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【水の匣】  作者: 石田ヨネ
第五章 蘇州、調査

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38 ああっ、あの、ハリボーグミね




          (2)




 とりあえず、パク・ソユンとドン・ヨンファのふたりだが、調査・捜査に加わることを、刑事たちは渋々ながらOKしてくれた。 

「それでは、本題に戻って、話を進めましょう」

 と、女刑事が切り出した。

 続けて、ベテラン刑事が、

「そうだ。先ほど、お前たちは、『待ってくれ』と言ったな?」

 と、そこまで戻って尋ねた。

 刑事たちがス・ミンジュンを連行しようとした手前で、突然、現場に現れたふたりが、『待つぽよ!!』と制止した場面のことだ。

「え、ええ、」

 すこし緊張した様子のドン・ヨンファと、

「ぽよ」

 と、緊張などという概念の無さそうなパク・ソユンが、返事する。

「“それ”について、聞いていいですか?」

 女刑事と、

「おうよ。何を? 俺たちに、“待て”ってんだ?」

 と、ベテラン刑事が、ふたりに問う。

「そ、その、ですね……」

 ドン・ヨンファは、まだ緊張した面持ちで、

「(そ、ソユン、)」

 と、チラリ……と、パク・ソユンのほうを、『君が、喋ってくれよ?』といわんかのような視線を向ける。

 しかし、

「……」

 と、パク・ソユンは相変わらずの、眠そうなジトッとした目で一瞥するだけあり、

「(な、何だよっ! また、僕が喋るのかよっ、)」

 と、スルーされたドン・ヨンファは、『勘弁してくれよ!』との仕草をしてみせる。

 そうしている間にも、

「で? その、何なんだ?」

「はぁくしろよ」

 と、刑事たちが急かしてくる。

 ドン・ヨンファは、

「(ああっ、もうっ!)」

 と、すこしイラつきながらも、腹をくくって、

「は、はいっ……、その、刑事さんたちは、ス・ミンジュンを――、――ああ? 僕の、友人ね。その……、ス・ミンジュンと、彼の会社である、AQ社を疑っているようですが……、僕たちふたりは、“それ”に関して、ちょっと疑問点がありまして、」

「疑問点、だと――?」

 と、ベテラン刑事が、顔をしかめ、

「“それ”は、どういう点で、でしょうか?」

 と、女刑事が、聞き返した。

「それは、その……、何て、言うんでしょうか……?」

 ドン・ヨンファは、すこし迷う様子をしながら間をおいて、



「“エネルギー収支”という、観点で――」


 

 との、言葉を出した。

「「「エネルギー、収支――?」」」

 刑事たちが、その単語にポカンとする。

「え、ええ……」

 うなづくドン・ヨンファに、

「“エネルギー収支”、ですか……。何か、工学分野で使われそうな言葉、ですが……」

 と、女刑事が言った。

「まあ、本来は……、そうかもしれないですね」

 ドン・ヨンファも、そこは同調する。

 女刑事が、

「エネルギー収支、あるいは、【エネルギー収支比】――。簡単にいうと、『投入するエネルギー入力に対して、得られるエネルギー出力』と、書かれていますね」

 と、スマホで調べながら言う。

 確かに、そこには、『投入するエネルギー』を分母とし、『得られるエネルギー出力』を分子にした、単純な式がのっていた。

 それを受けて、警察側の、科学調査チームの男が、

「エネルギー資源の評価だったり……、何かシステムの部分、もしくは全体の費用対効果を、エネルギーの面から評価する際に用いられる。なお、資源エネルギーの評価ですと、これが、1を下回りますと、資源として成立しない」

 と、補足した。

「ほう、」

 ベテラン刑事が、相づちし、

「何か? 例えとかない、ぽよ?」

 と、パク・ソユンが、間に入って聞いた。

「そう、ですね……、たとえば、現代文明を代表する、主役エネルギー資源、石油を見てみましょう。現代文明の根幹でありますから、石油のエネルギー収支比は、当然、1を大きく上回ります」

「どれくらい、ぽよ?」

「自噴してた時代の油田だと、そうですね、100から200と、とてつもない数字でしたね」

「温泉みたいに、湧いて出ているような感覚ですかね」

 と、ドン・ヨンファ。

 それを受けて、男が、

「ええ、まさに、湯水の如く……。まあ、そんな、湯水のような石油資源と、まだ若くて豊富で、なおかつ安い労働力が組み合わさったからこそ、お隣の日本のような、高度経済成長というものを、戦後社会は実現できたのでしょう。まさに、石油文明ッ――!! 鉄やアスファルトをつくって、道路や鉄路をつくって、車や列車をつくって、ガソリンや発電所を作って電気をつくって……、さらに、石油からの原材料で衣類をつくり、また、石油から肥料をつくって食料をつくって、それを自動車で各家庭まで届ける……。そんなふうにして、衣食住を満たし、インフラをつくった、その余力で――、逆立ちしながらの“足先くらいの余力”で、ウラン原料や太陽光パネルをつくったりしているというね……」

 と、やや長ったらしく語った。

「じゃあ、その太陽光パネルや、原子力発電とかの、エネルギー収支比は、どうぽよ?」

 また、パク・ソユンが聞くと、

「それが……、石油とは、またちょっと、話が変わってくるんですよ」

「ぽよ」

「評価や計算が、複雑になるみたいでして、」

「それは、作るにもメンテナンスするにしろ、石油インフラや、既存のインフラが間に入ってくるから、ですか?」

 と、ドン・ヨンファが間に入って問い、

「ええ。太陽光パネルにしろウラン燃料にしろ、逆立ちしても、石油無しじゃやっていけませんからね。それで、その、太陽光発電や原子力発電のエネルギー収支比ですが、ある計算だと、10を超えて有用だという人もいますし……、逆に、せいぜい一桁台で、エンドコストを考えると微妙ではないかと主張する人もいます。まあ、使い方だったり、使う場所次第だとも、思いますが……」

 と、また男の話が長くなる。

 すると、

「ゲ、ホンッ――」

 と、ベテラン刑事が咳払いして、

「あっ――? し、失礼しました……、話し、すぎましたね」

「はい」

 と、詫びる男に、女刑事が率直に答えた。


 そのまま、女刑事が話を仕切って、

「まあ、その、エネルギー収支比についての話はおいておき……、この場面で、アナタたちのいうエネルギー収支とは……、アクアボンバにおいて、アナタたちを襲ったときにポリウォータが必要とするエネルギーと、会場で、実際にポリウォータに供給されていた、ワイヤレス送電で供給したエネルギーとが、はたして釣り合っているのか――? って、そういう話ですよね?」

「ぽよ」

 パク・ソユンと、

「え、ええ……、そうです」

 と、ドン・ヨンファが、うなづく。

 なお、ドン・ヨンファは『ああっ、もうっ……、その【ぽよ】、鬱陶しい』という顔でパク・ソユンをチラ見しつつ。

 また、

「その、ポリウォータが、このパク・ソユンを【水の匣】で襲ったときのエネルギーってのは?」

 との、ベテラン刑事の問いに、科学調査チームの男が、

「そう、ですね……、【水の匣】の――、一辺が6メートルもある水の立方体を形成し、なおかつ、器もない状態で形を維持すること。それから、現場となった壇上で、レスキューがパク・ソユン氏を救出しようとしたそうですが、その際に、通常の水とは違った、異常な物性変化の変化が見られたそうですが?」

「ええ、そのとおりです」

 と、ドン・ヨンファが間に入って、

「それは、どんな変化だったのですか?」

「そう、ですね……? 何か、【水の匣】の表面が硬くて、その中に入り込んで、ソユンを助けることができなくて」

「表面が、硬い――?」

 と、科学調査チームの男と、

「「――?」」

 と、ベテラン刑事と女刑事のふたりも、顔をしかめる。

 続けて、ベテラン刑事が、

「何だ? 氷みたいに、カッチカチになってたのか?」

「い、いや、そんな感じじゃなくて、」

「例え、ば?」

 と、女刑事が聞き、

「そ、そうですね、」

 と、ドン・ヨンファは、何とか思い浮かべようとして、

「そ、その、あの……、熊とかフルーツの形の、ちょっと硬い……、あっ? ああっ……! ハリボーグミ、です」

「ハリボー、グミ……?」

 と、女刑事が、ちょっとピンと来ないでいると、

「ぽよ」

 と、パク・ソユンが言った。

「……」

 ドン・ヨンファと、

「「「……」」」

 ベテラン刑事、女刑事らが、シュールな顔で沈黙する。

 そのこころ、

(((ああー……、本当に、鬱陶しいな。こいつの、【ぽよ】)))

 と、言いたいところである。

 まあ、その【ぽよ】は放っておき、

 しばらくすると、 

「ああっ、あの、ハリボーグミね」

 と、女刑事もピンと来た

 そうして、ハリボーグミはいいとして、話に戻る。

 科学調査チームの男が、

「まあ、そうですね……、いま挙げたことをポリウォータが実現するには、確かに、少なくないエネルギーが必要なのは、想像に及ばないでしょう」

 と、それを言った。

「そ、それは、我々も同じだ」

「そうです」

 と、AQ社の研究員たちも、それに同調する。

 また、そのAQ社の者たちに、

「それで、そのエネルギーを供給しているのが、ワイヤレス送電というのですけど、」

 と、女刑事と、

「ちなみ、どうやって? ワイヤレス送電によって、ポリウォータを操作しているのだ?」

 と、ベテラン刑事が聞いた。

 まあ、技術資料があるから、おおむねのことは分かるのだが、開発者たちから聞いておこうというのだろう。

 AQ社の研究員たちは、

「ま、まあ、企業秘密の部分もありますが、」

「その、様々な電磁波を用いて、ですね……、それらをポリウォータが媒介し、水の塊を動かすエネルギーに変換したり、あるいは、磁性をコントロールするなどして、浮遊させたりするのですが……」

 と、ここで、研究チームのリーダーが、

「ただ、アクアボンバで、【動く水】を実現していたのは、あくまで、小さい水の塊を浮遊させて、それらをドローンのように操作していたわけですから……、こんな、大きな【水の匣】を形成して、その形を保つなど、とても、無理な話――、すくなくとも、それを考慮しますと、今回のイベントで使用されていたワイヤレス送電くらいのエネルギーでは、まったく不足している。必要なエネルギーと、実際に供給されていたエネルギーとが、つり合わないのです」

 と、説明した。

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