31 は――? 何故ぽよ
ここで、カン・ロウンが、話をすこし戻して、
「――とりあえず、内通者、侵入者の可能性については、いったん置いておき……、それで、動けなくなったわけだな? ソユン」
「そうよ」
と、パク・ソユンは答える。
「――それで、さすがに、あそこまで囲まれた、さ? ちょっと、対処するのも厳しいって」
「まあ、いくら、ソユンでもね」
と、カン・ロウンが、言葉を添えつつ、
「あと、人質を取られたっていうから……、ヘタに何とかしようとするよりも、そのまま、大人しく沈んだフリしてたほうが、いいかもだし」
「まあ、結果的に、な」
と、キム・テヤンが受け答えしながら、
「――とはいえ、本当に、どうなるか心配したんだぜ! ソユン」
と、「ヒヤヒヤさせてやがって」と、ステージ上の、緊迫した心臓に悪い45分間を思い出す。
「まあ、それは、ありがとだけど……、もうちょい、早く助けてくれれたじゃん」
パク・ソユンは、礼をするとともに、そう言った
「うっ……!」
ドン・ヨンファが、ギクッ――!? と、バツの悪そうな顔をし、
「ろっ、とぉ……」
と、美祢八も、それに続く。
そこへ、
「そいつは、あのタヌキと、何だったか……? あの、“オレンジのヤツ”が悪い」
と、キム・テヤンが、ふたりを擁護するように言った。
まあ、妖狐は、呼び出したのが途中であったし、自業自得とはいえ妖力が低下している状態だったので、百歩ゆずって仕方がない。
ただ、オレンジ色のヤツこと――、オレンジと黒の、水着にも似たプールサイドによく合う衣装に身を包んだ、DJアクティブ・クラブに関しては、話がかわってくる。
そのまま使えば、15もしくは20分以上早くパク・ソユンを救助できる異能力を使えるにもかかわらず、後のあとになってから「私も、異能力、使えるんだけど」などと申告してきたのだ。
うっかりなのか、天然でなければ、このDJアクティブ・クラブとやらも、なかなか“ヤバいやつ”なのかもしれない。
そんなことは、さておき、
「しっかし……? “水の匣”やったっけ? なかなか、おかしなもんやったのう」
美祢八が、話題をかえるように言った。
まあ、パク・ソユンのことよりも、フォーカスするべきは、この“水の匣”の謎についてである。
「そう、だよね」
と、そこは、ドン・ヨンファも同意する。
聞いて、カン・ロウンも、
「まあ、確かに、そうだよな……。あのような、“大きな匣”を、何か、水族館のアクリル水槽みたいな“入れもの”があるわけではないにもかかわらず……、自立して、形を保つだけでも、なかなかのことだな」
と、昼間の、一辺が6メートルの、異様な存在感の“水の立方体”の姿を思い出す。
改めて、その、大きな立方体を頭の中で想像してみるに、
「一辺が、6メートルの立方体って……、結構な、重量だよね」
と、ドン・ヨンファが想像しながら、ざっと、その重さを計算し、
「200トンくらい、け?」
「だねぇ」
と、言葉を交わした美祢八も、同じように頭の中に“水の匣”のイメージを浮かべつつ、大雑把に重さを計算して、
「これだけの量の水を操って、立方体をつくるとは……、少々、エネルギーが必要やろねい」
と、言った。
まあ、この、「少々、エネルギーが必要」だというのは、多くのひとが直観的に感じるところだろう。
まあ、その“少々”というのが、どれだけのエネルギーが必要なのかという話になるが……
「エネルギー、ねぇ……」
キム・テヤンが、何か引っかかるものを感じながらも『エネルギー』との言葉を復唱だけしてみた。
そのようにしながら、
「ああ……? そう言えば、よ?」
ふと、キム・テヤンは、何かを思い出したように、パク・ソユンのほうを向いて、
「う、ん――?」
と、パク・ソユンは反応する。
「お前を助けるのが、手こずった原因のひとつに、な? “水の匣”の、面と云うべきか――、“水の壁”っていうのが、ちょっと、厄介なものでな」
「水の、壁――?」
答えたキム・テヤンに、パク・ソユンは聞き返す。
「水の中で見ていて、覚えて、ないか?」
「う~ん……? まあ、中では、半分寝ていたような状態だったから、さ? まあ、ヨンファと、美祢八が、何か苦戦してた程度のことは、わかったけど……」
「うん。苦戦しとった」
と、横から美祢八。
また、キム・テヤンが、
「まあ、充分、見えてるほうだ。そうすりゃ、分かるかもしれねぇけどな? この、“水の匣”の“面”――、一見すると、重力に逆らってはいるものの、“ただの水面”のように見えるだろ?」
「ぽよ」
「ただ、この水の、表面――、“水の壁”っていうのが、な? まるで、弾力性をおびたように硬くてな、」
と、そこまで話すと、言葉をつぐよりも前に、
「弾力性? どんな感じ? ハリボー・グミ、とか?」
と、パク・ソユンが聞くと、
「おうよ」
美祢八と、
「あっ――、ちょうど、そんな感じ」
と、ドン・ヨンファが反応した。
まあ、このふたりは、実際に“水の匣”、“水の壁”に対処するべく、手を伸ばして触ったわけである。
なので、その実感は、間違いない。
また、そうして、話に割り込んだ流れで、
「そういえば? あの、動く水っちゅうの――? いちおう、エネルギーの供給っていうのが、必要やねか?」
と、美祢八が疑問をあげた。
まあ、世の中の万物と同じく、自律して動くわけであるから、例外なく、何らかのエネルギーが必要なのは間違いない。
そこへ、
「あ? それ、思った。どうやって、やってるわけ?」
と、パク・ソユン加わる。
また、ゴーグル・サングラス男も、
「ああ、そうだ。ドローンみたいに、自律的に動くけど……、ドローンだと、バッテリーがあるってのは分かるけど、いったい? どうやって、あの、空中を漂って動く水に、エネルギーが供給されているんだろ? 見た感じ、バッテリーがあるわけじゃなさそうだし……、ましてや、電力のケーブルなんかも無いからね」
と、その疑問をあげてみた。
まあ、とはいえ、“動く水”を演出に使っているイベントに出るからには、少しは事前に“その知識”くらい知ってろよという話であるが。
それはさておき――
そんな、“動く水”のエネルギーの疑問に、
「――ああ? これは、ワイヤレス送電を使ってるんだって」
と、答えたのは、ドン・ヨンファだった。
「あん? 何で、てめぇが知ってんだ?」
キム・テヤンが、「この野郎」と云わんかのように聞く。
「いや、僕の友人が、さ? この、“動く水”に関わっている企業の代表をしていてさ」
ドン・ヨンファは、そう答える。
また、貴族財閥のボンボンながらも、いちおうは実業家のようなことをしていることからも、ス・ミンジュン友人と会う事前に、少しくらいは資料を調べてはいた。
「ワイヤレス、送電――? ああ、ケーブルを使わずに、スマホとか充電させるやつ?」
と、パク・ソユン。
「うん。そうだよ」
と、ドン・ヨンファが答えつつ、続けて、
「この“動く水”にはね、ポリウォータに類似したものを形成させる混和物、ナノマシンが“溶け込んで”いてね……。“それら”が“働く”ことで、“水の塊”
がドローンのように動いたりすることを可能にしているんだけど……、そのためのエネルギー源に、その、ワイヤレス送電技術を用いているんだって」
と、説明した。
その説明に、美祢八が、
「とはいえ、よぅ? ヨンファ? その、ワイヤレス送電ってので、どれだけのエネルギーを供給できるわけよ? それも、イベントの演出の時だけならまだしも、ソユンのおば――、姉ちゃんが、“匣の中”に捕まった時のを考えると、のう」
「ん? いま、おばちゃんて、」
「い、いやいや! 言うてないって! 姉ちゃんって、いったやねか!」
と、口を滑らしかけながら、疑問を述べた。
すなわち、“動く水”という魔法や魔術めいたことをやっているのだが、ワイヤレス送電という、その技術は、幻術的ではなく現実的なものを用いているわけである。
それも、規模は大きいとはいえイベント用であり、バカでかい出力の送電機を用いているわけではない。
ゆえに、
「送電にしても、う~ん……? 確かに、何て、言うんだろうね?」
と、ドン・ヨンファも、美祢八と同じく、何かひっかかるものを感じた。
その時、
『――ふむ。そこは、エネルギー収支が合わないって、ことであろう?』
「「「「――!?」」」」
と、突然に響いた妖狐の声に、室内にいる一同は驚愕する。
すると、
――スッ――
と、黒のアサシンドレスに、狐耳をつけた麗しい黒髪の美女の形をした、妖狐の神楽坂文が、天井から逆さという、重力を無視した状態で現れた。
妖狐は、
――ひら、り……
と、天地逆の状態から回転し、床へと降り立った。
なお、その手には何故か――? ドラえもん呼ばわりにちなんでか、ドラ焼きを持っていながら。
「おいおい? 何で、おめぇが、こっちに来てんだ?」
キム・テヤンが顔をしかめて言い、
「は? 何で、アンタが来るわけ?」
と、パク・ソユンも同様に反応した。
「まあ、来てよかろう」
妖狐が、そのまま室内にあった急須から茶を淹れようとすると、
「あっ――? “それ”、ちょうだいよ?」
と、パク・ソユンが、目ざとく、妖狐のドラ焼きを指さした。
「うん。やだ」
妖狐の答えに、
「は――? 何故ぽよ」
と、パク・ソユンが不服そうな顔をすると、
「「いや、何故ぽよって……、当たり前だろ」」
「「これに関しては、お前が、絶対に悪い」」
などと、キム・テヤンとドン・ヨンファ、美祢八とゴーグルサングラスの四人が、共同でつっこんだ。




