27 いいから!! じっとしろぉーまえ!!
(9)
――シト、シト……
と、水が滴りながらも、キノコ・ヘアーのドン・ヨンファが、ぐったりとして意識を失ったパク・ソユンを、お姫様を抱えるかのような格好で、“水の匣”の残片から出てきた。
同時に、
「うッ――!?」
と、ドン・ヨンファが声をあげた。
水から出ることによって、解放されていた重力が戻ってくるように、その“重み”が、ズシリと来たのだろう。
ドン・ヨンファの抱きかかえていたパク・ソユンであるが、モデル体型とはいえ、バランスよく肉のついた、どちらかというと、アスリートのような均整の取れた身体である。
あと、高身長であり、なおかつ、一部の衣装が濡れているせいもあるのも要因だろう。
まあ、さらにいえば、どちらというとガタイの良いほうではないドン・ヨンファであり、なおさらなのかもしれない。
それはさておき、ドン・ヨンファが、
――スッ……
と、パク・ソユンの身体を、そっと床へとおろした。
その、目を閉じた表情は、
「……」
と、口を開くことは無いものの、まるで、眠れる森のお姫さまのようでもあった。
ただ、溺水というか、“水の匣”の中に水没してから、およそ45分である。
パク・ソユンの身体は、やはり、ぐったりとしていた。
そこへ、
「「そ、ソユンーー!!」
「「お、おーい!!」」
「「大丈夫かー!!」」
などと、皆がそばに駆け寄った。
ただ、レスキューたちも、すぐに駆け寄るなり、
「「お、おいッ!!」」
「どけ!!」
「邪魔だ!! お前ら!!」
と、カン・ロウンやゴーグル・サングラス男たちに向かって怒鳴り、どかそうとする。
「あぁ”?」
「ていうか!! アンタたち、何もしてないでしょ!!」
ゴーグルサングラスと、相方の女が苛立つも、
「お、おい!! よせっ!!」
と、そこはキム・テヤンが制止する。
まあ、ここから先は、自分たち素人の出る幕ではない。
レスキューが、意識のないパク・ソユンを救命しようとする。
まあ、45分という経過時間を考えるに、常人であれば、ほぼ大丈夫ではない――、助かる可能性は絶望的であろう。
どれだけ、潜水の訓練をした人間、もしくは先天的に、潜水能力に優れた肉体を有している部族の人間であっても、10から15分が限界というところではなかろうか。
しかし、その時、
――む、くっ……
と、あろうことか――?
パク・ソユンの身体が、ゆるり……と、起き上がった。
その光景に、
「「「「「――へっ?」」」」」
と、ステージ上のカン・ロウンやレスキューたち、およびステージ下から見守ってた人間含め、あらゆる皆の声がそろった。
まあ、カン・ロウンたちSPY探偵団のメンツや、美祢八にすれば、
(((ああ、やっぱりか――)))
と、いったところであったが。
すなわち、『また、こいつか』程度の感想である。
いや、まあ、もっと心配と安堵をしろというところであるが……
さらに、“それ”だけではなかった。
パク・ソユンは起き上がるなり、
「――ぽ、よ」
と、言った。
「「「「「ぽよ――!?」」」」
と、その『ぽよ』のひと声に、
「「「えっ、えぇ!?」」
「なっ、何で!? 何で!!」
「「40分近く水の中にいたのに、溺れてないのかよ!?」」
と、会場全体がざわつく中、
「あ、あ……? た、ぶん……、呼吸法じゃない、かしら? 『ぽよ』って、呼吸することで、45分くらい、息をもたせて」」
「「「「「「いやいや、いやッ!! 絶ッ対に、違うと思う!!」」」」」
と、パク・ソユンの答えに、会場全体がつっこんで否定した。
そうこうしながらも、パク・ソユンは、まだ座ったままでいた。
先ほどまで――、長く感じた約45分間、水の中でジッ……と耐えていたわけである。
さすがに、すこしフラっとするような“しんどさ”はあるものの、人間、ずっと動かずにいた状態から解放された時には、動きたくなるものである。
そうして、
さて、どうするかな――? と、パク・ソユンは、立ち上がって動こうとした。
その時、
――ザ、ザザッ……
――ザザ、ザザッ……!!
と、突然に、パク・ソユンは周囲を、ガッチリと囲まれてしまった。
「ぽ、よ……?」
またしても、『ぽよ』で反応するパク・ソユン。
その周囲を囲んでいる者たちはというと、鍛えられてて体躯・体幹のガッチリした、レスキューたちのメンツであった。
そして、
――ガ、シッ――!!
――グ、ワシッ!!
と、パク・ソユンは、5、6人ほどの、レスキューたちに捕まってしまう。
「ん? 何をするぽよー?」
パク・ソユンが言うも、
「『何するぽよ?』って、とりあえず、病院だ」
と、レスキューの、隊長らしき男が答える。
「は? 別に、病院なんて、」
パク・ソユンが、レスキューたちをふりほどこうとすると、
「いいから!! じっとしろぉーまえ!!」
「ちょっ、何をするぽよ!! テヤン!!」
と、キム・テヤンも、ここはレスキューたちに加勢する。
「だから、『何をするぽよ』じゃねぇってんだよ!!」
「そ、そうだよ、ソユン」
「ここは、いちおう、念のため病院で診てもらいな」
と、カン・ロウンとゴーグル・サングラス男も加わり、パク・ソユンは病院へと連れていかれることに――
******
――なお、すこし離れた場所にて。
いち時は騒然としていた、アクアボンバの会場。
それは、パク・ソユンが救出されたことで、少しは沈静化したものの、まだ混乱しているのが見て取れる。
まあ、水没して45分経っているにも関わらず、むくっ……と、何事もなかったかのように起き上がるパク・ソユンという、一般の常識からは考えられない出来事。
それから、病院へと行きたがらないパク・ソユンと、何とか連れて行かそうとするレスキューやカン・ロウン、キム・テヤンたちによる拘束の様子。
また、“水の匣”に襲われたのは、ステージ上だけでなく、目下の、プールのほうでも数人から10人以上いたことにより、それらの人たちの救助、
そして、今回の異常事態に対し、警察など調査・捜査機関も、このアクアボンバの会場へとやってきていた。
そんな、混乱して、もはや音楽イベントどころでない会場を
「……」
と、無言で眺める影があった。
まるで、観察するかのように――
そうして、自分たちにも調査の手が及ばないうちに、
――スッ……
と、立ち去って行ってしまった。




