32 時には、その、“人間の限界を越えない力を以っての工夫”というのが、魔力や異能力といったチートを凌ぐことさえもある
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病室でのティータイムに、黒のアサシンドレスの妖狐、神楽坂文も加わってのこと――
「――エネルギー収支が合わない、とは……、まあ、そうだろうな……」
と、先ほどの妖狐の言葉を受けて言ったのは、SPY探偵団リーダーの、カン・ロウンだった。
「エネルギ、収支――?」
パク・ソユンが、『ぽよ』と言いそうな顔で聞く。
「ふむ。あのような、“水の匣”の自立、そして襲撃と、表面の、“謎の状態変化”などなど考えるに……、会場内外からのワイヤレス送電くらいでは、まったく足りないだろうな」
妖狐が答える。
また、そこへ、
「それは、また、“葛葉”で調べたのかい?」
と、ドン・ヨンファが聞いた。
なお、SPY探偵団、それから美祢八に関しては、この妖狐とは面識があるため、その妖力については少し知っていた。
妖狐が、ドン・ヨンファの問いに、
「ああ。“葛葉”を用いて、今回のイベントの、“動く水”の動力に使用されたワイヤレス送電から実現できるエネルギー、と――」
と、答えながら、
――フ、ァァン……
と、ホログラフィを召還して見せる。
「お、おおっ……!?」
ゴーグル・サングラスが驚く。
まあ、彼は、妖狐が実際に妖力を使用するのを見るのは初めてだろうから、自然な反応だ。
そこには、ワイヤレス送電機と会場の立体図とともに、“葛葉”が入手した実際の、電力使用データが表示される。
また、妖狐は、先の言葉に続けて、
「――それから、“動く水”が観客に襲いかかり、ソユンのヤツを“水の匣”に閉じ込めた際のエネルギーをシミュレーションした際の値を、比較してな」
と、答えながら、別のホログラフィを召還する。
そこには、水のキューブから“水の匣”が作られる際のCGと、“水の匣”と、その内部、表面の水の物理状態に関するシミュレーション、および、そこから計算される必要なエネルギーなど……、“何かそれっぽいもの”が表示されていた。
そして、この両者のあいだを――、ワイヤレス送電器から実際に出力されたエネルギーの値と、実際に相手にして“水の匣”に必要とされるエネルギーと、を比較してみたところ、ワイヤレス送電器からのものでは、まったくエネルギーが不足しているとの結果だった。
「何? 全然足りないじゃん」
パク・ソユンが、すこし物騒そうな感じの「足りない」を言った。
「まあ、そうだなぁ……」
と、その数値を確認して、ドン・ヨンファが相槌した。
ひと桁から、もう少しくらいのエネルギーの差。
それを見て、
「そう、すると……? 今回の、首謀者というか実行犯は、この分の――、不足したエネルギー分を、“何らかしらの方法、力”で実現しているというわけか?」
と、カン・ロウンが、妖狐や皆に問いかける。
「まあ、アンタらの扱う事件では、“あるある”やろ?」
と、横から美祢八。
「まあ、確かに、そうだが……」
カン・ロウンが、その言葉に、言葉をつまらせる。
まあ、美祢八をふくめて、自分たちも、いうて異能力者である。
いわゆる、こちらの世界でいうところの、“エネルギー保存則に合わないこと”をやっているわけだ。
ゆえに、SFモノや魔導ファンタジーもの、あるいは現代科学とSFと魔導モノを融合させたような“そのような力”、もしくは、“そのような力を実現する情報”や、“それを媒介する場”のようなものが存在することは、一般人より実感はしている。
しかし、中には、現代の技術を、ちょっとしたトリックのようなもので以ってして、“摩訶不思議というべき力”に見せているパターンもある。
時には、その、“人間の限界を越えない力を以っての工夫”というのが、魔力や異能力といったチートを凌ぐことさえもある。
それはさておき、
「タヌ――、神楽坂さん、」
と、カン・ロウンが、妖狐をタヌキと呼んでしまいそうになりながらも、
「う、ん?」
「単刀直入に、今回の件は、どうなんでしょうか?」
と、ほんとうに単刀直入に、ざっくりと聞いてみた。
「この、エネルギー収支の差を、埋めるだけの力――。それが、単に科学技術や、トリックのような手段を以って可能なのか? あるいは、人智を超えた、チートみたいな力を用いているのか――?」
と、補足しながら。
「ふ~む……?」
妖狐は、考えるような仕草をする。
なお、まるで、マンガのようにグルグルになった異質な瞳をしながら――
そうして
「まあ、そうだのう……? ただの、科学技術だけを用いた犯行ではないような気はするな」
「う、む」
と、カン・ロウンが相づちしつつ、
「何というべきか? その、エネルギーの収支の差を埋め合わせるのには、確かに、トリックというよりは、どちらかというと、チートよりの力が必要だろうな」
と、妖狐は答える。
ここまでの話を、まとめる。
会場を襲い、パク・ソユンを“水の匣”に閉じ込めた“動く水”。
そのエネルギー供給に用いられたワイヤレス送電器からと、実際に“動く水”の“ふるまい”に必要だったエネルギーの収支が合わなかった。
その分の差を埋め合わせるとために、妖狐が云うには、“何かチート的な力”が関与している可能性がある――
と、いうことである。
それを踏まえて、
「そうすると、タヌキ、」
「だから、キツネだと言っておろうに」
と、キム・テヤンが質問をするに、
「お前の力で、そういった、チート的な力を使えるヤツの存在というか、気配というべきか――? は、無かったのか? この、会場の内外に」
「ふ、む……」
妖狐は、また考えるように、すこし間を置いて、
「――いうて、さっきも話したように、我が妖力というのは、弱体化している状態で、な? さらに、直接現場にいたわけでなく、電話を通して、貴様たちとやり取りしていたからな、」
と、はっきりとした答えは返ってこなかった。
「何? 分かんない、ってこと?」
とは、パク・ソユンに、
「ああ……」
と、そこは、妖狐は誤魔化すことなく答える。
しかし、その矢先に、
「まあ、とは言え……、どちらかというと、邪神のようなものの気配は、感じられなかったよりの感じられなかった――、だ」
「「「いや、どっちだよ」」」
と、優柔不断ぎみに振り返る妖狐は、数人につっこまれながらも、
「――とはいえ、“世界を構成する情報”の“残渣”に――、まあ、これは、貴様たち人間の現代物理学が、まだ観察・観測できていない世界の構成要素なのだが……、それに関して、何か、“痕跡”がある」
「痕跡、とな――?」
と、カン・ロウンが、聞き返す。
「ああ。私が、妖力や妖具を、貴様たちに貸すように……、邪神や、それに似た連中というのも、実行犯の人間たちに、“その力”を貸すこともできなくはない」
「はぁ、」
と、気の抜けた相づちするパク・ソユンを横に、
「それで、その、痕跡みたいなものだけが残って……、邪神そのものの気配は、感じられなかったってことかい?」
と、ドン・ヨンファが聞くと、
「うん。だいたい、そんな感じ」
「「「「いや、軽いな。その返答」」」」
と、妖狐の軽い答えに、やはり数人がつっこんだ。




