第10話 猫の名前。
「はあああ…」
セリーヌが何百回目かのため息をつく。
「辛気臭いんだけど?姉様」
「大体、そんなんだったらアルバン様と舞踏会に行けばいいじゃねえか?」
「そうだよ。せっかく贈ってくれたドレス、なんで返したりしたのさ?何が不満なのさ?」
弟たちがうるさい。
「これで婚約解消したりしたら、ろくな縁談こないぞ?」
「そうだよ。まさか…小姑で家に残るつもりか?俺の嫁が嫌がるぞ?」
「あー兄様の婚約者、可愛そうだな」
「ちょっと、あなたたち…決定みたいに言わないで!」
言いたい放題言ってくる弟たちを避けて、セリーヌは自分の部屋に逃げ込む。
あの日、ジャネットのところにわざわざ私を迎えに来てくれたアルバンと、よく話しあった。話し合えば話し合うほど…なんだかよくわからなくなって…結局そのまま自分の家に帰ってきてしまった。
アルバンのことが好きだ好きだと騒いでいたわりに…彼のことを何一つ理解できていなかった自分にあきれたし…。静かに本が読みたかった、か…。
おとなしい子が好きなアルバンが、急に私みたいなうるさい女に歩み寄ってくれたのもよく理解できない。今まで話ひとつも聞いてくれていなかったのに。
少し時間を貰うことにして…婚約は保留になった。
12月の舞踏会にドレスを贈ってくれて、エスコートの申し込みも貰ったが、丁寧な手紙を添えてお断りした。
ジャネットの言う通り、舞踏会にお相手無しにアルバンが現れたら…モテるんだろうなあ…。
長身で、軽くウェーブのかかった柔らかな金髪。秋の空のような綺麗な青い瞳。整ったお顔。しかも学院で首席。そんでもって、歴史あるエタン伯爵家の嫡男だもの…私だってきゃーきゃーしちゃう。
最初っから、僕はおとなしい子希望。
私は話をよく聞いてくれる人希望。
俺は胸の大きい子希望。
…とかね。張り紙でもしておいてくれればいいのに。
結局、私はジャネットの兄、私の従兄にエスコートしてもらって、舞踏会に出た。
想像していた通り、いや、想像以上にアルバンはご令嬢方に囲まれて…金髪がちらっと見えたぐらい。さすがだわ。
…なんだか、他人事みたいにそれを眺める自分。
「セリーヌの元・婚約者はすごいことになっているね?」
…まだ…元、じゃないんだけど…。
従兄が面白そうに話しかけてくる。先ほどより、キャーキャー具合が高くなっているところを見ると、アルバンが踊るお相手を決めたのかもしれないな。
「……」
ジャネットが自分の婚約者と踊っている。気分転換に昔話なんかしながら、従兄と踊る。私たちはうちの弟たちもだけど、親戚一同みんな仲が良かった。みんなで集まってにぎやかに過ごした。従兄は話しやすくて、昔から、うんうん、とよく私の話を聞いてくれた。
「…ねえ、おにいちゃまも覚えてる?うちのメイドが飼っていた猫がこの夏に子猫を産んでね?母猫は三毛なのに、いろいろな色の子猫が生まれたのよ。不思議よネ?」
「ふふふっ。そうだね。」
ステップを踏みながら、従兄に話しかける。いつもの笑顔で返してくれる。
「ねえねえ、おにいちゃま、あの猫の名前を覚えてる?」
「え?メイドの飼っている猫の名前まではなあ…覚えてないよ」
「…そ…そうよね?」
「うん。なんだった?」
「いいえ…なんでもないわ。」




