第1章:元素の街
森を抜けるまでに、さらに三十分ほどかかった。
その間、ナトリは秀城にこの世界のことを色々と教えてくれた。
「この世界は『元素界』って呼ばれています。全ての物質は元素から成り立っていて、人々は生まれつき一つか二つの元素に適性を持つんです」
「生まれつき?」
「はい。大体五歳くらいになると、適性が現れます。それで、適性に合わせた名前を付け直すことが多いんです」
「じゃあ、ナトリも?」
「私の場合は、生まれた時から髪と目が赤かったので、両親が『きっと火に関係する元素だろう』って予想して、最初からナトリって名付けてくれたんです。で、実際に五歳でナトリウム適性が出て、予想が当たった、って」
ナトリは楽しそうに笑った。
「元素の適性によって、就ける職業も変わってくるんですか?」
「そうですね。例えば鉄の適性がある人は鍛冶師や兵士になることが多いです。銅の適性がある人は電導性を活かして魔導具職人になったり。水素や酸素の適性がある人は、水魔法が使えるので農業や漁業で重宝されます」
科学的な原理と職業が結びついている。なんと合理的な世界だろう。
「ナトリは冒険者なのか?」
「見習いです!十六歳になったので、ようやく冒険者として登録できたんです。今日も訓練として、森で魔物を狩ってたんですよ」
「十六歳...若いな」
「メンデレさんはおいくつですか?」
「三十二」
「わあ、大人ですね!じゃあ、色々教えてもらえそうです」
大人、か。秀城は自嘲的に笑った。三十二歳で何も成し遂げていない、ただの平凡な会社員。大人と呼ばれるほど立派なことは何もしていない。
「期待しない方がいいよ。俺、何の取り柄もないから」
「そんなことないですよ!さっき、元素のこと詳しいって言ってたじゃないですか。きっとこの世界で役に立ちますよ」
ナトリの屈託のない笑顔に、秀城は何も言い返せなかった。
森を抜けると、視界が一気に開けた。
なだらかな丘陵地帯が広がり、その向こうに街が見えた。高さ十メートルほどの石造りの城壁に囲まれた、中世ヨーロッパ風の街。だが、よく見ると建物の様式が少し違う。屋根や壁面に、幾何学的な模様が描かれている。魔法陣のようにも見える。
「あれがエレメンタです!」
ナトリが指差した。
街までは歩いて十五分ほどの距離だった。道は石畳で整備されていて、ところどころに道標が立っている。そして、道を行き交う人々の姿が見えた。
荷車を引く商人、籠を背負った農民、剣を腰に下げた兵士、そして秀城と同じように冒険者らしき装備をした人々。
「ねえ、あの人、変わった服着てるよ」
「どこの国から来たんだろう?」
すれ違う人々が、秀城のスーツ姿を珍しそうに見ていく。秀城は居心地の悪さを感じて、少し身を縮めた。
「気にしないでください。この街は交易都市だから、色んな国の人が来るんです。珍しい服装の人もたまにいますよ」
ナトリのフォローに、秀城は少しだけ救われた。
街の門には、二人の衛兵が立っていた。どちらも鎖帷子を着て、槍を持っている。
「止まれ。入街許可証を」
「あ、はい!」
ナトリは腰のポーチから、小さな金属製のプレートを取り出した。衛兵はそれを確認すると、頷いた。
「ナトリちゃんか。今日も元気だね」
「はい!それで、この人も一緒なんですけど...」
衛兵は秀城を見た。鋭い目つきで、頭からつま先まで観察している。
「見ない顔だな。旅人か?」
「え、ええ、まあ...」
「入街税は一人五リア(銅貨五枚)だ」
「にゅう、じょうぜい?」
秀城は困惑した。お金?この世界の通貨?持っているはずがない。
「あ、私が払います!」
ナトリが素早く、小さな銅貨を十枚取り出した。
「ナトリちゃんが保証人なら問題ないな。通っていいぞ」
「ありがとうございます!」
ナトリは秀城の手を引いて、門をくぐった。
「悪い、金がなくて...」
「いいんですよ。転移者さんなんだから、この世界のお金持ってないのは当然です。後で返してくれればいいですから」
城壁をくぐると、街の喧騒が一気に押し寄せてきた。
石畳の通りの両側には、様々な店が並んでいる。パン屋、肉屋、雑貨屋、武器屋、防具屋、薬屋。看板には、この世界の文字が書かれているが、不思議なことに秀城にはそれが読めた。おそらく転移の際に、言語理解の能力も付与されたのだろう。
そして、人々が当たり前のように魔法を使っていた。
「【水流】」
男性が手をかざすと、水が現れて荷車の泥を洗い流した。
「【火点】」
屋台の主人が指を鳴らすと、かまどに火が灯った。
「【微風】」
女性が手を振ると、洗濯物を干している物干し竿に風が吹き、服が揺れた。
「すごい...みんな魔法を...」
「ああ、日常的な小魔法ですね。戦闘用の魔法と違って、MPもほとんど使わないので、誰でも使えるんです」
「MP...マジックポイント?」
「魔力値、って呼んでます。魔法を使うと消費されて、休息すれば回復します。メンデレさんのMPは...えっと」
ナトリは秀城のステータスを見るような仕草をした。
「50ですね。平均的な数値です。魔力が12だから、魔法使いとしての素質はあると思いますよ」
「でも、俺には元素適性がない」
「今は、ですよね。きっと習得できますよ」
ナトリの前向きな言葉に、秀城は少しだけ希望を持った。
通りを進むと、大きな広場に出た。中央には噴水があり、周囲には露店が並んでいる。野菜、果物、魚、肉、それから見たこともない食材。
「お腹空いてませんか?」
「ああ...そういえば、昼食はまだだった」
正確には、異世界に来る前の世界で、まだ昼食を取っていなかった。
「じゃあ、あそこの屋台で何か買いましょう!おごりますよ」
「いや、それは悪い...」
「いいんですってば!命の恩人にご飯くらいおごらせてください」
「命の恩人?逆だろ、グレイウルフから助けてもらったのは俺の方だ」
「でも、メンデレさんと出会えたのは私にとってすごく嬉しいことなんです。転移者さんと冒険できるなんて、夢みたいですから!」
ナトリは屋台に駆け寄った。
「おじさん、串焼き二本ください!」
「あいよ!」
屋台の主人が、炭火で焼いている肉の串を二本取った。香ばしい匂いが漂ってくる。
「はい、二本で六リア(銅貨六枚)だ」
ナトリが銅貨を払い、串焼きを受け取った。一本を秀城に差し出す。
「どうぞ!」
「...ありがとう」
秀城は串焼きを受け取り、一口齧った。
肉の旨味が口いっぱいに広がった。塩とハーブで味付けされていて、シンプルだが美味い。
「うまい...」
「でしょう?ここの串焼き、街で一番美味しいんですよ」
二人は歩きながら串焼きを食べた。秀城は、不思議と心が落ち着いているのを感じた。異世界に飛ばされて、魔物に襲われて、見知らぬ街にいる。それなのに、ナトリと一緒にいると、どこか安心できた。
「あ、見えてきました!」
ナトリが指差す先に、大きな建物が見えた。三階建ての石造りで、入口の上には剣と杖が交差した紋章が掲げられている。
「あれが冒険者ギルドです」
建物の前に着くと、扉が開いて何人かの冒険者が出てきた。皆、武器や防具で重装備をしている。
「行きましょう」
ナトリは扉を開けた。
中は、酒場のような雰囲気だった。
一階は広いホールになっていて、大きなカウンター、たくさんのテーブルと椅子。壁には掲示板があり、びっしりと紙が貼られている。おそらく依頼書だろう。
そして、様々な装備をした冒険者たちが、食事をしたり酒を飲んだり、依頼書を眺めたりしている。
「ナトリ!おかえり!」
カウンターから、エプロン姿の女性が手を振った。三十代くらいだろうか。明るい金髪をポニーテールにまとめていて、健康的な笑顔が印象的だった。
「ただいま、リシアさん!」
ナトリはカウンターに駆け寄った。秀城もその後に続く。
「今日の狩りはどうだった?」
「グレイウルフを一匹倒しました!ほら、魔石」
ナトリは先ほどの灰色の結晶を取り出した。
「おお、レアドロップじゃない!ついてるわね。で、その人は?」
リシアは秀城を見た。興味深そうな、しかし警戒するような目つき。
「この人はメンデレさん。あの、実は...転移者なんです」
「転移者!?」
リシアの声が大きく響いた。ギルド内の視線が一斉に秀城に向けられた。
「え、ちょ、ちょっと...」
秀城は思わず後ずさりした。数十人の冒険者たちが、一斉にこちらを見ている。
「本当に!?」「転移者だって!?」「伝説の!?」
ざわめきが広がった。冒険者たちが席を立ち、秀城の周りに集まってくる。
「どんな魔法が使えるんだ?」
「どこから来た?」
「レベルは?」
質問が飛び交う。秀城は完全にパニックになった。人混みが苦手で、注目されるのはもっと苦手だった。
「あ、あの、俺は別に特別な力とかは...」
「みんな、落ち着いて!」
リシアが大声で制した。冒険者たちが静かになる。
「ギルドマスターを呼んでくるから、少し待ってて」
リシアは奥へ駆けていった。
秀城は深呼吸をした。手のひらに汗が滲んでいる。
「大丈夫ですか?」
ナトリが心配そうに見上げてきた。
「ああ...ちょっと、人が多いのは苦手で...」
「すみません、みんな好奇心旺盛なんです」
しばらくして、リシアが戻ってきた。その後ろには、一人の老人が続いていた。
白い長い髭を蓄え、深い青色のローブを纏っている。右手には古びた木の杖。身長は高くないが、その存在感は圧倒的だった。鋭い眼光が、秀城を貫くように見つめている。
「ほほう...」
老人は秀城の前に立ち止まった。じっと観察するように見つめている。
「確かに、この世界の者ではない気配だ。異界の匂いがする」
「あ、あの...」
「私はこのギルドのマスター、オーリック・アクワリスだ。まずは歓迎しよう、異界の旅人よ」
オーリックは右手を差し出した。秀城は恐る恐る握手をした。老人の手は、意外としっかりとしていた。
「メンデレ・秀城と申します」
「メンデレ...変わった名だな。で、君は何故この世界に?召喚されたのか?それとも迷い込んだのか?」
「それが...分からないんです。元の世界で昼休みに居眠りをしていたら、気づいたらこの世界の森の中にいて...」
「意図せぬ転移か...」
オーリックは顎に手を当てて考え込んだ。
「古い記録によれば、転移者は二種類いる。一つは、強大な魔力を持つ存在に召喚される『召喚者』。もう一つは、世界と世界の境界が薄くなった場所を、偶然に通り抜ける『漂流者』。君の場合は後者だろう」
「世界の境界...」
「この世界と君の世界は、並行して存在している。通常は行き来できないが、稀に境界が揺らぐことがある。その瞬間に居合わせれば、意図せず別の世界へと落ちてしまう」
科学的には説明できないが、量子力学の多世界解釈に似た考え方かもしれない、と秀城は思った。
「じゃあ、元の世界に戻る方法は...」
「それは私にも分からん」
オーリックは首を横に振った。秀城の心臓が凍りついた。
「だが、希望がないわけではない。古代の魔導書には、世界を渡る術が記されているという伝承がある。『次元回廊の魔法』と呼ばれるものだ」
「次元回廊...」
「その魔法の詳細は失われて久しいが、手がかりは残っている。各地に散らばる古代遺跡、そして古代文明が残した書物。それらを集めれば、魔法を再現できるかもしれん」
秀城は希望の光を見た。戻る方法があるかもしれない。
「どこに行けば...」
「焦るな。まずは力をつけることだ」
オーリックは秀城の肩に手を置いた。
「古代遺跡は危険な場所だ。強力な魔物が巣食い、罠が張り巡らされている。レベル1の君では、最初の部屋にも辿り着けまい」
「...そうですよね」
「だが、君には可能性がある。それを確かめよう。こちらへ」
オーリックは秀城を奥の部屋へと案内した。ナトリもついてくる。
部屋は小さく、簡素だった。壁には本棚があり、古びた書物が並んでいる。そして部屋の中央には、台座の上に大きな水晶球が置かれていた。
直径三十センチほどの透明な水晶。光を受けて、虹色に輝いている。
「この水晶は『元素適性鑑定石』だ。触れることで、その者の元素適性が明らかになる」
「これで、俺にも元素適性があるか分かる?」
「そうだ。手を当ててみなさい」
秀城は水晶球に近づいた。少し緊張しながら、両手を水晶の表面に置いた。
冷たい感触。ガラスのような滑らかさ。
そして、次の瞬間——
水晶球が光り始めた。
最初は淡い白色の光。だが、すぐに色が変わり始めた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。虹色の光が水晶球の中で渦を巻いている。
「これは...!」
オーリックの声に驚きが混じった。
光はさらに強くなり、部屋全体を照らした。秀城は思わず目を細めた。
そして、水晶球の中に、文字が浮かび上がった。いや、元素記号が。
H、He、Li、Be、B、C、N、O、F、Ne...
周期表の元素記号が、次々と現れては消えていく。
Na、Mg、Al、Si、P、S、Cl、Ar、K、Ca...
「全元素...だと...?」
オーリックの声が震えていた。
Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn...
光はさらに激しくなり、部屋全体が振動し始めた。
Ga、Ge、As、Se、Br、Kr、Rb、Sr、Y、Zr...
秀城は水晶球から手を離そうとしたが、手が吸い付いて離れない。
Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn...
そして、最後の元素記号まで現れた。
...Og
光が一瞬爆発するように輝き、そして消えた。
秀城は後ろに倒れ込んだ。ナトリが慌てて支える。
「メンデレさん!大丈夫ですか!?」
「あ、ああ...何が起きたんだ...」
秀城のステータス画面が現れた。そして、新しい情報が追加されていた。
╔═══════════════════════════════╗
║ ステータス更新! ║
╠═══════════════════════════════╣
║ 【特殊能力解放】 ║
║ スキル:全元素習得 ║
║ 説明:118の元素すべてを ║
║ 習得可能 ║
║ 条件:各元素使いとの交流 ║
║ または元素素材の入手 ║
╠═══════════════════════════════╣
║ 【特殊能力解放】 ║
║ スキル:元素融合 ║
║ 説明:複数の元素を組み合わせ ║
║ 新たな魔法を創造可能 ║
║ 条件:必要な元素の習得 ║
╠═══════════════════════════════╣
║ 魔力:12→20(上昇!) ║
║ 賢さ:15→22(上昇!) ║
╚═══════════════════════════════╝
「信じられん...」
オーリックは水晶球を見つめていた。その目には、驚愕と、そして畏怖の色があった。
「全元素適性...それも、習得可能性が100%...こんなことは、古代の記録にもない...」
「これって、どういうことですか?」
ナトリが尋ねた。
「本来、人は生まれ持った一つか二つの元素にしか適性を持たない。訓練によって、その元素の力を引き出すことはできるが、別の元素を習得することは不可能だ」
オーリックは秀城を見た。
「だが、君は違う。君は全ての元素を習得できる。いや、正確には『習得する運命にある』と言うべきか」
「全部...118個全部?」
「そうだ。水素から始まり、オガネソンに至るまで」
秀城の脳裏に、周期表のイメージが鮮明に浮かんだ。あの美しい配列。元素たちの秩序。
「それだけではない」
オーリックは続けた。
「君は『元素融合』の能力も持っている。これは、複数の元素を組み合わせて、新たな魔法を創り出す力だ」
「融合...」
「例えば、水素と酸素を融合させれば、水の魔法が生まれる。ナトリウムと塩素を融合させれば、塩の結晶を生み出せる」
化学反応。まさに化学反応そのものだ。
「この能力は、伝説の中でも最も稀有なものだ。かつて、古代文明を築いた『元素の賢者』たちだけが持っていたと言われる」
「元素の賢者...」
「彼らは全ての元素を操り、物質を自在に創造した。しかし、その力を恐れた者たちによって滅ぼされ、知識は失われた」
オーリックは真剣な顔で秀城を見つめた。
「メンデレ・秀城。君は、その賢者たちの再来かもしれない」
「そんな...俺はただの...」
「今はそうかもしれん。だが、君には可能性がある。その力をどう使うかは、君自身が決めることだ」
オーリックは秀城の肩に手を置いた。
「覚えておきなさい。力は使い方次第で、人を救いもすれば、滅ぼしもする。元素の賢者たちが滅びたのは、力を恐れられたからだ。君は、同じ道を辿ってはならない」
「...はい」
秀城は緊張しながら頷いた。重い責任を背負わされた気がした。
「さて、では冒険者として登録しよう」
オーリックは部屋を出て、ホールへと戻った。秀城とナトリもその後に続く。
カウンターでリシアが待っていた。
「ギルドマスター、どうでしたか?」
「全元素適性だ」
「え!?」
リシアだけでなく、周囲にいた冒険者たちもざわめいた。
「マジかよ...」「全元素だって!?」「すげえ...」
「リシア、この者を冒険者として登録しろ。ランクはF から」
「了解です!」
リシアは書類を取り出した。
「名前はメンデレ・秀城さんですね。年齢は?」
「三十二です」
「出身地は...異世界、でいいですか?」
「...はい」
「元素適性は全て、と。武器は?」
「武器...持ってないです」
「では『素手』にしておきますね。後で武器屋で買ってください」
リシアは書類に記入していく。
「登録料は十リア(銅貨十枚)ですが...」
「私が払います!」
ナトリが素早く銅貨を取り出した。
「ナトリ、悪いな...」
「いいんですよ!パーティーを組むんですから」
「パーティー?」
「はい!一緒に冒険しましょう!転移者さんと冒険するなんて、絶対楽しいですもん!」
ナトリの目が輝いていた。その純粋な熱意に、秀城は断ることができなかった。
「...よろしく頼む」
「はい!よろしくお願いします!」
リシアは小さな金属製のプレートを取り出した。
「これが冒険者登録証です。大切にしてください」
プレートには、秀城の名前とランクが刻まれていた。
メンデレ・秀城
ランク:F
「ランクは、低い方からF、E、D、C、B、A、S、SS です。実績を積めばランクアップしていきます」
「実績って?」
「依頼の達成、魔物の討伐、ダンジョンの攻略などですね。ランクが上がれば、受けられる依頼も増えますし、報酬も上がります」
「なるほど...」
「それじゃあ、まずは簡単な依頼から始めましょう!」
ナトリは掲示板に駆け寄った。
「えっと、Fランクで受けられるのは...あ、これがいいかも!」
ナトリが指差した依頼書には、こう書かれていた。
【薬草採取】
ランク:F
報酬:20リア(銅貨20枚)
内容:街の北の森で、治療薬草を10株採取してください
期限:3日以内
依頼主:薬師ポティ
「薬草採取なら戦闘もないし、初心者にちょうどいいですよ!」
「でも、俺、薬草の見分け方とか分からないぞ」
「大丈夫です、私が教えますから!」
ナトリは依頼書をカウンターに持っていった。
「リシアさん、この依頼、受けます!」
「了解。期限は三日後までね。頑張って」
リシアは依頼書に記録をつけた。
「さあ、行きましょう!」
ナトリは秀城の手を掴んだ。
「え、今から?」
「もちろんです!まだお昼過ぎですし、明るいうちに行った方がいいですよ」
秀城は戸惑ったが、ナトリの熱意に押されて頷いた。
「分かった...じゃあ、行こう」
二人はギルドを出た。
街の北門へと向かう途中、ナトリが言った。
「あ、そうだ。まずは武器を買いましょう!素手だと危ないですし」
「武器...でも、金がない」
「大丈夫です、安いのでいいですから。後で返してくれればいいですよ」
ナトリは武器屋へと秀城を連れて行った。
店内には、様々な武器が並んでいた。剣、槍、斧、弓、杖、そして見たこともない形状の武器たち。
「いらっしゃい!」
店主が声をかけてきた。筋骨隆々とした大男で、腕には古い傷跡がたくさんある。
「初心者向けの武器を探してるんですけど」
「初心者か。なら、ショートソードかダガーあたりがいいだろう」
店主は棚から二本の武器を取り出した。
一つは短い剣。刃渡り五十センチほど。もう一つは短剣。刃渡り三十センチ。
「どっちがいい?」
「えっと...」
秀城は両方を持ってみた。剣は少し重い。短剣は軽いが、リーチが短い。
「短剣の方がいいかな...」
「いい選択だ。初心者は軽い武器から始めた方がいい。これは三十リア(銅貨三十枚)だ」
「三十...」
「私が払います!」
ナトリがまたも財布を取り出した。
「ナトリ、本当に申し訳ない...絶対に返すから」
「いいんですってば!」
ナトリは銅貨を払い、秀城は短剣を受け取った。
╔═══════════════════════════╗
║ 装備変更! ║
╠═══════════════════════════╣
║ 武器:鉄製ダガー ║
║ 攻撃力:8→13(+5) ║
╚═══════════════════════════╝
「攻撃力が上がった...」
秀城は短剣を腰のベルトに差した。武器を持つのは初めてで、妙な感覚だった。
「じゃあ、準備もできましたし、森に行きましょう!」
街の北門を抜けると、また森が広がっていた。だが、さっき秀城が転移してきた森とは少し雰囲気が違う。木々の間隔が広く、道も整備されている。
「ここは『採取の森』って呼ばれてるんです。魔物も少ないし、薬草や鉱石が豊富なので、初心者冒険者の訓練場所になってるんですよ」
「なるほど...」
森に入ると、確かに他の冒険者たちの姿も見えた。薬草を探している者、木の実を採っている者、鉱石を掘っている者。
「治療薬草は、葉っぱが三つに分かれていて、白い小さな花が咲いてるのが特徴です。あ、あそこにあります!」
ナトリが指差した場所に、確かにそれらしい植物が生えていた。
「これですか?」
秀城が近づこうとすると、ナトリが腕を掴んだ。
「待ってください!周囲を確認してから」
「え?」
「薬草の近くに、魔物が潜んでいることがあるんです。特にスライムとかが」
秀城は周囲を警戒しながら見回した。今のところ、魔物の気配はない。
「大丈夫そうですね。じゃあ、採取してください」
秀城は薬草に近づき、根元から引き抜いた。土が付いているが、確かに白い小さな花が咲いている。
╔═══════════════════════════╗
║ アイテム入手! ║
╠═══════════════════════════╣
║ 治療薬草 x1 ║
╚═══════════════════════════╝
「やった、一株目です!」
ナトリが嬉しそうに笑った。
「あと九株ですね。頑張りましょう!」
二人は森の中を歩き回り、薬草を探した。秀城は最初、どの植物が薬草なのか見分けがつかなかったが、ナトリの指導で徐々に分かるようになってきた。
「あ、あそこにも!」
秀城が二株目を見つけ、採取しようとした時だった。
「メンデレさん、危ない!」
ナトリの叫び声と同時に、足元の草むらが動いた。
緑色のゼリー状の生物が飛び出してきた。大きさは三十センチほど。体は半透明で、中に何か核のようなものが見える。
「スライムです!」
ステータス画面が現れた。
╔═══════════════════════════╗
║ グリーンスライム ║
╠═══════════════════════════╣
║ レベル:2 ║
║ HP:40/40 ║
║ MP:10/10 ║
║ 攻撃力:6 ║
║ 防御力:3 ║
╠═══════════════════════════╣
║ 弱点:火属性、斬撃 ║
║ 耐性:打撃 ║
╠═══════════════════════════╣
║ ドロップアイテム ║
║ ・スライムゼリー ║
║ ・小さな魔石(確率) ║
╚═══════════════════════════╝
スライムは秀城に向かって跳びかかってきた。
「うわっ!」
秀城は咄嗟に横に飛び退いた。スライムは地面に落ち、すぐに体勢を立て直す。
「メンデレさん、武器で攻撃してください!スライムは斬撃に弱いです!」
「お、おう!」
秀城は腰から短剣を抜いた。手が震えている。グレイウルフの時のトラウマが蘇ってくる。
スライムが再び跳びかかってきた。
秀城は短剣を振った。刃がスライムの体を切り裂いた。ゼリー状の体が裂け、緑色の液体が飛び散る。
ダメージ!
グリーンスライムに15のダメージ!
HP:40→25
「やった!」
だが、スライムはまだ倒れていない。体を震わせながら、また跳びかかってくる。
秀城は今度はしっかりと構えて、二撃目を放った。
「はっ!」
短剣がスライムの核を貫いた。スライムは動きを止め、そして光の粒子となって消えた。
╔═══════════════════════════╗
║ グリーンスライムを倒した! ║
╠═══════════════════════════╣
║ 経験値:15を獲得! ║
║ お金:5リアを獲得! ║
║ アイテム入手! ║
║ ・スライムゼリー x1 ║
╠═══════════════════════════╣
║ 経験値:15/100 ║
║ 所持金:5リア ║
╚═══════════════════════════╝
「やりましたね!初戦闘勝利です!」
ナトリが駆け寄ってきた。
「は、はあ...何とか...」
秀城は息を切らしていた。心臓がバクバクと鳴っている。たった一匹のスライムと戦っただけなのに、全身に力が入りすぎて疲れた。
「スライムゼリーは、薬の材料になるので売れますよ。よかったですね」
「ああ...」
秀城は地面に落ちていたスライムゼリーを拾った。緑色の半透明なゼリー状の塊。少しぷるぷるしている。
「これで一応、お金も稼げるようになったな...」
初めて、自分の力で稼いだお金。たったの五リアだが、妙に嬉しかった。
「じゃあ、薬草採取を続けましょう!」
その後、秀城とナトリはさらに薬草を探し続けた。途中、また二匹のスライムに遭遇したが、秀城は落ち着いて対処できるようになっていた。
そして、日が傾き始めた頃——
「これで十株目です!」
秀城は最後の薬草を採取した。
╔═══════════════════════════╗
║ クエスト達成条件を満たした! ║
╠═══════════════════════════╣
║ 治療薬草 10/10 ║
╚═══════════════════════════╝
「やりましたね!じゃあ、街に戻って依頼を報告しましょう」
二人は森を出て、街へと戻った。
薬師ポティの店は、ギルドから少し離れた場所にあった。小さな店だが、店内には様々な薬瓶が並んでいて、薬草の匂いが漂っている。
「いらっしゃい」
カウンターから、老婆が顔を出した。白い髪を束ね、丸い眼鏡をかけている。
「あの、薬草採取の依頼を受けた者です」
「おお、ナトリちゃんか。で、薬草は?」
秀城は採取した薬草を取り出した。
「ほほう、きれいに採取できておるな。根も傷んでおらん」
ポティは薬草を一つ一つ確認した。
「よし、確かに十株だ。報酬の二十リアと、それから駆け出し冒険者へのサービスで、これもあげよう」
ポティは小さな薬瓶を二つ取り出した。
「これは初級回復ポーション。HP を三十回復する。いざという時のために持っておきなさい」
╔═══════════════════════════╗
║ クエスト達成! ║
╠═══════════════════════════╣
║ 報酬:20リア ║
║ アイテム入手! ║
║ ・初級回復ポーション x2 ║
╠═══════════════════════════╣
║ 所持金:5→25リア ║
╚═══════════════════════════╝
「ありがとうございます!」
ナトリがお礼を言った。
「それと、スライムゼリーも売りたいんですけど」
「スライムゼリー?ああ、それなら一つ三リアで買い取るよ」
秀城は三個のスライムゼリーを売った。
╔═══════════════════════════╗
║ アイテム売却! ║
╠═══════════════════════════╣
║ スライムゼリー x3 ║
║ 9リアを獲得! ║
╠═══════════════════════════╣
║ 所持金:25→34リア ║
╚═══════════════════════════╝
「これで、ナトリに少しは返せる」
秀城はナトリに十リアを差し出した。
「え、でもまだ...」
「いや、借りっぱなしは嫌なんだ。少しずつでも返させてくれ」
ナトリは少し困ったような顔をしたが、受け取った。
「...ありがとうございます」
店を出ると、もう日が沈みかけていた。空はオレンジ色に染まり、街に灯りが点り始めている。
「今日はもう遅いですし、宿を取りましょう。ギルドの近くに安い宿があるんです」
「宿代は...」
「大丈夫、安いですから。一泊五リアです」
二人は宿屋へと向かった。
『旅人の宿』という看板がかかった二階建ての建物。中に入ると、受付に中年の女性が座っていた。
「いらっしゃい。一泊五リア、二食付きだよ」
「二人でお願いします」
秀城が言うと、女性は鍵を二つ取り出した。
「二階の三号室と四号室だよ。夕食は一階の食堂で出すから、準備ができたら呼ぶね」
秀城は十リアを払い、鍵を受け取った。
╔═══════════════════════════╗
║ 所持金:34→24リア ║
╚═══════════════════════════╝
部屋は狭いが清潔だった。ベッド、小さな机と椅子、それから洗面台。窓からは街の明かりが見える。
秀城はベッドに座った。
一日で、信じられないほど多くのことが起きた。異世界転移、魔物との戦闘、冒険者登録、そして初めてのクエスト達成。
「疲れた...」
心からそう思った。肉体的にも精神的にも、限界だった。
だが、不思議と悪い気分ではなかった。
元の世界では、毎日同じことの繰り返し。書類を整理して、データを入力して、上司に怒られて。何の意味も感じられない日々。
でも、今日は違った。確かに疲れたし、怖かったし、何度も死にそうになった。だけど、自分の力で何かを成し遂げた実感がある。
「これが...冒険、か」
コンコン、とドアをノックする音がした。
「メンデレさん、夕食の準備ができたそうですよ」
ナトリの声だった。
「ああ、今行く」
秀城は立ち上がり、部屋を出た。
一階の食堂には、既に何人かの宿泊客が座っていた。長テーブルに、パンとスープ、それから肉料理が並んでいる。
「すごい量だな...」
「安いのに食事が美味しいから、冒険者に人気の宿なんですよ」
二人は席に着き、食事を始めた。
スープは野菜がたっぷり入っていて温かく、肉料理は香辛料が効いていて美味しかった。パンも焼きたてで、表面がカリッとしている。
「うまい...」
秀城は夢中で食べた。そういえば、朝から何も食べていなかった。昼に食べた串焼き以外は。
「たくさん食べてくださいね。明日も頑張らないといけませんから」
「明日?」
「はい!明日からは、私の元素魔法を教えます」
「元素魔法...」
秀城は自分のステータスを確認した。習得元素は相変わらず「なし」のままだ。
「どうやって習得するんだ?」
「元素との共鳴、です」
ナトリは真剣な顔で言った。
「元素には、それぞれ個性があります。性質、特徴、そして...意思のようなもの」
「意思?」
「はい。元素は生きているわけじゃないけど、でも何かこう...響き合うものがあるんです。自分と相性の良い元素は、すぐに共鳴します。でも、相性が悪いと、どんなに頑張っても習得できない」
「科学的には説明できないな...」
「この世界では、それが真実なんです。だから、まずはナトリウムと共鳴できるかどうか、試してみましょう」
「でも、俺は内気だし、自信もない。ナトリウムみたいな活発な元素と共鳴できるかな...」
秀城は不安そうに言った。
「大丈夫ですよ」
ナトリは優しく微笑んだ。
「元素との共鳴は、性格だけじゃないんです。大切なのは、理解すること。その元素がどんな性質を持っているか、どんな力を秘めているか、深く知ること」
「理解...」
「メンデレさんは科学者だったんですよね?なら、きっとできますよ。元素のことを誰よりも理解できるはずです」
ナトリの言葉に、秀城は少し勇気をもらった。
「...やってみる」
「はい!明日、訓練場で待ってます」
食事を終え、部屋に戻った秀城は、ベッドに横になった。
窓の外には星が輝いている。見たことのない星座。
「本当に、別の世界なんだな...」
故郷のことを思った。あの狭いアパート、通勤電車、オフィス。戻りたいかと問われれば...正直、よく分からなかった。
元の世界には、何も残していない。家族とは疎遠で、友人もほとんどいない。恋人なんて一度もできたことがない。
でも、だからといって、この世界で生きていく覚悟があるかと言われれば、それもまた分からない。
「一歩ずつ、か...」
今は考えても仕方ない。まずは生き延びること。力をつけること。そして、元の世界に戻る方法を探すこと。
秀城は目を閉じた。疲労が一気に押し寄せてきて、すぐに眠りに落ちた。
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