第5話 美人局。
「まあ、セリーヌ。侍女に替わってもらって、少し休んだら?」
「…いえ、おばさま…今日、アルバンが起きるかもしれないでしょう?」
そう言ってセリーヌがやつれ切った顔で笑った。
セリーヌは、もう3日も意識の戻らないうちの息子の手を握って、話しかけている。小さい頃の話から、アルバンが寮に入って会えなかった半年分の話。
うちのバカ息子は…どうも…美人局、にあったらしい。未遂だったようだが。
その女に睡眠薬を盛られて、朝起きたら既成事実が、という段取りだったのだろうが、薬の量が多かったらしく、意識が戻らなかった。どうしようもなくなって路地裏に捨てられていたところを発見された。
犯人の女と、共犯のアルバンの寮の同室のシモンという男がもう逮捕されている。
世間知らずのお坊ちゃんをだまして慰謝料を取る、という常習犯だったらしい。
こつ、は、さりげなく男の理想の女性を聞き出して、その理想通りに振る舞う女を近づける。すごく簡単な方法だが…。
「アルバンは今の婚約者が騒がしいと嫌っていて、おとなしくてつつましい女が好きだって言うから、黙っていればよかったから簡単だったわ。」
今回のことをけしかけた女のセリフを聞いて…がっかりする。
まったく…情けないやら、悲しいやら…。
宝飾店で息子がツケで買った宝石。その時におかしいと気が付くべきだった。
離れてみてようやくセリーヌへプレゼントを贈る気になったのかと…。そんなことはなかったが。
意識の戻らないアルバンに付き添ってくれているセリーヌに申し訳ないやら…。
もちろん、息子の意識は戻っては欲しい。が…この婚約はうまくいかないだろう。
そう思うと…いたたまれない。
*****
誰かの話し声が遠くの方で聞こえる。またセリーヌだな。
「いい朝よ?アルバン。カーテンを開けましょうね。昼間は暑いけど、今ぐらいの時間は気持ちいいわよね?」
カーテンを開けて窓を開いたのだろう。風が吹き込んでくる。
「うちのメイドのマリーズのところの猫に子猫が生まれてね?6匹も生まれたのよ。ブチにトラに白に黒、三毛と茶トラなの。みんな柄が違うなんてね?うふふっ。」
相変わらずおしゃべりだな、セリーヌ。
ちゃぽん、と水音がして、僕の顔を濡らしたタオルで拭いてくれているようだ。
気持ちがいい。
「ほんの少し前まで、まだ子猫だったのにね?名前を覚えてる?アルバン?」
タオルを絞りなおして、手を拭いてくれている。
ああ。あの猫だろう?三毛猫だったな。セリーヌを送って行った時…見せてくれたじゃないか。確か…
「…ナーナ」
「…え?」
僕の手を拭いてくれているセリーヌの指を掴もうとして、指を動かしてみる。
ゆっくりと瞼を開くと、驚いた顔のセリーヌが見える。
はちみつ色の髪を三つ編みにして、新緑色のきれいな瞳が真ん丸だ。
頬を確認して…打たれた跡が無くなっていてほっとする。よかった。
「…なあなあ鳴くから…ナーナ」
「アルバン!目が覚めたのね?ああ!神様!ありがとうございます!」
セリーヌが自分の口を両手で覆う。真ん丸の瞳から、涙が…。
「…セリーヌ…なんで泣いているの?またぶたれたのか?」
「…アルバン?」
セリーヌに手を握られる。僕は…どうしたんだっけ?
確か…セリーヌと婚約破棄して…ルイーズと結婚したはず…。
涙を拭いてあげようとして…妙に体が重いのに気が付く。
「おばさま!おばさま!アルバンが目を覚ましました!お医者様を呼んでください!」




