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【神楽坂】ゴシック・フォックス調査譚シリーズ 【水の匣】  作者: 山口友祐
第四章 検討を重ねて、調査へ

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34 浦安鉄筋家族のヘビースモーカーのオヤジばりに


 また、そこへ、

「ああ? そしたら、今後から、動く水というキー・ワードを、ポリウォータにしてくれないか?」

 と、妖狐が要求してきた。

「う、んー……、別に、いいと思うけど? 何でだい?」

 ドン・ヨンファが聞くと、

「いや……、何か、ダサい」

「「「「ダサい、って……」」」」

 と、思わぬ妖狐の言葉に、皆がポカン……とした。

「まあ、動く水よりは、ポリウォータのほうが発音しやすそうではあるし、キーワードとしてはいいかもしれないな」

 カン・ロウンが、いちおう、そう擁護した。

 そういうことで、“動く水”が、“ポリウォータ”との、疑似科学的なワードに置き換わる。


 それはさておき、

「まあ、実際に、“ポリウォーター”を作っているってわけじゃなくて、それと類似なものを実現している――。微量に、混和する物質だったり、ナノマシンなどを用いることで、ポリウォータのような“ふるまい”を可能にしている、っていうね」

 と、ドン・ヨンファがいちおう、そう断りつつ、

「その、ポリウォータと、“何か魔力のような力やアイテム”を組み合わせることで、一連の、“水の匣”事件の実行が、可能にはなるのか……」

 と、カン・ロウンが、軽くまとめるように言った。

 ここで、いちおう、“水の匣”、“ポリウォータ”、“何か魔力のような力”というキーワードが、朧気おぼろげにもつながってくる。

 いや、とりあえず、つなげておくことにする。

 妖狐が、

「まあ、とりあえず、だ――。ヨンファ、貴様の友人の、ス・ミンジュンの会社……、もしくは、ス・ミンジュン本人が関わっているかは分からんが、今回の、アクアボンバの事件、それなりの騒動になっているからな」

 と、ホログラフィで、こんどはアクアボンバにおける“水の匣”事件――、その現地の報道と、SNSに寄せられている目撃談や憶測などを表示して見せる。

「「「――!?」」」

 何人かが、反応する。

 現地の動画と、美麗なアナウンサーが説明するニュースのホログラフィ。

 妖狐が云うように、それなりに大きな騒動、事件として報道されていた。

 ここにいるパク・ソユンは、命に別状どころか、ケロッとしているものの、会場で“動く水”に襲われた数人は、命を落としたということ。

 また、ニュースやSNSにおいても、自分たちが思いついたのと同様、“動く水”技術、“ポリウォータ”というワードにが出てくる。

 妖狐は続けて、

「まあ、こんな中で、だ……、ス・ミンジュンの会社の“動く水”、“ポリウォータ”が、事件に関わっているわけであるからな――」

「「「……」」」

 と、何人かが、緊張した表情で沈黙する中、

「現地、警察の目というのは、否応なしに、ス・ミンジュンに向くだろうな――」

 と、妖狐の言葉に


 …………、…………


 病室内に、しばし沈黙が漂った。

「さらには、途中で、イベントの演出に用いていた、“動く水”とやらの制御が効かなくなったのだろ?」

 妖狐が聞き、

「ええ……」

 と、カン・ロウンが答える。

 妖狐が続けて、

「これは、外部からのハッキングか、内部に協力者がいるとして……、余計に、ヨンファの友人の会社は調べられるだろうな」

「……」

 と、ドン・ヨンファは、表情が硬くなりながらも、

「す、すると……、ス・ミンジュンは、逮捕される可能性がある――、ってことかい?」

 と、あまり言葉にしたくなかった質問を、意を決してしてみた。

「まあ、調査、捜査によっては……、可能性は、無いともいえないだろうな」

 妖狐が答え、

「……」

 と、ドン・ヨンファは、重い顔で沈黙した。


 そうしながら、

「うーん……、いずれにしろ、早めに、我々も調べる必要があるな」

 と、カン・ロウンが、そろそろ腰を上げるように言った。

 これ以上、ここで彼是あれこれと可能性を挙げていてもらちが明かないので、行動をして調べる必要があった。

「そうだ、ね……。ス・ミンジュンに疑いがかかるのか、僕も、気になるし」

 ドン・ヨンファも、友人が気になって同意する。

 そんな二人の言葉に、

「じゃあ、そろそろ、調べにいくぽよ」

 と、パク・ソユンが、気の抜けた「調べにいこうぜ」のように言うと、

「いや、調べにいくぽよって、」

「お前は、アレだろ?」

 と、ドン・ヨンファとキム・テヤンは、「いや、待てよ」と、すなわち――、いちおう、このパク・ソユンであるが、今晩は様子を見て入院するよう、ドクターストップのかかっていたことを思い出す。

 そうすると、ちょうど良いタイミングで――、パク・ソユンにとっては都合の悪いタイミングで、


 ――ギィ、ィィッ……

 

 と、重厚なドアの音がした。

 ドアが、開きながら、

「ろっとぉ――? パク、ソユンさん?」

 と、ドクターの声と、

「貴女はダメですよ」

 と、クールで動じない声で、女医が入ってきた。

 その後ろからは、

 ――ゾロ、ゾロ……

 と、彼らの弟子たちが続く。

 そうして、

「は――? だから、何故ぽよ」

 と、やはり、パク・ソユンが言うと、

「「「「「だから、『何故ぽよ』じゃないて。本当に、『何故ぽよ』禁止してやろうか」」」」」

 と、皆が、声を合わせてつっこんだ。


 つっこみながらも、

「とりあえず、安静にしいてください。今晩と、明日は」

 と、ドクターが言った。

「そうだよ、ソユン」

 ドン・ヨンファが便乗し、

「とりあえず、俺たちが調べてくるからよう、退院するまで、せいぜい一日、二日くらい我慢しとけよ」

 と、キム・テヤンが続いた。

 そうしながらも、

「まあ、そろそろ……、あまりここで話してても、アレだしな」

 カン・ロウンと、

「ああ、先生様たちの邪魔しないよう、出たほうがいいだろ」

 と、キム・テヤンが、これ以上長居するのはよくないと、この病室での話し合いをお開きにした。


「じゃあ、そういうわけで……、ソユン、私たちは出るよ」

 カン・ロウンが、そう告げるのを合図に、

「調査には、あとで合流してくれよ」

 と、キム・テヤンも続いて、皆が退出しはじめる。

「は――? ちょっと?」

 パク・ソユンが、言う。

 まあ、「は? ちょっと?」じゃないだろ、って話だが。

 また、

「じゃあな、ソユン。念のため、安静にしててな」

「はぁ、」

 と、仕事仲間というかマネージャー役のゴーグル・サングラスが最後に言って、先ほどまでいた賑やかしいメンツは病室から全員出て行ってしまった。


 そうして、皆が帰ると、

「今のところ、問題は無いですか? パク・ソユンさん」

 と、ドクターが聞いた。

「うん。全然ー」

 パク・ソユンが、やる気のない返事をする。

「はぁ、」

 ドクターも、気の抜けた相づちをしながら、

「それじゃあ……」 

 と、女医が、前置きをしながら、


「――では、カギを、絞めますね」 


「は――? カギ?」 

 と、告げられた言葉に、パク・ソユンは「は――?」の顔をした。

 その、不服そうな態度を察して、

「ええ。貴女、脱走しそうですし」

 と、女医が、単刀直入に答えた。

 いや、こんな、明日の朝まで、閉じ込められた状態なわけなの?

 パク・ソユンが、露骨に不満そうに聞くと、

「まあ、何か用事があれば、看護師が来ますので」

 女医が、あとは質問を受け付けない様子で、それだけ答え、

「パク・ソユンさん、くれぐれも、安静にしていてくださいね」

 と、ドクターもひとこと言うなり、ドアのほうへと、部下たちを連れて退室しはじめる。

 そうして、

「――では、くれぐれも、脱走なんて考えないでくださいね」

 と、最後に、女医が念押しをして、

「うん。分かったー」

 と、パク・ソユンが絶対に分かってなさそうな返事をする中、閉まるドアから、

「……」

 と、最後まで監視する目でチラ見しつつ、退室してドアを閉めた。

 同時に、

 ――ガ、チャ……

 と、無機質にも重厚に、ロックがかかる音が聞こえながら。

 そうして、

「……」

 と、パク・ソユンは、ジトッ……とした目で、呆気に取られたまま、病室のドアを見ていた。

 その室内は、先ほどまで、「ああでもない、こうでもない」と作戦会議のように話していたのが嘘のように、


 …………、…………


 と、シーン……と、静まり返っていながら。



          ******



 そうしての、こと――

 カン・ロウンたちは、パク・ソユンの病室から出て行ったのち、ドクターと女医たちが歩いていたように、構内を歩いていた。

 そろそろ夕暮れ近づくころの、蘇州庭園のような中、

「おお……、なかなか、趣ある大学病院やねぇ」

 美祢八が感心して眺め、観察しながら、呑気そうに歩くそばで、

「は、ぁ……」

 と、キム・テヤンが、ふと、ため息をしてみた。

「ん……?」

 ドン・ヨンファが、反応し、

「どうしたんだい? テヤン?」

 と、カン・ロウンが、その溜め息のわけを聞く。

「どうしたも、こうしたも、よう? いや……、アイツが、ちゃんと、大人しくしとくかな――? と思ってな」

 キム・テヤンが、少し顔をしかめて答える。

「でも、カギをかけたんだよね?」

 ドン・ヨンファが、確認するように聞くと

「まあ、さすがに……」

 と、カン・ロウンが答える。

 すると、



「「「「は――?」」」」



 と、ほぼ皆が、“気がついた”。

「「「おっ、おいッ!!」」」

 つっこみ要員となって久しいキム・テヤン、ドン・ヨンファと、ゴーグル・サングラスが叫んだ先――

 病室の8階。

 その窓が

 ――ガラ、リ――

 と開くや、まるで高所からのダイビングを――、クリフダイビングでもするかのように、パク・ソユンが構えていた。

「そっ、ソユン――!?」

 これには、思わずカン・ロウンもつっこみたい声をあげる。

 なお、傍らの美祢八だが、

「あい、やぁ……」

 と、“それほど”ではないリアクションをしつつ。

 そうしての、こと――

 まさか飛び降りるのか――!? という驚愕と同時に、まあ、コイツなら飛び降りるくらいはするだろう――、という、『また、コイツか……』みたいな視線を皆が向ける中、


 ――ひょ、い――


 と、パク・ソユンは窓からジャンプし、

 そうして、

「ぱぁぁぁっ――!!!!」

 と、浦安鉄筋家族のヘビースモーカーのオヤジばりに、パク・ソユンはスタイリッシュかつダイナミックに飛び降りる――!!

「「「ぱぁぁ、じゃねぇって――!!!」」」

 何人かが、思わず叫んでつっこむ!!

 ――ヒュゥゥーッ――!!!

 と、地上高少なくとも25メートル以上からの降下であり!! 落下は凄まじく加速するものの、パク・ソユンは身体をコントロールしつつ、

 ――スッ、トーンッ――!!!

 と、芝生に着地するや!! 5メートル以上転がり、その衝撃を逃がす!!

 まあ、逃がす以前にも、大きな力が身体にかかっているのであるが……

 

 しかし、

 ――む、くりっ……

 と、パク・ソユンは、何事もなかったかのように起き上がり、

「はぁ、」

 と、ケロッとして見せた。

「おぉっ……、本当に、飛び降りたわい……」

「おいおい、大丈夫なのか……? ソユン」

 美祢八とカン・ロウンも、さすがに驚くそばで、

「「もう!! 何やってんだよ!! ソユン!!」」

 ドン・ヨンファとゴーグルサングラス男と、

「まったく!! 面倒なことしやがって!! これを、どう説明すんだよ!? あの医者先生たちによ!!」

 と、キム・テヤンが、合わせてつっこんだ。

 そうしながらも、

「どう説明するって、いいんじゃない?」

「いいじゃない、って、なぁ……」

 と、さらりと答えるパク・ソユンに、キム・テヤンが呆れ気味に言葉を失い

ながらも、

「とりま、もう脱走しちゃったし……、調べに行こ」

「「脱走しちゃった、じゃないよ。まったく……」」

 と、やれやれと、ドン・ヨンファとゴーグルサングラスが、もはやつっこむ気力を失った。

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