま自分の役目へと戻っていく。

「彼女にも、伝えておいて下さい」

 最後に、踏み出すきっかけを残して。


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