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【神楽坂】ゴシック・フォックス調査譚シリーズ 【水の匣】  作者: 山口友祐
第四章 検討を重ねて、調査へ

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28 『ぽよ』の呼吸




          (1)




 場面は変わって――

 近隣の、蘇州市内の大学病院にて――


 8階にある病室。

 そこからは、蘇州観光でも有名な古い水郷の街と、発展して久しい近代中国の超高層建築群が見える。

 過去・現在・未来と、まさに、悠久の時の眺望を愉しむことができる。

 そんな病室にて、


 ――ゴゴゴ、ゴゴォ……!!


 と、まるで、そびえる白い巨塔がごとく――!! 白衣姿の数人が、ベッドに腰をかけるパク・ソユンを囲っていた。

 いかにもドクターという威厳ありそうな、かっちりとした、染めた黒髪に、四角いメガネの男。

 その隣には、彼の右腕を務めているのか――、性格のキツそうな目をした女医が。

 そして、ふたりの後ろには、まだ研修医や研究生と思しき若々しい面々が、緊張感を隠せない様子で立っていた。


 彼らは、このパク・ソユンの治療 (まあ、ほぼ何もダメージのなさそうな状態なので、たぶん必要ないと思われるが……)を担当する医療チームであった。

 なお、大学病院であるから、治療だけでなく研究も兼ねて、このパク・ソユンの様子を観るのだろう。

 45分も溺水していたにもかかわらず、蘇生のための医療行為など何もすることなく、すぐに意識と息が戻り、ピンピンしているというパク・ソユンである。

 それが、彼女だけの“何か異常体質みたいなもの”に起因するのか? あるいは、人体に隠された、まだ未知のものによるものなのか――?

 医学を研究する者にとって、興味を持つべきところなのだろう。

 まあ、パク・ソユンをよく知るカン・ロウンたちにとっては、異能力と、“それに紐づいた体質”という結論なのだが、その異能力のことを、いちおうは常人である彼ら医療スタッフたちは知る由もないかもしれないが。

 そんな彼ら、医療スタッフが囲む中

「ぽ、よ……」

 と、パク・ソユンは、眠たそうなガチャピンのような目をしたまま、相変わらず緊張感の欠片もなさそうな様子で、ベッドに腰をかけていた。

 なお、その後ろのほうでは、ちゃっかりと病院までついてきたSPY探偵団の三人と、美祢八とゴーグルサングラス男の姿があるという。


「いやぁ……、本当に、驚いた」

「パク・ソユンさん? 本当に? アナタは、水の中で40分も、溺れていたんですか……?」

 と、ドクターと女医が尋ねる。

 その、冷徹かつ動じない表情が、わずかに揺らぎかけながら。

 後ろでは、まだ研究生たちが、

「「「……」」」

 と、こちらは変わらずに緊張した表情で、ドクターたちとパク・ソユンの問答を見守っていた。

 さて、ドクターと女医の問いに、パク・ソユンが答える。


「ぽよ――」


 と、ここで、またしても『ぽよ』が出てきた。

 まあ、すこしは、予想できていたことだが。

 すると、


「「「「「……」」」」」


 と、案の定、室内にいる全員が沈黙した。

 時間差で、

「「「「いや、『ぽよ』って、どっちなの……?」」」」

 と、つっこむ声が、数人分ほど重なりながら。

 まあ、『ぽよ』などという答えを、人生で聞くことなど想定していないため、当たり前の反応だろう。

 なお、キム・テヤンやドン・ヨンファなどは、

「「「……」」」

 と、無言のまま、

(((出たよ……。また、『ぽよ』かよ、こいつは……)))

 と、もはや、諦めの境地で見でいたが。

 

 そんな、パク・ソユンの『ぽよ』は放っておき、話を進める。

「まあ、水没時間が、20分程度でも転帰が良好だった――、という記録もあるくらいだから……、まったく可能性は、無いわけはないではないが……」

「それにしても、40、45分も、溺水状態にあったんですよね?」

 確認するように言葉を交わすドクターと女医のふたりに、

「ぽ―「「――はい。そうです」」

 と、パク・ソユンはふたたび『ぽよ』で答えようとする前に、キム・テヤンとゴーグル・サングラス男によって、『ぽよ』をブロックされる。

 それを、

「……」

 と、パク・ソユンは、「いや、何故ぽよ?」と云わんかの表情で、ポカンとしていた。

 まあ、『何故ぽよ』じゃないだろ、というところであるが。


 それはさておき、

「いったい、どうして?」

「何か? 思い当たる理由だったり、ないの?」

 と、ドクターと女医はパク・ソユンに尋ねるも、

「うん。たぶん、さ? 『ぽよ』の呼吸だと、思うの? 『ぽよ』って、事前に息をすることで、溺れることなく、水の中で数十分、息を止めることが出来る――、みたいな」 

「「「「「いや、それだけは絶対に――、いや、だぶん、無い」」」」」

 と、パク・ソユンの答えに、またしても病室内のメンツが全会一致でつっこんだ。

 つっこみながらも、何人かは、

((((いや、“こいつ”のことだから……、ワンチャン、ありえるのか……))))

 などと、自分たちのほうが間違っているのか――? と、認知がバグりそうに、自信が無さそうになるが。

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