第11話 新しい猫の名前。
従兄と一曲踊り終えて…慌ててアルバンを探しに行く。
さっき、人だかりができていたあたりに、人ごみをかき分けて行ってみたが、いなかった。みんなは2曲目が始まるのをパートナーと待っているようだ。
たいして背の高くないセリーヌは、まさに折り重なるドレスの海を泳ぐようにかき分けて…それでもアルバンを見つけられなかった。彼がどんな、何色のジャケットだったのかさえ見えなかったし、知らなかった。
「すみません、通してください」
「おやおや」
もう、泣きそうだ。
2曲目が始まって…セリーヌははじき出されるように、中庭に出た。
探していたアルバンは見つからなかった。
母が用意してくれた水色のドレスのスカートを握りしめて、涙をこらえようと思っていたが、ぽろぽろとこぼれてしまった。
「…アルバン、ごめんね!」
誰もいない中庭に向かって、大声で呼んだ。もう暗くなりかけていて、灯りが付けられていた。
「ごめんね!私、なんにも気が付かなかった!あーん…」
今更泣いても、謝っても…もうアルバンは私にあきれて、違う女の子と踊っているに違いない。
ドレスは突き返したし、エスコートも断ってしまった。
そう思っても…謝りたかった。もう、話す機会なんてないかもしれないけど。
「ど…どうしたの?セリーヌ?」
「……」
中庭のベンチに座っていたのだろう。慌てて駆け寄ってきた男に驚く。
そんな都合の良いことが起るはずはないと…セリーヌは幻だと思うことにした。
「あ、アルバンが…猫の名前、覚えていてくれたのに…わたし…」
「…?」
キョトンとした顔のまま、アルバンが私の涙を拭いてくれた。なんて都合のいい幻だろう。幻のアルバンはやはり素敵だった。
「私ずっと、あなたは私の話なんかなんにも聞いてくれていないって思ってた」
「……」
「わ、私ずっと、自分のことばっかりで…あなたが静かに本を読みたかったなんて知らなかった…あなたが、私の話してたこと、聞いててくれたなんて…知らなかった」
あーん、と幻に向かって泣いた。
「ごめんね、アルバン」
「セリーヌ?いや、お前が謝ることなんて、何もないんだよ」
頭を撫でてくれる幻のアルバンにしがみついて泣いた。もぞっと、胸元で何かが動いた?
「にー」
アルバンのベストから、鳴き声が?
「にーにー」
え?猫?
「ああ、さっきね、こいつが大胆にもダンスホールに入ってきちゃって、ご令嬢方が大騒ぎしていただろう?衛兵の警備をすり抜けるなんて、中々大胆な奴だよね?」
そう言って、アルバンが子猫の頭を撫でながら笑った。
「…まあ」
「こいつは、にーにー鳴くから、ニーニ、だな?な?ニーニ」
「……」
「お前も戻ってこないし、屋敷が静かすぎるから…連れて帰ろうと思って…」
「…アルバン?」
茶色のトラの子猫は、アルバンのベストから顔だけ出して鳴いている。
「この子、お腹が空いたのかしら?」
「…うん。そうかもね。僕はそろそろ帰るよ。こいつの顔も拭いてやらなきゃいけないし。会えてよかったよ。水色のドレスも似合うよ」
そう言って、踵を返したアルバンの上着の端っこを掴んで、セリーヌが…。
「……ねえアルバン。そこに私も帰ったら、ますますうるさくなってしまうけど、ダメかしら?」
「…セリーヌ?」
「私、あなたが本を読んでいるときは静かにするわ。それから、お出かけの時とかは黙ってるし…」
「…セリーヌ…」
振り返ったアルバンに猫ごと抱きしめられる。
「でも、お茶の時とかはちゃんとお話ししてね?」
「うん」
「手作りお菓子の感想も頂戴ね」
「うん」
「う…浮気したら許さないわよ?」
「うん」
私たちは泣いたり笑ったり、おたがいに謝り合ったりして、賑やかな舞踏会の会場を後にした。
月明かりに照らされて、手をつなぐ影が映った。




